第17話:謎の組織と不思議な人達(4)
秋名未来は夜中に町外れにある廃工場の近くにきていた。
元々車を生産する工場だったらしく、今も貰い手のいない敷地内には錆びた車や工場で使われていた機械が何台も放置されている。その中に混じって不法投棄がいくつか確認出来る。町は日々進歩して綺麗になっていくが、ここのように人が寄り付かない場所は汚れていく一方だ。
そんな場所を眺めて顔を顰めながら隣の男に訊ねる。
「本当にここにいるの?」
「そうだよ。逃亡犯にはピッタリの隠れ家だと思わない?」
そう爽やかに答えた男の名前は藍葉祐哉とかいう上級生。その爽やかさがこの男に妙に合っていて逆にイラッときてしまう。その横には辰実と呼ばれていた女子学生がいる。あまり自分から言葉を発しないが優しいお姉さん的な雰囲気がある。こちらも上級生だ。
この二人は薙刀型の神器『偃月』の契約者で、今回私と一緒に第三生徒会に依頼されてここにいる。正直このメンバーだけで依頼がこなせるのか不安だった。そうでなくとも、これはハルユキの件がなければ絶対に引き受けたくない仕事だ。
「あまり入りたくない場所ね」
溜息をついて嫌味たっぷりに呟く。殆ど八つ当たり気分だ。
「ボクもだ。埃っぽいところは出来れば行きたくない」
そう言って苦笑する。
特に態度に変わりない。わざと嫌な言い方をしたのに気づいてないの? もしかして、天然?
「ねえ、本当に私たちだけであそこ入るの?」
「仕方ないさ。第一生徒会は十世戒教団のことで動いてるし、第二生徒会はこの町にすらいない。第三生徒会なんて何をやっているのかもわからないよ。解るのは、手の空いている人選はボクらだけということさ」
「めんどくさいなあ」
「文句はボクじゃなくて倉嶋由貴美にいってくれ」
言われなくても解ってる。
ここにいる原因が誰のせいであるかを。
期末テストの夜。
私は家でハルユキが帰ってくるのを待っていた。
テスト中に抜け出して以来連絡も取れなくて心配になったが、第二生徒会に行っても誰も出てこないし、柏木に聞いてもハルユキがどこにいるのか知らないと言う。
だから仕方ないので家で待っていることにした。嫌な予感がしなくもなかったが、闇雲に捜すよりはこうしてハルユキの帰る場所で待っていた方がすれ違わなくて済む。
もうすぐ一九時になるというところで家のインターホンが鳴った。こんな時間に誰だろう?
玄関のドアを開けると、見知った人物がそこにいた。
「倉嶋部長?」
歴史学部部長の倉嶋由貴美が少し申し訳ないような顔でこちらを見る。
「ごめんなさい。こんな夜遅くに」
「いえ、どうぞ上がってください」
「おじゃまします」
きちんと靴を揃えてから上がり、居間へ入る。
適当に飲み物を出して向き合うように私達は椅子に座った。
「連絡が遅れて悪かったわ。やることが多くてね」
「電話で連絡してくれれば良かったのに」
私は行方不明のハルユキの居場所を聞くために生徒会の事情とか詳しいそうな倉嶋部長を訪ねたのだ。断られるかと思ったが、簡単に了承してくれた。
「春幸君のこともあるけど、他にもあなたに野暮用を頼みたかったの」
「野暮用?」
なんだろう?
「まず最初に、春幸君は今第二生徒会と一緒に軍にいるわ」
「軍!?」
どうしてハルユキが軍にいるの!?
「そんな強張った顔しないの。彼は第二生徒会と行動しているから危険はあまりないわ」
「どうしてハルユキが第二生徒会と一緒に行動してるの? そいつらとハルユキは一体何をやってるの!?」
第二生徒会と行動しているのはテスト中に放送で予想はついたが、何をやってるまでは判らない。軍まで行って何をやっているの? 良い予感が全くしない。
「何をやっているかは分からない。でも、それが一番良い措置だと思ったからだと聞いてるわ」
「どういうこと?」
「春幸君は今、十世戒教団に狙われる可能性があるの」
「教団に? どうして?」
十世戒教団は神器使いだけで構成されている組織だ。巨兵魔器の存在を否定しているとはいえ、ハルユキ個人が狙われる理由が見当たらない。
「特別、春幸君が狙われているわけじゃない。教団が探しているのは漆黒の巨兵魔器よ」
「漆黒の巨兵魔器って何体あるの?」
「今のところ、春幸君の《月讀》だけよ」
「それだったらハルユキが狙われてるも当然じゃないっ!」
漆黒の巨兵魔器が《月讀》以外に存在しないとは言い切れない。しかし、現時点で存在するのは《月讀》だけなら教団の狙いがハルユキであることは必然だ。
なのにどうしてこの人はこんなにも冷静でいられるの? 私よりもハルユキと付き合いが長いのに――――――
「落ち着きなさい」
悪魔で冷静な倉嶋部長。
その言葉に無性に腹が立った。
「落ち着けるわけないじゃない!!」
私は携帯電話を取り出してハルユキの番号に掛ける。
――――――お願いだから出なさいよ。
今日で何度目になるか判らないくらい掛けた電話は短いコールでハルユキに繋がった。それを合図に大きく息を吸う。
「こんな時間まで何やってるのよ、このバカ――――――!」
開口一番にそう叫んでやる。
『えっと、まだ七時だぞ。それがどうかしたか?』
すっ呆けた声でハルユキが言った。
「なんですって――――――!」
自然と声のトーンが大きくなる。
こっちの気も知らないでよくそんなことが言える。そのお陰で心配の「し」の字も私の頭から消えかけた。
『何をそんなに怒ってるんだよ!』
「私やシオリのメールとか電話無視しといてよく言えるわね!」
この様子だと絶対メールとか見てないわね。
「あんた今どこにいんのよ?」
『えっと・・・・・・海』
「は?」
『太平洋。星が綺麗だぞ』
本気でイラッとした。教団よりも先にボッコボコにしてやろうか。
「ふざけてるの?」
心配して損した。
倉嶋部長の言う通り危険はないらしい――――――今のところは。
そう思ったら肩の力が抜けた。
「わかった。頭がおかしいんだ」
お陰で冗談も言える。
『ちげーよっ!』
ハルユキもいつも通りのようだ。
「じゃあ、いつ帰ってくるの?」
これだけは確実に聞いておきたかった。
『なるべく早く帰るよ』
違和感のある曖昧な返事。不安を帯びた声でハルユキがそう言った。
もしかしたら、ハルユキは自分がどうしてそんな場所にいるのかを既に知っているのかもしれない。なるべくこちらに心配を掛けないようにしようというのが今の声と雰囲気で伝わってくる。もし最初の冗談もそういう理由で言ったのだったら、私の方が配慮に欠けていたことになる。そういうのは癪だ。
「――――――わかった」
だから、何も追求しないことにした。今何をやっているのか、これから何をやろうとしているのか。碌なことじゃないことは間違いないけど。
『それじゃ、切るぞ』
「うん。帰ってくる前に電話してね」
『わかったよ』
「それじゃあ、待ってるから。あんまり女の子に心配かけさせないでよ」
――――――心配しているのは私だけではないのだから。
電話を切って携帯をポケットにしまう。
「少しは落ち着いた?」
倉嶋部長が静かにそう尋ねてくる。
私のさっきの態度にも怒っている様子もない。だからといって私は謝るつもりは毛頭ない。
「ええ――――――私は何をすればいい?」
「この二人を捕まえてほしいの」
倉嶋部長が鞄から一枚の写真を取り出す。写真には金髪のヤンキーみたいなおっさんと小学校低学年くらいの小さな可愛い女の子が写っている。
「こいつらがハルユキを捜してる教団?」
奇妙な組み合わせね。
「違う。でも、この二人も漆黒の巨兵魔器を探しているのは事実よ」
「教団じゃないの? じゃあ、何なのこいつら?」
「男は両儀相剋器よ。そして女の子の方が契約神器ね」
両儀相剋器。
噂でしか聞いたことないが、どうしてそんなのが漆黒の巨兵魔器を探している?
「ある意味教団よりも厄介だけど、お願い出来る?」
「勿論引き受けるけど、教団の方はどうするの?」
「教団は第一生徒会が動いてるから大丈夫よ。陽山さんも一緒だから心配なら連絡してみて」
え?
「私は両儀相剋器なのにサツキはそっちなんだ」
意外だ。
「あなたのように両儀相剋器の方を頼もうと思ったけど、それより先に第一生徒会から呼びかけがあったらしいのよ。なんでも、第一生徒会に知り合いがいるとかで」
「そうなんだ」
後で連絡しようと思ったのに。先を越された。
「それじゃあ、こっちは誰が来るの? 私の知ってる人?」
「面識はなかったと思うけど、優秀な人が行くことになっているわ。腕は私が保証する」
そう自信を持って倉嶋部長は私に言った。
それで来たのがあのキザ野郎。
薙刀を持つその姿も何故か様になっている。イケメンはなんでも似合うというのは本当のようだ。私にはそれが気にいらないが。
私は『布都霊』を手にして廃工場に近づく。ユウヤも『偃月』を片手に車に隠れながら進んでいく。二人共得物が長いので一緒に行動は出来ない。お互いが邪魔になるうえに、最悪同士討ちも有り得る。
かなり近い場所まで来たが、工場の中が真っ暗で確認出来ない。外は月が出ているせいで、夜なのにライトがなくても周囲が十分見えるくらい明るい。これでは敵にはこちらが丸見えだ。
「ボクが合図するから、そに合わせて突入して」
「わかった」
ユウヤが少し先に進む。
すると、声が聞こえた。
「やっと坊ちゃんはこっちに戻ってきたのか。随分と待たされたよ」
軽い男の声。
特に大きな声で言ったわけではないのだろうが、騒音もない夜中の廃工場にはその声がよく響いた。
「あんたには感謝してるよ。どうする? 良かったら一緒に来るかい?」
「いいえ。今は遠慮させていただきます」
今度は女性の声。
あれ? この声どこかで――――――
「それよりも、彼のことをよろしくお願いします」
「わかったよ――――――それじゃ、まず目の前の掃除から始めましょうか」
「っ!?」
男の言葉と共に月光が当たっていた自分の体に大きい影が出来る。まるで私と月の間に壁でもあるかのように。
真上を見ると車が飛んでいた。いや、落ちてきたのだ。
慌ててその場から離れる。
車は地面に落下するとバラバラになって部品が辺りに飛び散る。古い車というだけあって少し高いところから落ちただけで分解してしまった。お陰で砂埃に混じって部品の破片が飛んできて危ない。
「他人の会話を盗み聞きするのは感心しないなあ」
いつの間にか工場の外に出てきた男が軽く言う。砂埃に紛れて現れたのか、金髪にアロハシャツとハーフパンツの男が肩に七、八歳の女の子を乗せて呑気にこちらを見ている。倉嶋部長に見せてもらった写真の二人だ。
神器も持たなければ、巨兵魔器も呼んでいない。完全な無防備状態だ。
「デートかい? 男女の仲を邪魔するつもりはないが、人の寝床にそんな物騒なモノ持ってこられちゃ困る」
ボリボリと頭を掻きながらそんなことを言う。この状況でどうしてそんな余裕でいられるの?
「ボクたちは修山学園第三生徒会の依頼で君たち二人に会いに来た。一緒に来てもらいたい」
「嫌だね。レインちゃんの授業参観ならともかく、特別な用もないのに学校――――――それも修山なんかに足を踏み入れたくないよ」
「力尽くで連れて行くことになっても?」
ユウヤが薙刀を構える。
私もいつでも攻撃に移れるように刀を持つ手に力を込める。
「痛いのは嫌なんだけどね」
「だったらなるべくそうならないようにするよ。――――――『偃月』!」
薙刀の刃が淡く光る。
すると、薙刀を中心に風が生まれて周囲の車のガラスを叩く。ユウヤは何の迷いもく風を纏った薙刀を金髪男に振るう。
「それじゃ無理だよ、坊ちゃん」
ユウヤが放った風は工場の壁を吹き飛ばす。
しかし、その前にいた男は無傷――――――無傷でユウヤの背後に立っていた。
「っ!?」
「動くと痛いじゃ済まないよ?」
素早くユウヤの首に金髪男は手を回す。その手に割れたガラスの破片が握られていた。それは鋭利な刃物と同じで、少しでも動けば金髪男の言う通り痛いで済む問題ではなくなる。
私はすぐさま刀を構える。
「それはお嬢ちゃんも同じだよ」
そう金髪男が軽く告げる。
同時に両足が何かに掴まれた。見ると土が盛り上がって私の足をがっちりと固めている。
「何よ、これ!?」
「遊んでおいで、ディアンカ」
金髪男の声に反応して隣に並んだ車の底が噴き上がり、そこから何かが出てきた。それは廃車や壊れた機械を呑み込んで次第に形を作っていく。それが守護神獣だということはすぐに解った。
やることは簡単。相手が人間でなければ手加減など必要ない。
刀に電気が帯びる。バチバチと鳴る刀身の切先を神獣へと向ける。
「『布都霊』!」
神器の名を呼ぶ。
刀身に纏った電気が衝撃となって神獣に撃たれる。青白い閃光は神獣を貫き、人の形に成りかけた土とガラクタの塊は崩れて地面に流れた。思った以上にあっさりと壊れたことに拍子抜けする。
電撃の反動で私の身体に一瞬赤い電気――――――スプライトの光沢が走る。痛みはない。これは単なる自然現象だと昔彼は教えてくれた。
それを受けた足元の土がボロッと崩れて唯の土へと変わっていく。
「完成前に攻撃するのは反則だよ、お嬢ちゃん」
自分の神獣がやられたというのに、それでも余裕を崩さない。
「だったら、最初にルール言っときなさいよ」
「なるほど。それは悪かった」
感心したように呟き、金髪男はユウヤから離れる。正確にはその場から消えた。
「では、一つこのゲームのルールを発表しよう」
最初に現れた時と同じ場所に宛もさっきからずっとそこに居たかのように話す。
「僕に一撃でも入れれば君たちの勝ち、攻撃を喰らう前に君たちを倒せば僕の勝ち。勝った方は負けた方の命令を絶対に聞く。解り易いルールだろ?」
金髪男はニヤッと笑う。ルールなんて冗談で言ったのに――――――完全に遊ばれている。
「ボクも舐められたものだね。その余裕の顔に今すぐ一撃を入れてあげるよ」
怒りの表情でユウヤの顔が歪む。
それでも、やはりのんびりとした態度で金髪男は言う。
「怒らせちゃったかな? だったら謝ろう。そして、敬意を払うよ――――――おいで、《雲霧》」
金髪男の呼び掛けに応じてオレンジ色の巨兵魔器が虚空から現れた。巨大な槍のような斧を持って金髪男を庇うように立ちはだかる。
出現と同時に《雲霧》と呼ばれた巨人は斧を近くに山積みされたガラクタへと振り下ろす。斧の刃が触れるとそこにあったガラクタが消えた。私は再び自分の影が大きくなったのを確認して見上げる。見えたのはガラクタが雨のように降ってくるところだった。
「ちょっとちょっと、洒落にならないわよ!」
全力でガラクタの落下地点から速やかに逃げる。
ガラクタといってもその一つ一つは金属の塊――――――車やそれを製造する機械の部品が降ってくるのだ。紙やペットボトルが詰まったゴミ箱をぶちまけるのとは違う。直撃すれば怪我では済まない。
しかし、私の神器ではこれを防ぐことは出来ない。攻撃して蹴散らすことは出来るが、下手をすれば金属を伝ってユウヤにまで感電してしまうため無闇に雷撃を撃つことは不可能だ。だから今は必死に走ってガラクタの雨から逃げるしかない。
その途中、視界の端にユウヤが入る。ユウヤは落下する筈だったガラクタを『偃月』の風で弾き、それを見向きもしないで金髪男へと突貫する。《雲霧》をすり抜け、素早い動きで金髪男へと直接薙刀を振るう。金髪男は左手を翳してその攻撃を受けた。
そう思った瞬間。
「な・・・・・・!?」
ユウヤは空中にいた。振るわれた薙刀は空振りしてブンッとスイングする音だけ虚しく響かせる。どうしてユウヤがそんなところにいるのかは気になるが、空中に飛んでいることは今は問題ではなかった。
問題なのはその現れた場所。
それは《雲霧》の目の前。しかも出現を予知していたように斧を避けることの出来ないユウヤへと振り下ろす。
何も聞こえない。
斧がユウヤを叩き斬った音も、それを薙刀で防御した音も。何かあってもいい筈なのに何もない。斧がユウヤに触れた直後、ユウヤは消えた。最初からそこにはいなかったかのように。
目の前の出来事に頭が連いていけなかった。
「ユウヤをどこにやったのよ!」
気づけば私は金髪男に叫んでいた。ガラクタの雨から逃れ、呆然と眺めていた私を金髪男は鼻で笑う。
「飛ばしただけだよ。ちょっと離れた場所にね」
「ふざけるなっ!」
私は雷撃を金髪男へと放つ。その前に立つ《雲霧》ごと貫く勢いで。
だが、雷撃を《雲霧》が斧で防ぐ。防御された直後に工場の屋根が爆発した。それには私が放った青白い閃光が混じっている。
「怖いなあ。あんなのが当たったら死んじゃうよ?」
ガシッと後頭部を掴まれる。その掴んでいる手が誰のものなのかは考えるまでもない。
「安心して。坊ちゃんもお嬢ちゃんもこれ以上危害を加えるつもりはないよ。怨みを買うのは嫌だからね」
金髪男が優しくそう呟く。
私ではこの男には敵わない。両儀相剋器だからとかそういう問題ではない。何故なら金髪男はまだ両儀相剋器の力も、況してや神器も使っていないのだ。攻撃の殆どがおそらく共通義肢によるもの。
「それじゃ、バイバイ」
正面に映る景色が変わる。
私はゲームに負け、両儀相剋器を逃した。
その数時間後にハルユキとサツキが十世戒教団に攫われたことを私は聞かされた。