第14話:謎の組織と不思議な人達(1)
テスト当日におまけ呼ばわりされながらも強制的に第二生徒会の仕事を手伝わされ、それが終わったその日の夜に学校に着いたところで解放された。「家に着くまでが遠足だ」と似合わない上につまらんジョークを残して月島氏は生徒会室へと消えていった。そう思うなら態々学校まで連れて来なくてもいいのに。
上を見上げれば雲のない晴れた空が広がっている。海で見た時と比べて星の数が大分減っているのは都会ならではだろう。
時刻は午前一時。
家に帰るまでに電話をよこせとミライに言われていたが時間が時間なだけにそれには抵抗があった。明日謝っておこう。
「春幸さん、家まで送りますよ」
歩いて下山しようと思っていた僕に朱莉が声をかけてきた。
「車出してくれるのか?」
それは助かる、と内心喜んでいると、
「そんな車はありません。徒歩です」
期待した僕がバカだった。
「なんならおんぶしましょうか?」
「何でおんぶ!?」
つーか出来るのかそんなこと。朱莉は同級生とは思えないくらい小柄なのに。
それ以前に同級生の女子におんぶされながら外を歩くのは相当勇気がいるぞ。そんなことが出来る人間がいれば羞恥を知らないとしか思えない。少なくとも僕には無理だ。
「流石に肩車とかは難しいですよ?」
驚いた僕の言葉を変な意味に解釈された。なんとも言えない微妙な気持ちが僕の中で流れる。
「・・・・・・そんなこと、絶対頼まないから」
突然何を言い出すんだコイツは。何を考えているのかさっぱり分からない。
「残念です。同級生の女学生を足蹴にして家まで送らせる最低な高校生として世に春幸さんの名前を広めようと思ったのに」
「僕はお前に恨まれるようなことをしただろうか?」
「素敵な記憶力をお持ちのようで」
「それはお前だ!」
何故真夜中に同級生の女子とコントみたいなことをやらなければならないんだ。正直疲れていて付き合ってられない。
「悪いけど。僕は眠いから用がないならさっさと帰らせてもらうけど」
「こんな真夜中に一人で歩くのは危険です。ですから、送ります」
普通男が女を送るものなのでは?
「別に大丈夫だよ。慣れてるし」
一人暮らしをしているとどうしても家事がめんどくさくなってコンビニ弁当やパンで夕飯などを済ませることがある。そういう時は大半夜遅くに帰宅した時なので夜中に外に出歩くことは僕にとって珍しくはないのだ。気紛れで夜中に飲み物や雑誌を買いにコンビニに行くことだってあるし。
「いえ、送ります」
「いや、だから――――――」
「送ります」
頑固だな。
実は送ると言っているが単に夜に一人で歩くのが怖いのか? 幽霊とか本気で信じて怖がってる女の子って何気にけっこういるし。朱莉なら変質者や殺人鬼に遭遇したところで一発で返り討ち出来るだろうが、やはり女の子に変わりないということなのか。
まあ、僕としてはどちらでもいい。
「好きにしろよ」
僕は半分諦めるようにそう答え、歩き出す。
朱莉は返事をしない。ただ、隣にいるだけ。
夜遅くに男女が二人きりで外で歩いているシチュエーションと聞けば何かありそうだが、実際はそんなに良いことなど起こりえない。隣にいる少女がいくら可愛くてもそれが僕に対してあまり友好的でないのでお互い交わす言葉もない。だからといって暗いとか気まずいなどといった雰囲気でもない。これが自然なのだ。
そんな流れで数分学校の坂を降って行くと、人を見つけた。
金髪に染められたツンツン頭に、地肌に直接アロハシャツとハーフパンツ、更にでこに乗せたサングラスといった格好の三十代くらいの男性。それを見ると海の家で見かけるおっさんそのものである。
怪しい男は街灯下のガードレールに腰掛けていた。何かをしているわけでもなく、ただ空を見上げている。あんなとこに座っていて尻が痛くないのだろうか、と思っていると向こうもこちらに気づいた。
「おや――――――こんな真夜中に学生さんに会えるなんて思わなかったよ。デートかい?」
出来れば関わりたくないと思っていたのに話し掛けられてしまった。
おじさんは僕らのことはお構いなしに話を続ける。
「邪魔して悪いね。おじさんとしてはこのまま見送りたいところだけど――――――少し僕のお願いを聞いてくれるかな?」
「お願い?」
「そう――――――僕と一緒に来てもらえるかな? 漆黒の巨兵魔器の操魔師くん」
その言葉と共に朱莉が僕の前に出る。共通義肢の右手のナイフをおじさんへと向ける。
「あなた、十世戒教団の方ですね?」
朱莉が聞き慣れない言葉を口にする。ジュッセカイキョウダン? 仏教や儒教などの十戒なら聞いたことあるけど・・・・・・。
おじさんは朱莉の言うことに笑う。本当におかしそうに嗤う。
「お嬢ちゃん。警戒する気持ちは解るけど、ここは穏便にいこうぜ」
おじさんは朱莉の行動に余裕の態度を示す。
「質問は肯定と受け取っても構いませんか?」
「せっかちだね――――――でも、そう思われるのは困る。僕をあんな連中と同じにしないでほしいね」
心外だ、とでも言いたげに男は嘆息する。
「では、どうしてあなたは彼を狙うのですか?」
「話は最後まで聞こうよ。僕は彼にお願いに来たんだ。狙ってるわけじゃない」
「じゃあ、何が目的なんですか?」
「僕と行動を暫くの間共にしてほしい。それだけだよ」
「信じられませんね」
「それはお嬢ちゃんの都合だ。決めるのはそこの坊ちゃんだよ」
朱莉からおじさんは僕の方へ顔を向ける。
「どうする坊ちゃん?」
どうするも何も、
「どうして僕があなたについて行かないといけないんです? あなたは一体何なんですか?」
「そいつは済まない。自己紹介がまだだったね」
おじさんはやっと腰を上げて僕たちに向き直る。
「僕は雫輝彦――――――この子は蛇淵レイン。よろしくね」
今までおじさん――――――雫が座っていたせいで見えなかったが、その隣には小さな少女が同じように腰掛けていた。
年齢は七、八歳くらい。雫とい違って見ただけで判る地毛の金髪で、右眼が緑、左眼が黒と目の色が違う。名前からしておそらくハーフなのだろう。
レインと呼ばれた少女は自己紹介されたのにその場から動こうとしない。それどころかこちらにすら顔を向けない。ずっとただの地面をじっと感情の乏しい顔で見つめている。感情のないその表情は朱莉以上だ。
「えーっと、理由だったね。僕はある理由で十世戒教団を追っているんだけど、やつらは全世界にまで信者を増やしてる大きい組織のくせに中々尻尾が掴めなくて困ってるんだよ。下部組織を潰したところで無反応だし、信者を捕まえて脅したところで誰一人として教団の秘密をじゃべらないからね。まったく、宗教にハマッてる連中ってのはどうして皆揃って口が硬いんだろうねー」
雫が頭を掻きながら溜息をつく。
「でも、最近になって知り合いから面白い情報をもらってね。教団の連中は漆黒の巨兵魔器を探しているらしい」
「どうして・・・・・・?」
どうして《月讀》が今日初めて聞いた名前の組織に狙われなければならない。僕以外に漆黒の巨兵魔器を持ってるやつはいないのか。
「知らないよ。やつらの考えることなんて。君自身も昨日から消息不明だったからもしかして隠れてるのかと思ってたけど、違うんだね」
昨日は偶々生徒会の仕事で遠出していただけだ。そんな深読みしないでもらいたい。
「うん。それでよかったよかった。僕としてはね? 漆黒の巨兵魔器なんて坊ちゃんくらいしか知らないからどうしようとさっき思っていたところだよ」
「それで、待ち伏せですか?」
「違うよ。キミとここで会えたのはまったくの偶然だ。坊ちゃんの居場所が分からないから悩んでたって今言ったばかりじゃないか」
雫がポケットからタバコを取り出して銜える。
「その様子だと、最近の教団の動きとか坊ちゃんは知らないのかな?」
「十世戒教団って名前も初めて聞きましたよ」
「それでも、お嬢ちゃんの方は知っていたみたいだね」
え、と声を思わず漏らす。
そういえば、第二生徒会には無理矢理海まで連れて行かれたが、理由はそれだったのか? もしそうなら今も強引に僕と帰ろうとしていたのも納得がいく。突然現れた雫に対して教団の名前を出せたのがその証拠だ。
「それで――――――どうする?」
「渡せません」
それに答えたのは朱莉だった。
「おいおい、僕が聞いてるのは坊ちゃんの方だよ。お嬢ちゃんはちょっと黙っててもらえる?」
「永峰春幸の護衛が今の私の任務ですから」
「そうかい。僕としてはあまり強引な手は使いたくなかったんだけど――――――仕方ない」
雫が銜えていたタバコのフィルターを噛み切った。火の付いていないタバコを踏み潰しながら口元が歪む。悪魔のような笑みを作るように。
不意に、僕らの足元が膨れ上がる。慌ててその場から離れると地面が勢いよく爆発した。
「何だ・・・・・・!?」
すぐに避けたつもりだったが、アスファルトの隆起に巻き上げられて少しだけ体が宙に浮く。砂塵に顔を顰めながらそれを見る。
巨大な腕。
タケノコのように地面を突き破り、巨兵魔器と同じくらいの大きさの腕が生えていた。その腕は人と同じだが、ゴツゴツとした岩を突き刺したみたいに形を整えている。まるで何かのオブジェだ。
更に腕は地面を叩く。再び地面が膨れ上がり、巨大な岩の塊が地上にその姿を現す。
「ゴーレムの守護神獣?」
「へえ、分かるのかい」
ゴーレムは四メートル前後と巨兵魔器より少し小さい。しかし、その姿には巨兵魔器とはまた別の迫力があった。
ゴーレムが何の合図もなしに腕を振るう。横薙のフルスイング。二人の人間を殴り殺すには十分な威力だ。スピードも速くて避ける暇すらない。況してや、グリモワールを開ける時間なんてある筈がない。
バギンッ! と音が響く。それはゴーレムが僕と朱莉を殴った音でもなければ地面をぶつけた音でもない。
それは、ゴーレムの腕が止められた音だ。
虚空から突如現れた巨大な腕がゴーレムの拳を受け止めている。その腕から紫電が走り、握っていた岩の拳を砕いた。
「――――――《雷火》」
朱莉が自分の巨兵魔器の名を呼ぶ。虚空を裂いて黄色い鎧を纏った巨人が夜闇にその姿を現す。
《雷火》の攻撃は拳を破壊するだけでは終わらない。肩のアンテナから青白い光が球体となって集まる。そこから閃光となってゴーレムに突き刺さる。体中の岩が砕け、あっさりとバラバラとなって地面を転がる。その中の一つが思いっきり坂を降って行き闇のへと消えていった。
これで終わりと思いきや、バラバラになった岩が磁石のようにくっ付いた。しかも再生スピードが意外に早い。このままではまたゴーレムが復活してしまう。
だが、驚くのはそこではない。ゴーレムが倒れた方向――――――降り坂の方に雫の姿がなかった。居るのはこんな状況でも動かないレインだけだ。
「すごい破壊力だね。これじゃ僕のディアンカでもすぐに分解されても仕方ない、か」
僕と朱莉は同時に背後に振り返る。
そこには雫がいた。それに一人じゃない。
雫の後ろには金属の鎧を纏った巨大な人がいた。鮮やかなオレンジ色をした装甲の巨兵魔器。
「巨兵魔器!? どうして・・・・・・?」
雫はさっきゴーレムの神獣がいた。それなのにどうして神器と敵対する巨兵魔器を従えているんだ? レインがどちらか操っている考えも無くはなかったが、地面をつまらなさそうに見ている姿はとても操魔師にも神獣の親にも見えない。
「《雲霧》!」
呼ばれた巨人は手にしていた自分より長い八メートルくらいの斧を《雷火》へ振り下ろす。
三日月状の曲線を描いた五メートルほどの刃先と逆方向にはそれより少し短い刃先が横向きに取り付けられた形をしている。刃が極端に大きいため柄が短く感じてしまう。更に斧頭の上半分は柄から大きく突き出て鋭くなっていて槍のようにも見える。
その独特の形状をした斧――――――バルディッシュが《雷火》を斬りつけた。
そう思った瞬間。
《雷火》が姿を消した。跡形もなく、その場から雲散霧消する。
「・・・・・・え、どこに・・・・・・?」
朱莉から唖然とする声が漏れる。こんな朱莉を見るのは初めてだ。
周囲を見渡しても何も見えない。代わりに遠くから何かが落下する衝撃が音となって響き渡る。
「悪いけど、お嬢ちゃんは少し席を外してもらえるかな」
そして、いつの間にかさっきと同じように朱莉のすぐ目の前に雫が立っていた。あまりにも突然の出来事で反応が遅れた朱莉の頭に手を置く。
すると、《雷火》と同様に朱莉が消えてしまった。一体どうなっているんだ・・・・・・?
「やっと落ち着いて話が出来るね。坊ちゃん」
「朱莉は・・・・・・どこに行ったんです?」
雫の動きに警戒しながら訊ねる。それを雫は鼻で笑う。
「そう構えなさんな。お嬢ちゃんなら無事だよ。ちょこっと離れたところまで飛ばしただけだから」
「飛ばした?」
原理がいまいち解らなかった。《雷火》は斧で吹き飛ばされたようには見えなかったし、朱莉に関しては頭に手を置かれただけだ。
「僕の巨兵魔器の機能は強制転移なんだよ。空間移動と言ってもいい。だから共通義肢で僕自身を移動させたり触れた相手を離れた場所に飛ばせたり出来るってわけ」
暗くて分からなかったが、よく見ると雫の両足と左手が機械の義肢であることが判る。
「ここまでしといて言うのもなんだけど。坊っちゃん、協力してくれるかな?」
「協力って言ったて・・・・・・」
「さっきは行動を共にしてほしいっつったけど、四六時中一緒にいるわけじゃないさ。この場合、遠くから坊ちゃんを見守らせてほしいといった方が正しいかもね」
「見守る?」
「始めに言ったけど、十世戒教団は漆黒の巨兵魔器を探している。特別坊ちゃんの巨兵魔器とは限らないけど、絶対ないとは言い切れないからね。坊ちゃんが教団に襲われた時にすぐに助けに入るから――――――その・・・・・・悪い言い方になっちゃうけど、つまりは囮役になってほしいわけだ」
本当に嫌な役だな。でも、
「それなら・・・・・・まあ、いいですけど」
朱莉の反応からしても雫の言うことは嘘ではなさそうだし、実際襲われた時に雫のような強い操魔師がいてくれた方が安全だ。会ったばかりの上に知り合いを飛ばした人間を信頼するには早い気がするが、この場合仕方ないだろう。断ったところで付いて来るだろうし。
若干渋々と了承することにした。
「ありがとう! 恩に着るよ」
雫は嬉しそうに笑う。まるで小遣いを貰った子供のように。
「とりあえず、朱莉には謝っといてくださいよ。説明しておかないと後々やっかいですから」
「わかった。じゃあ、今からお嬢ちゃんに謝罪に行って来るから先に帰っていいよ。説明が終わり次第すぐに追いかけるから」
「はい」
僕の返事を聞いた雫はそのまま振り返って坂を上り出す。レインを置きっぱなしにして大丈夫なのだろうか。
「雫さん!」
僕は坂を上って行く背中に向かってその名前を呼ぶ。別れる前にこれだけは訊いておきたい。
「何だい、坊ちゃん?」
「その坊ちゃんってのやめてください! ――――――そうじゃなくて、その・・・・・・」
さっきから坊ちゃん呼ばわりされることが嫌だったので訂正してもらおうとは思っていたが、それ以上に訊きたいことがうまく言葉にならなかった。
守護神獣を持ち、更に巨兵魔器まで保有している。あの朱莉を簡単に倒してしまったがさっきの戦闘では本気を出しているようには見えなかった。二つの相容れないと思われる力を操るあなたは一体、何者なんだ?
「――――――ああ、僕は両儀相剋器なんだ」
雫が僕の考えを読んだようにそう答えた。