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第13話:海に潜む魔物(3)

 怪物――――――異変神獣ゼノ・フラーテルが咆哮を上げる。

 それを掻き消す気持ちで僕は叫ぶ。

「来い、《月讀》!」

 グリモワールから闇の空気を纏った亡霊が現れ、漆黒の鎧をした巨人へと姿を変える。出現と同時に高々と右腕を上げ、その拳は自身の装甲よりも濃い漆黒の闇を放つ。そのあまりにも濃密な闇は太陽の光さえも届かない。

 昨日と同じように闇を纏った拳を怪物にぶつける。

 直前。

 艦船が大きく揺れる。地震でも起こったように甲板が震動した。

「な、なんだ!?」

 船が揺れたせいで《月讀》の攻撃は大きく外れてしまう。それによってバランスを崩した《月讀》に向かって怪物が体当たりしてきた。管理塔に直撃し、その上に《月讀》を押し潰すように怪物が伸し掛かる。

 しかし《月讀》も黙ってやられるわけにはいかない。背中のエンジンを噴いてすぐさま押し返して弾き飛ばす。

 それと同時に再び右拳に闇を纏い、今度こそ当てるべく思いっきり振り被る。

 怪物もワニのような大きな口を開け、鋭い刃を見せ付ける。

 《月讀》は怪物に向けて闇の拳を振るう。怪物は口から津波を圧縮したようなに放水する。昨日の鱗から出た水鉄砲以上に太い水の塊を口から《月讀》に向かって発射した。

 闇を纏った拳と放出された水鉄砲がぶつかる。

 すると、直撃した水が《月讀》の拳の吸い寄せられるように流れる。

 怪物の攻撃を《月讀》は突き出した闇で受け止めているのだ。昨日それに似た攻撃を受けたから解るが、あれは巨兵魔器アニマ・ミーレスを吹き飛ばした時以上に強力な技である。それを《月讀》が簡単に防いでいる姿には余裕すら見える。

 今更《月讀》が強力な巨兵魔器だと思い知らされる。ただ、僕にそれを操る能力と精神力が劣っているだけだ。

 ――――――臆するな。目の前の敵に集中しろ。自分の力――――――《月讀》を信じるんだ。

 自分にそう言い聞かせて怪物を見据える。

「《月讀》!」

 僕の声で《月讀》は背中の大剣を抜き、右拳と同じ闇を纏った剣を未だに放水し続ける怪物に振るった。怪物は攻撃を中断して後方にジャンプする。その着地地点に向かって《月讀》は右腕を突き出した。すると、右拳に集まった闇の塊が砲弾のように撃ち込まれる。

 だが、その刹那。

 甲板が割れ、そこからドバッ! と海水が噴き出す。それが僕らの視界を塞いで怪物を見失ってしまう。

『左だ、春幸!』

 通信機から紅澤の声が響く。

 指示通り左前方から水の壁を突き抜けて怪物が現れる。反射的に僕はそっちを向く。

 その直後、《月讀》の大剣が左手から弾かれる。

 海水の壁から水が砲弾のように撃ち込まれたのだ。怪物に気を取られていて反応が遅れた。大剣は空中に投げ出され、《月讀》から離れた場所に突き刺さる。

 勿論怪物がそれを黙って見ているわけがない。

 背中の鱗が割れてそこから太い触手が鞭のように《月讀》を襲う。《月讀》攻撃を恐れてか両腕をがっちりと触手に絡まれてしまった。拳の闇が消え、変わりに軋むような音が聞こえてくる。触手で《月讀》の装甲を砕こうとしているのだ。逃げようにも怪物はそれを許してくれない。

 だが、逃げれないのは怪物も同じだ――――――

「今です!」

 手元の通信機に叫ぶように言う。

 途端に怪物の鱗が爆発する。更に紫電が走って触手を通して《月讀》もダメージを受ける。僕にも共通義肢イニシエータを通して少しビリッとした。

「朱莉! もうちょっと手加減してくれないと《月讀》まで壊れる!!」

『・・・・・・』

 無言の答えが返ってくる。了承してくれたと思っていいんだよね・・・・・・?

 三体の巨兵魔器の攻撃が怪物へ集中砲火される。その中で一番驚いたのは《翠閃》だ。真っ直ぐな槍のような閃光が怪物の身体を貫いてその度に血が噴き出す。その光景はかなりグロテスクだ。

「菊池の攻撃ってすごいな」

 思わず呟いてしまう。

「《翠閃》は魔力を凝縮した矢をつッス。だからどんな厚い壁でも貫通するッスよ」

 まるで自分のことのように自慢する根岸。それって巨兵魔器の鎧も含まれるのか? だとしたら最悪じゃないか。下手したら今ここで僕が殺されてしまう。

 攻撃が始まって五分もしない内に怪物は動きを止めた。あれだけの攻撃を受ければそれも仕方ないと思う。

 動かないのを確認した紅澤たちが攻撃を止めてゆっくりと船で近づいてくる。

 四隻の艦船が横付けされ、甲板が野球球場のドーム並の広さになる。そして繋がった甲板を通って全員の巨兵魔器が中央に集まった。《月讀》や怪物のいる場所へと。

 甲板は大分傷ついているが信じられないことに沈むことはなかった。実際四体の巨兵魔器が乗ってもなんともない。下から貫通して海水まで噴き出したのに大したものだ、と現代の軍兵器の頑丈さに感心してしまう。

 沈没しないのはいいが、ボロボロの上に赤い血がべっとりと付いた船というのはゴーストシップのようで不気味だ。

 深手を負った怪物は弱々しくうめきながら陸上に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせる。体を一生懸命に動かそうとするが起き上がることすら出来ないようだ。

「これで終わりだな」

 《嵐焔》が槍を腰から抜き取り切っ先を怪物に向ける。

 これで終わり。僕もそう思った時、

「待ってくださいっ!」

 槍と怪物の間に飛び込む人影――――――それは湯淺中尉だった。

「何のつもりだ?」

 紅澤が怪訝な顔をする。それも当然だと思う。

「お願いします。この子を見逃してあげてください」

 突然何を言い出すんだこの人は。

「どうしてオレ様がそんなことをしなくちゃいけねえんだ?」

「それは・・・・・・」

 湯淺中尉は言葉を詰まらせる。それを見ながら紅澤は淡々と言う。

「今回の上からきた命令を言ってみろ」

「・・・・・・この海域に現れた異変神獣かいぶつの殲滅・・・・・・です」

「そうだ。軍人であるオレ様たちにとって上からの命令は絶対――――――解ってるだろ?」

「解ってます。けれど――――――!」

「けれど、何だ? こいつをまた海に帰してまた他の船やこの海域の生態系をぶっ壊すのを見過ごせってか? そんなことはオレ様は出来ない。軍がこの怪物を殺せって言ったのは何も神獣を恐れてのことじゃねえ。金銭、人と実際に被害が出てるからだ。しかもオレ様たちのように巨兵魔器や神器みたいな力を知らない一般人が、だ。死人が出てねえだけでも奇跡に近い」

 紅澤はポツリと言う。

「お前は残酷なやつだな。親に見捨てられたガキがどんな思いをするか誰よりも解ってるのによぉ」

 《嵐焔》が槍を振り上げる。それを湯淺中尉は目を見開いて見上げる。

「最終通告だ、栄美子。そこをどけ」

「ど、どきません!」

「潰せ、《嵐焔》」

 冷徹な一言。

 《嵐焔》は紅澤の命令に従って槍を怪物に向かって振り下ろす。湯淺中尉ごと。

 紅澤には確かに軍人として果たさなければならない使命があるのかもしれない――――――それこそ、何かを犠牲にしてでも。

 だけど―――――――

「何で邪魔をするんだ?」

 紅澤が僕を睨んでくる。目だけで人を殺せるくらい怖い目で。

 当然、それは《嵐焔》の槍を《月讀》が後ろから掴んで振り落とすのを止めたからだ。部下に命令を聞いてもらえない上に任務の妨害をされれば流石に怒るだろう。

 だけど、だからこそ――――――

「黙って見てなんかいられませんよ。こんなの、間違ってる」

「何も知らねえガキがほざくな」

「解りませんよ。仲間を犠牲にしてまで全うしなきゃいけないことなんて」

「よく言うぜ。オレ様と同じ操魔師のくせによ」

 半場呆れたように紅澤が呟く。

 《嵐焔》が槍を奪い、その切先を《月讀》に向ける。

「そこまで言うなら、オレ様を止めてみろ」

 槍を《月讀》に振るう。それを《月讀》が柄の部分を左手で受け止める。

「後悔しないでくださいよ」

「そりゃあ、オレ様のセリフだ」

 《月讀》が槍をがっちりと掴む。空いた右手に闇を纏う。

 槍をこちらに引き寄せて、近づいてきた《嵐焔》を殴るつもりだった。

 だが、

「《嵐焔》、モードCだ」

 紅澤の声によって《嵐焔》の肩に砲身の短い大砲が出現する。そして、出現と同時に火を吹いた。魔力で精製した砲弾が《月讀》に近距離から直撃する。

 爆音と共に《月讀》はあっけなく吹き飛ばされて甲板を転がる。

 吹き飛ばされたのは隣に横付けされた艦船の上だった。もし甲板同士が繋がっていなければ海へ転がっていた。

「《嵐焔》、敵に隙を与えるな」

 紅澤の攻撃はまだ続く。《月讀》に向かって砲弾を撃ち込む。倒れながらも《月讀》は手に闇を生み出してそれを防いだ。それでも紅澤は砲撃を止めない。

「飛べ、《月讀》!」

 《月讀》は背中のエンジンを噴き出す。横になった状態なので甲板を滑るように進んだ。甲板を抜け、上空へ舞い上がる。悪魔のような機械の四枚羽を広げて。

「《嵐焔》、モードEに変更」

 《嵐焔》の背中に鉄の塊が装着され、そこから細長い砲身が二門伸びる。そのまま照準を《月讀》にセットして発射する。飛距離はさっきの砲身が短いやつと比べておそらくずっと広い。《月讀》がかわした弾はその遥後方で爆発する。対空砲と思われるそれは《月讀》を狙い何発も撃たれていく。

 だが、空中にいる《月讀》には一発も当たらない。それどころか避けながら少しずつ《嵐焔》に近づいている。

「未来視か」

 紅澤がぶっきらぼうに呟く。やっぱり知っていたか。

 《月讀》はあの巨体の割りに機動力が高い。だからといって軍人である紅澤が操る《嵐焔》の連続砲火を素人が操る巨兵魔器がまぐれで何度も避け続けられるわけがない。

 そのカラクリは僕の共通義肢の機能である未来視にある。三秒までの未来を視る力。それを使って僕はいつどこにどのように砲弾が飛んでくるのかが解る。

 しかし、それでも連続で撃たれる弾を読み続けるには限界がある。力に負担が掛かり過ぎているのか、時々ブツリと未来の映像が途絶える。その時は勿論相手の行動が読めないので勘で避けるしかない。視えないせいで避けることが出来ない攻撃もあって、それは闇の拳で打ち消す。辛いが、避けては消してを繰り返していった。それでも確実に《月讀》は《嵐焔》との距離を縮めていく。

「ここからどうするか、見物だな」

 そう、問題はここからだ。距離を近づければ近づける程砲弾に直撃する確率は増えていく。《月讀》は空中ではうまく防いだり避けたり出来たが、それは次の砲撃からこちらに届くまでの時間差が長かったからもあるのだ。だが今はそれも短くなっていく。もし一発でも攻撃を喰らえば連鎖的に砲撃を受けてしまうことになる。

 僕なりに知恵を引っ張り出そうと考える。何か、何かないのか・・・・・・?

 そこで甲板に転がっているものの存在を思い出す。それは《嵐焔》の背後の離れた場所に突き刺さっていた。更に今まで《月讀》がやってきたことを振り返る。《月讀》の操る闇は一体どんな能力なのか、僕は必死に考える。

「《嵐焔》、モードCに変更」

 そろそろ船に着いてしまう《月讀》に対して《嵐焔》は短い砲身の強化外装を肩に乗せ、片手で握っていた槍を両手で持ち直す。近接戦闘に備えているのだ。

 ――――――時間がない。

 僕は賭けに出ることにした。《月讀》が甲板に滑るように着艦する。羽を収め、《嵐焔》に向けて右腕を突き出した。濃い闇が塊となって右拳に集まる。

「来い!」

 僕の叫びと共に《嵐焔》の肩から砲弾が撃ち込まれる。更に同時に《嵐焔》が鋼鉄同士がぶつかる音を立てて俯せに倒れた。《月讀》に向かって飛んできた弾は右手の闇が全て打ち消す。

「何だっ!?」

 紅澤が驚きの声を上げる。《嵐焔》が転倒した原因を見て更に目を見開く。

「《月讀》の大剣だと!?」

 《嵐焔》が倒れた原因は《月讀》の背中に装備されている大剣だ。怪物との戦闘の時からずっと甲板に刺さっていたのを《月讀》の闇を使ってぶつけたのである。正確には大剣を《月讀》に引き寄せたのだ。《月讀》の機能――――――引力を使って。

 考えれば簡単なことだ。怪物の水も《嵐焔》の砲撃も闇で打ち消していたのではなく、闇の中へ引き込んでいた。これが強化外装の本当の機能。飛行ユニットと言っているが、飛行も大剣もこの闇を増幅させる付属品でしかないのだ。

 闇に取り込まれたものはどうなるとか取り込めないものとの区別など、まだ解らない部分もあるが、その能力の一つが引力であることは間違いないだろう。それは今実証された。

 転倒している《嵐焔》に近づきその背中に向けて半分正体不明の闇を纏った右手を突き出す。

「これで勝負ありです」

 僕ははっきりとそう告げる。それに対して紅澤はクククッと笑い声を漏らす。

「何がおかしいんですか」

「春幸。お前は甘すぎる――――――《嵐焔》!」

 紅澤は俯せになった《嵐焔》の名を呼ぶ。

 すると、両足の側部に細長い箱が出現する。くるりと回転して《月讀》の方に三つ穴の空いた部分が向けられる。それがミサイルポットだと気づくのに少し時間がかかった。

「《月讀》!」

 咄嗟に僕は自分の巨兵魔器の名を叫んだ。

 《月讀》は穴から出てきたミサイルを右手の闇で破壊する。だが、一本だけそれから逃れて空に上がる。空中で方向を変えて真っ直ぐに落ちてくる。横たわって動かないに怪物――――――その近くにいる湯淺中尉へと。

「護れ、《月讀》!」

 《月讀》はすぐさま闇の塊をミサイルに向けて撃ち出す。

 しかし、ミサイルの方が速い――――――間に合わない!?

 その時、湯淺中尉の横にいた怪物が発光した。全身を淡い光が包み込む。鱗が割れ、そこから水が津波のように溢れ出す。怪物の形をした光もそれに流されるように崩れて行き、その津波がミサイルを破壊した。

 ミサイルが爆発して津波が空中で割れた風船のように散り、そこから一匹の獣が現れる。

 それは、怪物とは違う気高い神獣だった。




 怪物と《嵐焔》の騒動を終えて一同は甲板に集まった。甲板といっても怪物と戦闘を行った艦船の上でなく、損傷のない船の方だ。

 全員巨兵魔器をそれぞれ戻してこの船の甲板には僕らと二匹しかいない。巨兵魔器がいなくなっただけで広い甲板が更に広く感じる。ちなみに一匹というのは根岸の神獣のイグニスのことだ。そしてもう一匹は――――――

「本当に申し訳ありませんでした」

 湯淺中尉が深々と頭を下げる。その足元には一体の神獣が湯淺中尉に甘えるように横たわっている。

 先程まで暴れていた異変神獣が正常となった湯淺中尉の守護神獣だ。半年前に元神器使いだった湯淺中尉がこの海域に神獣を捨てたのがあの怪物を生んだ原因らしい。

 だから、親を求める異変神獣の習性を利用して誘き寄せる場所に湯淺中尉を待機させたのだ。今思えば最初に現れた時も湯淺中尉が出てきてからだった。紅澤は根岸の言う通り最初から気づいていたようだ。

 神獣の名前はアラナミ。パッと見るかぎり一番近い姿は犬。だが肌は鱗が消えて滑らかになり、尻尾は魚のような尾鰭おびれ、四本の脚は細くてその側面には鰭のような薄い羽が生えている。怪物化していた時は十メートルはあったのに今ではイグニスと同じくらいの大きさだ。頭が小さく、その額には水晶のようなものがある。

 何というか、颯爽さっそうとした姿になったものだ。異変神獣の時はオーストラリアの先住民の伝説に出てくるグランガチのような幻獣の姿をしていたくせに。まあ、グランガチは川や海の精霊と呼ばれているからある意味合っているのかもしれないが。

「気にしないでください。全員無事に終わったんだから頭上げてくださいよ」

 迷惑したのは事実だか、こうして謝られると責めることも出来ない。

「これからどうするんだ?」

 月島氏が紅澤に尋ねる。紅澤はアラナミを見下ろして言う。

「どうするも何もありのままを報告するまでだ」

「そんな!」

 僕と怪物の戦闘の拍子で艦船の制御をしている巨人兵器オートマタが故障した。今は直って正常に動いているが戦闘中の映像は残っていない。つまり、湯淺中尉が異変神獣を庇ったところも異変神獣がまともな神獣になったところも軍には知られていないのだ。

「待ってくださいよ。このままじゃ湯淺中尉は――――――」

「いいんです。永峰さん」

 顔を上げた湯淺中尉が静かに言う。

「私はそれだけのことをしたんですから」

「そうだ。オレ様たちのやってるのはガキの軍人ごっこじゃねえ」

 そういって紅澤の口元が緩む。

「だから、怪物はこのオレ様が仕留めたと上に報告する」

「え・・・・・・」

 意外な一言に湯淺中尉が唖然とする。それに対して、

「怪物への決定打はオレ様だぜ?」

 と呑気に笑ってみせる。

「でも、それでは――――――!」

「任務の内容を言ってみろ」

 紅澤はちょっと前に聞いたことをもう一度訊ねる。

 怪訝な顔で湯淺中尉は言う。

「この海域に現れた怪物の殲滅――――――」

「お前の足元にいるそれは、怪物か? 違うだろ?」

 その言葉に湯淺中尉は驚きを隠せない。

 それでも紅澤はアラナミの傍に屈み込み、その頭を撫でる。優しく、触る。アラナミも気持ち良さそうにされるがままになっている。

「今回のことは許されることじゃねえ。だからってブタ箱にお前をぶち込めば許されるってわけでもねえ。神獣は自分の守り神のような存在であると同時に契約者と神柱利器の間に生まれる子でもある。子を捨てる親はどんな理由であろうと最低な人間に変わりない。捨てられた子はどうしていいか解らずに暴れる。駄々を捏ねるガキのようにな」

 だからこそ、と続ける。

「お前はそいつと一緒といないといけない。離れちゃいけねえんだ。親子揃って迷惑かけた分――――――いや、それ以上にお前らは償いをしろ。その手伝いをオレ様がしてやる。だから、これからもオレ様について来い!」

 力強く紅澤は言う。

 それに湯淺中尉はコクリと頷く。

「――――――はい」




 帰りの新幹線の中。

 僕はふと思ったことを朱莉に訊ねる。

「なあ、朱莉。昨日のテストの代わりっていつやるんだ? 出来れば早めに教えてほしいんだけど」

 今回のテストは僕の夏休み生活を左右するほど重要なのだ。早々にテスト日を知っておかなければそれに合わせて勉強が出来ない。いきなり「明日からです」とか言われても困るのである。

 だが、朱莉の言った日はありえないと言いたいくらい信じられない時期だった。

「夏休み中です」

 は?

「一体いつだと思ったんですか?」

 さも当たり前のように言う。勿論僕は反論する。

「夏休み中っておかしいだろ。成績とかどうするんだ?」

「そんなの決まってるじゃないですか」

 感情のない顔の口元が歪む。

「そのために補習というのが存在するんですから」

「・・・・・・」

 僕は言葉を失った。一瞬で目の前が真っ白になる。

 終わった。

 僕の夏休み――――――

「まあ、不本意ではありますが、一緒に頑張りましょう」

 そうおかしそうに笑いながら朱莉は言った。

 当然、今の僕にはそれを見る余裕がなかったことは言うまでもない。

 実につまらないオチだ。

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