第9話:地底に眠るもの(2)
「永峰くん、起きてください」
そう呼ばれる声で僕は目を覚ました。気だるい体を起こして現状を確認する。
「陽山・・・・・・ここは?」
目の前にある光景が理解できなくて僕は戸惑う。
「わかりません」
首を振りながら申し訳なさそうに呟く。
「そっか」
無理もないか。陽山が解らなくても仕方ない。
僕たちがいるのは土色の大理石のようなものを敷積めた床に野球場と同じくらいの広さの部屋。部屋と言っても床以外は土や岩が剥き出しだ。その奥には頑丈そうな鉄製の扉があり、それを護るように巨大な銅像が一体ずつ両側に置かれていた。一体は槍が握られ、もう一体には剣が装備されている。中世の騎士を思わせる銅像は巨兵魔器と同等の大きさなので尚更迫力がある。
「どうして学校の地下にこんなものが?」
「何かを護ってるみたいね」
いきなり後ろから声が聞こえた。
そこは大きな池となっていた。水が澄んでいるため底が潜らなくても見えるが、水深はかなり深い。その上にはチョロチョロと水が壁に沿って流れている。水の出所は巨大な穴。天井に届くくらいの位置に開いたあの場所から僕たちは落ちたことになる。
ずぶ濡れのミライが岸に上がりながら僕を見つめてくる。透けてこそいないが、ミライの服は肌に張り付いていて身体のラインがはっきりと分かってしまうためすごくエロい。
「お前はそこで何してるんだよ」
首より下を見ないようにしながら訊ねる。
「出口を探してたの。ま、人が通れそうな穴はなかったけどね」
なるほど。確かに水の流れを辿れば自然と外に繋がる。結果はハズレだったようだが。
「サツキ、お願い」
「あ、はい」
ミライの言葉に応えて手を翳す。すると、ミライの髪や服がフワッと浮き上がり濡れていた体が乾いていく。
「へえー、神器ってそんな使い方もできるんだ」
陽山の『焔迦』は炎を使う神器だ。それならその熱で服を乾かすことも可能だろう。
「陽山、僕もお願いしていいかな?」
正直濡れた服を着続けるのは気持ち悪い。
「あー・・・・・・それだと時間かかりますけど」
「え、何で?」
「一瞬では無理よ。早く乾かしてもらいたかったら服全部脱いでパッとやってもらうしかないわね」
「何でだよ。ミライはそのままの格好ですぐに乾いたじゃないか」
男だけ脱がなければならないというルールがどこにあるというのだ。
「私だから出来たの。ハルユキがやったら高熱を全身に当てられて酷い目に合うわよ?」
「どういう意味だよ」
「忘れたの? 私の身体の殆どは神器なのよ。私にとってこの程度でも、生身のハルユキには重傷に繋がることだってあるんだからね」
そういえばそうだった。毎日同じ家で生活しているから時々忘れてしまう。
ミライは普段は人間の姿をしているが、本来の姿は刀である。元々人間だった彼女に『布都霊』という神器がミライに寄生したためにこんな身体になってしまったらしい。そのためミライは自身を“身体の殆どは神器”と曖昧な言い方をする。彼女のような存在を神柱利器と呼び、他にも似たようなのが何人かいるという――――――大分前にミライに教えられたことだ。
「つまり、僕が服着たまま陽山に乾かしてもらったら全身大火傷になるってことか」
「そうそう。服単体なら平気だけど――――――全裸になる?」
「全力で断る」
服は乾かしてもらいたいが、同級生の女子の前で素っ裸になるのは流石に抵抗がある。気持ち悪いが我慢するしかない。例え恥を捨てて渡したところで、今のミライの言葉を聞いてから頬を真っ赤にしている陽山に頼んだら加減を間違えて服をただの灰にされかねない。
「そういえば、沢崎と栞も今潜ってるのか?」
今になって二人がいないことを思い出す。
「いや、あの二人は行方不明」
「は?」
「大丈夫。ここの水路には詰まってなかった」
「何が大丈夫なんだよ!? 早く探さないと!」
「じょあ、あそこ登る?」
僕らが落ちてきた水路の穴を指して言う。とても登れるような高さじゃないし、例え登れてもまたあの鉄砲玉のような津波にあえばまた戻ってしまう。よくあの高さから助かったな、と今更ながらゾッとする。
「ここから出るにも二人を捜すのにもあそこしか道はないでしょ?」
まるでRPGゲームに登場するラスボスの入口のような扉を見てミライが言う。
「・・・・・・わかってるよ、そんなの」
不貞腐れるように僕は言い返して進んだ。
歩くだけでも辛い。靴と靴下だけでも乾かしてもらおうかな、と悩んでいるとすでに扉まで後十メートルの位置まで着ていた。見上げると銅像が僕らを睨むように見下ろしている。造り物とはいえけっこう怖い。
『侵入者を確認――――――操魔師が一人と神器使いが一人』
『――――――そして、神柱利器が一柱』
唐突に響く声。武骨な声を放つのは屈強な戦士のように造られた二つの騎士の像。
『敵は排除する』
像の目に光が宿る。双方が持つ武器を構えてそれを僕らに向けた。そして、迷わずにそれが僕たちのいる場所に振るわれる。
「なっ!?」
僕は慌ててその場から飛び退く。振るわれた剣が床を叩きつけ、その破片が銃弾のように弾ける。僕は辛うじて破片から逃れるものの剣が床を破壊した衝撃の爆風で無様に地面を転がる。
「永峰くんっ!」
「ハルユキっ!」
陽山とミライの僕を呼ぶ声が同時に聞こえる。二人は僕と違って素早く攻撃を回避して既に武器を手にしている。
陽山は炎を纏った双剣を。
ミライは自身の身長と同じ大きさの長刀。黒い柄を握る姿は剣士そのものだ。剣にならなくても使える方法があるんだな、と思わず関心してしまう。自身が剣のせいなのか、刀が以前の陽山と同じ仮契約状態と呼ばれていた時のように半透明化している。
陽山が『焔迦』から炎を一閃し、炎が石で出来た騎士に着弾する。爆発にも似た音が部屋に響き渡り、その衝撃をモロに喰らった騎士は軽く仰け反る。
「今よ、ハルユキ!」
ミライの言葉に頷く。
「出て来い、《月讀》!」
僕の呼びかけに応じてグリモワールの蓋が開いた。闇が陽炎のように噴き上がり亡霊の体を漆黒の鎧へと変えていく。
完全に形を成すと同時に《月讀》は目の前の剣を持った騎士と激突する。
鋼鉄の鎧と石像がぶつかる轟音が部屋に響く。僕はその邪魔にならないように後方に距離を取る。
「ハルユキ、そっちは任せた!」
ミライが叫びながら剣先を槍を持った騎士に向ける。その刀身から青白い閃光が放たれ、同時に刀身が赤く染まりミライの体からバチバチと同色の電気が漏れる。
閃光を受けた騎士は大きく仰け反った。そのまま倒れるかと思いきや、騎士は持っていた槍をミライに振るう。それをミライは華麗にかわし、人間技とは思えない動きで跳躍する。
隙が出来た騎士に今度は陽山が斬りかかる。狙いは槍を握っている手。そこに容赦なく炎の斬撃をぶつける。ガギンッと鈍い音が響く。陽山が攻撃した場所はヒビが広がり、動かせばボロッと取れてしまいそうだ。
ふう、と息を吐きながらもう一撃決めようと陽山は剣を構えている。その背中を騎士の空いてる拳が襲う。だが、その拳が陽山を襲う前に砕け散った。落雷にあったように拳は焦げた瓦礫へと姿と変える――――――ミライの攻撃だ。陽山は一瞬驚くがすぐに剣を構え直して目の前の腕を今度こそ斬り落とした。
その騎士は両手を失って戦意が喪失したように目に宿っていた光が消える。
「《月讀》!?」
《月讀》が押されるように一歩下がる。
ミライと陽山と違ってこちらは苦戦していた。
もう一体の剣を持った騎士が《月讀》に剣を何度も振るう。場所が狭いのと僕らがいるということもあってあまり大きな動きが出来ない。そのせいで《月讀》の装甲にいくつもの切り疵がついている。単なる力比べなら《月讀》の方が上なのだ。しかし、攻撃手段が殴る蹴るといったRPGゲームの主人公の初期設定よりひどいものなので、武器を持った相手に思うように戦えない。
試しに拳を振るっても、剣で受け流されたり叩きつけられたりして当たりはしない。せめて武器があればいいのだが――――――と、目に入ったものを見て僕は閃く。
「《月讀》! その槍を使え!」
僕の目に映ったのは先程やられた騎士の槍。陽山は腕を斬ったので槍はまだ使える。
《月讀》は槍を掴むとそれを剣を持った騎士に投擲する。それを騎士は剣で無理矢理受けると貫通して胸に槍が突き刺さる。剣が砕け、両手で槍を抜こうとする騎士に《月讀》が体当たりする。騎士は腕を交差させて攻撃を受けるが、その両腕があっさりと折れて壁に叩きつけられる。《月讀》は止めに右拳を騎士のひび割れた胸にぶつける。騎士の胸の奥へと拳が突き刺さると目の光が失われて砂のように崩れていった。
「はあ・・・・・・びっくりした」
僕は地面にへたり込む。それに合わせて《月讀》がグリモワールに戻っていく。
「大丈夫ですか?」
陽山が心配して僕に駆け寄ってくれる。僕と違ってあまり疲れていないようだ。
「ああ、何とかね」
「もう、情けないないなあ。それでも男?」
「悪かったな」
陽山と同じく余裕の態度のミライに文句を言いながら僕は立ち上がる。
古びている、それでいて頑丈そうな扉の前で止まる。
「いくぞ」
二人が頷くのを確認して僕は扉を開けた。
扉を抜けた僕は眩暈を覚えた。車酔いしたように気分が悪い。
それが治まると僕は目を疑った。
「なんだよ、これ」
僕は目の前の光景を見て唖然とする。
その場所はさっきと比べ物にならない広さの空間。しかし、あの広間と違ってここは全てが人工的なものばかりだった。天井にはいくつもの照明やクレーンが設置され、壁には見たことないような機械がずらりと並ぶように備え付けられている。まるで軍事基地のようだ。そして、その中心には水面に巨大な船が置かれていた。全体的に丸みを帯びた装甲に羽のようなヒレが大小と四つずつ付いている。簡単に言うと潜水艦とミサイルを合体させたような船だ――――――水に浮いているからといって船とは限らないが。
「なあ、これって――――――」
ミライと陽山に意見を聞こうと振り返ったら、そこには閉ざされた扉しかなかった。
「なっ・・・・・・どうして?」
二人は僕と一緒に扉を抜けたはずだ。それに僕は扉を閉めた覚えもない。
「――――――それは彼女たちが操魔師じゃないからさ」
どこからともなく聞こえた声が部屋に反響する。
「誰だ!?」
僕は声の主を捜そうと周りを見渡すがどこにも見当たらない。
「中に入りなよ。そうすれば君の求めるものが得られるよ」
その声に反応するように船の側面が開いて橋が出てくる。僕はどうしようか迷ったが二人の安否も気になるし、声の主はここについて何か知っているようだ。罠ではないと言い切れないないが、無鉄砲に引き返すよりは進んだ方がマシだろう――――――よし、行ってやる。
僕は躊躇いながらも橋を渡る。
船の中は僕がイメージと少し違っていた。てっきり人一人通れるのがやっとの広さの通路かと思ったが、三人くらい並んで歩いても余裕のある道になっている。所々部屋に繋がる扉もあり、その廊下は船内とは思えないくらい綺麗にデザインされていた。まるで高級ホテルの中にいるみたいだ。
やがて道に沿って歩いていると他とは違う大きめの扉が見えた。ここかな? と立ち止まっていると自動にスライドした。
そこは格納庫だった。ロボット漫画に出てくるような場所で、機体を並べるような装置が備えられている。何のための設備かは言うまでもない――――――人型兵器だ。
だが、それ以上に驚いたのは、出迎えに来た男が僕の見知った人物だったことだ。
「ようこそ、永峰春幸。ここで逢うとは予想外だ」
「・・・・・・高津原先輩」
僕はショックが隠せないでいた。
目の前の男、高津原直辰は歴史学部の創設者にして僕の先輩だ。大学生で少しサボり癖のある先輩だが、後輩の面倒見もよくて部員でもない栞にも優しく部室に受け入れる心の広い人物。交友も広く、よく友人たちと講義をサボっては遊びに行き、更に自分と同じ年齢では大学の研究室に出入りするくらい博識で頭が良い。そんな彼がどうしてこんなところにいる?
「どうして俺がここにいるんだ、って顔をしているな」
「当たり前です」
僕は思わずむくれ顔になる。困惑しているのにからかうような態度を取られると余計に腹が立つ。
「そう怒るな。今から説明してやる。ついて来い」
僕は高津原先輩に誘われるがままについて行く。
格納庫の端にあるエレベーターに乗ると、管理室のような場所に着いた。高さはそれほどないが広さだけなら高校の教室三つ分以上ある。その隅に何故か寝袋やゴミ袋などが置かれている。しかもゴミ袋は一種類ではなく、ちゃんと燃える燃えないなどで分別されていた。妙なところで律儀である。
「先輩ってここで暮らしてるんですか?」
「ちょっと調べ物があってな。一ヶ月くらいここにいる」
引き篭もりじゃないか、とツッコミようになるがここは堪えた。
「何を調べてたんですか?」
「これさ」
高津原先輩は寝袋とかと一緒に置かれていたトランクケースを持ち上げて見せる。
「見てくれ」
金属製の頑丈そうなトランクを一旦置いて、近くにあったパソコンを開く。ポケットからUSBを取り出してパソコンの端にプラグを挿し込む。少し間を置いて画面にデータが写し出された。
それは翼だった。
機械の翼にはあまり知識はないが、それでもこれが特別なものだと解る。
「これはある巨兵魔器専用の強化外装――――――飛行ユニットだ」
画面に写る翼は外装用の装備だった。どうみてもこれは飛行機に付けるようなものではないく、どちらかと言えば人型兵器の背中に付けるものだ。まず始めに思い描くのは巨人兵器。しかし現代でも飛行出来る巨人兵器は存在しない。それが実現されるのには早くても後十数年は掛かるでしょう、と最近なんかのテレビで見たばかりである。だとすれば答えは一つ――――――巨兵魔器だ。
巨兵魔器は魔器という特別な力を使ってこの世に不思議な現象を起こす兵器。これならすぐにでも納得がいく。せこい気がするが。
「それは誰の巨兵魔器の装備なんですか?」
「分からない」
「分からないって・・・・・・」
専用と言い張るくらいだから特定の巨兵魔器の装備なのだろう。なのに何故分からないのだ。
「学園が確認している巨兵魔器のデータがこのUSBに全部入っている。だけどどの巨兵魔器にもこの飛行ユニットが適合する機体はなかった」
「それじゃあ、これは一体・・・・・・」
「さあな。未確認の巨兵魔器か、今後の未来に生まれる機体のためのモノなのかもしれない」
先輩はつまらなさそうに呟く。
それも仕方ないだろう。一ヶ月もこんなところに篭って結果が分からないじゃ誰だって落ち込む。徒労もいいところだ。
「それじゃ、外に出ようか。君と君の友人たちが入れば何とかなるだろう」
「あ、そういえばミライと陽山は!? それに沢崎と栞も!!」
わけの分からない場所に送られたせいで四人が行方不明であることをすっかり忘れていた。早く捜さないと!
「落ち着け。和真クンと栞クンは君達があの広間に落とされた時点で既に外に出ている」
「え、どうしてですか?」
「神器使いがここに入れないように、巨兵魔器や神器に精通しない人間はここに入れないようになってるんだ。だから安心しろ」
ふう、と僕は胸を撫で下ろす。
「じゃあ、ミライと陽山はどうしてるんですか?」
「見てみよう」
そういって管理室にある装置を操作する。すると先輩が険しい顔をする。
「まずいな」
「え?」
僕の応えに先輩は映像を壁に埋め込まれた巨大画面に表示する――――――ミライと陽山が戦闘をしている姿を。
戦っている相手は奇妙な姿をしていた。頭部と腹部がくびれずに繋がり、腹部からは長い尾が伸びている。足は八本で触肢には巨大な鋏。そして一番特徴的なのが尻尾の先。尾部は節に分かれていて、最後の節は何故か弓のような形状。尾は綺麗にU字型に曲がりそこに番えられている太い矢が正面の敵に照準を合わせる。その姿は――――――
「サソリ!?」
それはまさにサソリだった。だとすると尻尾の弓はもしかしてバリスタ?
「くそっ。春幸クン、行く準備をしろ」
「準備?」
何の? と訊ねる前に先輩がいきなり服を脱ぎ出した。
「わっ! 何やってるんですか!?」
「見ての通り着替えている。君も早く着替えろ」
いや、着替えてるのは判るけど、何で?
先輩はさっきのトランクとは別の旅行鞄からビニールに包まれた服を僕に抛る。それは普段学校で着ている修山学園の制服だった。
「何で学校の制服に着替えるんですか?」
先輩は既に制服に着替え終えて周辺の片付けを始めている。
「ここではそれが正装なんだ。これを着ていればこちらから手を出さない限りあれに攻撃されることはない。登録された人間以外はそれを着てないと問答無用で追い返される」
「でも、僕らは普通に入れましたけど?」
「こちらに関して無知な人間が混ざっていたからだ。余計な手出しをしてここの秘密を知られるわけにはいかないからね」
だから津波で外に弾き飛ばしたのか。無茶苦茶だ。
長身の高津原先輩の制服なので裾の丈が合わない。軽く許可を貰って手足の裾を折り曲げる。
僕が制服に着替えると先輩は登山家のように背中に荷物を無理矢理背負い、手にはゴミ袋を握っていた。その姿はまるで浮浪者だ。
「門番だってそうさ。脅しで攻撃してきたが君達がそのまま逃げれば追いかけてくることはない」
門番とはあの石像のことか。あれが脅し? その脅しで死に掛けた僕はすごくマヌケじゃないか。
「あ、これは君が持って行ってくれ」
飛行ユニットが入っているというトランクを先輩は問答無用で押し渡す。まあ、手ぶらだから当然と言えば当然か。
トランクは見た目ほど重たくはなかった。おそらく巨兵魔器のグリモワールと同じ仕組みなのだろう。
準備が整うと僕たちは急いでエレベーターに乗り込む。
「先輩、あのサソリは何なんですか?」
エレベーターで降りながら、ふと尋ねる。
「防衛兵器――――――この場所を護る防衛システムだ」