イケメン令嬢は婚約破棄されても微笑みを向け
こうやって、彼からお願いをされたのは何年ぶりだろうか。
私の婚約者であるヘンリーの屋敷には、小さな頃何度も遊びに行った。そんな思い出深い屋敷の裏で、五人の人間が立っていた。
私と、ヘンリーと、この国の姫であるアンナと、アンナに付いてきたと思われる衛兵が二人。
太陽は西側で照っているが、この場所は屋敷で日陰になっており、風が吹けば冷たい空気が肌を刺す。
アンナは、ヘンリーと腕を組んで、身体をぴったりとくっつけている。まるで、「私達は愛し合っている」とアピールしているかのようだ。
「エリザベス・エヴァンス。貴方と婚約破棄をしたい」
「分かった」
考える隙もなく言い切った私に対して、ヘンリーも、隣のアンナも驚いた表情をしている。
ヘンリーは動揺して、言葉を詰まらせながら述べる。
「……な、何故即答できるのか、理由を聞いていいかな」
「困ったな。理由を聞きたいのは私の方なのにな」
私は微笑みを浮かべて頭をかく。
確かに、傷付かなかったわけじゃない。ヘンリーを一生愛するつもりだったし、できることならばこれからも婚約をしていたいと思っている。
胸に痛みもある。もしも私の妹だったら、きっと涙を零して泣きすがっていたところだろう。
だが……。
「私は、愛すると決めた人の選択を、蔑ろにしたくないんだ」
その時ちょうど、風が吹く。ふわりと浮かぶ私達の服と髪。どこからか、甲高い風の音も聞こえる。
私はその風を切ってヘンリーへ近寄ると、拳を作る。
殴られると思ったのか、ヘンリーは身構える。……が、勿論私は殴ろうと思って拳を作ったわけではない。
こつん。と、彼の胸を軽く叩いた。
「幸せになれよ」
私は悔しくも悲しい想いを胸にしまって、笑顔を向けた。
二人は、目を丸くしたままこちらを見ているだけだ。
私は踵を返すと、革靴で石畳を叩く音を響かせながら、二人の元から去った。
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一週間後。
「おねええざまがわいぞうでずわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
束になった藁に座り込んだまま、耳に響く甲高い声で泣き叫んでいるのは私の妹であるマーガレットだ。
まだ十三歳である彼女は、ツインテールの三つ編みを揺らしながら泣いている。今回泣いているのは私が婚約破棄をされたからなのだが……私よりも悲しそうだ。
私は馬小屋の中でマーガレットの様子を横目で見ながら、我が家で飼っている白馬のブラッシングをする。
「マーガレット。泣くのは構わないが、少し声を落としてほしい。ハリーが怯えている」
名を呼ばれた白馬のハリーは、小さく鳴きながら大きく頷く。この子は本当に賢い。
「だってぇ……」
「仕方がないだろう。ヘンリーが真剣にお願いしていたんだ。断れないよ」
「でも、でも、酷いですわ! お姉様との婚約を、簡単に破棄するなんて!」
「いいんだ。これからは、婚約前に夢見ていた騎士の道を目指そうと思う。騎士になるチャンスをくれたと考えれば、ヘンリーもいい選択をしてくれたのさ」
「……お姉様健気で可哀想でずわあああ!!!」
マーガレットがこの状態になると、他の人ならば泣き止ませるのも中々難しい。だが、私であれば、簡単に泣き止ますことが出来る。
「じゃあ、私を慰めるために……ハリーに乗って、私と一緒にヒーミル湖まで行ってくれないか?」
この地の観光名所の名を述べると、マーガレットの涙はぴたりと止まり、ぱあっと明るい表情を浮かべた。
「行きます! 行きますわ! お弁当を作りますからねお姉様!」
私のためになることが出来るのが相当嬉しいのか、マーガレットはうきうきと肘を弾ませている。
本当は私が慰められたかったわけではないが、マーガレットが嬉しいのならばそれで構わない。
「では今から行きましょう! お姉様!」
「今から行ったら帰る頃には夜になってしまう。明日の昼に行こう」
「では明日の昼に行きましょう! お姉様!」
明るい笑顔で藁の束から降りると、マーガレットは「明日の準備をしますわ!」と言うと、スキップ気味に私達の住む屋敷へと走っていく。
そんな姿が愛らしくて、自然と顔が緩む。その時気が付く。マーガレットの姿が、傷付いた私の心を癒しているのだと。
慰められたかったわけではないと考えながらも、しっかり慰められている私自身におかしく感じて、私は白馬のハリーへ困ったように笑みを向けた。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
次の日。私がマーガレットと出かけるために、動きやすい服装に着替え、マントを羽織る。
騎士として生きる証として、剣を腰に差していると、使用人が私に声をかける。
どうやら、手紙が私宛に届いたらしい。私は使用人に礼を言い、去ったことを確認した後で、手紙の封を開けた。
差出人の名に見覚えがあった。小さい頃ヘンリーの屋敷に行った時、よくマドレーヌを焼いてくれていた、ヘンリーの家の使用人だ。
私は本文へと視線を下ろした。
「エリザベス様へ
この度は、このような結果になり大変悲しく思っております。
全てを読み切る前に、この手紙を破り捨てても構いません。
しかしもし許されるのならば今一度だけ、ヘンリー様のお話をさせてください。
婚約破棄は、ヘンリー様の望むものではございませんでした。
しかしアンナ姫に求愛され、断れば貴族としての立場が危うい状況でした。
ご主人様と奥様はヘンリー様へ婚約破棄をせがみ、ヘンリー様は受け入れること以外出来ない状況でした。
ヘンリー様は、決して他の人に目移りしたから婚約破棄を行ったわけではございません。
貴方はとても、愛されておりました」
最後の行を呼んだ後、小さく息が零れる。
私自身、この手紙をどう受け取っていいか分からずにいた。
愛してくれて嬉しい気もする。愛し合っていたのにも関わらず、離れ離れにならなければならない状況に悲しくも感じる。そして、今更どうしようもないことを伝える手紙を送った使用人に対して、僅かに怒りを感じた。
心を落ち着かせるために深呼吸をしていると、封筒に重みを感じ、まだ何か入っていることに気が付いた。
中を見てみると、指輪が入っていた。
封筒から手のひらへ転がしてみると、内側に私の名前が彫られていることに気が付いた。
私の左手の薬指にぴったりの大きさだと分かったが、嵌めて試してみる気にならない。
私は指輪を握りしめて目を閉じる。
婚約破棄を宣言された時、私はすぐに承諾してしまった。
それがベストだと考えていた。だが……。
「もう少し、泣けばよかったな」
誰にも聞かれないように、呟いた。
「お姉様ぁ! 準備できましたわ! お姉様は準備できましたか!?」
「あぁ! 今行く!」
指輪と手紙を近くの引き出しの中に押し込むと、目尻に浮かぶ滴を拭って、私はマーガレットの元へ走った。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
白馬のハリーが前へと足を動かす度、マーガレットと私と二人共揺れる。蹄鉄が土を踏む音を聞きながら森の中を進んでいく。
鳥の鳴く声も聞こえたが、私達を見つけると羽ばたいてどこかへ行った。
暫く進むと、まるで穴が開いているかのように、木々が生えていない箇所が見えてくる。
更に馬を歩かせると、そこはヒーミル湖だ。
魚の姿が鮮明に見える程に綺麗な湖で、近くにそびえ立つ木が反射して映る程の透明感。
「わぁ! やっぱりヒーミル湖は最高ですわ!」
マーガレットがハリーから飛び降りると、ヒーミル湖の近くまで走る。
私が微笑んで、ハリーから降りて近くの木に繋ぐと、マーガレットの隣に並んで、一緒に湖を眺める。
湖では微笑む私達二人が映っており、時折アメンボが私達の姿を揺らした。
そこからはいつも通りのお遊び。湖を眺めたり、足を入れて遊んだりして、二人で楽しんだ。
マーガレットの作った昼ご飯を食べ終わり、片づけをしている頃。
遠くから、複数の足音が聞こえた。
ここは観光地だから、他の人が来るのも何らおかしくはない。しかし、盗賊である可能性も考えて、私はマーガレットへ向けて人差し指を立てて唇に触れさせると、息を潜めた。
声が聞こえてくる。
「兄貴。俺達明日には億万長者になっていますかね? ぐへへへへへへぐへ」
「バーカ。ボスが億で俺達が万だよ。逃走経路の確保だけの役割の下っ端がそこまで金貰えると思うな」
「でもでも、ボス達が今襲いに行っているのは、姫の婚約者の屋敷ですよね? やっぱり宝石がっぽがっぽあるんじゃないですかね! ぐへへへへへへぐへ」
「そりゃあ、あるんじゃねぇの? 王国から大量に金銀財宝を受け取ったらしいからよ。だが、あそこ姫の婚約者って立場を分かっていないのか、衛兵一人いやしねぇんだ。最高に穴場って奴だよな」
会話を聞くことで夢中になっていると、急に頬を引っ張られ、痛みが走る。
「お姉様」
マーガレットが小声で話しかけた。
「ど、どうした急に」
「ずっと呼んでおりましたわ! 逃げますわよ。騎士道に励んでいたお姉様でも、わざわざいらない戦いをすることありませんもの」
私が迷った表情をしていると、彼女はびしりと人差し指で私の鼻を押す。
「ま、さ、か。お姉様を捨てた男を助けるなんて言い出しませんよね? あんな男、不幸になって当然ですわ!」
私のために真剣に怒るマーガレットの姿を見て、私は微笑みを見せる。
「マーガレット。すまない」
その謝罪だけで察したのか、彼女はやれやれと肩をすくめる。
「……分かりましたわ。お姉様。ちょうど盗賊さんもどこかへ行ったみたいですし、私、一人でお家に帰りますわ」
「……だい」
「大丈夫かなんて聞かないでくださいませ! 私仮にもお姉様の妹ですもの。その代わり、さっさと助けに行ってくださいませ!」
言うが早いと、マーガレットはつんとそっぽを向いて、街へ向かって歩き出した。
この場所は馬で来たものの、道は舗装されているので歩きで来る人が大半だ。だから、マーガレット一人でも帰ることができる。
先ほどの盗賊は反対方向に歩いて行った。とはいえど、心配ではある。
それなのにこういう時、マーガレットは強情だ。いくら私が送っていくと言っても聞かないだろう。一体誰に似たんだか。まったく。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
それからというもの、白馬のハリーに乗って森を駆け抜けて、橋を駆け抜けて、街を駆け抜ける。
ヘンリーの住む屋敷の近くにある、身長の五倍程の高さの崖へと辿り着くと、一度ハリーを止まらせる。肩で息をしながら屋敷の状況を確認した。
窓は何枚か割れており、中から煙が出ている。この位置からでも焦げ臭い。おそらくどこかで火が出ているのだろう。
すると、使用人が足を引きずりながら扉から出てきた。それを追ってきた、盗賊がゲスい笑みを浮かべながら、斧を振り上げる。
「ハリー!」
私が太ももでハリーの腹を叩くと、ハリーは嘶き、崖を飛んだ。
私達へ向かってくる風を押しのけながら、ハリーはその蹄を盗賊の頭へとめり込ませた。
「げふひ」
ハリーを着地させながら後、聞き取れない声で倒れる盗賊を確認すると、私は使用人へと声をかける。
「他の皆は?」
「エ、エリザベスお嬢様……! あ、あの。ご主人様と奥様は出かけていらっしゃいました。ヘンリー様とアンナ姫いらっしゃったのですが……。アンナ姫は、連れてきた衛兵と一緒にヘンリー様を置いて逃げて……」
「……ヘンリーは、まだ中にいるんだな」
使用人が頷いたことを確認すると、私はハリーから降りて、ハリーの背中を撫でる。
「悪いが、ここで彼女を守っていてくれ。私は中へ行く」
ハリーは大きく頷く。
私は一度ハリーをぎゅっと抱きしめて礼を言った後、屋敷へ身体を向ける。
そして剣を抜いて、走った。
リビングを覗くと、二人の盗賊が金品を物色していた。
私は剣を振り上げると、完全に油断しているその背後から、男の背中を切りつける。
「ぐあっ!」
「な、なんだお前!」
私の姿に気付いた、切られていない方の男は斧を持とうとするが、それよりも素早く、私は男の首筋に剣先を添えた。
男は身体を震わせながら、精一杯笑みを浮かべた。
「お、お嬢さんがそんな危ないの持つもんじゃねぇぜ……?」
「聞きたいことがある。ヘンリーはどこだ?」
「ここに住んでいた坊主なら、二階で縛られているぜ。身代金の要求のため暫く使うらしい」
「なるほど。他に仲間は?」
「いないぜ。なあお嬢さん。見逃してくれよ。なんなら分け前もあげるぜ?」
「結構だ」
確認を終えた私は、剣の柄で男の頭を思い切り殴る。ばたりと私に寄り掛かるように倒れた男。私はその男の身体を持ち、床へと下ろした。
そのまま、二階へと駆け上がる。
よく遊びに行った屋敷だ。ヘンリーの部屋は覚えている。きっと、そこにいるだろう。
二階に行くと黒い煙が多くなる。私は熱さで肌に痛みを感じながら、口を服で覆って走った。
扉の横に立つと、私はヘンリーの部屋の中を覗き込む。
家が燃えているにも関わらず、盗賊のボスと思わしき男が、悠長に部屋を漁って袋の中へ宝石を詰めて行っていた。
視線を横に動かすと、縄で手と口を縛られたヘンリーが座っていた。
彼は私の姿を見つけると、首を横に振る。「来るな。帰れ」とでも言いたいのだろう。勿論そう言われて、帰る私ではない。
すると突然、盗賊のボスが喋り始める。
「本当にここは貴族の家か? しけてんなぁ。もっとあるだろもっと。……おっと指輪の注文書発見。結構高いみたいだな。で、その指輪はどこだよ」
それはきっと、私のために作った指輪だろう。もうここにはない。
盗賊は、八つ当たりかのように手に持つ斧を振り回し、軽々しく窓を割った。
「かーっ。本当に最悪だぜ。リスクを負った価値がねぇじゃんか……よ!」
最後の発言と共に手に持っていた斧を、投げた。私の顔へと向かって。
迫りくる斧に気付いた私は、ギリギリの所で顔を引っ込める。
斧は、先程まで私の顔があった扉の枠へと突き刺さる。その衝撃で発生した風が私の鼻筋を撫でる。もう少し顔を引っ込めるのが遅かったら、私の顔がぐちゃぐちゃになっていたことだろう。
もう隠れるのも無駄かと判断した私は、勢いよく部屋へと入って、剣の先を盗賊へと向けた。
「なんだ? 随分可愛らしい騎士様が来たもんだ」
そう言う盗賊は、腰にもう一本斧を持っていたようで、腰から斧を取り出すと、両手で斧を握りしめた。
私は返答もせず、盗賊へと向かって走る。
「返事もなしかよこのクソガキ!」
盗賊が大きく振り下ろした斧を避けると、斧は床へと深く突き刺さった。その隙を、私は見逃さなかった。
私は全身を盗賊へとぶつける。体重を盗賊へと乗せ、足の筋肉全てを使って盗賊の身体を押した。
バランスを崩した盗賊は、よろけて後ろへと歩いて行き、割れた窓から外へ身体が投げ出された。
「うおおおあああああああ!」
暫くすると、身体が地面へとぶつかる音が聞こえた。
窓の外を見てみると、気を失った盗賊の身体を、外で待っていたハリーが楽しそうに踏んでいた。
安心したのも束の間。ヘンリーの咳き込む声が聞こえて、煙がどんどん増していることに気が付いた。
目に煙が染みるのを耐えながら、私はヘンリーの縄を切り、窓から壁伝いに外へと降りた。
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燃える屋敷から離れた私達に、ハリーと使用人が嬉しそうな表情をした。
だが、救われたはずのヘンリーは不満げな表情で、私へ問いかける。
「何故、助けに来た。死ぬところだったぞ! エリザベス!」
「言っただろう。愛すると決めた人の選択を、蔑ろにしたくないんだ。このままでは、選択をすることすらできなくなっていただろう」
それを聞いたヘンリーは、僅かに顔を赤らめる。それを隠すかのように顔を反らした。
私は困ったように笑って、この場から去ろうとハリーに乗ろうとするが……。ヘンリーが、言葉をかける。
「まだ、礼を言っていなかったね。ありがとう」
「……あぁ、どういたしまして」
「ねぇ。エリザベス。君に話が……」
「ヘンリー様!」
ヘンリーの言葉を遮って、見覚えのある女性が声をかける。アンナ姫だ。
汚れ一つないドレスを着ているアンナ。対して、ヘンリーの服は煙により黒ずんでおり、窓から飛び降りたことで泥も跳ねている。この差からアンナは、相当早くに逃げ出したことが分かった。
その上後ろで控えている汚れ一つない二人の衛兵を見ると、助けを呼びに行ったわけでもなく自分の身だけを守らせたのだろう。
「ヘンリー様! 心配いたしましたのよ! 無事で何よりだわ!」
アンナはヘンリーの腕を組んで、頬と頬を合わせて甘えた声をあげる。
私がこの場で出来ることはもうないだろう。そう考えて、私はハリーに乗る。
だが……。
「エリザベス! 君に話がある!」
今度は強い言葉で叫ぶかのように言う。私は驚いてハリーの手綱を思わず強く握った。
ヘンリーの方を見ると、アンナを強く押しのけて腕を振りほどき、私の方へと歩いて見上げる。
「僕は……。僕は、君との婚約を破棄して、アンナ姫と婚姻をすることが、正しい選択かと思っていた。でも、今回の件ではっきり分かった。僕は君と結婚したい……! 地位も名誉も投げ捨ててでも、一緒にいたいんだ!」
その発言で、顔をしかめるのはアンナ。彼女は先程までヘンリーに向けていた甘い声とは打って変わり、低く重い声で言う。
「……ヘンリー様? そんなことをしたらどうするか言ったわよね? 私、貴方の両親を失墜させることもできるし、この女を死刑に追い込むことだってできるのよ」
言われたヘンリーは、驚いた表情をして、拳を握りしめる。
あぁ、人のいいヘンリーのことだ。そのようなことを言われたら、例え腹に憎悪が渦巻いていようとも、アンナの言葉を受け入れてしまうだろう。
だから私は微笑んで、ヘンリーへと手を伸ばす。
太陽で逆光になっていたようで、彼は私を見上げて僅かに目を細めた。
「ヘンリー。私はお前の願いを、いつだって叶えたいと思っている。だから、一緒に駆け落ちしよう」
彼は、アンナの言葉の時よりもっと驚いた表情をする。
「……逃がさないわよ。私が望んだものを手に入れないだなんて、あり得ないんだから!」
アンナは隣にいる衛兵に私達を捕まえることを命令する。
ヘンリーは迷いながらも、衛兵から掴まれそうになると、悩む暇もなく私の手を取る。
私はヘンリーを引き寄せて、抱きしめる。久々に嗅いだ彼の匂いは、桃の花の香りがした。
「ハリー、行こう!」
ヘンリーを後ろに座らせた私がハリーへと声をかけると、ハリーは嘶き、走り出す。
「ま、待ちなさいよ! んぎゃっ!」
ドレスで馬に追いつこうと走ったせいか、アンナは顔面から地面へ転ぶ。汚れ一つなかったドレスも、今ので汚れたことだろう。
「ふざけんじゃないわよ! そいつはもう私の物よ! 私の物なのに!」
後ろで聞こえる声等、もう私は気にしていない。
背後から寄り添うように抱きしめられる。
「なんだ? 安心したのか?」
私が聞くと、拗ねているような、照れているような声で彼は言葉を返す。
「……君を安心させるのも、守るのも。本当は僕がやりたかったことだ」
「気にするな。強い方が守ればいい。だから、私がお前を守ってみせる」
言葉の返事はなかった。だが、彼が背中にくっつけている額が、僅かに熱くなったような気がした。
二人で幸せに暮らせる地を見つけたら、マーガレットに手紙を出そう。
そんなことを考えている間にも、ハリーは進む。
ぱから。ぱからと。
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