×××××××・カクテル
複雑で不安定な大人の関係を妄想全開で書いたパルコの短編式シリーズ小説『スパイシー・モクテル』、これでホントのホントに終わりです!!!
応援してくださった皆様、本当にありがとうございました!
今作はシリーズ全部読まなくても、ココ(https://ncode.syosetu.com/n1334gi/)から色々あって付き合っていることを把握していればお読みいただけると思います!
※この作品およびシリーズは、ヒーロー視点または別キャラ視点を募集しています!
独り暮らしなのに奮発して買ったクイーンベッドの上で、目が覚める。腕に鳥肌が立って、私はキャミソール一枚で寝ていたことを思い出した。床に無造作に脱ぎ捨てていたスウェットとボアフリースのガウンを着て、私の隣で眠る年上の恋人――淳に目を向けた。
淳と付き合い始めて半年が経つ。LINEで連絡を取っていたもののお互い仕事の都合でなかなか会えず、十一月に会ってから四ヶ月が経っていた。
淳は大手商社を退職してからブランクがあったものの、高い学歴と職歴、そして、不動産経営をしている叔母さんの人脈のおかげで極端に選り好みしなければ再就職には困らなかったようで、今は横浜にあるIT系のベンチャー企業でバックオフィスをやっている。収入は商社時代と比べたら三分の一に下がったらしいが、職場の人間関係も円滑で無理のない生活を送っているという。
淳が流れ着いた街で知り合った南海くんとはオンラインゲームのボイスチャットやスカイプでよく話すらしい。一回り以上離れた若者の無邪気さに振り回されながらも楽しく話しているようだ。
淳の寝顔を近くで見てみる。元々端正な顔立ちをしているけど、寝顔すら整っている。長い睫毛をなぞるように触っても起きる気配もなければ身動ぎもしない。
「よく寝てるね。そんなに良かった?」
熟睡する恋人に、小声で言った。
久しぶりに生身の相手に会えた昨日、いい大人が少し盛り上がり過ぎた気もする。
『ねえ今日さ、私がやっていい?』
興味本位でそう言ってみたら淳が戸惑いを混ぜて笑いながら『いいよ』と言った。
そして淳の鎖骨を啄んで、少し痩せた大胸筋や太い背骨が通る皮膚を指先で撫でてやれば、硬直する体と熱い息と一緒に出る切なげなテノール。年上の男の調子を狂わせるのは何だか楽しいものがあった。
「まあ、すぐに主導権返してやったしプライドへし折ってることはないでしょ」
私はひとり呟いてベッドから降りた。
カーテンの間に顔だけ入れて覗くと、まだ陽は昇っていない。空がまだ濃い青色をしている、明け方だった。どおりで寒いはずだ。閉め切ったカーテンから顔を抜いて、すやすやと眠る淳の方を見ると、掛け布団がずれて何も纏わない肩が剥き出しになっていた。風邪引くぞ。三月の、陽が昇らないこの時間は気温が一桁にまで下がるんだから。そう思って、掛け布団を首もとまで引き上げてやってから寝室を出た。
キッチンの水道から水をグラスに注いで一気に飲み干すと、口と喉の渇きが落ち着いた。二度寝する気にはならず、リビングで誰も更新しないツイッターを見る。タイムラインを意味もなく眺めていると、若い世代に人気の恋愛リアリティショーの予告映像が番組の公式アカウントで投稿されていた。
一人の女子が五人の男子の中で誰と結ばれるのか、という内容自体はよくあるものだけど、人気が出るメンバーもいる。今回の予告編は、そんな人気の男子メンバーと女の子がコーヒーを手に二人きりで話すシーンだった。
ノリがいい他の男子メンバーと違って、控えめで照れ屋な彼は今回のヒロインと相性も良さげでファンも番組MCも応援している。
『片思いってこんな苦しいものかな?』
『両想いもだと思うよ?』
彼の質問に、彼女が両手をカフェオレのカップで温めるようにして持ちながら言った。
私はツイッターを閉じて、インスタグラムを開いた。多少は番組の演出があれど、真っ直ぐに、純粋な恋をする高校生たちに妬ましさを覚えて見ていられなかった。十代の頃の私は、あんな優しい甘さの感情で苦しんでいただろうか。
インスタのタイムラインを眺めると、同僚たちが友達や恋人と楽しそうにする写真が並んでいる。デザイナーの勉強をしているアルバイトちゃんは、ずっと好きだった幼馴染に告白されたと嬉し泣きした。私が新人の頃からお世話になっている店長は、四歳の娘さんを育てるシングルマザーの女性とゆっくり愛を育んでいる。
私は、世界が望む純愛を作れなかった。
私はインスタを閉じて、ソファに横になる。スマートフォンのデジタル時計は四時三十二分。
「コト?」
突然聞こえた声に、ソファに横たえた体を起こす。
「あ、淳くん」
振り向いた先には、素肌にジップパーカーを着た淳が立っていた。
「寝てていいよ?」
眠気の残る顔をした淳にそう言った。そう言った数秒後に、淳に抱きしめられた。
「コト……」
淳の心臓がトク、トク、と穏やかに鼓動する。安心する、大好きな音。
「探した」
その短い言葉に、淳の甘えたがりな性格を感じた。
「ごめんごめん、目が覚めちゃったからさ」
宥めるように、広い背中に腕を回した。
暖房もつけていない冷えた部屋で、淳の体温だけを感じる。私の肩口に顎を乗せた淳が、私の耳元で囁いた。
「何考えてた?」
眠気を含んでふわふわしたフォームミルクのような中低音が、私の鼓膜を揺らした。
「世界が望む恋愛の形じゃなかったなって」
私はさっきまで考えていたことを淳に話した。そりゃそうだ。私は淳の弱いところにつけこんだも同然で、お互い思い合っていたのがスタートじゃない。
淳は私の顔を不機嫌そうな顔で見た。
「何? お前なんか後ろめたいことあんの?」
「無いよ別に」
「じゃあ何で?」
「初めてだったんだよ」
ああ、そうだ。初めてだった。甘だるく、舌が痺れるような独占欲。
「どんなに歪んでようと、自分が隣に立ちたいって強く思ったの」
二十歳で別れた元カレのことは、当時はもちろんすごく好きだった。好きだったし、一緒にいる時間は楽しかったけど、彼の隣は自分のものだと胸を張れなかった。結ばれることを一度諦めた男と再会して、結ばれて私は変わった。
会えない時間が寂しくなった。淳と釣り合いが取れる外見を意識するようになった。面倒に思ってほとんどしなかった自炊の回数が増えた。好きに甘えさせることの喜びを知った。
カーテンを閉め切った真っ暗な部屋でもわかる、甘い視線。それを浴びたらもう戻れない。
「琴美」
淳が空気を多く含んだ声で私を呼んだ。私は淳の右手に自分の指を絡めて手を繋いで答えた。淳の視線が繋がった手に移る。
「お前もかわいそうにな。こんな男に捕まって」
「それだったら逃げるつもりないかな」
そう言って笑ったら、大きな手に髪を梳かれる。女の髪を掬い取って口づける艶めかしい男に目が離せなかった。そして男は、何かを決意したような目で言った。
「お前が好きだよ、琴美」
「……知ってる」
私の答えに恥ずかしくなったのか、淳は顔を逸らしながら、私の手を引いて立ち上がった。
「ベッド戻ろうぜ。寒い」
「うん」と私は淳について行った。
まだ陽が昇らないのに、カーテンを開けた。部屋が冷たくなって、密着する面積が大きくなる。
「淳くん」
「…ん?」
「キス、したい」
「いいよ」
淳の返事に気を良くして、大きい肩を優しく押して枕に頭を沈め直しながら笑った。
音のない、静かなキスだった。自然と手が繋がる。私の手よりも二回り大きい、すべてを引き寄せて包みこみそうな手。私の好きな手。
「二度寝する?」
手を繋いだまま、私は淳に聞いた。そして、私を見る淳の瞳が、甘く蕩けた。
「寝れると思うか?」
「間違いない」
仰向けになった淳の胸に寝そべるように、自分の胸を重ねる。平熱が高い淳の体は、温かい。
されるがままだった淳が、少し掠れた声でからかうように言った。
「お前ってシンプルに意地悪いよな」
「今?」と私が笑ったら、体勢をひっくり返されて押し倒された。
「何? こんな意地悪い女と付き合うんじゃなかったって?」
「いや、嫌いじゃねえからいい」
混ざり、酔って、ほら、甘美。
――――スウィーテスト・カクテル
ありがとうございました!
もうネタ切れなのでしばらく休みます(^-^;