乾杯――いま
その夜――
酒場にて。
じゅー。と焼けた肉の臭いがする。
立ち込める肉が焦げて発生するような煙がうっすらと辺りを漂う。
鋭利な刃物でなんども執拗に、薄くスライスされた血肉は、その場所に展開に展開されていた。
それは肉だけではなく、腸のようなものまでぶちまけられていた。
だが、その場にはその煙に立ち向かう男女がいる。
それはもちろん、シーナとイージンである。
手に持つものは鉄製のトングだ。
肉はエーバラ呼ばれた謎の黒い液体に濡れており、香ばしい臭いが立ち込めている。
その肉はしばらくすると一瞬で消えていく。
なぜだ。なぜ焼かれた肉は一体どこに消えて無くなってしまうのだ。
かつてその肉は牛さんと呼ばれていた――
「では、イージンがめでたく剣士を襲名したことを祝して! かんぱーぃ」
「焼肉うめぇぇーーーー」
牛焼肉、カルビにはチーズが乗っていた。
飲み物は、成人の儀式を過ぎた後なのでもちろん酒だった。
炭酸が含まれた酒は軽い口当たりで非常においしい。
「はい。イージンあーんして! 今日はわたしのおごりよ。たーんとお食べ」
「あつぃ! あついぜ! いろんな意味で」
シーナが焼けただれた焼肉を、イージンの口に持っていく。
どうやらシーナは肉を焦がしてしまったようだ。
敗戦処理としてイージンに肉を差し出したのだろう。
シーナは恋には焦がれていなかったが、肉はあつあつだった。
それをイージンは口が火傷しそうになりながらも、なんとか食する。
可愛い子に「あーんして」などと言われて食べない男が世の中にいるのだろうか。
イージンはそう思わずにはいられなかった。
「幸せの大爆発ジャー」
なぜか食レポが始まるような勢いで肉に食らいつく。
「さぁ、おねぇさんも。あーん」
イージンはさすがに恥ずかしすぎたのか、恥ずかしさを紛らわせるように周囲にいた酒場のおねぇさんに自身が焼いた肉を食べさせる。
どうやら、シーナとやりとりしていたうちに自分が焼いていた分を焼きすぎたらしい。
「あら、ありがとうねー」
酒場のおねぇさんは、ノリでその肉を頬張る。
イージンは≪主人公特性≫スキルのせいか、とても輝いて見えた。
いまここにフラグが建てられたようだ。≪主人公特性≫とは恐ろしいものがあった。
「――で、おめでとうは良いけど、剣はどうするの? 剣士なんでしょう?」
「そうなんだよなー」
あたり一面にきらきらを振りまくイージンであったが、切実な問題があった。
それは、剣士なのに剣を持っていないことである。
さすがにそれは恥ずかしいことだろう。
死神羅刹甲守瑞樹はそれを考慮して聖剣をイージンにプレゼントしたかもしれないが、イージンはステータスを見ることができないので、アイテムボックスにしまわれた聖剣を取り出すことはできない。
素直にイージンはそのことをシーナに話した。
「あはは。そんな上級な剣をイージンみたいな低レベルの剣士が持ってたらあっという間に奪われちゃうわよ。聖剣なんて……、高レベルになってからまた考えればよいんじゃない?」
あっけらかんと、シーナが言う。
さんざん悩んでいたイージンだが、確かにそうだと思いなおした。
確かに、聖剣など持っていれば周囲の嫉妬ややっかみなどは凄いことになるだろう。
なにせ神からの拝領品である。
下手をすれば国宝だ。
殺してでも奪い取るという思想になってもおかしくない。
「でも剣がない剣士なんてなー」
「買いにいけばいいじゃない?」
「でもお金が――」
「それくらい、わたしがお給金と払った額じゃ足りない? んー。足りないか――。あれだと短剣くらいしか無理そうだよねぇ。貸そうか?」
数日、牛さんのお世話をしたくらいで剣が買えるほど、この世界は甘くはなかった。
なんだかんだ言って、金属製品は非常にお高くなるのだ。
主として文明レベルが低いせいである。
「あ、お願いします」
「じゃぁ、お金返すまではしばらく帰れないねぇ……。親御さんには手紙くらい出しておけば?」
「手紙代も稼がないと……」
――というか、現状はアメジスト王国とカタルニ民国の間の国境線上では、なぞの大爆発の影響で封鎖されており、そう簡単に帰ることはできない。
そしてシーナたちにとってはある程度ほとぼりが覚めるまで帰るのは無理であろうと考えていた。実際には、爆発により証拠ごと綺麗さっぱりなくなっているので全然問題ないわけではあるのだが。
「じゃぁ、お金を稼ぐならまずは冒険者ギルドに登録とかかしらねー」
「そうだね」
「わたしもついでに登録するし」
「あれ? シーナは登録しているのではないの?」
「商業ギルド、鉱業ギルドには入っているわよ。錬金術師だもの。わたしは基本的に生産職よ? 後衛的な動きもできない訳じゃないけど」
「あぁ、なるほど」
「君のためさ☆」
明るい声でシーナは答えると、焼肉をもくもくと追加している。
とくにイージンが着目したのはこのチーズが乗った牛カルビである。
白毛豪牛A3クラスのおいしさ。
飽きが来ずにすごくおいしい。
シーナももちろんおいしそうに頬張っている。
その頬張る姿は野性味あふれているが、シーナは確かに戦闘向けの体つきではない。スレンダーで小さい方である。
その可愛らしい姿から確かに、錬金術師であれば冒険する機会は少なそうだとイージンは思った。
「それにさ?」
「んん?」
「剣士なんて、そうそうなれるクラスじゃないでしょう? イージンならパーティに引っ張りだこで、行けば歓迎されるって!」
そうかな? ――とイージンは思う。
シーナの言う『歓迎』が盛大なフラグであったのは、冒険者ギルドに入ったそのすぐで後に判明することになる――




