成人の儀式
アメジスト聖教会――
この世界の主神は女神カーキンではあるが、直接的に主神を祭るのは恐れ多いという理由から教会ではその1つから2つ下の神々を祭るのが一般的である。
それはいわば神社のようなものだ。神々の数は一説には八百万柱程度とされている。
ようするにたくさんいるわけだ。
そんな神社であるが、アメジスト王国の王都アメジスト、その教会の名――、その名もアメジスト聖教会は、主神の女神カーキンが伝説の歌に唄ったとさせる六甲大蛇の守を祭っている。
教会では名の通り六柱の神々が祭られているわけだ。
教会の防護区画は六つに分けられており、イージスはその中の一角である六甲大蛇の守が第三位、死神羅刹甲守瑞樹を象徴する部屋へと来ていた。
死神などという物騒な神格の彼女だが、六甲の守においては最凶とされ、特に戦闘狂をめざすような冒険者や、修羅道とは倒すことと見つける騎士などのごく一部にのみ熱狂的な支持者がいる神さまである。
ようするに、大衆的には不人気だ。
だが、彼女こそがシーナのお勧めであった。
イージンは剣士を目指しているため、シーナから成人の儀式を受けることをしたら彼女しかいないと力説されたのだ。
いわく、人気が無いからこそ、手間暇をかけて成人の儀式に対応してくれるだろうと。
普通のクラスでないものを目指すには、彼女しかないないと。
だからイージンは、瑞樹からの薫陶を受けて成人の儀式をすることを教会に願った。
教会側は困惑の表情を見せたが、しかし要望に逆らうようなことはしない。
誰にでも門が開かれているのが六甲大蛇の守の理念だからだ。
来るものは拒まない。一般的な教会の姿だ。
もっとも、そうはいっても教会の中央講堂など、召喚する場所などによってはお布施がものを言うのはどこの世界でもお約束であるのだが。
イージンが連れてこられたのは小さな一室である。
イージンの他にいるのはその場所に連れてきたシスターのみ。
そのシスターも、イージンが一室に入るとそうそうに立ち去ってしまった。
成人の儀式は一般に親戚などを呼ぶことは無く1人でするものである。
シスターといえど、一部の貴族であれば話は別だが、平民のそれを一緒に見聞きするのはよくないとされていた。
なぜなら、それが成人となったことを示す儀式であるからだ。
そこに親も含めた他人が立ち入る余地はない。
そして――、それは成人の儀式で悲惨なクラスを神から与えられたとき、非常に良くない結果であった場合にそれを知られるわけにはいかないからこそ、自身を良く知る人間を成人の儀式に連れてくることはないのだ。あくまで平民に限るのだが。
だからシーナもイージンの成人の儀式に立ち会うことはない。
朝の早い時間帯だ。
明るい日差しが窓から入ってくる。
その神殿の一室は、丸く、そして、なにもない空間であった。
ただ、上空からの朝の陽ざしが中央にあつまるのみ。
天井は多くのガラスを使用しており、いつの時間でも中央に白い光が集まるような造りになっている。
周囲の壁は漂白の白にぬられ、いっそ何もないことを強調するようである。
中心は丸く高さのない箱が置かれ、まるで舞台のよう。
その箱の色もまた白く、ここに純白の神さが召喚されるのであろうということは、成人の儀式を始めてする――成人の儀式を何度もするような人などいないが――イージンでもすぐに理解できた。
成人の儀式で召喚された神さまは、この舞台の中心に降り立つことになるのだろう。
朝の陽ざしは、眩しいほどにその中心に降り注いでいた。
神秘という言葉がその場所にはとてもよく似合う。
そんな厳正な雰囲気のなか、イージンは膝を折ると両手を目の前で組み、祈りを捧げた。
しばらくイージンが祈り続けると、さらに眩しいほどに白い光があつまり、そしてやがて一柱の神の姿をなす。
しかしそれは、まるで怠け者のようにぐったりとしていた。
しかしそれこそが、彼女、死神羅刹甲守瑞樹である。
死神羅刹甲守瑞樹は白い布に赤のラインが入った巫女服、そして黒髪という、清楚系な美女であった。
「えーっと、成人の儀式に召喚させていただいたのですが……」
『えー。今頃ぉー。お話にならないじゃーん』
神さまの声は気だるかった。小さな声だが直接脳に響くような甘い声である。
成人の儀式は春の芽吹きがある頃に多人数で一斉に行われることが多いのだが、こうして村からたまにくる村の子供がすることもさほどめずらしいことではない。
だが、不人気な死神羅刹甲守瑞樹にとっては珍しいことだったようだ。
イージンは思わず焦る。
成人の儀式に彼女を選んだのは間違いではなかったのか、と。
完全に寝起きのような表情の死神羅刹甲守瑞樹は、目を擦りながらイージンを見た。
その動きはナマケモノのそれである。
『ははは。憐れな人の子よ――。汝は――、って、あぁぁぁ!!!』
気だるい表情でイージンを見ていた死神羅刹甲守瑞樹であったが、急に覚醒したかのように目を覚ますとイージンににじり寄った。
(え? どうしたの?)
イージンはさらに不安に駆られた。
『そこのあなた! 関東人の薫陶を受けているじゃない! なんでそんなのが、カントーの神さまに成人の儀式を受けようとしているの?』
(関東人? いったい誰だ……)
『クラス選択のためにウィンドウ――って、クラス取っていないのだから見える訳もないか。ともかく、成人の儀式前にクラスにまつわるようなことをしたことない?』
「シーナのことか?」
『たぶんそれね。だったら≪鑑定≫――。へぇ、面白そうな称号まであるじゃない? リア充なのね?』
「は? 称号??」
イージンは死神羅刹甲守瑞樹が何のことを言っているのかさっぱり分からない。
だが、彼女がなにか言いたいのかさっぱり分からないが、ともかくシーナのことで興奮しているようだった。
『やった。関東の人間よりも、わたしを選んだわけね! よーし、じゃぁクラスとかサービスしちゃおう!』
「おぉ、ありがとうございます」
『貴方には――
一生長生きすることができる安定した『村人(Villagers)』か、
攻撃に特化して戦うだけで頭が筋脳な『執事(Butler)』か、
フィールドワークで狩りとかできる『野武士(Ranger)』か、
武士道とは死ぬことと見つけたりする『剣士(Swordsman)』か、
いずれのクラスを好きに選ばせてあげるわ。
さぁ、どれ?』
「えーっと、シーナが言ったクラスの一覧と変わってないんですけど!」
そして何か剣士の説明がおっかないのですが。神さまは村人押しなのだろうか。
しかし、選択できるクラスについてはシーナも確かまったく同じことを言っていたことを思い出す。せっかく神さまを召喚して成人の儀式をしているのだ。サービスするというのだからもっと良さそうなものがあっても良いと思うのだが。
一瞬の沈黙が訪れる。
「ててへろ」
死神羅刹甲守瑞樹は、何かをごまかすように、舌を出しながら右手を可愛らしく頭にあてた。
その姿にイージンは思わずいらっと来る。
「えーっと、もっと本気だそうよ! 他にはないの?」
「だってクラス選択はどうにもならないじゃん。それでも無理にやろうとするなら――」
「それをやろう。ぜひお願いします」
イージンは自分の一生が掛かっているので必死だった。
剣士でも十分良いとは思うのだが、上があるなら上を目指したい。
『なるほど。まずは大量の魔力が必要ね。死神が本気を出すと周囲の人々がみんな死んでいくことになるけど……、まずは手始めにこのアメジスト王国をまずは消滅させてーー』
「うわ……、調子に乗りましたごめんなさい。剣士で! 剣士でお願いします」
それでもイージンは自分のために国ごと消滅させるような度胸はなかった。
『しかたがない! であれば君の欲望を抑えた勇気に敬意を称して、君のクラスを『剣士(Swordsman)』に設定しよう。これからは剣士を名乗るが良い。確か、このアメジスト王国には二流派くらいあったはずだから、剣流については貴方が選びなさいなね』
死神羅刹甲守瑞樹は居住まいを正すと一度拍手を行い、厳かな雰囲気と共にイージンに告げた。
そんなことろは非常に神さまっぽいとイージンは思う。最初のやりとりさえなければ。
『――では終了、といきたいところだけれど、せっかく関東人よりも私を選んだわけだからいくつか特典を付けてあげましょう』
「おー。ありがたき幸せ――」
イージンは思わず平伏する。
神からの贈り物だ。きっと素晴らしいものであるに違いない。
『ではまずは称号『主人公補正』を君にあげようね』
「おぉぉー。ありがとうございます」
イージンは満面の笑みで喜ぶ。
なんということだろう。主人公補正とは。
きっと小説の主人公のような存在になれるに違いない。
『その中身は! なんと女難の相、トラブル体質、俺たちの冒険はこれからだ、などなど複数の要素がついた最強の称号よ!』
「それダメなやつじゃん! それ主人公だったとしても既に最後回になってますやん」
それは、思わずイージンが関西弁になるほどのインパクトの強いものであった。
ちなみに、その主人公補正のステータス影響はこんな感じだ。
・トラブル体質(容姿+1、LACK-1)
・女難の相(容姿+1、LACK-1)
・俺たちの冒険はこれからだ(容姿+1、LACK-1)
ともかく、能力値補正だけ見ればとても優秀なスキルである。
『それから、この我が力を象徴する聖剣、舞茸をあげようね』
「何か嫌な予感がするけどありがとうございます」
死神羅刹甲守瑞樹は胸から輝くロングソードを取り出すと、イージンの胸に突き刺した。
イージンは早くも女難の相が出ているようだ。
「ぐは……。ってあれ?」
酷い声をあげるが、その剣はイージンの身体を貫くことなく空間に飲み込まれている。
それを見ながら、死神羅刹甲守瑞樹が妖艶な笑みを浮かべる。
『うふふふ。君のアイテムボックスにしまっておきました』
「ちゅっとぉぉ、それって、使えないのと同義語では?」
イージンはシーナのようにステータスを開くことができないのだ。
であるならば幾ら聖剣を持っていようと使えない。
『あははははは。そのくらいは試練だと思いなさいな』
そう言いながら、死神羅刹甲守瑞樹はイージンの額をデコピンで叩いた。
確かに神さまから試練と言われてしまえば返す言葉はない。
もともと、簡単に手に入る様なしろものではないからだ。
『さて、ほなさいならー』
それだけ言うと、死神羅刹甲守瑞樹は一瞬で姿を消した。
騒がしかった教会の一室が、再び何もない白の空間に戻る。
「これ……、剣士になったはいいけどシーナになんて言えばいいんだろう……」
イージンは頭を抱える。
昼の時間となった日差しは、天から祝福を与えるような白く強い光を神殿の一室に投げ込んでいた――