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追撃――

 国境に向かう場末の小さな村。

 時間は少しだけ遡る。


「イージン! イージン!」


 朝から姿の見えなくなったイージンを探す一人の母親がいる。


 イージンが朝起きた時には既に姿が見えなくなったのだ。


 ここは小さな村である。

 探せばすぐに見つかるはずなのにその姿が無い。

 森にでもいったのだろうか?


「あれ? モンちゃんじゃない。どうしたのさね?」


 そんな母親に声を掛けるのは宿の女将だ。


「あぁ、女将さん。うちの子のイージンを知らないかい? 朝から姿が見えないんだ」


「あれ? イージンくん言ってなかったのかい?」


「あぁん? 何か知っているの?」


 女将の反応に母親は食いついた。

 明らかに何か知ってそうな雰囲気だったからだ。


「イージンくんだったら、荷馬車に乗ったお貴族様に連れられていっちゃったよ」


「な、なんですって! どうして止めなかったんだ!」


 母親は女将の肩を揺さぶる。

 女将はなすすべも揺さぶらぶらて、気持ちが悪くなった。


「や、やめておくれよ。これじゃ喋れもしない(ゲホゲホ)」


「なんで止めなかったんだ!」


「(ゲホゲホ)お貴族の子が、村の子供を身の回りの世話のために雇っただけなんだからな。そんなの、普通のことだろう? 逆に聞くけど、なぜ止める必要があったのさね? あのイージンくんはついでに成人の儀式を受けるとか言ってたが?」


 おそらくイージンは親に黙って家でするようにシーナについていったのだろうと女将は当たりをつけた。


「は? 成人の儀式? あの子にはまだ早いだろう。あの子はそれなりの年齢になったら村の教会で普通に『村人』になって村人生活を満喫すればいいのに」


「あー。イージンくん、『剣士』にあこがれていたからねぇ。あんたのとこの父親も確か『剣士』だろう?」


「あんな危険な職業のどこがいいのやら。あー。だから王都か。くそ。成人の儀式をわざわざ受けに行くってことは王都の教会かどこかが目的か?」


「お貴族の子の話だと、アメジスト王国の王都に行くといってたかな?」


「な、なんですって……」


 再び母親が女将の体をゆさぶる。


「(げほげほ)だからさ、わたしの体を揺さぶるのやめなってば」


「わざわざ隣国の王都に――、イージンはかどわかされたんだ……」


 そんな思いつめた母親に、女将は呆れる。

 この母親はイージンのことになると急に視野が狭くなるのだ。


「なんでそうなる? お貴族の子は……、まぁ普通な感じではなかったけれど」


 女将はあの金髪で赤い靴を履いていた美少女シーナのことを思い出す。

 女将にはシーナが悪事を働きそうにはとても思えない。


「お貴族さまなんて、誘拐犯なんてそんなものさ、村の子供を攫って売り払う気なんだ。だからわざわざ地元ではなく、足が付かないようにわざわざ隣国にまで行くんだよ!」


「それはないから、ないからな」


 女将は母親を止めようとするが、既に女将の話を聞いていない。

 むしろその態度からして、お貴族様から金でも貰っているのではないかと疑う始末だ。


 確信しているモンスターペアレントは誰も止めることはできないのである。


「まずは、――父ちゃんを叩き起こすところかな――」


 母親は無駄に行動力が高かった。





  ◆  ◆  ◆  ◆






 ある晴れた昼下がり、シーナ達は荷馬車をごとごとと動かして道の端へと寄せた。

 シーナが《索敵》スキルで後方から凄い勢いで走ってくる馬車を見つけたのだ。


 索敵に引っかかったそれが、自分たちに対する襲撃なのか、それとも行く方向が同じで通りすぎるだけのか、シーナには判断できない。だからやり過ごす方向でまずは道の端に馬車を寄せたのだ。


 とりえず、魔杖――≪安全なトドメ刺し器≫だけを荷馬車から降りて身構える。


 家の一軒くらい買えそうなオーブが付いた魔杖は、なにやら光を放ち二重の魔法陣の帯ような円の環を形成している。

 まさに臨戦態勢といって良いだろう。


 シーナは自身だけに見えるウィンドウを表示させ、左手の一指し指を動かせばすぐにショートカットをクリックできるように展開した。


 牛さんたちは動かなくなった荷馬車に対し、これ幸いと寝る体制だ。


「なぁ、その馬車の様子は分からないのか?」


「ごめん、本職じゃないから無理――」


 シーナの後ろに隠れるように立つイージンに振り返らずに答えた。

 ここでいう本職とは。野武士のような探索職をさすのだろうとイージンは頭を巡らす。

 確かに錬金術士では分が悪いのだろう。


「このまま通り過ぎればよし、もしも停まってこちらに何か来るのであれば敵とみなして殺す。いいわね?」


「こ、殺すって……」


 シーナから発せられる物騒な言葉にイージンは震える。

 村で命をやりとりするような事態が発生することはない。

 だがしかし、ここは比較的安全が保障されている村ではないのだ。


 相手が盗賊の類であれば危険である。

 いくらシーナが錬金術士(シレー)で強いといっても、組み敷かれてしまえばそこでおしまいであるのだ。押し倒された後は穢されるのみである。


 やがて――、問題の馬車がやってくる。

 馬車はシーナたちの荷馬車を塞ぐような位置に止まった。


「あれは――、お父さん? お母さん?」


「へ?」


 イージンの言葉に、シーナは完全に気が抜けてしまった。

 そして、想像を巡らせる。


「もしかして、親に言わずにこの仕事請け負ったの?」


「………」


 シーナはその沈黙を肯定と見なした。


「でもね? このまま返すわけにはいかないよね?」


「………」


 シーナは必至だった。


 牛さんの(しも)の世話はもうやりたくないのだ。

 そんなやり取りをしていると、馬車から降りてきたイージンの母親がその様子を伺ってきた。


「さぁ、イージン! 帰るわよ」


「いやだよ。母さん! 僕は王都で一旗あげて、剣士になるんだ!」


「なにそんな妄想しているんだい。村人じゃぁ不満なのかい?」


「あぁ、不満だね! 村じゃ同世代の子とかいないし、もうこりごりなんだ。なにより村人じゃモテそうにない!」


「いいから帰るわよ。こっちに来なさい!」


「嫌だよ。僕は王都に行くんだからね!!」


 そんな母子のやり取りの中に、シーナが立ちはだかった。


 魔杖≪安全なトドメ刺し器≫のオーブをイージンの母親に突き付ける。

 鮮やかな魔法陣が、そのオーブの周りを廻っている。


「ちょっと待ってよ! イージンをこのまま返すわけにはいかないわ!」


「お前は――、あぁ、村の女将が言っていたお貴族さまかい! くそっ」


 母親は、女将は確かイージンがお貴族様の子と一緒に隣国の王都に向かって行ってしまったと言っていたのを思い出した。


 おそらく、そのお貴族様の子というのがこの娘なのだろう。

 始め、母親が想像していたのは、奴隷商のような人物であったが、だいぶイメージが違うようだった。

 ともかく、彼女がイージンを誑かしたのは間違いない。


「この泥棒猫! イージンがこんなに可愛いからって、連れ去るってなによ!」


「だれが泥棒猫よ! イージンとはそんな関係じゃなわ! だいたい、なんであなたみたいなあばずれとイージンを取り合わないといけないのよ」


「あばずれだとー」


 ガーン、とイージンからそんな音が聞こえたような気がしたが、構わず女の闘いはヒートアップしていく。


「そこのイージンさんは、わたくしことシーナ・マーヤ・コーフ子爵が、『(しも)の世話係』として契約して雇っているのよ。毎日する必要があるの。だから王都につくまで逃がしはしないわっ」


「『(しも)の世話係』ってイージン、おまえ……」


 母親は改めてシーナを上から下まで眺める。


 シーナは小柄な、とても美しい少女だ。


 金髪の髪もサラサラで、紫華鬘(むらさきけいまん)のすみれ色の瞳は輝くよう、夾竹桃(きょうちくとう)の花のように唇は柔らかで赤く、その肌は睡蓮(スイレン)のように白い。気品に満ちたその立ち振る舞いからは上流階級のそれを思わせている。


 いうなれば――、超絶美少女だ。


(そんな子に対して(しも)の世話をするなんて――)


 お母さん。絶句である。


 そんな可愛い少女に対して、(しも)の世話ができるのだらば、世界中の男たちは連れていいかれ、いってしまうことだろう。


「なぁちょっと、その言い方は酷くないか?」イージンは母親が目の前にいる手前、シーナに抗議せざるを得ない。


「え? 違わないでしょ?」


 いちゃつくシーナとイージンを見て、母親は「イージン、おまえうまくやったな。逆玉の腰じゃん」と思考回路を切り替える。


「あ、えっと……」


 そして、何を次に言おうか母親が困っていると、シーナの荷馬車でドナーという声が聞こえた。


「あー。またやりやがったな!」


 イージンが怒りの声をあげる。

 イージンは慌てて荷馬車の方に駆け寄っていった。


「あー。お願いね! イージン」


 シーナも連れ添うように続いた。

 母親も、イージンが何をしにいったのか気になり、一緒に様子を見に行く。


 そこには、2頭の牛さんの姿があった。


「あれは――、まさか伝説の赤毛豪牛! そしてこっちは茶毛豪牛じゃないか!?」


 母親は、ははー。と思わずひれ伏した。

 それだけ、赤毛豪牛や茶毛豪牛は貴重な存在だ。


 驚きに目を見張る母親は、その横で牛さんの糞の世話をしているイージンをも目撃してしまう。


 その横でシーナは魔術を唱えた。


「赤毛のシロと、茶毛のアスカよ。はい。『浄化(クリンリネス)』!」


 それは、錬金術士(シレー)のレベル1魔法である浄化魔法だ。

 みるみるうちに牛さんたちの身体がきれいになっていく。


「牛さんの体はこうして『浄化(クリンリネス)』で綺麗にできるけど、糞として出されると別アイテム扱いとなるから片付けられなくて……、なにしろあの感触が……」


 母親はなんだか納得してしまった。


「なるほど、(しも)の世話係って、この高そうな牛さんのことか……」


「そうよ、イージンが帰ってしまったら、わたしがお世話することになる、うら若き少女にこんなことをさせるつもり?」


「えぇ、あー。確かにそれはいけないわね」


 自分からうら若き少女と発言しちゃうのもなんだかなと母親は思ったが、言いたいことは理解した。

 それは確かに少女にさせるようなものではないだろう。


「お子さんはわたくし、シーナ・ヤーマ・コーフ子爵が責任をもって王都まで連れて行きます。成人の儀式だって、最大限サポートするわ。それでいいでしょう?」


「あぁ、分かったわよ」


 シーナは、それでもイージンを渡さないと母親が言うのであれば、違約金とか言ってごねるつもりであったが、素直に許してくれたのでほっとした表情を見せる。


 イージンも処理が終わったようだ。

 やることは糞を近くの道外にポイ捨てするだけなので時間は掛からない。


「どうか、イージンをよろしくお願いいたします」


 イージンの母親はぺこりと頭を下げた。

 そして、イージンに近づくとばしばしと背中を叩く。


「いたい、いたいよお母さん」


 母親はイージンに小声でつぶやいた。


「(あんな上玉はいないよ。うまく捕まえちまいな)」


「(な、お母さんってば……)」


 イージンは顔を赤くする。

 ある晴れた昼下がりから、日は少しづつ傾いていた――

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