そいつは偽物だ――
うきうきとした気持ちで、錬金術士、乙女鉱山のシーナはオージーの住んでいるベットに座り、オージーの帰りを待っていた。
シーナは第九王子に連れ去られる1週間の間で、十六詠を魔術士工房で作成し、彼女を身代わりに送り出していたのだ。
あとは第九王子と結婚術式が終わるまでじっくりと隠れていればいい。それからおじさまに合流する。終わってしまえば後の祭りだ。
十六詠はシーナからすれば《人形姫の呪い》を掛けていない分、能力が不足しているが容姿は同じだ。≪隠蔽≫スキルを持たせればばれることは無いだろう。結婚して相手のステータスが見えるようになるまでは。追加で魔杖≪安全なトドメ刺し器≫と、淡い赤色の靴を履かせればもう見た目は完全に錬金術士シーナの完成である。
魔杖≪安全なトドメ刺し器≫は、MAG値を大幅に向上させ、赤い靴は内側から内気を与えることで中のシリコンが板バネのような機能を発揮し、≪加速≫の能力を得られる異世界謹製のマジックアイテムである。まさかそんな貴重なものをデコイに使うとは第九王子は思わないだろう。彼はマジックアイテムには目がないことであろうし。
そして結婚術式が結ばれてしまえば、そう簡単にその術式を解除することはできないし、その体裁のために第九王子は自分で勝手に取り繕うだろう。あとはオージーと既成事実を作れば完璧だ。
十六詠はおかーさんのためならと快く結婚に同意してくれた。
「あぁ早く帰ってこないかしら……。今日はやけに遅いわね……」
結婚術式が終わるまで、シーナは魔術士工房の中に隠れていた。だから、外の状況はよく分からない。
新たに錬金術で人形を作り、彼女に調査させることはできるだろうが、いかんせんシーナが作り上げる人形はシーナ単体で作るのであればシーナとほぼ同じ容姿になるのであまり意味がない。
そのとき、ガチャリと入り口の扉が開くような音がした。
「(キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!)」
シーナは驚くオージーの顔を信じて疑わない。
そして言うのだ。
「ほらおじさま。わたしはおじさまのことを裏切らなかったでしょう?」
笑顔で言えば、しばらく会わなかったことなど些細なことだと言いながらシーナを暖かく抱擁してくれるだろう。
なのに――
「十六詠……、なぜ貴方がここに――」
シーナは見た。
純白のウェディングドレスを着こみ、お姫様だっこされる十六詠のその姿を。
鼻を伸ばしデレデレとした表情のオージーを。
そして、二人の薬指にはめられた黄金色の指輪の色を――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……。どういうこと?」
これは一体……
オージーは戸惑うしかない。
オージーはともかくウェディングドレスを着るシーナを、シーナの横に下ろす。
自分でも何を言っているのか分からない。
どうにも、シーナが2人いるようにしか見えない。
違うところは、指輪を含む服装くらいだ。
(たしか今、ウェディングドレスを着たシーナのことを、いつものキャミソール姿のシーナは十六詠といった。
ということは十六詠はまさか――)
ともかく十六詠は全力で飛行の術式を使い、砦から全力で逃避行を続けてきた。だからMPが枯渇しかかっている。何度もMPポーションを飲んでそれでようやくここまで来たのだ。相当に精神的にキツイであろう。
早く休ませる必要があったのだ、
苦しそうな十六詠だが、隣にいるシーナもまた、苦しそうな表情だ。
そんなシーナは悲し気な声でオージーを叱責する。
「まさかーー。おじさまってば略奪婚してきたの?」
尋ねるシーナは隣の彼女と瓜二つでどっちが本物か分からない。
「一体どうなってるんだ? 何が起こって――」
オージーは混乱せざるを得ない。
なんとなく理解はできているが、頭がそれを拒否するのだ。
シーナは錬金術士である。そして錬金術士は最終奥義で少女を造ることができる。
それから導かれる結論は――
「おかーさんが言わないなら十六詠が言うわね。おとーさんを助けようとしたおかーさんは、でも身体を第九王子に差し出したのを嫌って、代わりに十六詠を差し出したんだよね」
「やめて! 言わないで!」
「あは☆ お父さん、これってひどいと思わない? 人身御供になる十六詠はどうだっていうのよ」
「十六詠! 黙って!」
「あは☆ 黙らないわよ。おかーさん。ほら見てこれ! もうあとの祭りよ? 結婚術式はもう成立しまっているわ」
誇らしげな顔で十六詠は左手の甲をシーナに見せつける。
そこには結婚指輪が金色の輝きを見せている。
「あぁ……」
それを見たシーナは悔しそうに目を反らした。
「十六詠はいますっごく幸せよ~。十六夜に煽ってもらって、おとーさんに略奪させたのがうまくいったわ! あは☆ おかーさんてば情を挟んで十六夜を合成しなかったのは失敗だったわね」
「そんなー。だから――、おじさまが……」
(なるほど)
これまでのやり取りでオージーは何をシーナがしていたのか完全に察した。
やはりシーナは十六詠という娘を作り出し、シーナは十六詠を犠牲にして、オージーと結婚するつもりだったのだ。
しかし、オージーはオージで、十六詠をシーナだと思って十六詠を略奪し、結婚術式を――
「どうすりゃいいんだこれ」
「もう、おじさまのバカ! わたしは、おじさまのことこんなに好きなのに! 十六詠をわたしと間違えるなんて! 2人でどこかに行けばいいんだわ! 好きにすればいいのよ」
自暴自棄にシーナは答える。
「そうよね。十六詠と一緒にどこかに行くのがいいと思うわ! 好きにすればいいと思うよ?」
十六詠もそれを支持する。
「……」
ついにオージーは切れた。
シーナも十六詠を人身御供に捧げたり、十六詠は十六詠で、シーナから略奪婚を図ろうとしたり……。もうたくさんなのだ。
これは――お仕置きが必要だろう。
「なるほど、よーーく分かった。じゃぁ、もう好きにしようかな~」
オージーはシーナといざよみを同時に別途に押し倒した。
「きゃっ」
シーナと十六詠は声まで同じだ。
オージーにとって甘い叫び声が間近で両の耳に入ってくる。
「おじさまは何をするつもり?」
シーナの問いには答えず、オージーはシーナと十六詠を下に組み伏せて身体を密着させた。
小柄なシーナに、それを排除するだけの力はない。
もとより男女の体格差があるし、この世界ではクラスの概念があり前衛と後衛では体力勝負は長く続けられるはずもない。
「あー。もうやめだ。俺はやめたんだよ!」
「……。何をやめたというの?」
それでも抵抗の力をゆるめずに、オージーから逃れようとする。
だが、そうしたとしても結局背中がうごめく程度で、それだけだった。
「一寸前までは年の差だとか、身分だとか、こんなかわいい子をおっさんが汚すわけにはいかないとか、殊勝なことを考えていたんだが、全部! 全部ここでやめることにしたんだよ!」
「どういう意味?」
オージーはそのままの体制で、シーナの左手を無理やり、力強く掴んだ。
その掴まれた手を振りほどくことがシーナにはできない。
「ところでシーナ。別に結婚術式は何人の相手にしてもかまわないのだろう?」
「何を言いたいのか分からないけど、重婚のこと? 確か、お師匠さまの話だと異世界の錬金術士の中では何人もの女の子に指輪を贈り結婚術式を金に明かしてしてるは多いと言うわね。って、まさか――」
「よし言質は取ったぞ?」
「まさか!? おじさまは……」
あまり褒められたものではないが、この世界では甲斐性があり、前提として養うことができるのであれば複数人を相手に結婚することもできる。
特に錬金術士は儲かるのだ。そういう人もいることだろう。
オージーが掴んでいたシーナの左手の薬指に自身の指輪をはめる。
「なぁ、シーナ。十六詠。知っているか? 十六詠はもう結婚術式が終わったと思っているのだろうが、まだ結婚術式は終わってないんだぜ。むしろ――これからが本番なんだ」
「え? 本番って――」
オージーはどや顔で言い切った。
「初夜だ――」
シーナはついに気付いた。
オージーが何をする気なのか。その顔を真っ赤に染め上げる。
十六詠も意味を理解して息を飲んだ。
そして――




