結婚術式
アメジスト王国とカタルニ民国との国境線上の砦――
その砦はかつて破壊されたが、いまはドワーフたちによる土木術式によって突貫工事が行われ、美しいコンクリートの灰色の姿を取り戻している。
そんな砦のベランダでは、いま、美しい二人の男女が結婚術式を行おうとしていた。
神父が術式を展開する――
「病める時も、健やかなる時も、
富める時も、貧しき時も、
妻として愛し、敬い、
慈しむ事を誓いますか?」
新郎である第九王子が、新婦である純白のウェディングドレスを身にまとう少女の左手の薬指に、金色に輝く指輪を通した。
少女から涙が頬を伝う。
煌めく光が美しさを彩る。
『術式』は極めて順調だ。
後は、新婦が新郎に指輪を通せば、『術式』は完了してしまうことだろう。
そんな厳かな、極めて美しい式典の中、それを破壊しようとする者がいる。
それは遠く、1km先の彼方であり、単純な魔術では絶対に通すことのできない遠距離だ。
そこまでは≪索敵≫スキルも遠く及ばない。
発生して初めて≪危機感知≫スキルで気づくことができるような、そんな距離である。
――にも関わらずその先で何かが光る。
その光の正体は――
あれは、赫きアジ化ナトリウムの閃光だ――
◆ ◆ ◆ ◆
「うふふ……。この攻撃、予測できる?」
そこには一門の大砲がある。
標準は1km先の砦にあるベランダに向けられている。
風もあるとするとその調整は困難を極めた。
その大砲の名前は≪カノンウェディング≫。人対地の攻撃兵器である。
人対地――つまり人が乗って地上を攻撃することができる兵器なのだ。
であるならば人がパイロットとして乗り込む必要がある。
そのパイロットの名前はイージン。人類で初めて火薬で人が飛ぶのを、この世界の人々は目撃することだろう。
「じゃぁ行くわよ。おとーさん。≪カノンウェディング≫アジ化ナトリウム砲! 発射10秒前――」
大砲に乗り込んだオージーを十六夜は覗き込み、いきなりオージーの口に指を突っ込んだ。
「お前! なにを!」
「あは☆、あたし、おとーさんに致命傷を与えられちゃったー」
見ればすでに十六夜の身体が薄くなっているではないか。その薄い色は泡である。
致命傷なんてものを与えたら、十六夜が消えるのはもっと早くなるかもしれない。
(うたかたの泡と消えゆく恋心、せめて心はあなたのもとに――)
この世界では人が死ぬとき、直前に受けた被ダメージを元に経験点がキャラクターに分配されるのだ。
「大丈夫。消えるまでには持ちこたえるからさ――」
「そういうことじゃなくて! 十六夜、お前は!」
「あは☆ おとーさん。ちょっとは十六夜に振り向いてくれますか?」
「十六夜!」
「起爆薬は――ジアゾジニトロフェノール! 撃て――――」
十六夜は泡となって、消えた。
その対価として一人の男が空へ、天へと舞い上がるのだ――




