人形姫の呪い
「おはようございます。おとーさん」
オージーが自宅でを覚ますと、メイド服を着た少女が部屋の掃除をしていた。
あれから一週間が経つ。シーナは既に王都から去っていた。
「十六夜。君はシーナと一緒に行ったんじゃ……」
「あは☆ あいつが十六夜のことを『人形』というから、人形らしく捨てられてきたわ。本当に嫌になる。ねぇ、あいつさぁ。おかーさんのことを褒めるときって、いつも宝石に例えているのよ? 第九王子だったのでからって、錬金術で得たお金で気ままに魔術を極めようとでもしているのかしら? ほんとお金のことばっかり。おかーさんのこともきっと錬金術によって得られる利益の鵞鳥としか思ってないんじゃないかしら?」
「十六夜は今日はやけに饒舌だな?」
オージーは十六夜の行動パターンとしては、いつもおとーさんと甘えてくる姿しか思い出せないでいる。
「そりゃ饒舌にもなるわよ。十六夜の賞味期限もそろそろ切れるしね」
「賞味期限? なんだそれは?」
「えぇ。十六夜は人形だから。その能力を高めるために《人形姫の呪い》が掛かっているからね。十六夜を製造するときに、おかーさんも言ったはずよ? 条件が揃わないと一定時間経過で消滅する代わりに能力を増加させることができるの。十六夜はそろそろ泡となって消えるのよ。可哀そうだよね。おとーさん」
確かそんなことをシーナが言っていたことをオージーは思い出す。
「それの条件は? 条件が揃わないと一定時間経過で消滅するなら、揃えば消滅しないってことだろう?」
「あは☆ 言えないわ」
「なぜ?」
「条件の中に、『解除する対象に知られてはならない』というものがあるからね。知られた瞬間に条件から外れることになる。それでも知りたいなら今から教えるけれど? どう? 知っとく?」
「――いや、知りたくない」
誰が十六夜をそんな消滅に導くようなことをしたいと思うだろうか。オージーは首を振った。
「まぁ、それによって容姿も向上するから。ほら、可愛いでしょう? おかーさんと体格とか容姿とか瓜二つだと思わない?」
「あぁ……。それは思うね」
「じゃぁさ、おとーさん。十六夜のこと記念に抱いてみたりしない? 賞味期限切れまえにさ。遊びでいいから――」
「は? なんでそうなる?」
「それとも、まだあんな別の男に抱かれるおかーさんに未練があるの?」
「それは……」
「あは☆ そうよね! そーよね! おとーさんを裏切らないように、せめて托卵しようとか狙っちゃう女子より、十六夜の方が良いよね? おとーさん! さぁ、抱いてみて!」
「托卵? どういう意味だ?」
「カッコウといえば分かるのかしら? 野武士(Ranger)だったら≪動植物知識≫スキルくらい持っているでしょう?」
「あの時か……」
確かに、あの時シーナは抱いてと懇願してきていた。
そのときオージーは、シーナをお姫様抱っこして答えたのだ。
うすうす、シーナの気持ちは分かっていたにも関わらずだ。
「あーぁ。好きでもない男に何度も犯されれるおかーさんとか可哀そうだよ? そんな憐れなおかーさんより、子供とか考えずに身体を楽しむことができる十六夜って素敵じゃない? おとーさん。だって、私はこのままだと泡になって消えちゃうんだもの」
「そんなことできるわけないだろうが!」
「意気地なし!」
「な、なにを!」
「おかーさんなんて、平民のおとーさんが罪に問われないようにわざわざ他の男に抱かれようとしているのよ。平民なんて、貴族からしたら木石のようなもの。そんなおかーさんからも逃げて、十六夜からも逃げるの? せっかく身体を張って、おとーさんを慰めてあげようというのに――」
「は? どういう意味だ?」
「え? まだ分からないの? こんなの、おかーさん一人ならどうとでもできる事案でしょう? 火の粉を振り払うなんて、それこそ錬金術を使えば簡単よ。全部ぶち壊せばいい。でも――、それがおとーさんに迷惑が掛かるとしたら――」
「シーナは俺のために……、第九王子と結婚しようとしているのか?」
「そうよ? ――まるで今知ったみたいな顔して、どうしたの?」
「助けなきゃ」
「助けるってどうやって? この状況で?」
「十六夜。話がある――」
◆ ◆ ◆ ◆
そんな話を、オージーの家の入口で聞く一人の男がいた。
その名をイージン。《主人公特性》で『トラブル体質』の剣士である。
そんな剣士はまた一つ、その難儀な特性によりトラブルの種を見聞きしてしまったようだ。
「たくっ。俺たちの冒険はこれからだというのに――」
だからイージンはオージーの家から十分に離れたところで、魔笛を吹く。
「これだから、俺は『いい人止まり』で終わるのかもしれないな……。『女難の相』もありか。あぁ、主人公特性が全部出ているな――」
その魔笛の音はニンゲンの耳では聞こえない。
だがその澄んだ音色はどこまでも遠くに広がっていく――




