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O Freunde, nicht diese Tone!

 それは本格的な夏のシーズンを迎えようとしたある日のことであった。


 スパリゾートで防護区間の清浄化を行うため、いつもの浄化(クリンリネス)を詠唱していると若々しいイケメンの青年がシーナの下に訪ねてきた。


 その男は真っ赤なバラの花を花束にしてシーナに捧げている。


「おぉシーナ・ヤーマ・コーフ子爵よ。君はなんて美しいのだろう――。どうか美しいキミに、この華を受け取ってはくれまいか?」


 彼の名は、ジーク・エリザ・アベーリア王子という。

 カタルニ民国の第九王子であった。


 王子らしく気障(きざ)ったらしい恰好をしている。

 服装には金を掛ける主義のようだ。


 肉付きはすらりと細長く、王子らしい背の高い青年であった。


「あぁー。シーナよ。君の髪はまるで黄金のように輝き、そしてその柔らかな瞳はアメジストのように美しく、その肌はパールのように白く煌めている――。あぁどうか、シーナ。僕と結婚してはくれないか――」


 イケメン男子が少女に花束をささげる姿は神々しい。

 そのイケメンからのいきなりの告白だ。周囲はどよめいた。


 それを不思議そうに十六夜(いざよい)は見つめていた。


「あのー。おとーさん。あのお兄ちゃん何やっているの?」


「しっ。見ちゃいけません。下がっていなさい」


 十六夜(いざよい)が指をさしてオージーに訪ねてくるが、その手を取るとオージーは十六夜(いざよい)と共に従業員室へと下がる。


 最近多いのだ。この手のやからが。


 シーナはこの国の貴族ではないなく、カタルニ民国の一代貴族である。そして現在はこのスパリゾートや工業ギルドに対する卸などで羽振りが良い。


 そのため目端の利くアホどもが「もしかして落とせるのでは?」などと勘違いして口説きにくるのだ。


 それをシーナは軽くあしらうというのがいつものことである。


 たまにシーナが扱いに困ると、「実はすでに付き合っているひとがいるのです」などといい、オージーが指名されるため、その後を引き受けることになるのだからたまったものではない。


 そういう場合にはシーナは雲隠れすることになり、冒険者ギルドに行くのも滞りがちになるほどオージは仕事に支障がでることになる。


 最近は、カタルニ民国との国境で発生した不慮の爆発事故から一部の軍事関係以外では閉鎖されていた街道が復旧し、ようやく人々があるけるようになったと聞く。


 その街道を通って旅人が訪れるようになっており、第九王子についてはそのうちの一人だろうとオージーは推測した。


 だから、オージーは今回もいつものようにジークを軽くあしらうものだと思っていたのだ。


 しかし、何事か会話したシーナが従業員室に帰って来たとき、その顔は見たこともないような蒼白なものに変わっていた。


「どうしよう……。わたし結婚しないといけないみたい――」


「どうしたんだ一体?」


「あのジークという人に言われたの。彼はガソリンについて知っていたわ――。そりゃそうよね。鉄道に詳しいのであれば動力源について知っていたっておかしくない――」


「だから何だって言うんだよ?! シーナらしくもない!」


「そう、彼はわたしがこの国に来るとき、人質に取られていたウェスタン子爵の砦で暴れたことを知っている――」


「暴れたって、どういう暴れ方だ?」


 オージーは話を聞いたことがある。


 カタルニ民国の国境の砦で大きな爆発事件が起きたということを。

 噂では激情之魔王たる魔王ジャック・ザ・ハートが引きおこしたとされるその事件は、確か砦の生き残りが誰もいないという凄惨な事件であったという。


 しかし誰も生き残りがいないのであれば、どうして、激情之魔王たる魔王ジャック・ザ・ハートが引き起こしたといえるのだろうか?


 そういえば、シーナがアメジスト王国に来たのは、その爆発事件が起きてからほぼすぐくらいでは無かっただろうか……。


 そして、その激情之魔王たる魔王ジャック・ザ・ハート本人はあのとき、何と言っていたのか――


「暴れたってまさか……」


「おじさんも、わたしのこと怖かったりする?」


「そんな訳があるかよ」


 涙声で震えるシーナをオージーは抱きしめることしかできない。


「わたしだけが訴えられるだけならいい。でも連座とか言われてしまうと、ね……」


「シーナ……」


 シーナとオージ―は見つめあう。

 ぽろぽろと涙を浮かべるシーナをどうすれば助けられるだろうか。オージーはその美しい姿を目に入れつつも考えを巡らせた。


「逃げる……、ことはできないか?」


「ありがとうおじさま。でもそんなことは――。できないわ。わたしは行く。結局は――わたしが招いた問題だもの。面白半分でやったことがいけなかったのね。ガソリンプールとか。あんあの、お師匠さまが面白半分に考えたネタだって分かっていたのに……」


 シーナの震えはとまり、何かを決意したかのようにオージーを見つめた。

 シーナは居住まいを正して、オージーに語る。


「一週間の時間的な猶予はある。この土地で所有しているものはすべて売らないと――、それから挨拶とかもしないといけない。それから――。カタルニに戻ってあの国境の砦で、わたしたちは結婚術式(かっこかり)をすることになる」


「わたしたち、ねぇ……」


 その「わたしたち」とは、シーナとオージーではなく、シーナとジークであることに理解が及ぶと、オージーはなぜか自分でも笑ってしまうくらいに愕然とした。


 結婚術式(かっこかり)。それは女性はウェディングドレス、男性はタキシードを着こみ、神父による祝詞(のりと)の詠唱と指輪の交換をすることによって成立する魔術式の一つだ。

 成人の儀式と並ぶ世界三大術式の一つであり、この術式を終えた2人は事実上結婚したものと見なされる。神のシステムであるウィンドウシステムを共有することすらできるのだ。


 貴族同士の結婚であるというのに相手はずいぶんと急いだようだ。結婚術式(かっこかり)はあくまで仮のもので、大々的な披露宴は別の場所でするのであろうが――


「だから、ほら最後におじさまーー」


「なんだ?」


 意を決したように、シーナは語り掛ける。


「わたしのことを抱いてくれないかしら?」


「あぁいいぜ……」


 オージーはシーナの腰を抱いて、そして掬い上げた。

 いわゆるお姫様だっこというやつである。


「そういうんじゃないんだけど……。いいわ。そのまましばらくそのままでお願い……」


 シーナは頭をオージの胸にあてる。泣いているようだ。

 そのまま、およそ5分くらいしただろうか――

 シーナは囁いた。


「ありがとう、もういいわおじさま。すこし――、わたしを一人にさせてもらえないかしら?」


「あぁ……」


 オージーから寂しく離れていくシーナをオージーは止めることができなかった。

※注:

世界三大術式、①成人の儀式、②結婚術式、③勇者召喚術式

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