アジ化ナトリウム砲
「俺の≪探索≫だとこれだけ見えるね」
オージーが親指、人差し指、中指を開いてシーナに見せる。
その数は3だ。
オージーとシーナは同じ≪探索≫スキルを持っていたが、野武士と錬金術士の間では効果範囲がだいぶ違う。
それは本職と副職の違いだ。同じスキルであってもクラスや、その他スキル構成によって大きな違いが出てくる。
「だが、それはあくまで見えているだけだ。≪探索≫に対抗するようなスキルを持っているやつがいるなら、さらにその数は増える」
大抵こういった野盗であるならば、≪探索≫スキルへの対抗スキルの一つくらいは持っているものである。
≪探索≫はそれだけポピュラーなものといえた。
「どのくらい?」
「そりゃ分からん。が――、最近、ここらで盗賊が出るという話を聞いたことがある。そのときの話としては10以上という話だったか?」
「殲滅する?」
「おいおい、こっちは2人だぞ」
「あは☆ 3人だよぉ。ふぁぁ。おかーさん、おとーさん。おはようございます」
そこに、寝ていた十六夜が起きだしてきた。
「やぁ、おはよう。それでも3対10オーバーか……。引き返すか?」
「まだ遠距離だから……、遠距離攻撃で威圧すれば襲われないんじゃないかなぁ。ふぁぁ。おとーさん眠いよ……」
「寝てていいぞ」
「あは☆ そんな訳にもいかないでしょう?」
「おぃこら!」
十六夜は荷馬車の御者台から降りると、いちにのー、などと喋りながらストレッチを始めた。
「何をする気だ?」
「言ったでしょう? 遠距離攻撃で威圧よ」
そして、身体をコンパスのように回転させ、小さな円を地面に描く。
その後その場所から離れ、さらに足で地面を掘りつつ何かを書き始めた。
それは、どうみても魔法陣であった。
足に魔力が込められていたのか、薄い紫色の淡い色が線に沿って走っている。
「へぇ……。魔術か……。って――、何をするつもりだ?」
答えは聞かなくても分かっている。
先ほど「遠距離攻撃で威圧」と十六夜自身が言っていたではないか。
ここで先制攻撃すれば、相手としては対応せざるを得ないだろう。
そうなった場合、牛さんを連れた荷馬車では逃げきれない。
「このアホ。もうちょっと考えてから動けよ」
オージーは腹をくくる。
「きゃっ」
小さな悲鳴をあげるのを無視してシーナを担ぎあげ、オージーも御者台から降りた。
いわゆるお姫様だっこというやつである。
「あのー。まだ抱いてって言ってないんですけどぉー」
「――付き合ってるんだから、俺が好きな時に抱かせろ」
「そ、そうかな?」
「逃げるためだ。最悪牛さんは捨てる」
「なるほど」
「シーナも非常事態に備えてアレだしとけ、アレ」
言われ、シーナは魔杖≪安全なトドメ刺し器≫をアイテムボックスから取り出した。
そうこうしているうちに、準備が整ったのだろうか。
十六夜は胸からでかい大砲を取り出すと、魔法陣の上に設置した。
「おーい、それ今どこから取り出したー、というか魔法陣で魔法使うんじゃないのかーぃ!」
十六夜もアイテムボックスを使えるのかと感心しつつ、その様子を見守る。
「どなどなー」
牛さんは何が起こるのか分からず、悲しそうな瞳で十六夜を見ている。
その十六夜が叫ぶ。
「いっくよー。《カノンウェディング》地対地戦闘用アジ化ナトリウム砲!!?」
「まぁ、アジ化ナトリウムですって! 第5類自己反応性物質。おじさま、ナイスなチョイスだと思わない?」
「知らんがな!」
「だって第5類だったら普通、ピクリン酸とか、アゾビスイソブチロニトリルとかネタに走るところに、アジ化ナトリウムなんて、渋い。渋いけど素敵! 十六夜は≪危険物≫のスキルを使いこなしていると思わない?」
「えーっと、錬金術のスキルは俺にはさっぱり分からないのだが」
何言っているのかオージーにはさっぱり分からない。
さすがは錬金術であるとオージーは思った。
「あほ☆ おとーさん! 錬金術苦手なの? このくらいまだ序の口なのに」
「そりゃー。錬金術士じゃないからなー」
「野武士だったら薬草とかには詳しいのでは?」
「そりゅあ多少はーー」
「だったら、ピレスロイドとか、ネライストキシンとか、マクロライドとか、フェニルピラゾールとか、ジメチル-2・2-ジクロルビニルホスフェイトとか楽勝でしょう?」
「それ、明らかに薬物じゃねーか。まったく分からん!」
「農薬よ。農薬。殺鼠剤でも使うわね」
「そんなの本職の農家じゃないんだから知らないよ」
ちなみに、農家のクラスでこのような知識を有するスキルはない。
「あれぇ? ジメチル-2・2-ジクロルビニルホスフェイトって言えば、≪毒学≫で真っ先に教えられるのにぃー。別名DDVPよ、DDVP! 有機燐系だから解毒剤としてはP2-ピリジルアルドキシムメチオダイドとか硫酸アトロピンとかー」
「いや、だから錬金術はー」
「えー」
オージーを見る十六夜の目は、なんだか悲しそうな瞳で、まるで市場にドナドナと売られる牛のようであった。
「ところで、十六夜はどうしてアジ化ナトリウムじゃなくて、ヒドラジンにしなかったのかなー」
「えー。『ただ真っすぐに飛べばよい』ってわけにはいかないでしょう? ヒドラジンなんて使ったら中に人を入れた時にぐちゃぐちゃになっちゃうよー」
(これだから錬金術士は――)
もはや目の前の障害などどうでもいいのか、錬金術士同士の会話はやたらと白熱していく。
オージーはジニトロソペンタメチレンテトラミンとかメチルエチルケトンペルオキシドなどと楽しそうに会話をしている2人にまったく付いていくことができないのだ。
――なのでオージーは会話を終わらせるため、さっさとやらせることにした。
今のところ動きはないが、相手方の動きも気になるところなのだ。
このまま静止していれば倒木のある付近にいる連中が出てくるかもしえない。
なにしろ、こんなにもあからさまな魔法陣が出現しているのである。
それは敵側からも容易に見えることだろう。
距離があるから高を括っているのかもしれないが。
「うむ。だがなんだか凄いということは分かったぁぁ。とりあえず、やれ」
「あは☆ 分かったわ! おとーさん素敵。――ところでこの大砲、本来なら人が乗るんだけど、おとーさん乗らない?」
「誰が乗るかぁぁぁ!」
説明しよう。
《カノンウェディング》とは本来大砲に人をツッコミ、天高く射出する第4階層の錬金術のことである。
人が乗れば黒ひげ危機一髪風の罰ゲームを楽しむことが出来るだろう。
飛ばされた人は、大抵死ぬ。
十六夜は言われた通り、とりあえず撃った。
「起爆薬は――ジアゾジニトロフェノール! 射角よーし! 撃て――――」
-ドーン-!
爆裂する道を塞ぐ大木――
赤き大砲≪カノンウェディング≫は、全てを巻き込み粉砕するのだ――




