茶毛豪牛(チョコレートキャトル)のアスカ
ある晴れた昼下がり。
仔牛を乗せた荷馬車がごとごとと隣国の王都に向けて進んでいた。
とても可愛い仔牛たち。その瞳はなぜか悲しそうだ。
揺れる荷馬車がそんなに嫌なのだろうが。
荷馬車に揺られる仔牛は2頭。
茶毛豪牛のアスカ。
赤毛豪牛のシロー。
その命名はシーナのお師匠さまだ。錬金術士らしくお師匠さまが元いた世界では薬に関連する有名な人物の名前らしい。きっと、尊敬できる人に違いない。
かの牛さんたちは隣国の王都で売ることが決まっている。あくまでシーナの心の中ではだが。
シーナとしてはその場で売り払いたい気分であったが、場末の村では牛さんの価値が高すぎて無理がある。そもそも市場がない。そして、牛さんを売るために住んでいた街に戻るのは、旅に出たすぐ後であり恥ずかしいし、なによりお師匠さまもシーナが住んでいた街に残って住んでいるのだ、流石に餞別で貰った牛さんをお師匠さまに売るところでも見られたら大変だ。
ちなみにこの世界で牛さんはドナドナと鳴く。
本当に牛さんなのかは疑問の残るところではある。
「ほんっと、イージンには助かってるよ。ありがとうね」
そんな、ごとごとする荷馬車の御者台に乗るのは一組の男女。
一人は蜂蜜に砂糖をまぶしたような輝く金色の髪に紫華鬘のすみれ色の瞳、夾竹桃の花のように柔らかで赤い唇、睡蓮の花のようにきめ細かい白く美しい肌を持つ少女シーナだ。
シーナは二頭立ての馬の手綱をとり、ゆったりと王都へと続く道を走らせている。
いい天気であり、抜けるような初夏の青空が広がる。白い雲は少ししかない。回りは青々とした平原で草がはえている。急ぐような用事もない。
暖かな空気にシーナが若干眠たげなのも仕方がないだろう。
一方の男の方はいかにも村人といった感じの青年だ。
服装もThe村人といった感じの灰色の服に灰色のマントという出で立ち。
シーナよりも背が高いとはいえ、まだまだ幼い顔を残しており、成人の儀式も受けていないだろうことは容易にわかるほど若々しい。
そう、シーナは牛さんの糞尿処理に耐えかねて村人を雇ったのだ。
その名前をイージンという。
彼は王都に成人の儀式を受けたいということで、下の世話をしてもらう代わりにシーナが荷馬車で一緒に連れていくことにしたのだ。
そんなイージンという名前の青年は、どことなくうきうきした声色で感謝を示すシーナに対し、やや頬を赤くしている。
少年としてはクールに取り繕っているが、シーナに好意をもっているのは丸わかりだ。
「いやぁ、あの程度なら誰でも出来るからね。これで三食とすこしばかりの給料もついて王都に行けるなんてラッキーだったよ」
シーナは錬金術士として倉庫というスキルを有しており、アメジストの王都へ行く程度であれば2人分くらいの食事は給料と共に出すことができたのだ。
アイテムボックスは勇者などの一部が持つかなりチートなスキルであった。そこからも錬金術士というクラスの希少性が分かるというものだろう。
「給料が少しなのはごめんなさいね。牛さんが高く売れたらボーナスも出せるんだけど……」
「いらないよ。そんなの」
「あら良いの?」
シーナは意外そうに首を少しだけ傾けた。
そんなシーナの姿に、イージンはどきりとせざるを得ない。
だからこそ、イージンはイケメンの顔をしてこう答えるのだ。
「こんな可愛い娘と一緒に旅ができるんだったら、それがボーナスさっ」
「まぁ、イージンったらー。誉めてもなにもでないわよ?」
シーナは顔を真っ赤にしてイージンの肩をポカリとたたいた。
ぜんぜん痛くない。
「あはは。錬金術士って攻撃力は弱いんだな」
「もう、イージンのいじわるぅ。そりゃぁ後衛職だからねぇ。錬金術を使えば最強なんだけどぉー」
「最強ねぇー」
どうにもシーナが錬金術を使っているシーンが思い浮かばないイージンであった。
「これでも、乙女鉱山の二つ名持ちなんだからねっ」
「なにか、凄いのか凄くないのか良く分からない二つ名だなぁ」
「うーん。王女様の命名なんだけどな…ー」
「え? カタルニ民国の? そりゃすげー。――なにが凄いのか分からんけども」
ちなみに、いまシーナとイージンがいる王国がカタルニ民国であり、隣国はアメジスト王国という。
2つの国とも友好で共に発展している途上だ。
「すごい――ってことはやっぱり儲かるものなの? 錬金術士って。名前の響きからいって儲かりそうではあるよね。何か作れそう。それに俺とか簡単に雇えるし」
「まぁそれなりには儲かるわね。お師匠さまから貰ったお金とか牛さんとかもあるし、錬金スキルも使えば生活するだけならなんとか……」
「いいなぁ、俺もそんなお金に困らなそうなクラスを成人の儀式で得たいよ」
現在のこの世界では、剣士やレンジャーといったクラスと、派生するスキルの二つで能力が成り立っている。
さらにレベルや基礎パラメーター、称号といったRPG的な要素がかなり大きい。
神話ではこれらは主神であるカーキンが人々が生活に困らないようにあたえたものとされている。特に勇者などの特殊なクラスともなると、クラス自体に異世界言葉の翻訳機能や「アイテムボックス」が用意されていたり、「ステータス」と叫ぶだけで「ウィンドウ」と呼ばれる半透明なメニューからその能力を見ることができたりと、凄まじい恩恵を得ることができる。
そのクラスが得られるのが教会で行われる成人の儀式であり、イージンが王都でやろうとしていることだ。
――もちろん、村の教会でも祈りを捧げれば成人の儀式をいつでも行うことは可能だが、その場合大抵は「村人」、良くて「商人」といった当たり障りのないクラスしか得られない。王都に行くことはそれなりの意味があるのだ。
シーナはここで、少しだけ声色を落とす。
「でも……。王都にいっても平民じゃそんなに変わりは……」
しかし、たとえ王都にいったとしても成人の儀式で良いクラスにありつけることは少ない。
貴族であるとなぜだか良いクラスを与えられることがあるが、平民であると稀だ。
しかし、稀とはいえ、「剣士」「傭兵」といったクラスを与えられることもあり、それは国民にとって宝くじのようなものでもあった。
その他、手っ取り早く良いクラスを得る手段として「知られている」ものは、より格の高い神殿などで成人の儀式をすることがあるが、王都であればそれこそ王族クラスでなければ出入りすることもできないし、そうでなければ魔物溢れる山の頂上とか、村人では到底到達できないような場所に格の高い神殿は存在している。普通は無理な所業なのだ。
「あー、やめやめ。シーナもそこは夢を壊さないで欲しいなぁ」
「なんなら……、わたしが大人にしてあげようか?」
「え?」
思わずイージンはシーナを見つめてしまう。
ある晴れた昼下がり、茶毛のアスカはドナドナと鳴いた――