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逃避行

 ある晴れた昼下がり、市場からとある村へと続く道。

 仔牛を乗せた荷馬車がごとごと進んでいく。


 そこにはシーナたち3人の姿があった。


「――で、なぜにわたしは荷馬車で牛さんを運ばないといけないのかしら?」


 シーナは首を傾げる。

 服装はいつもの。シアン色のキャミソールに、お気に入りの薄い赤色の靴である。


「そりゃ、いったん王都から離れるためさ。出る前も言ったろ? 魔術士工房(アトリエ)で人が作れるとかバレないように、一旦遠くにいって、それから妹が別の所から来たとか適当にでっちあげる作戦」


「その作戦うまくいくのかしら?」


 御者台で馬を操作するのはオージーだ。

 手綱を握り、のんびりとした雰囲気を出していた。


「Zzz……。Zzz……」


 そんなシーナとオージーの間に白色のワンピースを着た少女、十六夜(いざよい)が、茶色のローブを目深に被って座っている。というか、やることもないため寝ていた。

 作戦の内容を考えるならこの段階で外部の人間に見られるわけにはいかないのだ。


「ドナドナー」


 その後ろには荷馬車の荷物として牛さんが2頭。

 ドナーとごとごと荷馬車が動く声に合わせて鳴いている。

 牛さんはその鳴き声で本当に牛なのか。


 移動先である村で繁殖させるためだろう。見事な白毛豪牛のつがいである。

 牛さんたちは可哀そうな瞳でオージーを見ている。


 名目としては王都で買った牛を近くの村に運ぶというもの。

 簡単な運搬任務だ。


 ギルドで適当な依頼をオージーが受けてきたのだ。

 前々から依頼があったらしいが、報酬が安い依頼なので引き受け手がいなかったようだ。


 村側もそんなに急いでいるわけではないらしい。

 牛乳という動物性たんぱく源の安定確保が今後できるだろうが、牛がいないからといって生活できない訳でもない。蛋白源であれば村にもいろいろあるのだ。へぼと呼ばれる蜂とか。

 だから仕事は簡単に引き受けられた。


 シーナたちにとってはこの際、報酬の高い低いは関係ない。

 とにかく、どこか遠くにいって、そこで十六夜(いざよい)に出会って連れてきたという設定さえ成り立てばよい。夢はるか、3人旅。

 行先が知らない街や知らない海ではなくて、運搬先がオージーの実家のあった村であるというのも都合が良かった。村人の知り合いは多いし、頼んでおけば将来、どうとでも話をでっちあげることができるだろう。


 スパリゾートの管理は、浄化(クリンリネス)が使える神官に任せている。

 シーナがいない間の収入は神殿側が受け取って構わないと言えば、喜んで引き受けてくれた。


「ついでに、両親に挨拶しに行くかな……」


「まぁ、ご両親に?」


 シーナは紫華鬘(むらさきけいまん)のすみれ色の瞳を輝かせる。

 何がそんなに嬉しいのだろうか。


「ま、墓参りだけどな」


「なるほど……。ごめんなさい」


 その視線はすぐに逸らされた。


「まぁ何年も前からの話だがな」


「わたしも幼いころから両親がいなかったから、辛いのはよく分かるわ」


 確かに、オージはシーナが自身のお師匠さまのことについてはよく語るのを聞いていたが、両親について話すのを聞いたことはなかった。


「そうか……。それで職を得るために錬金術士(シレー)に?」


 貴族の中でも特に美しいと思われる容姿のシーナであるが、どうにも恵まれていないらしい。

 血みどろの貴族間闘争にでも巻き込まれたのか。

 つい先日まで、アメジスト王国内でも貴族の間では赤い抗争ばかりが続いていた。

 アメジスト王国が平和になったのは、アメジストの瞳を持つアリス王女が王位についたごく最近のことだ。


「引き取られたのが、錬金術士(シレー)のお師匠さまだったからね。必然的にそうなったのよ」


「それでも、相当な努力が必要だったのだろう? 頑張ったな」


 成人の儀式でも、師匠を持つ子供はその職になりやすい。親の職業にも影響されることはあるだろう。


「わたしは成人の儀式ではなくて、自分で選択したのだけれどね」


「ほぅ。それはどうやって?」


「異世界の知識をある程度覚えると『鑑定』のスキルが得られるから、『鑑定』に対して『鑑定』をし続けるとウィンドウシステムを見ることができるのよ」


 それを聞いたオージーは頭が痛くなってきた。


「それ前にも聞いたことがあるが、他の人に絶対広めるなよ」


「信頼した人にしか教えていないわよ? おじさま」


「俺は信頼された人だということは分かったが、ならば信頼された人からの助言だ。もうこれ以上その話をするな。誰に聞かれているかもしれない。≪盗聴≫系のスキル持ちだって、いないわけでは無いのだから。いいな?」


「はい」


 どうにもシーナは自分の価値を分かっていないようだった。


 こんなことが知れてしまえば、ずっとその『異世界の知識』を根ほり葉ほり絞り取られることになり、大量のウィンドウシステムの取得者を増やしてしまうことになるだろう。

 ウィンドウシステムといえば、勇者に準ずる上級クラスの者しか手に入れらられないものだ。

 アイテムボックスなどがもっとも有名だろう。

 ほぼ無限にアイテムを入れられる異空間の箱を持ち歩くことができれば、運搬などは手ぶらででき、物資の移動は簡単になる。

 それは戦争の概念すら吹き飛ばすかもしれない。

 為政者であればどんな手段を使っても情報を引き出そうとするに違いない。そう、どんな非人道的な手段を使ってもだ。

 夾竹桃(きょうちくとう)の花のように柔らかで赤い唇、睡蓮の花のようにきめ細かい白く美しい肌――、そんな美しい少女に非人道的な手段を使うとするなら、どのようなことがあるのか。考えたくもない。


 などと言っている間に、荷馬車はゆっくりと停止した。

 オージーが馬を止めたのだ。


 ごとごとという音が止まる。


「どうしたの?」


「――。シーナ。あれが見えるか?」


「んー。わたしの≪索敵≫スキルだと見えないわね?」


 そこには、道に茶色の大木が根から切り倒されて横たわっていた――

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