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枕営業――

 アリス・ナンデ・アメジストは、アメジスト王国の女王である。

 最近、前政権を打倒し王女の地位についた。


 その王女は、最近できたといわれるリゾートスパに視察に来ている。

 リゾートスパというものがどんなものか知りたかったからだ。

 隣国の一代貴族であるシーナ・ヤーマ・コーフ子爵なる人物が、作り出したといわれるスパリゾートに興味があったからだ。


 コーフ子爵は錬金術士(シレー)という世にも珍しいクラスを拝命しており、王都の人たちの衛生を高め清潔にしたいという崇高な理念を掲げONSENというものを作り上げたのだ。しかも冒険者たちには無料で開放しという。


 我が民の衛生を高めたいなど、大変に喜ばしいことである。


 美容にも良いということで、貴族のご婦人たちもこぞって通っているとのことで、社交界では大層な噂になっていた。

 アリスが興味を持ったきっかけは宴などで会う女性陣がなんだか綺麗になっていたところからだ。


 特にその髪――。濡れるように、それでいてしなやかでサラサラしたその髪は見る者に強く印象付けられる。男性陣も足しげくリゾートスパに通っているらしく、気持ち髪がふさふさしだしたように見えなくもない。


 そんな、リゾートスパであるが、その活力の源泉はONSENと言われるものらしい。


 ONSEN--なんでも地下深き所にある加圧された地下水を吹き出して風呂とするらしい。その深さは深ければ深いほどよく、大地の圧力が掛けられることによりボイル・シャルルと呼ばれる法則に従って水が熱せられるのだという。地下に龍脈でもあるのだろうか。

 アリスはそんなONSENが自宅に欲しかったのだが、すぐに断念せざるを得なかった。国に地面を掘る技量が不足していたのだ。


 いかに土魔法といえ、何千メートルもの地下を掘るのは難しい。


 そして、コーフ子爵と交渉したが、すぐに穴掘りを頼むのはあきらめた。

 なにやら地下水の問題がある。これ以上地下より、水を吸い上げては地盤沈下という現象が起きるらしい。そして王都外であるならば可能という。

 その話が本当なのかは分からないが、シーナが嫌がる理由をアリス王女は十分に理解していた。

 誰が自身が儲かっているONSENを自分のところに作れなどと言って喜ぶのだろう。その利権を手放すことなど貴族であるならば考えられない。王都以外の別の場所であれば依頼もできるだろうが、アリス女王の住む城はばっちり王都内にあるのだ。


 ちなみに、アリス王女がリゾートスパに来たのはお忍びだ。

 公式に来て人払いなどさせれば1回は来れるだろうが、そうなんども来ることが叶わなくなってしまう。


 お忍びで来たアリス女王に、リゾートスパで寛いでいた貴族のご婦人たちは一瞬たじろぐ。――が、しかし、そこは貴族のご婦人方である。すぐさま静かになるとその様子を見守る姿勢に入った。

 何事も触らぬ神に祟りなしである。

 お忍びでアリス女王が来ていることは明らかであったし、そこに王女の名前をだして挨拶などすれば、その時は良くても後でどのような厄災が起きるか分かった者ではない。


 静まり返るリゾートスパであったが、そこに空気を読まない人は、――いた。


「あっ、あっ、あっ……」


 あられもないシーナの声を出すシーナ本人である。

 今日も今日とて、オージーに肩を揉まれていた。


「ちょっと……、何をしているの……。こんなお昼どきに――」


 思わず眉を顰めるアリス王女。

 周囲も止めるべきであったが、しかしシーナ―はスパリゾートのオーナーである。止めるのは憚られたのだ。

 周囲のご婦人たちも見守るなか、シーナが答える。


「えーっとお客様ぁ。これはスキルの性徴訓練をしているのです」


 シーナが返した言葉はアリス王女が思っていたものとは異なり、意外なものであった。


「スキルの性徴訓練?」


「えぇ。あ。オージー続けて。こんどはもっと下がいいな。そう、そこ! いい……」


 仮にも女王に対する受け答えとしては褒められたものではなかったが、シーナは問いかけた相手が女王だとは知らないのだ。

 アリス王女はそんな些細なことよりも、スキルの話に興味を持った。


「それは――、どんなスキルなのかしら?」


「レベル1で容姿がなんと+5もあがるのよ。さらにレベル+1毎に容姿が+1づつ上がるの。どう? すごいでしょう?」


 それは、スキルとしては垂涎の性能だった。

 おもわず、周囲で状況を見守っていたご婦人たちがどよめく。


 容姿が+5もあがるのであれば、それはアイドルクラスなのではないのかと。

 平均的な成人の儀式を終えた女性の容姿が10であることを考えれば、そのスキルのすごさが分かろうというものだ。


「それは一体どんなスキルなの……」


 ごくり。

 思わずアリス王女が喉を鳴らす。


 そんなスキルがあるのであれば誰でも取りたいと願うに決まっている。

 ご婦人方も固唾を飲んでいる。


「スキルの名前は≪枕営業≫ですわ……」


「ごほっ。ごほっ……」


 なんて名前のなのだろう。

 思わずアリス王女は蒸せた。

 周囲はざわめいた。


「揉まれることに対して声を出すとか、そういった相手方に媚びを売る表現をすることでスキル経験点が入るわ。なるべくお年をめした男性――、それもよく訓練された、ごつごつした手の殿方にマッサージをしてもらった方がスキル経験点は上がりすいようね。相手方の≪マッサージ(OT)≫のスキルレベルは最低1は必要。ただ、≪マッサージ(OT)≫のスキルレベルが3を超えると本気で気持ち良いいからスキル経験点にはならくて、そのかわり状態として短期のプラス補正が付くみたいよ」


 やけに具体的だった。

 シーナはスパリゾートでの調査を確認して効果検証済みのようだ。


 これはスキル取得条件として感度が非常に高いものだとご婦人たちは確信する。

 こういったスキルの習得方法は本来秘匿すべきものではある。

 実際、多くのスキル取得条件は当然のように秘匿されていた。


 しかし、習得させることで当人に利益があるのであればそれは教えるに値するものになるだろう。

 冒険者ギルドがギルド員にさまざまなスキル取得教育を施さんとするようなものだ。

 ここでいう当人の利益とは、マッサージを頼めば頼むほど、スパリゾートのオーナーであるシーナの収入になるのことだ。

 そしてシーナは嘘は言えないだろう。もしもそれでスキルが得られなかった場合、シーナはご婦人方による酷い非難に合うことになるからだ。


「わ、わたくしもマッサージを受けてみようかしら?」


 アリス王女がつぶやくが、さすがにそれは周囲が止めた。


「さすがに容姿があがるとは言え、王女が≪枕営業≫スキルを取るのはちょっと……」


 ≪枕営業≫持ちの女王とか、国民にバレたらとんでもないことになる。


「そ、そうよね?」


 アリス王女は諦めたが、ご婦人方はアリス王女が去った後にごりごりマッサージを受けようと強く思った。

 アリス王女自身は、ここでは諦めたものの自宅でマッサージを受ければいいじゃない。と考えている。

 女性の美容に対する執着は凄まじいのだ。


 なに、そんなスキル持ちであることなどバレなければ良い。


「でも、どうして美容系スキルには変なものしかないのかしら? ≪恋愛≫スキルとかで可愛くなれるならこんなに素敵なことなんてないのに」


 アリス王女の疑問は当然のものだろう。


「だって、それはそうでしょう?」答えたのもまた、シーナだった。


「妊娠が病気じゃないように、恋愛はスキルじゃないもの」


「それは――そうよね」アリス女王は大きく頷くのであった。

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