クリンリネス
シーナの魔術士工房は完成していないが、シーナの屋敷は、オージーの手によって着々と要塞化が進んでいる。
熟練した野武士(Ranger)の手によるトラップだ、要塞化が完了してしまえば、凄腕の探索者(Explorer)でもない限り、そう簡単に抜けることはないだろう。現時点でも突破できるものはほぼいないに違いない。
そうこうしているうちに7日が経過した。
その間にシーナはイージンとなんどか会ったが、シーナはことごとくイージンを無視することにより、イージンは項垂れて帰るという日々を繰り返している。
そして、ネートにイージンは慰められるという悪循環というか、ネートにとっては好循環が起きていた。
そして、変わったことがもう一つ。
冒険者ギルドになぜか貴族のうら若き女性たちが大挙して集まってきたのだ。
その最初は――、貴族の屋敷に荷物運びにきた冒険者を侍女が見たことがきっかけだった。
(あらやだ。なんかこの冒険者、肌がすべすべでイケメンじゃない!)
いままでとは違い、どことなくイケメンになった冒険者との恋は――始まらなかったが、その原因を突き止めた侍女は、冒険者ギルドに行き――、そして冒険者ギルドに設定された浄化の威力に出会ってしまった。
そう、出会ってしまったのだ。
(あぁーー。時間経過でお肌がきれいになっていく……、そして髪もつやつやに……)
範囲浄化魔法――浄化。
その魔法は、一定期間、周囲を清潔に保つという効果を持つ。
浄化は、一般的な低級の清浄と違い、毛であればつやつやどころか、ふさふさになるというほどの威力があった。
薄毛になやんでいたおっさん冒険者も大満足である。
なぜ、錬金術士がそんな高度な範囲浄化魔法を持つことができるのか?
それは錬金術士にとって、部屋を綺麗にすることは重要な意味を持つからだ。
部屋が穢れていればファイブナインと呼ばれる純度を誇るような物質を作ることはできない。なるほど言われれば必須技能の一つであろうと理解できる。
ファイルナインとは、純正物が99.999%であるような極めて不純物のない状態を指す言葉である。それは異世界――この場合は日本――で弗化水素など製造する化学屋が求められる必須技能とされているものだ。
そんな状態を保つには単なる清浄では足らず、より上位の継続状態を保つ魔法が必要となる。
一般に神聖魔法の使い手が使えるのはこの清浄の方であり、上級の浄化は取得が難しい。神聖魔法の使い手としては治療系を先に覚えることが必須であり職業として期待だれるものであるからだ。この当時、浄化はそれほどの価値を見出してこられなかった。
スケルトンなどの低俗なアンデットを退治する程度の浄化魔法は清浄であり、浄化は上級でありながら取得難易度は低いとはいえ、それこそリッチやオーバーロードと呼ばれるような超上級アンデットと戦うような場合しか使われることがないものであるため、したがってその使い手ともなると数が限られていた。
(これが、新しいワタシ……)
身も心も、服装までもが美しく綺麗に変貌した侍女を上司である貴族の女子に見とがめられ、そして貴族のご婦人方に広がり、冒険者ギルドに大挙して押しかけてくるのにたいした時間は掛からなかった。
(あぁ、美しい――)
(心が、綺麗になっていく――)
次々に美しい貴族の女性がギルドに寄ってきて、ついでに寄付などしていくので冒険者ギルドとしてはホクホクの状態であったが、一方でギルド員たる冒険者としてはたまったものではなかった。
されど、貴重な収入源でもある貴族のご婦人方を追い出すわけにもいかず、手を出せばお付きの従者により速攻によって排除されてしまう。その従者も浄化の効果によってさらなるイケメンになっていたのが冒険者ギルド員には不評である。リア充は爆発していただきたい。
従者といえば定職であり、貰える額は少ないだろうが生活は安定している人たちなのだ。それに居場所を追い出されるとか冒険者にとっては屈辱ではある。
そんな冒険者たちが、この状況をなんとかしろと気の知れたオージーを通じてシーナに泣きつくのは当然のことであろう。そんなシーナ当人は冒険者ギルドに到着すると集まった貴族のご婦人方と緩やかな談笑をすることが多い。それに混ざってまで首を突っ込むのは藪をつついて蛇を出すようなものだと冒険者たちは知っている。
シーナは貴族の女性たちに自身のセールスを掛けていた。自身の基盤作りといって良いだろう。
シーナが作る物は基本的に素材系なのだが、その素材を使った服なりなんなりを貴族が着れば、それはシーナの利益として返ってくるのだ。
だが、主力商品より浄化の方が良いと言われると、嬉しいことは嬉しいのだが、複雑な気持ちになる。
「ならば、郊外にスーパー銭湯を造るのはどうでしょう? 資金ならばだしますわよ。国が」
スーパー銭湯とは露天風呂、各種アイテムバス、サウナなどの付加的な風呂設備に加えて、リラックスルームやコワーキングスペースなどを有する公衆浴場の一種である。山梨であればヘルシースパその方が通りが良いだろうか。
各貴族家に出向いて個別に浄化を掛ける手間暇を考えると公衆浴場で広い範囲に一気に術式を展開するの方がシーナとしても手間が省ける。
そして、そこでコットン、ポリエステル、アクリル、マイクロファイバー、ナイロンといった錬金素材を使い、バスタオル、フェイスタオル、歯ブラシなどを提供すれば、それに感心をもって洋服などが売れるだろう。
問題は温泉のために地面を掘削する許可をどうやって得るかだが、それも目の前にいるご婦人方に話せばあら不思議。一瞬のうちに解決する。
シーナはご婦人たちの声に乗ることにした。
一週間もしないうちに許可は下りる。
ご婦人方の美容に対する努力は計り知れないものがある。
その2日後、打込み打撃杭工法によるボーリングをシーナ自らが錬金術を行使することによって、温泉が湧きいた。
さらにその1日後、ドワーフたちの全力によって粉末治金による温泉用パイプが敷かれ、シーナの家の隣に大きな家が経ち、あれよあれよという間に温泉設備が出来上がってしまう。その温泉施設の名はシーナの乙女鉱山の二つ名にちなみヘルシースパ サンロードと名付けられた。
しかし、最も恐るべきはドワーフの建設スキルか。
土魔法も使用して一気に石造りのエレガントな城風スパリゾートが出来上がっていく様子は圧巻だった。
そうして、ご婦人方には入浴料を取るが、冒険者については料金をタダの温泉施設が一瞬でできあがる。冒険者の料金をタダにしたのは警備面も代わりにしてもらうためだ。
注目すべき混浴の露店は屋上に造られ、周囲にはオージーの幾重にも重ねられたトラップがひしめき合う。女性陣は誰も入ろうとはしないが。
ドワーフの全力によって、そのうち街道までができあがるだろう。
冒険者ギルドからご婦人が移動し、さらにはこぞってその人を増やすことで美容に関する設備はどんどん充実している。
例えば、マッサージなどの施術を行う元冒険者の人たち。
そして美容のために乳液などを作成して販売する地元の住民たち。そして特産の果物が量感陳列で並ぶ。地域住民にも人気だ。スパまでは冒険者と一緒に行くのであれば魔物とかの心配もない。
雇用が生まれていく。扇風機代わりに大きな扇を上下に動かす人などは、その苦労する様子を眺めることが優越感に浸れると若いご婦人方に特に人気だ。
「――って、そうじゃなくてだな……。シーナに常識を教え込むどころか、シーナの非常識が常識になっていくような気がするのだが――」
「あー。気持ちいいわ。そこ、そこよ。あ。あっ。いいわぁー」
そんなオージーは今日もまた、乙女であるシーナの柔肌を弄んでいる。
これはシーナを彼女にした特権なのだろうか。
――要は肩をもんでいるのだけだが。
オージーは流されるまま気づけば≪マッサージ≫のスキルがレベル2まで習得していた。
「って、冒険者かんけーねー。常識どこいったー」
オージーは発汗し上気した肌で艶めかしい姿のシーナの肩をぐいぐいと揉んだ。
良い気持ちになっているシーナは、いきなり強く肩を揉まれたため身体全体をびくりと震わせる。
「えー。いいじゃない。わたしと一緒にいればお金には不自由しないわよ? 彼女にした甲斐があったと思わない?」
施設ができてから、利用者の数はうなぎ登りだ。
貴族を含めたご婦人からの「強いお話合い」によって、神殿からも浄化が使える上級神官をアサインされるようになり、シーナは経営者として、もはやいるだけで収入が入るという体制までを一気に構築していた。
「それはそうかも知れないが……、これじゃ付き合っているというか、単なるヒモになっているというか……」
「いいじゃない。理想のヒモ生活でしょう? オージーにはわたしの護衛としても役立ってもらっているから、完全なヒモでもないと思うのだけれど?」
「シーナはたまには運動とかした方がいいぞ。ほら、凄い肩凝っているもの。こことか……」
「あっ。あっん。そこ痛っ。でも痛気持ちいいかも……」
そんな気持ちの良い日々が続く中、2人を快く思わない連中もいた。
それは、冒険者でもレベルの低いゴロツキの連中であった。




