錬金術士シーナのアトリエ
「なんじゃこりゃ―――」
朝の冒険者ギルドでの浄化祭りが終わって、シーナが買ったという郊外の家に着いたオージーだが、驚愕せずにはいられなかった。
それは、家と言うか豪邸だった。高級貴族が住むような白亜の豪邸だ。
確か貴族のなんとかいうおっさんが買って、しかしそのおっさんが政変で没落して手放したという曰く付きの屋敷であったはずだ。
成金趣味のおっさんであったため、家は豪華だ。
家具等は売り払ったらしくなにもないが、壁や柱はかなりしっかりとした造りであり、築何年も立っていない堅牢なものであった。
――であるからには曰く付きの屋敷であったとしてもそれなりに高くついたはずだ。
それをシーナは即金で買ったという。
(錬金術士って、儲かるんだなぁ……)
しみじみオージーは思うが、その屋敷の広さは結構なものだ。
オージーの小屋みたいな部屋とは比べるべくもない。
「でーー、おじ様にはお願いしたいことがあるのぉ」
シーナはネコナデ声でオージーに甘えてきた。
おそらくは振りだろうとオージーは思うが、デレるには十分な破壊力である。
これから酷いことを言って体よく使われるのだろう。
「この屋敷とか、屋敷周辺にトラップを設定して欲しいの」
なるほどと、オージーは言いたいことは理解した。
確かにこの広い屋敷に女の一人暮らしなのであれば、屋敷の要塞化は必須だろう。
そして言うのは簡単だ。
要塞化をするにはそれなりの資金が必要である。
「……。ご予算は?」
「10金貨で足りるかしら?」
「それなら目いっぱい野武士(Ranger)のスキルというのをお見せできるには十分な額だな。というかおつりが来るな。1/10もあれば十分だ」
「ありがとー」
あくまで恋人として抱き着いてくるシーナに、オージーはいまいち距離感がつかめないでいた――
(どこまで本気なのやら……)
◆ ◆ ◆ ◆
(裏切られた……)
シーナは鮮明に思い出す。
ネートの明るい笑顔を。そして戸惑いながらデレた顔で連れ去られていくイージンの姿を。
あのあと、彼らがどうなったかなどシーナにはどうでも良かった。
ただ、裏切られたことだけが頭を支配している。
まただ。
そうまたなのだ。
シーナとイージンは恋人同士ではないが、さりとて友達以上ではあるのでないか、とシーナは思っていた。
だけど――
(また、あのときみたいに……)
シーナは思い出していた。
お師匠さまにプロポーズされたときのことを。
だが、お師匠さまとシーナとはさすがに年の差がありすぎた。
だからお師匠さまのプロポーズをいったん保留にした。
それがいけなかったのだろうか。
お師匠さまは、次の日、べろんべろんに酔いながら一人の少女を連れてきた。シーナよりもさらに年下の女の子だ。
そしてあろうことか彼女と結婚するなどと言いだしたのだ。
その彼女は、きっと泣きながら酔いつぶれるお師匠さまに同情したのだろう。
手塩にかけてお師匠さまがシーナを育てていることをその彼女は知っていた。
そして、その時から、シーナはお師匠さまの家で居場所がなくなった。
お師匠さまはシーナが旅に出ることに反対せず、代わりに様々なものを餞別として渡した。
だが、その隣には常に連れてきた新しい彼女の姿があった。
お師匠さまは決して裏切ったわけではないのだが、裏切られたという思いはシーナの心から離れない。
(だからお願い。おじさまは――わたしを裏切らないで)