ハニートラップハウス
気が付くと、シーナはオージーの家にいた。
正確に言うのであればオージーがシーナを連れ込んだのだ。
オージーの家は木造建てのあばら家だが補修はしてあり、男一人が生活するには問題ない広さがあった。
だが、シーナもいるとなると手狭な感じがする。
「あの状態でイージンに会いたくないだろ?」
「それはまぁ……。ありがとうございます」
「俺にも、シーナを今返したらイージンと仲直りするかもな――。とかいう黒い打算もあったからな。俺の彼女にするのであれば、それは困るだろう? 連れ込んで悪いと思ってはいるよ」
確かにあのまま『みんなの酒場亭』に帰るとイージンもウェイトレスのネートもいるのだ。
シーナはすぐさまそこに帰りたいという気持ちにはなれなかった。
「ベットは一つしかないから――、シーナ。お前が使うがいい」
男の一人住まいでベットは一つしかないのだ。オージーは並べた椅子にでも寝るという。
さすがに家主に悪いと思ったが、女の子をそんなところを寝かせられないといわれてしまうと返す言葉が無い。
「まぁ、彼女でもあるわけだしなっ。なんなら一緒に寝るか?」
「えーっと、それはちょっと……」
さすがにシーナは、出会って一日しか経っていない男と一緒に寝ることは考えていなかった。
「ネートさん……。のことは良いの?」
「ははは。いくらイケメンの剣士だからって、ふらふらついていくあの女か? 愛想が尽きたね」
オージーは千年の恋も溶けたようだった。
「そう……」
「やっぱり容姿か? 容姿がダメなのかなぁ?」オージーは吐き捨てる。
「おじさまの容姿が悪いことは確かですけど……、綺麗にしていればなんとか……」
「くー。辛辣だねぇ。明日は一日部屋の掃除するか――」
「なら、わたしも手伝いますわ」
なにかしおらしくなったなったシーナにオージーは戸惑うが、オージーはその申し出をありがたく受けることにした。
「あー。わかった。手伝ってくれや」
「その代わり、今度わたしの家の掃除も手伝って欲しいかな」
「おお、いいぞ。って、シーナに家なんかあるのか?」
シーナとイージンは『みんなの酒場亭』に泊まっていたはずだ。
それなのに家はおかしいだろう。
「買ったのよ。この前、アメジスト王国の商人ギルドに入った時、ついでに――」
「うわ、これだから金持ちは……」
「ほら、わたし錬金術師だから魔術士工房を作らないと精錬できるものに限りがありますから」
「なるほど。シーナの家はまぁいいや。明日は俺の家を一日手伝えよ」
「はいっ。って。朝は冒険者ギルドで浄化を掛けないと……。あれは1日1回掛けなおさないと維持できないからね……」
「じゃぁ、それ終わったらな。というかここにも掛けてくれ――」
などというたわいもない会話をして今日という日は終わる。
(まぁ、彼女とはいえ――)
しょせんは口約束だ。どのみち破られるだろう。オージーは思う。
こんな少女がこんなおっさんを好きになるはずがないのだ。
どのみち口約束は破られるだろうが、それまでに冒険者としての心得くらいは教えてやるかな。それから常識というものを。
何気ない会話をするだけで、オージーにとっては十分であった。
女性と話す機会の少ないオージーとしては楽しいことは自明というものだろう。女性経験がほとんど無きに等しいのだから。
さらに言えば、女性の中でも絶世の美少女なのだ。国一番といっても過言ではないだろう。下手すれば世界でも――、そんな娘が自分の部屋にいる。楽しくならなないはずがない。
今はちょっと陰りがあるが、そのうちに立ち直るだろう。明るい笑顔でも見られればきっと心が洗われるだろう。
当時のオージーとしてはそんな軽い気持ちで、シーナと付き合うことに決めたのだったが――