鍛冶ギルド――剣の入手
朝はやってくる。
ぽかぽかと暖かい陽気だ。
この季節、ずっと暖かい陽気がつづくわけだが。
あと何週間もすると数日雨がづづき、そして本格的な夏に向かうという季節感だ。
まさに初夏。草々は芽吹き盛り青々とした色を世界に解き放つ。
そんなことはどうでも良いと、アメジスト王都の一角ではドワーフが金づちを打つ音がカンカンと鳴り響いていた。そこに季節感というものはまったくない。
ご近所迷惑だが、周りもにたような喧噪に包まれているのであまり目立ちはしない。
ここはアメジスト王都の中でもこの地域は職人が多く住む場所なのだから。
「おはようございます」
シアン色のキャミソールに濃い目のボレロ、純白の日傘に、祝福された薄桃色に近い赤い靴、そして輝く黄金のショートヘアを靡かせる少女シーナは、そんな金づちを家の軒先で振るっているドワーフの一人に声を掛けた。
どうみてもドワーフのおっさんだ。
それをイージスはシーナの後ろでおっかなびっくりといった様子で眺めている。
「なんだい、お嬢ちゃん。ワシになにか用かい?」
「えぇ。カタルニ民国から引っ越してきて、このたびこの地の鉱業ギルドに入りました錬金術士のシーナ・ヤーマです。金属のご入用はありませんか?」
「おぃおぃ、バカ言っちゃいけねぇ。お嬢さんみたいな年で錬金術師とか勤まるわけが……」
「金属なら何でも揃いますわよ。鉄、ナトリウム、マグネシウム、バリウム、カドミウム、それからそれから――、とはいえ全部粉ですけれどね。錬金術精錬なんで――」
「金属――って言って金属粉か。そりゃぁ、あぶなっかしいな」
「それなりに扱いは大変ですわね。その実力がドワーフである貴方にはあるかと思いますが」
イージスは一体何があぶなっかしいのか分からないが、ドワーフが危ないというなら危ないのだろう。大抵のドワーフは鉱物のスペシャリストだ。
そのドワーフは金物を叩くのをやめ、驚いた様子でシーナを上から下までじっくりと観察をし始める。
「なるほど――、粉末治金用じゃな。まさか、隣国カタルニで粉末治金法を進めている都市鉱山とはお前さんのことかい」
「まぁ、お師匠様のことをご存知で――」
「ドワーフ界隈で知らない奴はいないだろう。鉄道? とやらが今話題になっているぜ」
「へー」
粉末治金はイージスは分からなかったが、鉄道はイージンでも知っていた。
鉄でてきた道を作り、鉄でできた荷馬車が、良く燃える水というなにか矛盾した魔道の品を使って馬もなく大量の荷物を運ぶという、おとぎ話のようなものが実現されたのだとか。
なんでも鉄道に魅了された鉄の人なる集団がやっているという話だ。
イージス自身は辺境の村に住んでいたので詳しいところまでは知らなかったが、なるほどそんなプロジェクトにお師匠さまが関わっているのであれば、シーナが言われて恥ずかしそうにもじもじするのも納得であった。
「だがなぁ……」すまなさおうにドワーフは頭を掻いた。「ワシぁ鍛造がメインで粉末治金に対する焼結技術がないんじゃ。金型とかやってみたいとは思うんじゃがな。粉末治金なら二軒先のドンちゃんが鉱業ギルド長をやっているからそこで訪ねてみるがいい」
「なかなかどうして、おじ様もお詳しいじゃないですか」
「よせよせ。いかに知識があろうと出来ねば意味はないのじゃ……。それにワシは鉄はハンマーでたたいてこそ良いものができると思っておる。いわゆる鍛造の専門家じゃからな、古いおっさんにはそこは譲れんのじゃ」
「あー。鍛造の専門家ですか。鍛造が詳しいのであれば剣とか買いたいのですが、良いのはありませんか?」
「お前さんが使う――。訳ないか。そっちのかい?」
「えぇ。こちらのイージンが、成人の儀式でこのたびめでたく剣士になりまして――」
「おぉ。剣士か! いまの時期に襲名したのかね。どこの村人じゃ? ともかくそりゃ目出度い」
シーナはイージンをドワーフのおっさんに押し出すと、ドワーフのおっさんは、イージンの肩をばんばんと叩いた。
「成人の儀式は誰に師事を受けた?」
ドワーフが尋ねる。
「死神羅刹甲守瑞樹さまに」
「くぅー。死神羅刹甲守かっ! 男の子だねぇ。あろうことか死神を選ぶか――、ということは欲しいのは――黒剣じゃな?」
ドワーフのおっさんは中二の心に溢れていた。
黒い剣――
ダークヒーローみたいで男の子の間ではいかにも人気が出そうだが、実際持っていたらそのスジのものというか、悪役っぽいことこのうえない。
「いやそれは――」
「いや、分かる。おじさんには分かるぞー。言われなくとも分かるとも――。ならばなおさら黒剣がいいだろう。それもドンちゃんに頼むがいい。黒染の桜と唄われたドンちゃんであれば――」
「装飾クロメートですかー、いいわねそれ。でも黒染めって言ったら四三酸化鉄ではなくて?」
そんな話をしていると、周囲からどんどんとドワーフのおっさんたちが集まってくる。
ここは職人街だ。
職人といったらドワーフである。
そりゃぁ、もうわらわらとだ。
「バカ言っちゃいけねぇ。黒染なんて、ありゃー耐食性が低くて屋外にはむかねーよ」
「リューブライトだろ。燐酸だ燐酸だ。ひゃっほー。燐酸ひゃっほー」
「馬鹿か。黒剣だぞ。いくら耐久性が良かったとしても灰色じゃロマンがないだろうが!」
「そうだー。黒剣はロマンが大事だ―」
「結界――」
「黒色セラミックぅぅぅー」
「それもう鉄じゃねぇ!」
「……」
「…」
(どうしてこうなった……)
気づくと、剣の購入どころかドワーフ同士の壮絶な言い争いが始まっていた。
そんななか、シーナが呟いた。
「やっぱり黒ならチタンコーティングよね」
「チタン? なんだそれは?」
「チタン(Ti)は原子番号22の元素よ。通常の色は銀白色。だけど水素で――」
「なぁお嬢ちゃん、お嬢ちゃんってばさ、原子番号ってなんだ?」
「え、そこから?? まず周期表というのがあって――」
そんなドワーフの喧噪の中に平気で割って入っていくシーナを見て、イージンはやっぱりシーナは錬金術士なのだなと思う。
つまり、何言っているのかさっぱり分からない。
そんな言い争いが長く続き、昼に近づこうとしてたとき、ドンちゃんといわれるドワーフたちのドンみたいなのが現れてようやく論争は終わった。
ドンちゃんは女性のドワーフだ。
だが声がやたら低い。
やさぐれている感じがして怖い。
「あぁ、錬金術士って面白ぇんだなぁー。また今度話をさせてくれやー」
「はーぃ。分かりましたー」
人懐っこく、睡蓮のような笑顔を振りまくシーナは手を振りつつも、ドンちゃんに連れられてようやく本命のドワーフのお店に辿り着くことができた。
ドワーフ達の言い争いは、良い汗を掻いた感じでいつの間にか酒飲みに発展していた。
すがすがしい朝は、どこへいってしまったのだろうか――