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ガソリンプール、実際にやってみた

 目の前にはプールがある。

 そのプールには引火性の液体がなみなみと注がれていた。




 その液体の名を――ガソリンという。




「これぞ、数多の人々に止められてなお、無理やりにしてごり押した我が秘宝! 我が金の卵を産む鵞鳥(がちょう)! それが、ガソリンプールなりぃぃぃ!」


 一面に広がる、むせかえる様なガソリンの臭に、ウェスタン子爵が満足そうに頷いた。


 プールに注がれた液体の名はガソリン。


 言わずと知れた、第一石油類非水溶の第四類危険物である。


 ガソリンは引火性液体である第四類危険物の中で最も高い知名度を持つものであろう。

 異世界でもその存在を知らぬものは、少なくともカタルニ民国の貴族の中にはいない。


 ガソリン――燃焼の王様として知られるそれは、まさにエントロピーの塊である。


 だからこそ、ウェスタン子爵は笑みをこぼさずにはいられなかった。


 この国、カタルニ民国で始まりつつある産業革命――

 その根幹をなす燃料がこんなにもあるのだ。


 ショウボウ・ホウと呼ばれる異世界人が禁忌としたガソリンプールがそれである。


 禁忌とした理由を、ウェスタン子爵は知らない。


 だが、金にはなる。


 おそらく――


 ウェスタン子爵はその禁忌とした理由を金や権力に溺れないようにという自戒を込めたものであろうと考えていた。


「しかしあの女――、一代子爵ではあったとしても所詮は小娘だな。少し脅しただけであれほど従順になるとは――。いや……。単に化学マッドというだけか? 金の魅力には勝てなかったと見える……」


 それは比較的に大きなプールだ。

 錬金術で整地された見事な正方形の大きさ。


 その長さは25m。幅は50m。深さは2m。

 土地家屋調査士ですら驚くほどの正確性。


 それは異世界の人が見れば誰もがプールの仕様だと言うに違いない大きさである。


 密閉されていない、かつ、容器に入れられないガソリンは、その蒸気を垂れ流すように発散し、ガソリン特有の仄かな香気を漂わせていた。

 良い感じに燃焼範囲に収まるような蒸発が、あたりへと拡散しているのだ。


 異世界でも(オレンジ)色に着色されたその粘着質で透明な液体は、太陽の光をあびてキラキラと、綺麗に光輝いている。


 それは、まさに黄金の液体といっていいだろう。

 ガソリンの比重は約0.75。水に浮く。軽くてやさしい燃料なのだ。


 その香気をかぎながら、ジューン・アホータブル・ウェスタン子爵は満足げに愉悦に浸っていた。


「ふははは。これが金か。これが金の臭いか!


 これだけのガソリンだ。リッターあたり147カタルニ円だとして、


 ――ともかく凄い金額となるだろう」


 ウェスタン子爵は25mx50mx2mの計算をめんどうなので放棄したが、その容量は2,500m2である。

 その容量は、消防法で規定された指定数量のおよそ12.5倍であった。


 そのガソリンをもたらしたのは一人の錬金術士(シレー)、シーナ・ヤーマ・コーフ子爵である。


 ウェスタン子爵はシーナが旅の途中にウェスタン子爵領に立ち寄ったのをいいことに、自身の砦に連れ込み、シーナの従者イージンを人質に取って脅したのだ。金目のものを造れと。


 そして、ちょっと脅しただけで、ウェスタン子爵はこれだけのガソリンを手に入れることが出来たのだった。


 まさに貴族による権力、ウェスタン子爵の笑いが止まらない事案である。


 今、ウェスタン子爵が属するカタルニ民国では、王女が――つまり、王都の連中がしゃかりきになって異世界と呼ばれる地域からの技術を取り込もうとしている。


 攻撃術式であれば稀代の魔術師と唄われたソフィー・ヴァイオレッタが提唱する近代魔術しかり。

 武術であればカンサイといわれる地方で受け継がれし恐るべき暗殺拳として知られる難手(なんで)神拳(しんけん)しかりである。


 そんな技術の一つに、錬金術と呼ばれる体系があった。


 現在のところ、カタルニ民国でその錬金術の中心といえるのは、シーナ・マーヤ・コーフ子爵のお師匠さまである都市鉱山(コーフ・シティ)の素材精錬であり、その素材精錬の代表格がコットン、ナイロンといった繊維(だんまく)素材に、鉄粉などの鉱物(ボーキ)資材、そして今回のガソリンといった燃料(ねんりょう)資材である。


 この燃える燃料資源――ガソリンは、今流行の魔道列車などに使われ、交通として運輸の柱となっており、その他、暖房に、軍事にと用途は事欠かないものとなりつつあった。

 国境に近い地方はともかく、カタルニ民国の首都では特にである。

 それは日本でも同様に事欠かないものであるのだから当然のことだろう。


 ウェスタン子爵は思いを馳せた。

 この砦を通って魔道列車が走るその姿を。


 鉄の人であれば大喜びの事案である。喜んで鉄の人ならばガソリンプールに飛び込むことだろう。


 シーナの従者であるイージンという名前の少年は現在隔離して近くの土蔵に押し込んである。

 せっかくの労働力だ。後で炭鉱にでも突っ込んでおいてやろう。


(あとは、あのシーナとかいう錬金術士(シレー)だな)


 ウェスタン子爵は考えを巡らせた。

 ウェスタン子爵から見ればシーナはまだ子供だ。


(――だが、ああいうのが好きだというやからもいるであろう。所詮、女など子供も産む機械。適当に錬金させまくり、錬金術士(シレー)として使い潰したら、今度は女として使い果たしてやろうかな。

 逃げられて王都にでも戻られたらシーナは名義的には貴族だからな。ばれるとかなり面倒なことになるから、使い果たした後はコロしておくのも手か。すくなくとも奴隷化して売るのはマズイだろう。


 なにしろこれだけのガソリンだ。シーナが作っていることはまる分かるだ。


 だが、「その後どこかに修行の旅に行きました」と言えばどうとでもシラは切れるのだ。だいたいにおいて、シーナ本人が修行の旅と言っていたのだ。砦を出たところで魔物に襲われたとか、十分にありえる話だろう? そうであるに違いない。


 ――しかし、あのイージンという男。話を聞けばシーナとずいぶんと仲が良さそうではないか。


 シーナの世話でもしていたのか? そうであれば一度合わせて盛り上がっているところに入り込み、NTRを決めるといのも悪くはない。きっとシーナはいい声で不穏な悲鳴をあげてくれることだろう。あぁ、きっと面白く素敵な時間が過ごせるに違いない……)


 ウェスタン子爵がそんなことを考えていると、慌てた様子でウェスタン子爵の秘書が駆け寄ってくるのが見えた。


 何をしに来たのだろうか。


「どうした。そんなに慌てて――」


「大変です! コーフ子爵が逃走しました」


「なんだと! 追え! そもそも何で逃がした!」


 ここで逃げられてはもとも子もない。


「彼女の持ち物であった2体の仔牛が突然、暴れだしまして。下の者がいうには覚醒剤でも射たれたような暴れぐあいだと」


「なに?! たかが仔牛がか……。しかし仔牛といえど暴れ牛になってしまえばただの兵士ではどうしようもないか――。えぇいくそっ」


「はい。その隙にシーナが……」


「バカな!? シーナを幽閉したのは3階だぞ。飛び降りでもしたのか!」


 リヒテンシュタイン王国のとある城をモデルにしたとされるカリオスト〇城の例を出すまでもなく、この世界でも女性を監禁するのは最上階と相場は決まっていた。


「どうやら、コーフ子爵は≪飛行(フライ)≫の魔法を使ったらしく――」


「なんと! ≪飛行(フライ)≫といえば闇炎系(ミドルセカンド)の第三階級ではないか。――そうか! 錬金術士(シレー)闇炎系(ミドルセカンド)の派生クラスなのか――」


 そこでウェスタン子爵はハッとしたように思い出した。


「従者の小僧はどうした? イージンとかいう――ヤツさえいればシーナは逃げられまい」


「同じく姿が……」


「なぜそれを先に言わん! 小僧も一緒に姿を消したのなら後は逃げの一手ではないか! おのれ! 殺せ! 見つけ次第殺すのだ! 万が一、王都にでもでて訴えでもされたら面倒なことになるぞ!」


「はは――」


(もっとも、面倒なだけでやりようはあるがな――。この情報を公表したらお前の社は終わりだ、などと言って脅すとか、新聞に「クズ」とか「論外」とか論評を書き込んで、張り出すことにより圧力を掛けるとか、ともかく急がせねば)


 などと会話をしているうちに遠くの方からピカリとした光が見えた。





 ドーン。







 ドーン。






 ドーン。






 その音から1、2秒後に震度3くらいの揺れをウェスタン子爵は感じる。

 執事がおもわずたたらを踏んだ。


「コーフ子爵のいる場所が分かったぞ! あの小娘はあの音の先にいる」


 ウェスタン子爵は当然と思われるようなことを叫んだ。


「あちらだ。あちらにいる! 音と光の到着の差から考えて1km以内か? 音のする方に兵を向かわせるんだ!」


 おそらくは、シーナの行く先に兵士がおり戦闘になったに違いないとウェスタン子爵は読んだ。

 音速は時速340m/秒なので、光と音の差がおよそ3秒であれば1020m離れていると想定することができる。


「はっ! しかし、コーフ子爵は乙女鉱山(バージンロード)の二つ名を持つ女傑です。行ってなんとかなるかは――」


 そうこしている間にも立て続けに3度の爆音が遠くで響く。





 ドーン。







 ドーン。






 ドーン。





 その音はだんだんと遠ざかっているようだ。

 このガソリンプールを作り出した少女、シーナが逃走しているのだろう。


 おそらくは――、イージンという名の従者を抱えて――


 このまま逃げられることを考えるとウェスタン子爵はぞっとせざるを得ない。


「行く手を阻むものは全員叩く気か? えぇい! であえ! であえ! 殺せ! 殺すんだ。弓による撃ち殺し、魔法による焼き殺し、なんでもいい! とにかくどんな手をも使ってもいいから行く手を阻め!」


 そう指示しつつ、ウェスタン子爵は自身を落ち着かせるため、一本の葉巻(はまき)を取り出した。


「いや、それは……」


 葉巻に魔法の炎で火をつけようとしたウェスタン子爵に、秘書がさすがにと声を掛けた。

 横目にガソリンプールをちらちらと見ている。


 そのガソリンプールは誘うようにきらきらと輝いている。


 その蒸気は――、とてもほどよい具合に酸素とまじりあっていた。

 ちなみに、ガソリンの燃焼範囲は1.4~7.6%である。


「あはは。この程度でガソリンごときが燃えるわけがないだろう。いつも思うのだが、マッチ一本火事の元とか大げさすぎる――」


 ちなみに官公庁でポスター募集とかする場合は大抵の場合人が死んでいる。マッチ一本のポスターは決して大げさではないのだ。人が死んでいればポスターやイラストの予算は比較的おりやすいが、そうでない場合、なぜにそんなことに金を使うのだとあの野党から批判される。




「いやいやいや……」




 執事は止めた。


 だが、それは受け入れられない。


 ウェスタン子爵は止められれれば止められたほど、やりたくなるのだ!

 しかし強硬することも今後を考えると執事の協力を得られなくと感じたのか、ウェスタン子爵は少しばかり妥協をすることにした。


「ならばこうしよう、≪氷の矢(アイスアロー)≫!」


 ウェスタン子爵がガソリンプールに水系魔術である≪氷の矢(アイスアロー)≫を放つ。

 ガソリンは十分に冷却された。

 ウェスタン子爵は冷却されれば燃えることはないと考えたのだ。


 ウェスタン子爵は満足そうにうなずく。


 ――ちなみにガソリンの引火点はおよそ(マイナス)40度であり、バナナで釘が打てるような環境であっても燃焼範囲内に蒸気が拡散していれば爆発する。


 そして、ウェスタン子爵は十分な安全を確認した上で葉巻に火をつけた。


「ふははははー。冷やしてやったぜ。俺は化学に詳しいんだぁぁぁぁぁぁぁ!」






 その、瞬間であった。


















 きらーん☆





 その日、ウェスタン子爵がいる砦を中心とした100m範囲が光に包まれた。


 空気、燃焼物、そして引火点が揃うとき、ガソリンプールはカンサイと呼ばれる地方に存在するという伝説の塔、その名も太陽の塔がごとく芸術的に爆発するのだ。


次話は5月1日から開始予定です。

それまではスピンオフをお楽しみください。

https://ncode.syosetu.com/n0152fi/

挿絵(By みてみん)


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― 新着の感想 ―
[一言] 危険物乙種第四類と消防団資格を持つ身としてガソリンプールと聞いただけでオチは予想が付いた 季節風が強く火災が起こりやすい時期なので火の元には十分お気を付けください
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