第74話 軍師をする苦労少女
お待たせしました。
とりあえず威圧するアヤメを引き剥がし、俺はネリスと2人で話をする事にした。俺の天幕に入った彼女は安心したようで、体の力を抜く。黒のローブとフードを被る栗毛の少女。
背中に背負っている魔導弓は、かなりの業物。オリハルコンで出来ているから、明らかに神器の1つだ。これでなら、遠距離からラングを射抜けたのも頷けるな。
ネリス=リーキッドと言えば、将来有望の軍師と聞いたが、こんなに小さいとは思わなかったぞ。
「は、話を聞いてくれて助かる、ユウキ。あのままだと我は殺されていたかも知れないからな」
「いい加減、本来の話し方に戻したらどうです? 自分を押し殺して話す女性が身近に居たので、偽りの性格が分かるんですが」
最近までアイラがそうだったからな。今はだいぶ落ち着いて、本来の彼女の話し方に戻ったから良かった。この娘も同じだとすぐに分かったので、声をかけたんだが。おや、頬を膨らませたな。
「‥‥酷い。必死に演じてるのにいい! 分かったわよ、普通に話してあげるわ。何なのよ、貴方の周りの女性陣は!? 全員、洒落にならない力を持つ方々ばかりじゃない! なんで? なんで私はこんなに厄介事に巻き込まれるのよ!」
それは俺も言いたいんじゃああ!! なんだろう、この子は。厄介事に巻き込まれて困ってる、その気持ちがすごく分かるぞ。神様の無茶振りにも巻き込まれてるし、俺達は似た者同士なのか?
「なんか、親近感が沸きますね。もしかして、君も上から無茶振りされるタイプなんですか?」
「そうなのよ! お母様からは『ユウキと愛し合って、リーキッド候爵家の跡継ぎ候補を産みなさい』と言われ、叔父上からは『第2皇子殿下に味方するよう説得しろ』と脅される。挙げ句にラーナ神からは『ユウキの寵愛を勝ち取りなさい』と。人をただの道具だと思ってんのかああ!!」
あっ、俺以上に闇が深かった。齢12歳にしてこんな境遇だと心に鎧も着けたがるだろう。ふうむ、まずは立ち入った話を聞いてみるか。父親の事を聞かないと話が見えて来ないんだよな。
「ネリス様。アヤメの父たる傭兵王と貴方の父が戦った末、聖剣エクシュリオンは譲られました。それを今になって渡せとは、どういう事なんでしょう?」
「ふん、ネリスでいいわ。あと敬語を使わなくても構わないわよ。そ、その夫婦になるんですし、ねっ? 理由はあるわ。聖剣エクシュリオンは、先代の皇帝より賜ったもの。故に、いつかは傭兵王より奪還しなくてはならない。そうしないと父上が物笑いの種にされ続けるから。でも‥‥」
「傭兵王に敵いそうな奴なんて、そうはいないと思うぞ。夢で見た事があるが、今のアヤメ以上の実力を持っていたからな。下手に戦えば、大量の犠牲者を出す羽目になるだろうし」
そこらの連中なんて軽く蹴散らしそう。邪神ですら虫のように殺した人だからな。帝国内でも対抗しえる人物は、下手したらいないだろう。
「そうなのよね。娘に所有権が移った今ならいけると思ったんだけど、全然無理だった。ええと、ユウキからアヤメさんに返すよう言ってもらえないかしら?」
「無理言うな。家宝を君主が取り上げるのは、基本的に忠誠心が大幅に下がるから。信〇の野〇だと謀反されるか、他国に出奔されても文句言えない所業だぞ!」
「‥‥信? 言ってる事は分かるわよ。はあ、なんだって私が損な役回りばかりしなきゃいけないの。この問題はしばらく保留にするわ。それより、ユウキが関わるファルディス家の内輪揉めを解決しないとね」
そう言うとネリスのまとった雰囲気が変わる。これを見れば、仕事とプライベートを分けてる人間の極みみたいな感じだな。
「‥‥こほん。我が見るにユウキの優勢は固い。ラングを討伐したし、ロウに至っては我等が領内で捕縛されている。関所で武器を振るって突破しようとしてきたんだ。この件はファルディス家に抗議をするつもりではある。マルシアス殿は確実に見限るだろうな」
「そんな事になっていたのか。ロウ様もまずい事をしたな。リーキッド候爵家は第2皇子の母君の実家だ。皇帝陛下もお怒りになるでしょう」
焦りのあまり、ロウ様もえらい事してくれたよ。リーキッド候爵家に対して宣戦布告と受け取られかねんぞ。まあ、事情が分かっているだけに酷い扱いをされずにすんでいる。マルシアス様から見たら、愚行連発しすぎてロウ様の評価が落ちる一方だろうな。
「まあ、我とユウキの件もあるから穏便に事を収めるだろう。皇帝陛下の方も手を回しておいた。第2皇妃は我の叔母にあたる。性格は難儀だが、権謀術数に長けていてな。あと外面も悪くないから、皆に好かれてはいる。我は大嫌いだが‥‥」
「それは助かる、ネリスに苦労をかけてすまないな。だが、こうなってくるとロウ様が逆転するのは不可能に近い。いい加減諦めて欲しいんだがな」
悪あがきし過ぎると、自分が苦しむ羽目に陥るからなあ。前世で違う学校の先生だったが、盗撮で捕まったんだよ。押収されたカメラにもしっかり写ってたのに、『俺じゃない! 俺を陥れる為に誰かが仕組んだんだああ!!』とか反論していた。警察や教師、生徒からは冷たい視線で見られたらしい。
結果、職も失い、家族も失って1人寂しく刑務所に収監された。実刑になったのは、自宅のパソコンから盗撮写真や画像が大量に発見され、余罪が大量に出てきたからだそうだ。
「簡単に諦める訳が無いだろ! ファルディス家の当主になれば、権力も金も女も思いのままだ。しかも、次期当主の座まで得ていたのに、愚かな弟妹のせいで失うのは何よりも耐え難い事だろうしな。今も何とか逆転出来る方策を立てていよう」
権力争いの常で諦める訳は無いか。ロウ様に加え、ナージャ様やルパード様も俺の敵に回ると見ていいだろう。面倒な事になるのは確定だ。情勢はこちらに有利だが、何をしてくるか分からないとは怖いものだな。
「考えるられる選択肢はいくつかある。まずは懐柔だ。マルシアス殿を説得し、ロウをユウキの片腕に近い位置に置く。あるいはロウを当主にして君とアイラ殿を側に置くという選択だ。まあ、後者の目が潰えた分、前者の方が可能性はあるが」
「あいにくだが、マルシアス様の失望は半端なものではない。ロウ様には不採算部門を任せると言われていたからな。明らかな左遷人事だぞ? もはや、主要部門を任せる事はないだろう」
マルシアス様の考えは、ロウ様が逆境から這い上がれる力があるかどうか。それも見ようとしたのだろう。しかし、今回の失敗で見限られそうだな。ラングは仕留められず、あろうことかリーキッド候爵家に捕まってしまったんだから。冷静沈着だったロウ様が、こんなに周りが見えなくなるとは今も信じられないが。
「うわあ、懐柔が無理なら方法が1つしかなくなるな。すなわち、君とアイラ殿の暗殺だ。対立候補2人を失えば、マルシアス殿も翻意せざるを得まい。ただ、これをやると命が無くなりそうだがな。ユウキの周りにいる女性陣によって」
「それについては考えている。今もアイラの側にユイを付けているんだ。三賊狩りのユイがいるのに、何かを仕掛ける馬鹿はファルディス家にはいない。俺の方はアヤメがいるしな。もう少ししたら、ミズキも合流するし」
「ブレスク伯爵の隠し子でしたね。確か女性陣の中で1番に不満を持っていませんか!? 集団の中にいる不満分子を利用するのは世の常です。すぐに対策すべきだぞ」
痛い所を付いてくるな。ミズキが不満を抱いているのは間違いない。しかし、だからと言ってロウ様側に付くかな?
「‥‥まあ、不満云々は否定出来ない。しかし、殺意を持つまでは無いと思う。ミズキは前世でも女性を追い払う位しかしてないし」
「この男、危機感がまるで無いな。いいか、恋敵が妊娠して妻になる事が確定したんだ。しかも、ユウキは‥‥その、えっと夜の営みを2人として彼女には出来なかったんだろ? アイラ殿に羨望と憎しみを感じてもおかしくないぞ。君は、ひょっとして女心を分かっていないんじゃないか?」
「‥‥うぐっ、女心を察せられないのは自覚しているさ。分かった。早速、ミズキに会いに行こう。この場をレイとリーザに任せて帝都へ移動する。2人と話すから待っていてくれ」
テントを出ようとした時、不意に彼女が気になって顔を向けると不安な表情を浮かべていた。今にも折れそうなに小さな体を震わせている。‥‥これはアイラやレイ以上に心が弱いかもしれないな。
「ネリス様。心配しなくても俺は貴女を信頼しています。今はまだ無理でしょうが、心を開いてお話しましょう。噂と違い、愛らしく可愛らしい軍師で驚きましたが、なかなか素敵ですね」
「っつ!! そ、そう。私も楽しみにしてるわ。‥‥どうしよう、どうしよう。殿方にこんな風に言われるの初めて。私、どう話を進めていけばいいの? 男の人と交際した事が無いから何も分からないのに」
本性が少し見えたな。やはり内気で人見知りな性格で強がって見せていたか。無理をさせると心が壊れかねないし、少しずつ変えていければいいが。
しかし、ハーレムって難しいよな。いつの間にやら女性が8人になってしまった。大変だが、こんな俺に好意を持ってくれる彼女達を放り投げる訳にはいかない。全員を幸せにしないと男が廃ると言うものだ。この難局も跳ね返してやるぞ!
次回、ミズキのいる教会へ。