第73話 リーキッド家の娘
お待たせしました。新キャラネリス視点の話です。
ラングとやらを倒せたか。ラーナ神に力を与えられたおかげで、魔導弓の距離も命中率も格段に上昇したな。しかし、我が夫となる男はなかなか優秀そうだ。敵に動じぬ胆力に類いまれなる知謀、人を集める魅力。どうやら共に謀を行うに足る人材のようだ。
「ネリスお嬢様、お見事でございます。リーキッド候爵家に仇を成したラングを討ち取られました。これにはファルディス家もエアリアル公爵家もさぞ困るでしょうな」
ギラン=ルナスは我がお目付け役。我が父が傭兵王との一騎討ちに敗れて死に、家督が叔父上に渡ってからも私達の下に残ってくれた家臣の1人だ。父の戦友で頼りになる軍人でもある。
「爺、領内で揉めていた連中はどうした? 確かロウ=ファルディスとルー=ファルディスと申したか。我らが領内を無許可で武装して通行しようとしたからな。相応の報いは受けてもらうが」
「話の分かるケビン=デュラングがいましたので、抵抗無く捕らえる事が出来ました。それとルー=ファルディスの協力もあり、抵抗しなかった者達も街に滞在しております。『ファルディス家が、これ以上行動出来ないようにしたい』との事です。彼も我々と戦う事を避けたかったのでしょうな。ロウとやらは必死に抵抗したようで、『ファルディス家の後継者たる私はラングを倒さねばならぬ!』とか申していたようですが」
話にならん。だからといって、関所を無理やり突破しようと考えるなと言いたい。我等やエアリアル公爵家辺りにラングを討たれるのを恐れ、焦ったのだろう。我が領は国境に面していたが故に、そういった者に対する取り締まりが厳しい。時間を惜しみ、そのような事をしたのだろうが。
「‥‥愚かな。妹のレアの不行状に、今回のラングによる愚行。兄として彼らを諌めもせず、静観した己が悪い。それに、マルシアス殿はアイラ殿の血筋に継がせると決めたのだろう? 悪あがきにも程がある」
「はい、故に今回の焦りを招いたかと。これでは話になりませぬがな。相手たるユウキ=ファルディスは、第1皇女殿下とエアリアル公爵家を動かしました。しかも、敵をほぼ殲滅しております。お嬢様にラングを討たれた以外、失策はありませんからな」
「そこは我を認めてもらう為に必要な事だからな。我が恋敵達は強敵揃い。少しは手柄を挙げねば、輪の中に入るのも難しい。爺、我はユウキ達の所へ行く。後は任せる!」
魔力を使い、我は空へと舞い上がる。ふむ、やはり空は良い。ラーナ神からもらった力の中でも1番のお気に入り。飛行魔法だったか? 学院の魔術書にも載って無かったのを考えると失われた古代魔法だ。
我は山を降りて平野にあるユウキ達の陣へと舞い降りる。初めて見る魔法に皆が驚いているようだな。
「我はネリス=リーキッド。我が領内を荒らしたラングを討ち取らせてもらった。ユウキ=ファルディス殿はどこにいる?」
「俺がユウキ=ファルディスだが?」
騎士団の中から現れたのは、10歳のまだ幼い少年だった。だが、同世代の子供達とは目が違う。天命人である事もあるが、幾多の修羅場を潜った者が見せる強さを感じ取れる。悪くないな。
「そうか。先程の戦い見せて頂いた。なかなか見事な殲滅戦、しかも自らを囮にして敵を食いつかせる。私と変わらぬ年でありながら、大した知謀だ」
「お褒めに預かり光栄です。しかし、最後は貴女に持っていかれたようですが?」
悔しそうな顔をする彼を見ると年相応の少年に見えてくるな。まあ、ラーナ神も認める逸材だ。見てくれに騙されてはいけないだろうが。
「ふっ、狙った獲物を狙うは自分達だけでは無いと教訓を得たであろう? 我が領内に略奪を仕掛けた愚か者を征伐しただけの事だ。てっきり、エアリアル公爵家の仕業かと思ったが‥‥」
「妾達は何も関与しておらん! ラング達が領内にいると知ったのは昨日じゃぞ。それで、どうやって手駒として使えるのじゃ」
懐かしい顔に出会ったな。ラーナ神の話では、彼女もユウキを狙っていると聞いているが。少し探りを入れてみるとしよう。
「久しぶりだな、レイ=エアリアルよ。まさか、このような形で会えるとは思わなかったがな」
「ネリス、もう少し年長者に敬意を持て! 5歳も年下で、しかも妾は学院の先輩じゃぞ!!」
確かに先輩ではあったが、不真面目にも程があった。暇さえあれば帝都を遊び歩いていたからな。まあ、娯楽の少ないナルム王国から来たから分からなくもないが。
「‥‥敬意を持つとは何に? 授業中寝てたり、先生に数多くの説教を受ける程に生活態度の悪い最高学年の先輩をどうして敬えるので?」
「おい、学院時代の黒歴史を言うのは止めい! あれは若気の至りだったんじゃ、帝都が楽しい場所なのが悪い」
「‥‥レイ、君は前世と変わらないな。ゲームセンターで補導されたり、深夜までカラオケしたりで何度も警察に呼び出されたんだが?」
ゲームセンター、カラオケ? 何の事か分からんが、楽しい場所なのだろうな。そうでなければ、レイが行くわけが無い。前世でも問題児だったのだな、この駄目な先輩は。
「ひっ! これはあの、そう。やむにやまれぬ事情があっての。やはり楽しい事があると時間を忘れて‥‥ムギイ! 痛ひぃぃ。頬を引っ張らにゃいでえ!」
無言でレイの両頬を引っ張るユウキの顔が少し怖い。リーザ=ビリナムは呆れて何も言えず、エアリアル公爵家の面々はため息をついている。どうやら素行は直って無いらしい。
「ご主人様。さすがにそれ以上は止めて下さい。レイ様の顔が真っ赤に腫れ上がりますよ?」
あの剣は!? そうですか、貴女が傭兵王の娘。年の頃は私より上だが、この気配は本物だ。8騎士に匹敵するか、それ以上の実力と見れる。さすがは我が父を討った男の娘だけはあるな。本来なら私の方が年上なんだが、言っても仕方がない事か。
「うぅ、嫁入り前の娘になんと酷い事を。まあ、ユウキの嫁になるからには夜更かしとかはせぬよ。むしろ、めくるめく夜の激し‥‥痛い、痛いですう!」
怒れるユウキに再び頬を引っ張られるレイ。懲りない方です、相変わらず。さて、アヤメとやらに言わねばならん事がある。リーキッド候爵家長年の懸案事項を解決出来れば良いが。
「‥‥駄目な先輩は置いといて、貴女がアヤメ=ルビアスですね? その金色に輝く剣は、我が父が皇帝陛下より与えられた聖剣エクシュリオン。傭兵王に奪われて以来、行方不明になっていました。返却して頂きたいのですが?」
「あいにくですが、これは私が譲り受けました。それと父からリーキッド候爵家への伝言があります。『この剣は、死に瀕したバルト=リーキッドから託されたもの。欲しいと言うのなら、剣でもってアヤメを打ち負かしてみよ!』との事ですが、戦いますか?」
難易度が高すぎる試練じゃないか、傭兵王よ。我を含めて君を倒せる人材なんてリーキッド候爵家にいないんだが!? まずいな、正攻法では逆立ちしても勝てそうにない。となると‥‥。
「聖剣エクシュリオンを奪われてからというもの、リーキッド候爵家は帝国で笑い者にされております。聖剣エリュシオンに代わる剣を買える程の金貨をお渡ししよう。どうか譲ってくれないか?」
「嫌ですね。譲るつもりは毛頭ありません。この剣には、金貨では変えがたい愛着がありますので」
買収も駄目か。くっ、非合法手段に打って出るしかないか。かといって、盗賊ギルドは無理そうだし、我が家の間者では逆に倒されかねん。暗殺なんて不可能に近い。出来たとしても、様々な災厄がリーキッド候爵家を襲いかねんし。あれ? この盤面、詰んでいないか。
「そういえば、最近物欲しそうに聖剣を見ている輩がいたのですが、貴女の家の者でしょうか? もし、奪いに来るのなら死ぬ覚悟で奪いに来なさいとお伝え下さいませ」
満面の笑みで啖呵を切るアヤメが怖い。こうなったら、親しくなってから剣を譲り受ける他ないか。かなり難しいかも知れんが、やってみるしかない。叔父上からネチネチいじめられている母上達を守る為だからな。ただ‥‥。
「し、承知した。み、皆に伝えておこう」
「私も無益な殺生はしたくありませんので。ネリス様、どうかよろしくお願い致します」
殺気全開のアヤメを見て、仲良くなれるのか不安になってきた。うぅ、怖いよう。下手したら殺されそうだよ。これって、絶対に聖剣奪われた父上が悪いよね。むやみやたらに一騎討ちした脳筋父上の馬鹿ああ!!
次回、ユウキとネリスの密談。