ルー立志伝16 リーキッド領の関所にて
お待たせしました。ルーの外伝です。
「だから何度も言わせないで欲しい! ラング討伐の為に通行許可を得たいだけだ。リーキッド領には何もしないと約束する」
「残念ですが聞けませんな。ラングがいる場所はエアリアル公爵領なのですぞ。先の戦争が終わり、帝国に恭順したとはいえ警戒せねばならぬ家であります。現在、我らリーキッド侯爵軍が部隊を国境に展開しており、危険な状況です。お通しする事は出来ません」
帝都からファルディス家の全面協力の下で、旧ナルム王国国境を守るリーキッド侯爵領の南端にある街まで1日で着いた。馬車と替え馬を駅毎に準備するなんて、どれだけの金を使ったのか。確実に無駄になるのに両親の考えが分からない。
「ミル、大丈夫? 馬車に揺られ続けて酔っただろう」
「な、何とか大丈夫です。何度か戻してしまいましたけど、今は体調良くなりましたから」
かなりの強行軍だったからな。ゴブリンの血を持つミルと言えど、年頃の少女だ。体力的にもかなりきつかったに違いない。僕はそんなミルの頭を優しく撫でながら労う。
「頑張ってくれるのは嬉しいけど、あまり無理はしないように。こんなただの悪あがきに懸命に付き合う道理は無いからね。‥‥今回は耳目をこちらに集中させるのが目的。この間にマリー姉さんとマイカ、ティリュに両親やハダール家の行動を調べてもらっているからさ」
「ケビンさん達がこちらにいるのは好都合ですね。彼らがいると情報収集に気付かれる恐れがありましたから。後はその情報をユウキ様達に渡せれば‥‥」
「君の母親の親友たるクイナさんから、ユウキ達に情報はしっかり流れているようだ。後はロウ兄さんの討伐を諦めさせるだけなんだけど」
小声で語り合う僕達をよそに、ロウ兄さんは通行許可を得る為に関所の守備隊長を呼び出していた。ここを通れば、半日もかからずにラング兄さんがいるとされる古城まで行けるはずだったんだが‥‥問題発生。関所が通れない状況に陥ってしまった。これで諦めてくれないかな、ロウ兄さん。
「私はファルディス家次期当主たるロウ=ファルディスなのだぞ!? 素直に通した方が君の為だ。通せ、通すんだ!!」
「ルー様、どうしますか? リーキッド侯爵領が無理だと東のゴルディフ公爵領を抜けるしかありません。それだと3日はかかりますし、エアリアル公爵領の通行許可が必要になりますが?」
「国境にまたがる古城だからね。リーキッド侯爵領からじゃないと直接行けないから難しいだろう。その前にエアリアル公爵家は恭順して間もない。領内で戦ったら、下手をすると敵対行動と見なして攻撃されかねないんだよな」
はっきり言えば、両親とロウ兄さんは詰んでいる。ラング兄さんの件もあるが、ナルム王国騎士団の残党や永年の敵であったエアリアル公爵家に対して、リーキッド侯爵が警戒するのは当然だ。関所の守備隊長の話では、国境付近に将兵合わせ2万の軍を展開しているらしい。
そんな所に僕達が入っていける訳が無い。敵と間違われて味方からも攻撃を受けかねないからね。作戦行動の邪魔にもなりねないし。
「次期当主だろうが、現当主だろうが駄目です。ここから先へは通せません。どうか、お帰り下さい」
「こ、このような所で足止めされる訳にはいかんのだ! 早くしないとラングが誰かに倒されてしまう。そうなったら私は終わってしまうんだぞ!!」
「‥‥はあ。どうしたものかな。いっそ、気絶させてしばらく動けないようにした方が良いかもしれない。うん? あれはマイカが飼っている伝書鳩だな。何か緊急の知らせでもあったかな」
帝都のある南の空から飛んできた伝書鳩が僕の手に止まる。足に手紙の入った筒があるので、それを取ってミルに伝書鳩を渡す。筒に入っていた手紙を取り出して読み進めると驚くべき事が書いてあった。
『ルー、遂にユウキ先生が動きおったで。裏社会の重鎮達の後押しもあって、アイラさんともどもファルディス家継承を決断したみたいや。どうやら、ワトカ村に駐留する皇女殿下の近衛騎士団とエアリアル公爵令嬢の軍と共にラングを倒しに行くみたいやな。ロウはん、見事に詰みましたえ』
遂に恐れていた事が起きてしまった。裏社会も両親やロウ兄さんを見限るか。もはや、悪あがきしても意味が無い情勢になってしまった。そうと決まれば、早く止めるに越した事は無い。
「ユウキ‥‥動いたか。こうなると僕達は不利だな。ワトカ村から古城まで1日はかかるけど、僕達がリーキッド侯爵領を抜けられない現状じゃ先に着くだろうからね。ミル、ロウ兄さんの所に行く。付いてきてくれ」
僕はミルと共にロウ兄さんの下へと向かう。ロウ兄さんと共に側近連中も必死になって責任者に対する説得を続けていた。彼等もファルディス家家中の地位を失うのを嫌がって、ロウ兄さんに付き従っているからね。僕達と違って後が無いだけに鬼の形相で喰ってかかっている。
「ロウ兄さん、そして皆さん。もう終わりにしましょう。マイカから連絡がありました。ユウキがラング兄さんの討伐に動いたらしい。僕達は足止めをされていて動けない。しかも、向こうはエアリアル公爵家令嬢まで味方に付けている。僕達に勝ち目は無いに等しい。ここは諦めた方が良いと思う」
「な、ユウキ=ファルディスが動いただと。そんな‥‥馬鹿な!!」
「‥‥駄目だ、もう勝てない。我々と彼等とでは実戦経験も違う。彼等の方が優勢になるのは目に見えている」
「うわああ!! 俺の人生は破滅だあ! どこで選択を誤ったんだよお」
僕の言葉にファルディス家の面々が激しく動揺する。まあ、彼等にとって1番動いて欲しくない人物が動いたからね。肩を落として座り込む者、膝をついて嘆く者等が続出してしまった。側近達の士気が低下する中で、ロウ兄さんはといえば‥‥。
「ま、まだだ! まだ終わっていない!! リーキッド領を抜ければ半日で奴のいる古城に到着出来る。皆、剣を抜け。邪魔する奴等を排除してでも進むのだ!」
「ロウ兄さん、裏社会の重鎮も両親や貴方を見限った。彼等の支持も失った今、僕達にもう勝ち目は無い。諦める時が来たんだよ!」
「黙れ、ルー! 臆病風に吹かれたお前など来なくて良い。さっさと帝都に帰れ!! ‥‥どうした、皆。 何故、動かないんだ!?」
ロウ兄さんが剣を抜いて檄を飛ばすも誰も動かない。うわあ、なんか悲しくなってくるな。権力も威厳も失われた彼に対する忠誠心も無くなるよね。さて、どうしたものかな? そうこうする内にロウ兄さんが次の行動に出た。
「ええい、もう誰の助けも借りん! 私は古城に向かうぞ。うおおっ‥‥がはっ!」
ロウ兄さんは剣を構えて突撃するも、隊長の剣技によって軽く沈められた。商人が歴戦の騎士に真っ向勝負しても勝てる訳無いでしょ!? まあ、手間が省けて良かったかな?
「弱っ! こんな実力で、旧ナルム王国騎士団相手に戦おうなど呆れて物も言えん。おい、お前達! ロウ=ファルディスと側近達を牢に入れろ。剣を抜いて関所を押し通ろうとしたのだ。しばらく捕まえても文句は言われまい」
守備隊長の命令で、兵士達によって気絶したロウ兄さんと意気消沈の側近達は連れていかれた。誰も抵抗しないって、本当に戦意喪失してしまったんだな。僕はユウキが決断するのに、もう少しかかると思っていた。
たぶん、盗賊ギルドのギルドマスターのニムザさんや歓楽街の守護神セシルさんの説得があったんだろう。それでも、ここまで早く決断するとはね。大したものだよ、ユウキ。だけど僕も負けてはいない。
「守備隊長殿、この度は我が兄ロウが申し訳ありません。そこでですが、我々も街に滞在する許可を頂きたい。我々も捕えられた振りをすれば、これ以上の厄介事を防ぐ事が出来ると思いますが‥‥」
「ふむ、確かに討伐隊が捕まっていればファルディス家も無理は出来ないか。しかも、長男と3男も人質に捕られているとなれば、なおの事だな。良いでしょう、滞在許可を出します。ただし、行動は制限させてもらうのでそのつもりで」
そう言って、守備隊長が去っていくとケビンが近づいてきた。今まで黙って見ていただけだったのは、おそらくお爺様の指示だろう。彼等が動けば、簡単に関所を突破出来たはずだし。
「ルー様、見事な判断でした。これでしばらくは状況が停滞するはず。後はファルディス男爵がラングを討伐するのを待つだけですな」
「ケビン、君もユウキ側だったか。両親とロウ兄さんもかわいそうになるな。お爺様達と黒鷹の大部分に裏社会の面々までユウキについた。これではとても勝てはしないな」
周りが全て敵になったからね。今、両親とロウ兄さんに味方しているのはファルディス家内の人々の半分位だ。それも今回のユウキ出陣によって、どれ程減るか。皆、勝ち馬に乗りたいからね。裏切ったりする人間が増えて来る可能性が高い。
「ふっ、ルー様もでしょう? アルゼナ神の教会経由で、ユウキ達に情報を渡しているのは知っていますよ。更に内通工作までしてらっしゃる。昔と違い、なかなか悪くなられましたな」
「当然だ。僕にとって守るべき家族は、マリー姉さんやマイカ、ミルにティリュなんだからな。彼女達を守る為なら、両親とロウ兄さんがどうなろうと構いはしないよ。僕は幼い頃から、家族の皆にあまり顧みられなかった。ようやく得た本当の家族を失う訳にはいかない」
「‥‥マリーの奴が惚れ込む訳か。ルー様、貴方の行動はマルシアス様にも報告しています。貴方に関しては罪に問われないでしょうな。それに‥‥怖い後ろ楯もおられますしね」
皇帝陛下を始めとする面々だな。さすがにケビン達も把握しているか。彼等への対応は、マイカとマリー姉さんが上手くやってくれると思う。さて、後はユウキ次第だね。くれぐれもしくじらないでよ。
次回、ラングとの決戦