第69話 盗賊ギルドにて
お待たせしました。
「久しぶりに来たな。俺の場合、ギルドマスターに脅された記憶が鮮明過ぎて近づきたくないんだが」
俺達がやってきたのは盗賊ギルドのある酒場だ。中に入れば、強面かつ悪党面した皆さんが怖い表情でにらみつけてきた。目の前のテーブル席は満席、奥の幹部連中が座るカウンター席もほぼ埋まっていた。ユイとアヤメを見て驚く者や殺気を出す人も数知れず。‥‥先生、私は帰りたいです
「あれはあんたが悪い。盗賊ギルドを通さず、盗品を市場に流してたんだから。あんたはダミーで、ボルハどもがやってたってばれたから脅しで済んだんだ。ボルハ達は指1本けじめで切られたんだからまだましだね」
ボルハの奴等に品物を売ってこいと言われた幼い頃の俺。それが盗品であり、売った先が闇市だった事を当時の俺は知らなかったんだよな。結果、盗賊ギルドのギルドマスターに呼び出され、ナイフを喉に突きつけられながら脅された。はい、その時に人生初の失禁を経験しましたが何か!?
その後、ボルハ達の関与がばれて指を切る事になった。全員並ばされて、痛みと恐怖で号泣してた彼等は可哀想に思ったよ、その時はな。幼いアイラにした事を考えれば、ここで殺されていた方が良かったと思う。
「‥‥はあ、私に視線が集中してますね。そんなに叔母さんに似てるんでしょうか」
アヤメを見ている人達は年配の方々が多いな。中には懐かしそうに見たり、涙目で見ている人もいる。ゴールさんの関係者だったのかもしれない。さて、問題はユイさんだ。何でも盗賊ギルドの身内の何人かを、冥界にご招待したらしいからなあ。
「私には殺気が集まってるな。アイラは来なくて良かったかも。本人は来たがってたけど、ジェンナ様が連れ帰っちゃったからね。‥‥勉強か、私もさせられそうだ。なんで異世界に来てまで勉強しないといけないんだか」
ボヤキながらも飄々(ひょうひょう)と前を歩くユイ。おびただしい数の殺気にも、まったく動じない様子を見ると安心感が段違いだな。ちなみにアイラはジェンナ様が連れて帰ってしまった。最初はアイラも一緒に行くと主張したんだよ。しかし‥‥。
『アイラ、貴女の体はもう貴女だけのものじゃないわ。これからは仕事も安全な場所以外は止めさせます。あとは体調も考慮しつつ、勉強時間を増やすわ。さあ、家に帰りますよ! まずは商売の何たるかを教えますからね」
ジェンナ様にそう言われ、アイラは馬車で帰っていった。不満そうだったけど従ったのは、俺と自分の為にジェンナ様が言ってくれたんだと分かったからだろう。俺もアイラの為にも頑張らないとな。
「ほう、珍しい客人だな。しかも、最近売り出し中の男爵様じゃないか。ユウキよ、随分とお盛んのようだな。女性を5人も囲うとは大したものじゃねえか」
酒場の2階から降りてきたのは、盗賊ギルドのギルドマスターのニムザさんだ。アメリカのプロレスラー、ザ・〇ック様並みのガタイの良さと強面な顔は、幼い俺を恐怖に陥れた。故にかなり苦手な人でもある。
「ぐっ、お久しぶりです。ニムザさんも変わりませんね。今日は俺の妻となるアイラとユイの件で参りました」
「ふん、ようやくファルディス家を盗りに行く気になったか。お前は優秀ではあるが、覇気が無かったからな。嫁さんと子供が出来て、面構えが変わったな。良い傾向だぜ。温室育ちのロウじゃあ、頼りないと思っていたところだ。アイラの件は任せておけ。さて‥‥」
そう言って、ニムザさんが目を向けたのはユイだった。本気の殺気がこもった視線をニムザさんは向けるが、ユイはまるで動じない。むしろ、ニムザさんに殺気をぶつけ返す。その凄まじい雰囲気に酒場内が騒然とし始めた。
「止めろ、てめえら! ふん、俺と殺り合える10歳の少女がいるとはな。三族狩りの異名は伊達じゃないか。まあ、座れや。お前とは直接話さなきゃならねえ」
酒場の真ん中のテーブルに、ニムザさんとユイが座る。彼女の隣に俺とアヤメが付いた。アヤメがいてくれて良かった。正直、俺だけは荷が重かったからな。セシルさんは、カウンター席で俺達の様子を酒を飲みながら眺めている。何かあったら、助けに来てくれませんか? お願いします。
「ニムザさん、私は自分のした事が悪いと思った事は無い。悪党であるからには、他人の命を奪うなら自分の命が奪われる覚悟はあるはず。まさか、そんな覚悟も無しに私と戦う馬鹿はいないよね?」
あれか、『撃って良いのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ』みたいな感じ。確かに自分が散々悪さして、一切報いを受けないってのは通らないからな。
「言ってくれるじゃねえか、嬢ちゃんよ。だが、規模が尋常じゃねえ。帝国西方じゃあ、ユイ嬢ちゃんのせいでパワーバランスが崩れた。元締めたるバロー一家が消え、抗争が激化している。おかげで盗賊ギルドも介入や調停で苦労している訳だが、この落とし前はどうしてくれる?」
「はっ、だからバロー一家の理不尽さに我慢しろとでも? 奴等は私の村から年頃の娘達を拐っていった。借金とか無いにも関わらずにだ。しかも、彼女達は馬鹿領主達による性奴隷にされていたよ。これをどう説明する?」
「仕方あるまい。貴族や領主の付き合いもあるからな。でかい組織となれば生き残る為に汚い仕事もつきものだ。ユイ嬢ちゃん、この世は綺麗事だけで回るもんじゃねえぞ」
ニムザさんの意見はある意味間違っていない。組織に属すると悪事に手を染めないといけなくなる状況があるのは、現代日本も変わらないからな。
悪事に手を染めてなければ、案件担当者が自殺したり、公文書偽造したり、何故かパソコンをドリルで破壊したりはしないだろうし。しかし、ニムザさん。その論法を正義感が強いユイに言うのは自殺行為です!!
「‥‥おい、ニムザ。盗賊ギルドに仁義はねえのか!? むやみやたらに堅気に手を出す極道なんぞ、社会の屑だろうが!!」
ユイさああん、止めてくれええ! 貴女のヤクザモードは、心臓に悪すぎだから!! とてつもない怒りで尻尾も毛が逆立ってるしいい!
前世でマヤが不良に絡まれた時、最後は全員涙目で土下座させたんだよな。その時の顔たるや、ユイの父親にそっくりだったんですけど。憎んでいる親でも血は繋がっているんだな。
もっとも、ユイの場合は桐生〇馬みたいなタイプだ。強気を挫き、弱きを助ける古き良き極道。俺と出会ってなかったら、本当にそうなってそうで怖い。
「てめえ! ニムザ様に向かっ‥‥ひいぃぃ!」
ニムザさんの取り巻きの1人が、ユイに剣を向けたら軽くあしらわれました。飛ばされた剣が壁に突き刺さり、近くにいた人達が慌てて避けている。皆さん、怒れるユイさんにそれは悪手すぎますよおお!?
「黙れ、三下がああ! そんなに死にてえのなら、首と胴体泣き別れにしてやるぜ!? それが嫌なら、とっとと失せろや!!」
「す、すいませええん!!」
あまりの怖さに逃げ出す取り巻きの人。ユイさん、彼はランクAの方なんですがね。実力と貫禄で軽く負かしましたか。見れば、周りの連中も怯えているのが分かる。だが、年配の方々は感心するように眺めていた。ユイの威圧じゃあ、ゴールさんの記憶が残る彼等は動じないか。
「はっはっはっは! ニムザ、あんたの負けだよ。ユイの言ってるのが正しい。何もしてない堅気に手を出したバロー一家の失態だね。しかし、驚いたよ。そんな表情を浮かべる娘には見えなかったけど」
普段のユイは、極めて明るく社交的な女性だ。だが、怒らせたら半端なく怖いんだよ。目は鋭くなるし、恐ろしい位の殺気を出し始める。俺も何度かユイを止めた事があるが、相手はトラウマになってしまい、『もう、2度と絶対に近づかない』とまで言うほどだ。
「せ、セシルの姉さんとニムザ様。だ、だ、だまされちゃいけませんぜ。バロー親分を殺しに来た時、こいつの顔ときたら怖すぎた。親分が泣いてわめいても許さず、なぶり殺された時は震えが止まらなかったんだ。だから、盗賊ギルドの為には始末した方が良い!」
バロー一家の生き残りか? ひょろい体から見るに、荒事専門じゃなさそうだな。しかし、ここで素性ばらすのはまずいって! 案の定、ユイさんが立ち上がってあんたの所に来たぞ。
「‥‥へえ、誰かと思えばバロー一家の若頭ワナさんじゃねえか。ここで会ったのは、重畳。一家の連中のいる冥界に送ってやる」
「へっ。い、良いのか? 俺はいまや盗賊ギルドの幹部だ。俺を殺‥‥ぎゃああ!!」
ユイさん、問答無用で右手を斬り飛ばしましたな。血の流れる量から見ても助かりそうじゃない。ワナとやら、お前はもう死んでいる。
「だから? 虎の威を借る狐のつもりか、この臆病者! 一家全員が戦ってる中で、尻に帆をかけて逃げ出したお前が威張れる理由があるかよ」
「お、お前と戦って勝てると思う程に馬鹿じゃねえだけだ。叔父貴方、助けて下せえ! 俺はまだ死にたく‥‥」
「残念だな、ワナ。仲間を見捨てた卑怯者の上に、臆病者なお前はここで死ね。あの世でバローに詫びろ。領主に対し、勝手に猫族の娘達をあてがったのはお前なんだからな」
「‥‥そ、そんな、ニムザ様」
助けを求めたワナに止めを刺したのはニムザさんだった。剣を胸から抜くと血を拭って鞘に納める。そして、酒場にいる全員に大声で命じた。
「今回の1件はこれで終わりとする! 今後、ユイ=リンパードの命を付け狙うのは俺が許さん!! 文句のある奴は前に出ろ!」
ニムザさんの言葉に誰も反論する者はいなかった。ユイは苦虫を噛み潰した表情を浮かべている。そうだな、ニムザさんの手の中でまんまと踊ってしまったからな。命を狙っていたユイが盗賊ギルドに来た事により、ワナは自分が出ざるを得なくなった。姿を敵に見せた時点で策士として負けだよなあ。
しかも、怒れるユイの逆襲にあってしまう。あげく恐怖のあまり、自分の罪をしゃべってしまった。結果、ニムザさんによる処断を受ける羽目になった訳だ。ったく、食えない人だよ。俺達とは役者が違いすぎる。
次回、ラングの居場所を知る。