第7話 教え子と再会したけど皇女殿下!?
「前世では劇場になんて滅多に行かなかったからなあ。なかなか場慣れしない」
「しいっ、静かに! 今から終盤の良い所なんだから」
「おっと、これは失礼」
買い物と昼食をすませた俺達は劇場に入った。そして、支配人自らのお出迎えで2階の観覧席に案内される。今日の演目は騎士アルバの旅。騎士アルバが幼い王子を助け、国王に返り咲かせるという物語だ。
ありきたりな話であるが、楽団の音楽は心地よく俳優達の演技はなかなか見所があった。劇が終わり、幕が降りる。拍手と歓声が劇場に響くなか、師匠はとても機嫌が良さそうだ。
「ああ面白かった。ユウキ、また見に来ましょう。やっぱり劇を観るのは止められそうに無いわね」
「そうだな。ここの劇団は演技の幅が広いから楽しめるよ。しかし、喜劇、悲劇にオペラにミュージカル何でも出来るなんてな。‥‥関係者に俺と同じ転生者がいるのか?」
「でしょう! 2週毎に演目とかが変わって、とても楽しめるの。ユウキも分かってきたわね。天命人がいるかは分からないけれど、量も質も高い水準よ。ここまでの劇は今まで見た事無いもの」
魔法以外で師匠の趣味の1つが観劇。俺が弟子入りした頃から、何度も劇場には連れていかれた。おかげでこちらの文化や知的水準が分かったので師匠には感謝している。
ちなみに師匠には転生者である事は伝えてあり、その事を知った彼女から質問攻めにされたのは懐かしい。なお、知っているのは師匠だけでマルシアス様達にはまだ秘密にしてある。家族にすら黙ってくれている彼女には感謝しているが、気になる事がある。
「ところで師匠。聞きたい事があるんだが?」
「何?」
観劇はとにかくお金がかかる。現代日本では安い席でも10000円近くかかるのが当たり前の話だ。この世界だと貴族や富裕層の娯楽と鑑みれば、決して安いものではないはず。師匠って意外と浪費家なのかと不安になった訳で‥‥。
「ええと、だな。観劇のお金はどうしてるんだ? 1ヶ月に4回は観に来るだろう。給金だけじゃ足りなくならないか?」
いくら師匠がファルディス家の仕事をしていると言っても、演劇を月に何回も見に来れる程の給金はもらっていないはず。マルシアス様はその辺が厳しい方だからな。子供や孫といっても甘やかしはしないし。
「ああ、そうか。ユウキには言ってなかったわね。ここの支配人やキャストの皆とは仕事仲間なのよ。舞台に必要な道具や楽器を私が届けているの。おかげで私は無料で楽しめる。演じてる俳優や演奏する音楽家達とも仲が良いわ。今度紹介してあげましょうか?」
「師匠、彼らと仕事仲間だったのか。それなら良かった。てっきり‥‥いだだっ!」
「何、私が浪費家だと思ってた? 安心なさい。私はラングやリアみたいな馬鹿な真似はしないわよ。それで仕事の事なんだけど‥‥」
思いきり膝をつねて笑う師匠が仕事について教えてくれる。楽団員の楽器を修理や調整をする際に工房へまとめて持って行き、修理が終われば劇場に戻す。舞台衣装を注文した衣服店から劇場に修繕する衣装を店に持って行って、終わったら持ち帰る等。
テレポート持ちの師匠は、劇団の為に他にも多種多様な仕事をしているらしい。話を聞けば聞く程、本当に観劇が好きなんだなって思う。
「そう言えば、今日は支配人が来ないわね。普通ならすぐ挨拶に来るのに。それと今日はいつもの支配人席じゃなかったし。誰か大物が来てるのかしら?」
「言われて見ればそうですね。手伝っているとはいえ、師匠はファルディス家の令嬢。どんなに忙しくても、支配人は挨拶を必ずしますし。師匠、とりあえず外に出ましょうか」
「じゃあ、しっかりエスコートしてね。それが婚約者たるユウキの役目なんだから」
そう言って、師匠が俺の右手を掴み体に寄り添ってくる。あの‥‥胸が、胸が当たってますから! ま、まずい。俺の男が主張し出しちゃう。落ち着け、落ち着くんだユウキ!!
「いや、師匠。あまり密着しないで下さい! 柔らかく形の良い胸が、右腕に当たってますから!! あんまり、あおると俺が野蛮なオオカミになっちゃいますよ」
「‥‥いいよ、ユウキ。私を好きにしてくれても。私はあなた以外に結婚する気は無い。あなたの為ならどんな事でもしてあげる」
やれやれ師匠は本当にヤンデレっぽいな。だが、そうなる理由が分かってるから受け入れるけど。師匠はなんだかんだ言っても、可愛いしとても頼りになるからね。
彼女に寄り添いながら2階の観覧席を立ち、俺と師匠はドアから外へと出る。ホールを見れば、観劇に来ていた貴族の面々が集まっていた。その中心に、支配人と1人の少女がいる。白銀の髪に赤い瞳とは珍しい容姿だな。真っ赤なドレスが大人顔負け に似合ってるし、あの少女は誰なんだろう?
「なあ、師匠。支配人さんの隣にいる彼女、何者なんだ?」
「し、知らないのか、ユウキ? あの方は第1皇女殿下たるマヤ=ヴァングリーブ様。前皇后様を亡くされてからは、離宮に引きこもっておられたんだ。しかし、1年前から民衆の前にお出になられ、芸術関連の支援をされ始められた。この劇場もマヤ様の支援で改築されて、帝都にふさわしい建物に生まれ変わったんだぞ」
第1皇女と言えば、マイラスが依頼した『死と再生の書』のある離宮の持ち主だな。高位のネクロマンサーとして名高く、腕のたつ盗賊や暗殺者すら近づかないと知られる。うん、本当に依頼を断って良かったわ。
「今日の出来映えは悪くありませんわ。お客様の評価も上々でしたし。ただ、楽団と俳優の動きが合わない部分が少々見受けられました。そこに関してはマイナス点でしたね」
「は、はい! 申し訳ございません、マヤ様!! より高みを目指せるよう努力致します」
「ええ、支配人。貴方方の手腕を期待しています。くれぐれも私を失望させないで下さいませ」
冷静な皇女殿下の指摘に、支配人は必死に頭を下げる。身につまされるなあ‥‥。前世で俺も教育委員会のお偉方とかにあんな感じだった。理不尽な要求や度を越した接待とか辛かった。世界は変われど、宮仕えの辛さは変わらないのか。
「まさに劇場の主という訳だな。皇族でありながら、色々と考えていらっしゃる」
「そうなんだよ。マヤ様が劇団や楽団を設立、創設して頂いたんだ。舞台俳優や楽団員、劇作家等を次々と育成した結果、帝都にも文化の華やぎが出てきたよ。昔は共和国や教国から戦馬鹿と馬鹿にされていたが、今は一目置かれる程だし」
師匠と2人で楽しく話をしていると、マヤ様と俺の目があう。驚いた彼女は獲物を見つけたかのような視線で俺を見つめてきた。その目に懐かしさを感じた俺は、もしやと思い神眼スキルを発動した。‥‥おい、やっぱりそうかよ。
皇女殿下は、俺が気にしていた女子生徒の内の1人だった。名前は三条真矢。芸能界に三条ありと恐れられた、三条プロダクション社長の娘だ。人を見る目は父譲りで、俺の婚約者を「絶対に何かやらかす」と言って警戒していた程。
‥‥見事に正解だったがな。そうだよ、18歳の高校生にすら本性を見抜かれた女を俺は愛していたんだよ! いかん、なんか泣きそう。
「大丈夫か、ユウキ? あっ、マヤ様がこちらに来られるぞ」
師匠の言葉に、俺は気を引き締めて三条を出迎える。彼女は支配人と共に俺達の前にやって来た。かなり嬉しそうなのがよく分かる。だって満面の笑みを浮かべ、目に少し涙がにじんでいるのだから。
「初めまして、アイラ=ファルディス殿。ファルディス家の貴女が劇場を盛り立てて下さり、本当に感謝していますわ。そして、観劇がお好きだと聞き及んでおります。とても趣味がよろしいと思いますわ」
「は、はい。マヤ様にお褒め頂き嬉しく思います。これからも出来る限り、お力添えを致しますので」
「嬉しい事を言ってくださいますね。これからもご助力よろしくお願いしますね。‥‥さてと」
師匠と話をしていた三条がこちらを向く。あっ、やばい。俺、完全にロックオンされてる。なんで、こう怖い女性にばかり好かれるのかねえ!
「ようやく、ようやく会えましたね! ユウキ、ちょっとこちらで話をしましょうか。支配人、部屋を借りるわよ。私が良いと言うまで誰も入れないで」
「は、はい! かしこまりました」
「えっ? 皇女殿下、ユウキ!?」
そう言って、真矢は俺を支配人室に力ずくで押し込んだ。師匠も含め、皆何も言えずに見送る事しか出来ない。ドアを閉め、鍵をかけた彼女はそのまま俺の唇を奪う。えっ、抵抗しないのかって?
無理です。部屋入った瞬間、スケルトンな皆さんに拘束されちゃったんだから。神眼スキルで見たら、こいつらドラゴンガードって名前らしい。真矢さんや、かなり上級のアンデッドモンスターだぞ。一流の冒険者ですら下手したら死ぬレベルの。どうして、こんなモンスターを瞬時に召還出来るんだよ!
「あーー、スッキリしたわ。だって、危うく先生の初めてをアイラさんに奪われそうだったもの。ねえ、このまましよ? 私を好きにして構わない。最後までして良いから」
そう言うや、ドレスのボタンを外していく三条。いや、待ってくれ。行動が早すぎないか!? 俺のまわりの女性の行動が全てアクティブ過ぎるんだが、何故だ!?
「落ち着こう、三条。俺達はまだ10歳だ。そういった行為はまだまだ早すぎる。つうか、もしかして見てたのか? 師匠が俺にしてきた行動の数々を」
「ええ、召還した精霊を経由してね。かれこれ2年位観察してたわよ。‥‥師匠さんのあんまりな行動に、さすがの私もキレる寸前よ! それと私の叔父、ああこっちの世界のね。若い女の子抱きまくってるし。10歳位で妊娠してる娘もいるわ。私はアイラさんよりも先に先生と関係持ちたいの。だから、ね?」
それって、プライバシーの侵害ですよねえ! どこのジェ〇ムズ=ボ〇ドだ、君は!? しかも、叔父さんが少女趣味だと暴露して大丈夫なのか。つうかスケルトンな皆さんの力が強くて、振り払えない。まずい、まずすぎるって!
「待て、待てえ!! ステイ、ステイだ三条。その論法はおかしいから。人がやってるから私もは駄目だぞ」
「いいじゃありませんか。ここは現代日本じゃありませんわ。10代で結婚するのが当たり前の世界ですわよ? 先生、郷に入りては郷に従えです」
異世界怖ええ! まあ、昔はその位の年齢で結婚してるのが主流だったしな。だからといって、彼女を抱く訳にはいかない。師匠に話をしてからが筋だからな。
「三条、君は師匠の怖さを知らないのか? 下手をしたら、空からの自由落下を経験する羽目になりかねないんだぞ!」
俺は怒った時の師匠の危険性を訴えるが、三条は全く気にしていないようだった。むしろ、嬉々とした様子で俺を抱き締める。
「あら、アイラさんに負ける気はありませんよ? 時空魔法使いも無敵じゃありませんからね。そ・れ・に、先生も分かってるでしょ? 私とは結婚する運命だって」
「ああ、分かってるよ。三条も神眼持ちだもんな。君も神眼スキルを取ったんだ」
三条を神眼スキルで見た時に、それが分かったからな。あの神様、絶対に俺をおちょくってるぞ。
『マヤ=ヴァングリーブ。第1皇女にして強大な魔力を持つネクロマンサー。芸術関連の仕事を生きがいにしており、多くの芸術家のパトロンとして活躍している。神様コメント。おめでとう、ユウキのお嫁さん2人目です。アイラと同じくヤンデレ要素があるね。ヤンデレ対ヤンデレ、これは面白いカードになりそうだ。さて、ポテチとコーラ用意しないと‥‥楽しみだなあ!!』
絶対、修羅場を見物する気だよね! 燃料投入して、観察って鬼畜の所業に等しいじゃないか!! 下手したら俺、死んじゃうかも。くそ、10歳でまだ死になくはないぞ。なんとか、何とかしなきゃ。
次回、師匠対教え子。
三条真矢 マヤ=ヴァンクリーブ 前世18歳 今世10歳
三条プロダクションの社長令嬢として、父親から帝王学を学んでいた。結果的に、今世において劇場関連事業の役立っている。気位の高さと冷徹無慈悲な姿勢のせいで、学園では孤立していたがユウキによって救われる。
以後、とある女子生徒と対立しながらもユウキに近づく女を追い払うようになった。彼女とは腐れ縁の悪友。転生してから一時期不遇の時期を過ごしたが、数多くの芸術家のパトロンになる等の活躍を見せる。結果、帝国はもとより大陸諸国にも影響力を持つようになった。
趣味 観劇 人材育成 美術品収集兼観賞
スキル 神眼 死霊召喚 魔獣召喚 高速詠唱 魔法習得度上昇 魔力限界突破 異世界言語 言語解読 異世界常識 病気耐性 幼年期保険 魔力極大 古代文字解読