ルー立志伝15 突然のラング討伐へ
お待たせしました。ルー外伝です。
「ルー! ラングの馬鹿を我々で討伐する。お前もついてこい!!」
お爺様によるアイラ叔母さんへの当主交代劇の翌日。研究所にやって来たロウ兄さんは、開口一番にそう言った。目が血走って、いつもの冷静さが欠片もないな。余程にお爺様の叱責が堪えたらしい。僕もかなり怯えてしまったけど、マリー姉さんやマイカにミルが慰めてくれた。彼女達には感謝しないと。
あと、人質の振りをしているティリュにもね。彼女は密かに情報収集をしてくれている。おかげでお爺様や両親の動きが手に取るように分かった。‥‥さて、まずは目の前の厄介事を何とかしようか。ティリュから連絡が来たおかげで、素早くマイカ達を隠せてよかったよ。
「‥‥ロウ兄さん、あいにく僕は忙しい。怒らせると怖い方々が香水や化粧品、増毛剤等を待っているんだ。納品しに行かないといけないから無理ですね」
「ルー、我々の状況が分かってないのか! このままだとユウキとアイラ叔母さんにファルディス家が奪われ、我々は路頭に迷うのだぞ!!」
僕の胸ぐらつかむ位に必死なんだな、ロウ兄さん。だが、全ては遅すぎた。その必死さ、もう少し早く出せば良かったのに。
「ロウ兄さん、貴方は僕の命を奪おうとした。今さら力を貸せと、どの口が言う。両親には悪いけど手伝う事は出来ないな」
「るー! 貴様あああ!!」
怒りに燃えるロウ兄さんの拳が僕の頬を撃った。そこまで痛くはない。マリー姉さんやティリュに鍛えられてるからかな。あとは最近、身体能力が上がっている気がするんだよ。ティリュが定期的に血を吸い始めた事と何か関係あるのかな?
「‥‥それで気がすんだ? 僕はファルディスの名を失っても大丈夫なんだよ。マイカからは、ティナートの姓を名乗っても良いと言われてる。それに商売も順調だからね。話が終わりなら、仕事が忙しいから失礼するよ」
「そ、そんな。私は全てを失う瀬戸際なのに、ルーは何もかも手に入れてるなんて。理不尽だ、不公平だあああ!!」
絶望にうちひしがれるロウ兄さんを残し、さっさと僕は応接室のドアを開けて廊下に出る。そこには何故か父上がいた。えっ、まさかの二段構え!?
「ルー、ロウに力を貸してやってくれないか? 兄に思う事はたくさんあると思うが協力して欲しい」
父上、そんな懇願するような表情で言わないで下さい。随分と風向きが変わったように感じるのは気のせいじゃないよなあ。昔は両親も兄も僕の事は気に止めて無かったのに。利用価値が出たからか構うようになったけどさ。最近は立場が逆転したせいで、家族以外でも露骨に近づく輩が増えた。
基本はお断りしてるが、両親ともなると話が変わる。関わりあいにはなりたくないけど、血の繋がりは時に面倒だ。
「父上、今さらラング兄さんを討った所で大勢が変わりますまい。お爺様とお婆様の怒りは凄まじく、そのような事をしても翻意するとは思えませんが?」
むしろ、悪化しかねないんだよな。僕達は商人であって、軍隊でも暗殺者でもない。しかも、今更感がかなり強いだろう。ラング兄さんとレア姉さんの悪行は昔からであり、その時に矯正するなりすれば良かった。
2人がやらかした後で対症療法のような対応するから、皆に嘲笑されるのだ。現にティナート家当主たるマイカの父親も呆れ果てていた。
『ルー君、私も子を持つ親だ。自分の子供はかわいい。だからといって過度に甘やかしたり、悪い事をした時に何もしない事は絶対にしない。子供の為にならぬからな。ルー君はしっかり育ったようだが、君の上の兄妹は話にもならないようだ。つくづく君をマイカの婚約者に出来て良かったよ』
マイカは立派な商人になってるし、義父上は教育を間違ってない。対して、父上は甘やかしてしまったからなあ。今も隠れてレア姉さんに金貨を送ってるし。今回の件は両親と兄さんの責任が大きい。父上には悪いが断るとしよう。
「それに我々は商人です。ラング兄さんは曲がりなりにも冒険者でした。しかも、仲間はナルム王国騎士団の生き残りです。下手をすると逆襲されてロウ兄さんが倒されかねません。そうなれば、ますます父上や母上のお立場が‥‥」
「あり得ない! あり得ないぞ、ルー。今回の討伐にはケビン達も参加するんだ。有象無象の輩に黒鷹が負けはしない。それに忘れたか? ティリュの命は我々が握っている事を。お前は参加するしか選択肢は無いのだ!!」
‥‥いや、ロウ兄さん。人質じゃなくて情報収集のお仕事してるだけですから。たぶん、ティリュが本気出したら、ケビン達でも勝てそうにないと思う。勝てるのはユウキ達くらいかな? まあ、絶対に敵対したくないから戦わないけど。
「ルーの商売に関しては私が責任を持って代行するよ。だから一緒に行っておくれ。悪あがきなのは承知しているが、ロウの為に最後まで頑張らせてあげたいんだ」
父上、それは悪手と分かっていながら突き進んでますね? 利に敏感な貴方が、この状況を見誤る事はないのだから。おそらく、ここで無理に抑えれば母上とロウ兄さんが暴走しかねないと見たのだろう。仕方がない、こうなったらファルディス家に不利益な事を減らす方向で進めるか。
「‥‥分かりました、しばしお待ちを。マイカ達に留守にすると伝えますので」
ロウ兄さんは勝ち誇った笑みを浮かべ、父上は深々と頭を下げた。父上の方が分かっているな、逆転の目が低い事を。仮にラング兄さんを討ち取ったとして、多くの商家に被害をもたらした事に変わりはない。アイラ叔母さんが当主になれば、日影の身になる僕達は罰を受けたと世間から見なされるだろう。お爺様はそれで他の商家に手打ちを願うはずだし。
僕は廊下を歩いて皆がいる居間へと入る。マイカとマリー姉さん、ミルが心配そうに見つめる中で、僕は話を始めた。
「ロウ兄さんとラング兄さん討伐に行く事になった。はっきり言えば、何の意味も無い事だ。しかし、ティリュが人質にされているふりをしている以上、僕は動かねばならない。皆とは離れるが、必ず無事に帰ってくるよ」
「はあ、面倒な事になりましたなあ。いっそ、ロウを暗殺すればええんちゃう? マリー姉さんの毒で‥‥」
「だ、駄目ですよ、マイカ様! ここでロウ様を殺したら、血で血を洗う戦いに発展しますから。でも、本当に悪あがきですね。身内のはずのマルシアス様からも見放されたと言うのに」
ミルの言うとおりだな。ロウ兄さんが死んだら、母上が本気で暴走しかねない。それこそ、ファルディス家が致命傷を負う位の騒動が起きかねないだろう。お爺様やユウキも動くだろうけど、収拾するのに時間がかかりかねない。
「ファルディス家当主とは、それだけ魅力的な地位なのです。ルー。私とマイカ様は商売の関係上、帝都を離れられません。代わりにミルを連れて行きなさい。ラングと冒険者をしていた経験が役に立つはずですから」
「まだまだ未熟者ですが、ルー様は私がお守りしますね」
マリー姉さんとマイカがいれば、帝都は安心そうだな。ミルの護衛は心強いけど、問題はラング兄さんがどこにいるかだ。討伐言っても居場所が無いなら探しようが‥‥。
「ルー、何をしている!! さっさと来い、奴の居場所が分かった。エアリアル公爵家の古城に身を潜めているらしい。すぐに帝都を出発するぞ。他の奴等に先を越される訳にもいかんからな」
「黒鷹‥‥ケビン達が調べてくれたか。お爺様もラング兄さんの行方を追っていたんだな。ロウ兄さん、僕もミルと一緒に行く。色々と心配な事もあるし」
‥‥主に貴方の暴走がですがね。しかし、本当に大丈夫かな? 寄せ集めの集団相手とはいえ、実戦経験が無い僕達を連れての討伐戦。ケビン達にかなりの負担をかけそうだ。
「心配するな、ルー。最早、奴の命は風前の灯だ。黒鷹の精鋭が護衛に付いている。負ける要素は何一つ無い。ラングを倒し、お爺様の信頼回復に繋げたい。遅れをとるなよ!」
見れば、マイカ達もロウ兄さんを呆れて見ていた。楽観的にも程があるよなあ。不安しか出てこないよ。カレンさんの言うように、両親含めて離れたかったけど難しかった。何か離れるきっかけがあれば良いんだけどな。
次回、ユウキ達による墓参り。




