第６２話 愛する者と愛せない者
お待たせしました。
「聖女様、地獄の炎に焼かれなさい！」
師匠の放ったインフェルノ・フレイムが聖女に炸裂する。師匠、いきなり実戦はやはり無謀だった。炎の集まりが不十分だし、そのせいで威力が落ちてしまっている。とはいえ、あれを半減するにしても深刻なダメージを受けそうだが。
「ちいっ！ 聖女の衣だけじゃあ、焼け死んじまう。ゴッド・イージス！ 神の盾よ、僕を守れ」
うわあ、シールド魔法の最上級を覚えてやがった。あれで地獄の炎も完全にシャットアウトか？ と、思ったら‥‥。
「あ、アチいいい！！ 手が、手が火傷した。くそ、いきなりなんつう威力の魔法を使いやがる！」
「あら、貴女のスキルも無敵じゃないみたいね。これなら私達にも勝機があるわ！」
「はん、少し傷つけた位で調子にのんじゃねえよ。反撃開始！ 見せてやるぜ、僕の真骨頂をよ。聖なる光よ、雨となりて敵を穿て。セイクリッド・レイン！」
光が聖女の上で収束し、球形になっていく。一定の量が貯まるや、光が雨の如く次々と降り注いできた。ま、まずい！ 俺は師匠の前にテレポート。魔力を手のひらに集中させてシールドを展開する。間一髪だった、師匠は強大な魔法を使ったばかり。すぐにシールドを形成出来なかったからな。
「マジックシールド、持てよ！ アヤメ、そっちは大丈夫か！？」
彼女の方を見てみれば、驚く事に光を双剣で弾いて対応していた。弾いた光は屋敷の壁を粉々に破壊していく。涼しい顔をしているのを鑑みれば、余裕が感じられる。案の定、通信魔法で話かけてきた。
『大丈夫ですよ。あの程度の魔法なら軽くかわせますから。しっかりアイラさんを守って下さいね。お腹の中にご主人様の子供がいるのですから』
「な、なんだとおお！！ え、いや、マジですか？ 嘘じゃなく！？」
う、嘘だろ、神眼で見ても何とも無かったのに。まだレベルが足りなかったか？ それとも、変化を見過ごしていたのか。戸惑う俺に、後ろにいる師匠が申し訳なさそうに話を始めた。
「本当よ、ユウキ。あの日の夜に出来ちゃったみたいなの。その、ごめんなさい。まだ幼いのに重荷を背負わせてしまったわ。でもね、私‥‥」
冷静に話す師匠だが、声が若干震えている。まさか、俺に拒絶されるのを恐れているのか。正直、この可能性も考えていたからな。だって朝まで何回したのか覚えてないんだから、あの日。
師匠に多大な原因があるのは確かだが、強く抵抗しなかった俺も悪いしな。‥‥よし、覚悟は決まった。後は言葉に出すのみ。
「師匠、安心してくれ。やってしまった責任はしっかり取るよ。まずは、聖女をはっ倒してから今後の事を話し合おうか。お腹の子共々、俺が師匠を守ってやる！」
「ゆ、ユウキ。本当に良いの？ 私は子供を盾にして、貴方と結婚しようと考えた卑怯な女なの！ そ、それでも？」
前世の婚約者と同じ考えで動いたのは分かっていた。でも、彼女とは動機が違う。あの時、マヤが俺を奪いにきた時。師匠は焦りと恐怖を覚えたんだと思う。このままだと俺がいなくなるんじゃないかって。やれやれ、そんな事は無いのにな。
「異世界に転生してから何年か、俺は孤独にさいなまれてきた。そんな中で師匠、君に会った。君を助ける為に動いていた当初は辛かったなあ。色々な所に跳ばされるわ、物をぶつけてくるわで荒れていたし」
「‥‥うう、昔の事を思い出させないでよ」
事実だから仕方ない。師匠に話しかけながら、俺はシールドを維持しつつ、ある魔法を聖女へ使うべく準備する。
「大変だったが、おかげで生きる指針が現れたのを感じた。この娘を救いたい。この娘の笑顔が見たいってな。最初は同情心からだったが、次第に惹かれていくのが分かった。‥‥ふう、言葉を重ねるのもまどろっこしいか。単刀直入に言うぞ。師匠じゃない、アイラ！ 君の事を愛している。お腹の子もふくめて、君を一生守ると誓おう！！」
「ゆ、ユウキ。あ、ありがとう。私、嬉しいわ」
感極まったアイラが後ろから抱きつく。やはり温かいなあ。この温もりが無かったら、幼年期保険で生き長らえても、ろくな道に進んでなかっただろう。下手したら、盗賊ギルドに身を置く悪党に成り下がっていたかもしれん。こっちこそありがとうだよ、アイラ。
「なっ、なっ、なっ。ふ、ふざけんじゃねえぞ！！ ラーナ様から君が僕の男になると神託を受けたんだ。他の女なんざ認めないぜ。ユウキ、そこを退きな！ その女と子供をまとめて消してやる！」
‥‥対局に位置するのがこの馬鹿聖女だ。自分の事しか考えちゃいねえ。ふっ、最早是非も無し。ここらで退場してもらおうか。
「あいにくだがな、聖女。いくら神託と言えど、俺は君とは結婚出来ない。いや、愛する事も出来はしない。アイラを殺したら、俺は絶対に君を許さない！ それすらも想像出来ない君を好きになるものか！！」
「うるさい、うるさい！ 僕は聖女だ、神の理を体現する者だぞ。僕は絶対に間違わない、だから君を惑わす源を消してやる！」
駄目だ、こいつ。完全に自分が絶対正義だと信じてやがる。えてして、こういう手合が悲劇を招くんだよな。ロベスピエールやポル・ポトなんか、自分の正義の名の下にどれ程の人を殺してきたか。となれば、人知れず始末するしかないな。
「アイラ！ 俺がテレポートを使う。君は、あの聖女を確実に仕留められる場所への転移座標を設定してくれ！」
「わ、分かったわ。ええと、だったらアルトナズ島に送るわ。そこなら聖女でもどうにもならないはず！」
「よし、そこへ転移させる。聖女、君の聖女の衣は攻撃を無効にはするだろう。だが、攻撃魔法ではない転移魔法は無効に出来まい。さらばだ、２度とあう事も無いだろう！」
「なっ！ おい、ちょっと待て。僕を‥‥」
俺は聖女をテレポートで跳ばす。後に残ったのは全壊した屋敷と俺達２人だけだった。あれ、アヤメはどこ行ったんだ？
『ご主人様。アイラさんを想う素晴らしい言葉の数々、アヤメ感服致しました。聖女もいなくなったみたいですね。私は今、聖騎士を全員斬り伏せました。使用人やお付きの者を地下に追い詰めましたが、いかがなさいます？』
アヤメ、残敵掃討していたのか。通信魔法であれを聞かれていたとなると恥ずかしいな。さて、使用人達をどうするかな。後腐れ無しにしたいなら、ここで全員殺すしかない。だが、アヤメに全て任せるつもりもないがな。俺も手を汚すさ。
『俺達も向かう。しばらく待機していてくれ』
『了解です。むっ！？ ご主人様、気をつけて！ 正義の女神がやって来るみたいですよ』
アヤメの言うとおりだった。俺達の前に、１人の女性がまばゆい光と共に現れる。白いローブを身にまとい、背中に白い翼を生やした女性。神だと言うのは、その神々しさからも神眼スキルで見なくても分かるな。俺はアイラを後ろ手にかばいつつ前に出る。
「ユウキ＝ファルディス、まずは貴方に謝罪を。この度は申し訳ありません。かの聖女スィーリアは、私の神託に従い行動しました。ですが、私は接触せよとは言いましたが、結婚までは言及しておりません。彼女の曲解による物だと、ご理解願いたいのです」
まさか、神様が人に頭を下げるとはな。こうなってくるとこちらも角が立てづらい。それを計算してやっているなら、かなり強かな神様だが。
「ラーナ様、貴方のお言葉は分かりました。しかしながら、今回の聖女の行動はあまりに軽率すぎます。下手をすれば、帝国と聖国の戦争にすら発展しかねません。そのような聖女を任命した教皇及びラーナ様の責任についてはどう思われますか？」
聖女はおそらくはその２人が決めているはず。素行に問題があっても、彼女は強大な魔力と魔法を扱えていた。彼女の力を利用する為に、ある程度の問題行動には目をつぶっていたのだろう。しかし、今回はこれまでの問題行動を越える大騒動に発展した。無罪放免と言う訳にはいかないが果たして？
「返す言葉もありませんね。聖女スィーリアの力は既に取り上げました。それと、現教皇の更迭を検討しております。今回の聖都内での騒動に対して、貴方方が咎めを受けない事を私が約束致しましょう」
なんか物分かりの良い神様だな。てっきり、『私の聖女に何をしている！』と激怒してくるかと思ったが。神の名を使って聖国が暴走しているだけなのかな？
「分かりました。俺達も事を大きくしたい訳ではありません。ラーナ様の御心に感謝致します」
「ありがとうございます。ところで、ユウキ。差し出がましいようですが、１つお願いがあります。聞き入れて頂きますか？」
うわあ、何だろうか。神様の願いだから、ある程度は聞き入れないとな。無下にするとろくな事無いし、神話的に。
次回、ラーナ神とアルゼナ神の対峙。
