第57話 ユウキの憂鬱
お待たせしました。
聖騎士副団長との小競り合いを終えた俺達は、王都中心にある城門前広場で聖騎士達に待機させられていた。ここでも迫真の土下座謝罪を見せられてげんなりしたぞ。
聖女がくるまでの間、アヤメと俺が見た夢を語る。もちろん、オードルが死んだとは言わずに、交代したと伝えたけどな。ボルガさんとの約束は守らないと。
「‥‥なるほど、邪神オードルは尖兵に過ぎなかったか。ゴールの奴め、相変わらず規格外の強さだ。しかし、魔族5大将軍のローゼリエを妻にするとは奴も恐ろしい事をしおる。かの女は何人もの男達を狂い死にさせた夜の女王だからな。わしも実際に見た事があるが、凄惨この上ない死に方だったぞ」
なんでも、ずっと淫夢を見させて男達の精を死ぬまで出し続けさせるのだとか。最後には血が放出し、老人のようになって死んでいくらしい。うん、絶対にそんな死に方したくないぞ! 自分も嫌だし、残された家族とかも泣くに泣けないだろう。
「‥‥ライオネル卿。母いわく、『そういう殺し方をするのは、相手にする資格の無い男だけ』みたいですよ? 欲望に忠実な賊とかが対象になるのが多いみたいですね。『アヤメ、あいつらの死に様をごらんなさい。白い花火みたいで綺麗でしょ。悪党の最期は、派手に散らせなきゃね』と、何度か戦場で見せてくれましたし」
「「「「そんな地獄のような光景、幼い子供に見せるもんじゃないと思うぞ!!!」」」
男性陣が全員、股間をかばったのは言うまでもない。なにが悲しくて、人生の最期をびっくり人間コンテストみたいな死に様にしたいと思うのか。うむ、絶対にローゼリエ様と敵対するのは止めよう。
「ちなみにですが、私も出来ますよ? 次に変な聖騎士が来たら最初から使用して‥‥」
「「「「止めてあげてくれ!! 見てるこちらもいたたまれないから!!!!」」」」
とりあえず、アヤメには禁止令を出しておく。ビトリア聖国もそんな死に方をした聖騎士の対処なんて出来ないだろうし。気を取り直したライオネル卿は、アヤメと俺を見て話を再開する。
「ファルディス男爵。君の立ち位置は、第1皇女殿下の派閥をまとめられる場所にある。つまり、君の意向いかんによって、今後の政局が動く。マヤ様は皇帝継承争いから外れているゆえ、3人おられる皇子殿下の派閥が勧誘に動き出すだろう。わしとしては第2皇子殿下に味方して欲しいがな」
「ライオネル卿、抜け駆けは厳禁ではありませんか? 私も彼を第1皇子殿下の派閥に入れたいと考えています。ですが、ここは戦場です。そう言った話は戦争が終わってからが良いかと」
「だがな、ウィルゲム卿。ユイ=リンパード、ミューズ=アルセ。そして何よりアヤメ=ルビナスまでを御し、第1皇女殿下とファルディス家令嬢を虜にする男だ。早めに味方へと引き入れたいと考えるのは、むしろ当然と思うが?」
‥‥来たよ、派閥争い。史実でも創作物でも必ず起こる事案だ。やり過ぎて国を傾けたり、国が滅んだりした事もあるからな。俺は、この争いからは逃げられないんだろう。マヤ達がいるからな、彼女達を見捨てる訳にはいけないんだ。
ふう、なんか疲れてきたよ。誰かを守る為に、ここまで走り続けて来れたが‥‥俺は最後まで闘えるだろうか?
「‥‥ライオネル卿、ウィルゲム卿。敵前で派閥争いを行うは愚の骨頂。行動を慎みなさい」
「「はっ、申し訳ありません。皇女殿下!」」
マヤのおかげで何とか回避出来たか。しかし、帝国に戻ったらしつこい勧誘が始まるんだろう。色々と考えないといけない事が多いな。
「アヤメさん、例え貴女が強大な敵だとしても、私はユウキを簡単には渡さない。覚悟する事ね」
「私も負ける気はありません。ミズキさん含め、全ての女性に」
「以前も言った。強さもユウキ兄ちゃんへの愛も負けはしない。今は実力は負けているけど、絶対に追い付くよ」
「落ち着いて皆さん。聖女様との謁見前に本気で喧嘩をしないで下さい」
‥‥後ろじゃあ、喧嘩が始まりそうだ。なまじ実力がある女性陣だけに、他の誰も近づけない。悩ましい未来に、今起きてる戦争。そして、身内のゴタゴタか。楽しい幸せな時間だけが続かないのは、異世界も現代日本と変わらないな。これが生きるということ、なんだろうな。
「‥‥ユウキ、大丈夫? 顔色が悪いし、気分も悪そうだよ?」
俺の顔をのぞきこんで、心配そうな表情を浮かべていたのは師匠だった。やれやれ、何年か前とは立場が逆になったな。
「師匠‥‥。だ、大丈夫さ。今まで会った事もない大人物達にあったり、騒動や戦争にまで巻き込まれたからな。疲れただけだ」
「昔の私と同じ位悩んでいるでしょう? 『時には歩みを止めて、自分を見つめ直す事も必要だよ』と、言ったのは貴方じゃない。困った時は私を頼ってね」
そうだったな。かつて、師匠が立ち直れなかった時にかけた自分の言葉を忘れていたよ。戦争が終わったら、学院が始まるまでしばらく休むとしよう。休めれば良いがな‥‥。
「ありがとうな、師匠。少しは元気になれたよ。‥‥さて、城まで行こうか。聖女様に会わないといけないからな。うん? 城から誰か来たぞ、全員注意を怠るな!」
俺の言葉で全員が身構える。城からやって来たのは騎士の一団だった。神官服を身にまとった女性を守る形で、騎士が整列して歩いてくる。あれがボルガさん達が言っていた聖女様か。
危険人物扱いしているが、その容姿は至って普通だ。美しくも長い金髪に青い瞳、何より神官服を盛り上げる大きな胸に見惚れている騎士や兵士が多い。俺? マヤ達の方が綺麗だから俺は何とも思わないよ。
「バージニル帝国の皆様ですね。先程は副団長が無礼な振る舞いをして申し訳ありません。私は聖女をしております、スィーリアと申します。皇女殿下、以後お見知りおきを」
「初めまして聖女様。バージニル帝国皇帝の代理として参りましたマヤ=ヴァンクリーブと申します。貴国の要請に従い、検分に参上しました。また、聖女様のドレスを盗んだ騎士団主要関係者4名の首を持参してあります。どうぞ、お改め下さい」
「まあ、あの不信心者達の首を! 見せて下さいませんか?」
帝国騎士達が4人の首が入った箱を持ってくる。それぞれ、ダルザ、アリー、カーチス、シーザーという元騎士団の重鎮達だ。彼らの首を見ると聖女スィーリアは何やら魔法を唱え始める。しばらくすると、首の前に現れたのは霊魂と化したダルザ達だった。驚かないのかって? だって、マヤがネクロマンサーだからな。アンデッド系はすっかり見慣れたよ。
「あん? 俺は死んだはずだが、ここはどこだ?」
「団長も亡くなったんですね。私、殺される時が怖かった」
「ちっ、リザに殺されるとはヤキが回ったな」
「うぅ、蛇が蛇が怖いよおお!」
シーザー、君だけトラウマ気味になってるやんけ。他の者達はまだ落ち着いている。まさか、霊魂を召喚出来るとは驚いた。しかし、聖女も彼らを呼んで何をするつもりなんだろう。
「皆さん、ご機嫌よう。まずはお悔やみ申し上げますわ。まさか、既に死んでいるとは思っていませんでした。折角、色々な趣向を用意したのに残念ですわ。聖騎士の方、あれを持ってきて」
聖騎士達は奥から布がかけられた箱を引っ張って持ってきた。ダルザ達の前まで来ると聖女は布をはがす。現れたのは金髪の成人女性だった。青い絹のドレスを着ているところから見ても、元凶たるリーザ姫だろうな。猿ぐつわと縄で後ろ手にされて縛られているが、聖女をにらみつけている。
「こちらにいるのはリーザ姫です。捕まえた時に、うるさかったので猿ぐつわをしてますが、今外しますわ」
聖女自らリーザ姫の猿ぐつわを外す。容姿は悪くないが、顔に険がある表情を浮かべているな。色々と話は聞いていたが、気が強そうな女性を想像していたので予想は的中。反省の弁でも述べてくれれば良いんだが‥‥。
「あ、貴女はこんな事をしていいと思っていいのかしら!? せっかくの誕生祭が台無しよ。いきなり聖騎士とやって来て、次々と民と兵士を殺すなんてどういうつもり?」
「すいませんね。通行するのに邪魔な置物があったから払いのけて排除しただけですわ。だって、盗人の誕生日を祝う者達なんて私には必要無いんですもの。罪深き彼らを浄化するのが我が務めですから、このように‥‥」
聖女が合図を送ると、城門の上にあるバルコニーにはりつけにされた王族達が連れてこられた。貴族らしからぬ人達がいるけど、死んだ4人の関係者だったか。よく見たら、霊魂になっていた全員驚いてるし。って、おい! 幼い子供までいるが、全員処刑する気か!?
「お父様、お母様! ちょっと止めなさいよ、貴女にどういう権利が‥‥がはっ!!」
‥‥聖女が杖で思い切りリーザ姫の顔面を突きおった。歯が折れて何個か落ちているのを見れば、かなり痛そうだ。やった悪行が悪行だけに同情出来ないが。
「うるさいネズミですこと。私のドレスを盗んだあげくに、聖女に対する罵詈雑言の数々。度しがたい人間がいるのは知っていますが、目の当たりにすると極めて不快ですわね」
「聖女様、これからどうなさるおつもりですか? まさか、バルコニーにいる者達を処刑なさるとでも!」
マヤ、そのまさかだと思うぞ。王族全員火炙りときたか、ビトリア聖国は本気でナルム王国を滅ぼすつもりだな。
「ええ、そうですとも。こちらの馬鹿娘は事の善悪すら分からぬ愚者です。なれば最大限の罰を与えるまでですわ。目の前で家族を生きたまま焼き払えば、足りない頭でも少しは罪について考えるでしょうから。浄化する前に、リーザ姫には果てなき絶望と言うものを味わせますよ」
恐るべき事を穏やかな笑みを浮かべて言う聖女。これは恐ろしい人間だ。権力を更に持てば、多くの人々が不幸になるのが目に見えている。自分の正義を絶対にして、逆らう者は皆殺し。多くの独裁者がやって来た事を彼女はやる気だ。さて、どうするべきか。
次回、聖女による浄化。




