第56話 聖騎士団との小競り合い
お待たせしました。
「これは酷いな。建物は跡形も無く壊れ、放たれた火がまだ消えていないとは」
ウィルゲム卿が言うように、辺りは悲惨な様相を呈していた。家や店が焼かれたか、壊されたかで完全な形で残っているものは無い。ところどころで黒焦げになっているのは人か‥‥。
周りを見れば、元ナルム王国騎士団の団員達が呆然としていた。号泣し、うずくまる者や髪を振り乱して錯乱する者が続出している。リーザやアヤメも思う所があるのか沈黙を保っていた。
「これがナルム王国王都とは信じられぬな。かつては風光明媚な都だったのだが。むっ、聖騎士団の奴等が来おった。皇女殿下、後ろにお下がりを!」
「構わないわ、ライオネル卿。私はこの場にて彼らを迎えます。ここで下がるは、帝国の名折れですから」
マヤも皇女として板についてきたな。ならば、俺も貴族らしい振る舞いを見せるとしようか。まだ乗り慣れない馬を何とか前に出しつつ、馬上より大声をあげる。
「近付いてくる聖騎士団の方々に申し上げる! バージニル帝国第1皇女マヤ=ヴァンクリーブ殿下並びにドーザ=ライオネル卿、ナルシス=ウィルゲム卿の両名がビトリア聖国の要請に応じ、見分に参上した! この場の責任者にお会いしたい」
俺の問いかけに応じる形で、聖騎士団の白銀の鎧をまとった大男が騎士達の間から現れる。強いな。とはいえ、ボルガさんやゴールさん、ローゼリエ様には及ばないのは分かる。‥‥比較対象が人知を越える皆様なのは、会った時の衝撃が半端なかったせいだな。彼ら基準で物事を考えるのはまずい気がするぞ。
「はっはっはっ! 随分と小さき先触れよな。どうやら、帝国の人材不足は深刻らしい。我は聖騎士団副団長ガリス=ドライアである。ライオネル卿はともかく、他の者達は見劣りが甚だしい。皇女殿下を守るにふさわしくあるまい」
のんきに笑う奴を見て思う、無知とは怖いという事を。こっちには、まだアヤメとユイ、ミズキに師匠、リーザにレイという強者がいるんだぞ。俺だったら喧嘩を売るのは絶対に避けるけどな。‥‥後で土下座させられるのが、目に見えているからね。
「ぐっ、貴様! 我々を愚弄するつもりか!!」
怒りのあまり、剣に手をかけるウィルゲム卿。まずいな。奴等、主導権争いをする為の布石のつもりか? 騎士団討伐を行った帝国に対し、借りを作りたくないビトリア聖国。挑発し、あえて無礼を働かせる事で、貸し借りを無しにしようと企んだ可能性もあるな。俺は新しく覚えた通信魔法で、アヤメに連絡を試みる。
‥‥生まれてこの方、探し続けていた通信魔法がようやく見つかったんだよ。サキュバスの力を得たアヤメが使えるようになって、俺を登録者1号に設定してくれた。アルゼナが選ばせた選択肢の中には、この魔法は入って無かったからな。
魔法書とか漁っても出てこなかったし、いよいよ学院の書庫に探しに行くしかないかって考えた程だ。まあ、今のところアヤメと俺のラインのみでしか使えないけど。
『アヤメ、聞こえるか? ガリスとやらの鼻をへし折りたい。手伝ってくれないか?』
『了解です。有象無象だと侮れた私の恐ろしさ、ご覧にいれましょう。ちょうど新しい鎧の調整も終わりましたし、お披露目を兼ねて暴れます』
『あーー、くれぐれも命はとらないように。分かってくれたかな?』
『‥‥斬っても構わないと思いますが、了解しました』
通信を切った俺はガリスに向き直る。不遜な態度をとり続ける奴を見て、俺は決断した。その力を見せつけてやろうじゃないか、アヤメ!
「ウィルゲム卿、落ち着かれて下さい。所詮、井の中の蛙が鳴いているだけの事です。狭い聖国で少し腕が立つだけで調子に乗っているのでしょう。あのような輩、帝国には掃いて捨てる程いますからな」
「き、貴様ああ!! 黙って聞いていれば、いい気になりおって。ならば、我の剣を受けてみよ!」
おおっ、突っ込んで来たぞ。猪騎士が釣れたな、これで先に手を出したのは奴等だ。先制させてから後で攻撃する。大義名分作りは大事だからな。後はアヤメに仕留めてもらう。
「ガリス殿。残念ながら、俺は剣は不得手。だが、俺が持つ2本の剣は貴方を軽く蹴散らせよう。まずは、その内の1人たるアヤメからだ!」
俺の言葉と同時に、アヤメは疾風の如く隣を駆け抜けていった。瞬時に肉薄したガリスへ向け、双剣を振り下ろす。アヤメの双剣は、白銀の鎧と盾を両断。返した剣で、ガリスの首に突きつける。ここまで、わずか数秒。見えたのは8騎士の2人とユイ、ミズキくらいだろうな。よし、更に言葉でたたみかける。
「‥‥これはこれは、ガリス様。大言壮語を吐かれて、この様とは。仕掛けた私も空いた口がふさがりませんな。よもや、油断めされましたかな?」
アヤメはS+でガリスはA+だ。ガリスも悪くないんだよな。ただ、実力差が天地レベルで違うってだけなんだけど。良いのかな、俺の臣下にいてもらって。アヤメ、間違いなく帝国8騎士に入れる実力だし。
「うっ、くっ。はっ、はっはっは! ど、どうやら油断したようだ。て、帝国にも凄腕の騎士がいたのだな。我は見直したぞ」
「‥‥油断が過ぎると思いますが? ファルディス男爵様、いかが致しましょう。この愚か者の首を手土産にして、聖女様へ会いに行きますか?」
アヤメさん、首に剣を更に突きつけないで! ガリスの首から血が出てきたから。ま、まあ、さっき殺さないように言ったから脅しだろうけど。
「ひ、ひいいい! 止めろ、止めるんだ!! 我は聖騎士団副団長なるぞ。ここで殺さば聖女様の怒りを買うは必定。ゆ、故に剣を剣を引くのだああ!」
「て、帝国の方々。我々の愚行をお許し下さい。どうか、副団長に御慈悲を! 不祥事だけは避けねばならぬのです!」
「お、お願い致します。このような愚行が聖女様にばれたら、私達は‥‥」
「聖女様のお耳に入れば、この場全員の首が、首が斬られるかも。どうか、どうか寛大なる御心をお示しくださいませええ!」
あっ、虚勢張れなくなって全員が命乞いを始めた。そんなに聖女様が怖いのか。俺達帰っていいかな? 正直、おっかない奴には会いたくないぞ。最近、強烈な方々に会いすぎて精神がどうにかなりそうなんだよ。
「あ、アヤメ。剣を引きなさい。無礼を働いたとはいえ、聖騎士団副団長の重責にある身。我々が軽々しく処断出来る相手ではありません。ここは、お互いに無かった事に致しましょう。皆様、よろしいですね!?」
マヤもその必死さに引き気味ながら、アヤメに剣をおさめるよう命じる。アヤメが俺を見たので、うなずきを返す。剣を納めた彼女は、ガリスから離れ、こちらに向かってくる。
「「「は、はい!! 皇女殿下、ありがとうございまするうう!」」」
聖騎士団、総土下座の図。なにこれ、どこの水〇黄門だよ。だったら最初からやらねば良いのに。そんな俺の疑問に答えたのはアヤメだった。
「聖騎士団は昔から偉そうにしてたって、お父さんが言ってた。気位が高いだけで、実力が伴わない連中が多いんだって。‥‥はあ、本当にそうだった」
アヤメ、なんかがっかりしてるな。強大な力を得てからの初陣がこれじゃ、確かに欲求不満かもしれん。だからといって、好き勝手に暴れさせる訳にもいけない。これはあくまで、主導権争いの一環だからね。おや、ライオネル卿が近付いてきた。これは叱責されるか?
「‥‥アヤメとやら。貴様の鎧、誰が着けていたか分かった上で着ておるのか?」
馬を近付けてきたライオネル卿が、開口一番に問い質してきたのアヤメの事だった。アヤメの鎧は、漆黒のミスリルと純白のミスリルで構成されている。漆黒のミスリルは鎧の9割近く、純白のミスリルは胸に広がる十字を形作っていた。
初めて鎧を見た俺が、直感的に思い浮かべたのは喪服だ。それをアヤメに伝えると、彼女は驚いた様子でうなずいていた。何でも、ゴールさんの妹の弔いの意味があったようだ。幼い頃に病気で亡くなってしまったらしい。
「はい。私の父、ゴール=シュタインが身に付けていました。これは、私の為に両親が新しく作ったものです。そして、双剣も両親の元愛剣ですよ」
アヤメさん、さらっと言っちゃったよ! 周りを見渡せば全員、顎が外れそうな表情を浮かべて彼女を見ている。ウィルゲム卿、リーザにクレスは震えてるし。ミズキとユイは、納得が言ったかのようにうなずいている。マヤと師匠は‥‥頭を抱えてるな? なんか嫌な予感するけど。
「そうか、やはり奴の娘であったか。父親に似て見事な剣さばきよ。わしらの世代は、奴に散々な目にあった者が多い。のう、ガリス=ドライアよ?」
ライオネル卿が話を振ったガリスだったが‥‥。あれ、歯の根が合わないくらいに震えてません? これは過去に何かあったぽいぞ。
「‥‥ゴール、ゴール=シュタインの娘だとおお!! 来るなああ、俺をまた苦しめるのかああ!! 奴のせいで何度も降格の屈辱を味わい、戦場に無様な姿をさらした。嫌だ、もうそんな事になるのは嫌だああ!!」
「「「副団長! 置いて行かないで下さあああい!!」」」
副団長、泣きながら逃亡。それを団員が追いかけ、あっという間に聖騎士団がいなくなった。呆気にとられる皆を尻目に、ライオネル卿は俺の肩を叩く。
「ファルディス男爵。アヤメとの関係を詳しく聞かせてくれぬか? よもや、断るつもりはなかろうな?」
「ライオネル卿、ご主人様の関係ならこんな感じですよ?」
‥‥はい、断れませんね。肩に置いた手に力がかなり入ってますし。見れば、他の女性陣も聞きたがってますから。約束もあるし、オードルの事以外は話すとしよう。アヤメさん、隣で密着するの止めて下さい。女性陣の殺意の圧力が上がってますからあ!!
次回、アヤメ争奪戦始まる?