第6話 肩身の狭い男達
朝食が終わった後、俺はルパート様とロウ様に呼ばれて執務室へと向かった。立派な調度品で飾られた部屋を見れば、ルパート様がただの婿養子ではない事を証明している。机の上に書類が山積みにはなっているが、認証済みの箱には多くの書類が収納されていた。日々激務をこなしているのがよく分かる。
「ユウキ、いきなりこんな事になって驚いただろう? まあ、いつもあんな雰囲気の朝食じゃない。気にしないでくれたまえ」
そうだな。毎日がああだったら、俺は逃げ出すしかない。だって、恐怖と緊張のあまり味が全くしないんだからな。それはそうと、ルパート様に聞かねばならない事がある。
「ルパート様。リア様は修道院送りになった訳ですが、どう思われますか? 私は必要な処置だったと感じましたが」
「私としてもリアを修道院に早く入れて欲しかった。あんなアバズレはファルディス家の恥です。なぜ、早く入れてくれなかったんですか?」
俺とロウ様の問いに、悲しそうな表情でルパート様はため息をつく。しばらくして苦しい胸の内を明かしてくれた。素行不良なリアでも、父親はかわいいと思ってくれている。まったく、親の心子知らずとはこの事か。
「リアがあんな風になってしまった責任は感じているよ。私達夫婦は、仕事仕事で家にいる時間がほとんど無かったからね。私が気付いた時には男遊びに熱中していた。時折、アイラが締めてくれていたようだけどね。修道院に入れなかったのは、いつか彼女が自分で過ちに気づいて欲しかったからさ。‥‥私達は子育てに関しては無能のようだな」
親が仕事が出来すぎると良くある話だ。家庭の団らんが失われ、子供達が寂しさのあまり非行や引きこもりになりやすい。俺もそんな生徒を何人も受け持ったから、よく知っている。
そういえば、あの3人は転生出来ただろうか。性格はそれぞれ違うが、芯は強かった女子生徒達だ。3人とも家族に問題を抱えていて、よく話を聞いていたからな。早く出会えれば良いのだが。
「父上。今回の件で、ラングやルーがしっかりしてくれると思われますか? 私としても弟妹が馬鹿にされ、ファルディス家の家名に傷がつくのはごめんです。これ以上は見てられません」
同じ金髪碧眼の2人だが、やはり人柄に関しては大きく違うな。ロウ様は既に弟達を見限っている。対してルパート様は‥‥。
「ロウ! 自分の家族をけなす事はないだろう。まだ2人は若いんだ。やり直しはきくはずさ」
「‥‥父上はお甘い。私は既に下の3人は見限りましたよ。ファルディス家という後ろ楯が無ければ、おそらく何も出来ないでしょうな。さっさと追い出せば良いものを」
ロウ様は優秀だが情に薄い所がある。能力の低い弟達もいずれ追放したいと考えているのだろう。俺への評価は『若い世代で1番使える人材』か。まあ、マルシアス様達が優秀過ぎるのも考えものだよな。
しかし、ロウ様の考え方はまずい気がするぞ。マルシアス様は厳しいだけじゃなく、人を労う事が出来る方だ。どうもロウ様は、そういった心配りが出来なさそうである。将来、部下達に裏切られたりしないか心配だな。
「‥‥確かに2人にはしっかりしてもらわないと困るな。ラングは冒険者として頑張ってもらおう。幸い優秀な仲間には恵まれているようだし、ファルディス家から護衛の依頼を振り分ける。ルーは、商人として鍛える為に現場に放り込む。これで少しは変わるだろう」
ルパート様は、まだ子供達を見限る事はしないようだ。ラングはともかく、ルーは変われそうだと俺も思う。ロウ様も長い目で見てほしいが‥‥。
「変わってくれるとありがたいのですがね。何せ、ファルディス家は女性が強い家系。父上と私ですら肩身が狭いのです。このままだと、ラング達は存在すら認められなくなりますよ。私の婚約者もなかなかに女傑のようですしね。私が主導権を握れるよう頑張ります」
‥‥あれか。テレビの番組で間違えまくると写す価値なしになって、消えてしまうのと同じ感じ。しかし、このままだと俺にもかなり負担がかかってくるな。仕事が出来る人間は多いに越した事はない。俺も手助けするとしよう。
「ルパート様。私も非才の身ではありますが、彼らを鍛えたいと思います。師匠を妻とする以上、彼らは身内でありますので」
今までのように甘くはしないがな。至らない所があれば、とことんしごいてやろう。あくまで自分の為ではあるが。
「ユウキ、それも大事だが君には重要な任務がある。アイラの暴走を止めてくれ。君といると義妹は大人しくなるからね。君に全面的に任せるよ」
うん、重大な任務だ。以前よりはだいぶ師匠の暴走は収まったとはいえ、まだまだ精神的には不安定だからな。しっかり支えていかないと。
「ユウキ、年下の君に任せるのは酷な話だ。だが、叔母上を御せるのは君しかいないからね。言うなれば君は叔母上に捧げる供物だな」
「‥‥私はそこまでは言わないぞ。ユウキはアイラにとって、大切な男性であり、命の恩人でもある。だからか君の言うことは基本的に素直に聞くからね。大変かも知れないが、これからもよろしく頼む」
2人の言葉に俺は思う。これって、い・け・に・えなんじゃないか? まあ、師匠の為なら頑張るしかないがな。
と、ここで噂の師匠がドアを開けて入ってきた。‥‥聞かれてないよな? ルパート様とロウ様が倒れたら、ファルディス家が大変な事になるぞ。
「ユウキ、こんな所にいたのか? 買い物へ一緒に行く約束だろ。ルパートお義兄様、ロウ。ユウキを借りていくぞ」
「‥‥あっ、そうだったな。でも、2人と話がまだ終わって‥‥」
この後、今日は師匠とデートをする約束してたんだ。あまりに激動の時間を過ごしたせいで、すっかり忘れてた。
「「どうぞ、どうぞ。話は終わったから好きに使って下さい」」
「ありがとう。さあ、ユウキ。まずは服屋と魔法道具屋をまわって昼食を食べよう。その後で観劇に行くからな」
「あ、ああ分かった。では、ルパード様にロウ様。失礼致しました」
あっさりと俺を送り出す男2人。そして、有無を言わさず俺の腕を引っ張って連れていく師匠。ドナドナされる牛って、こんな感じなのかな? 見ればルパート様とロウ様が俺を見て合掌してるし。おい、縁起でもない事をするな!
「ユウキ。朝から不快なものを見せてごめんなさいね。リアは修道院送りになったし、ラング達は自分の事で精一杯になると思う。ユウキに悪さをする余裕は無くなるはずよ。だから安心して欲しい」
馬車に乗って、ドアを閉めた途端に師匠はそう言った。朝食の時の行動は、師匠なりの気遣いというわけか。過激な行動をするのは玉に傷だが嫌いじゃない。美人だし、何よりこうやって優しい一面もあるからな。
こうして俺は師匠とのデートに向かった。しかし、そこで思わぬ再会をするのである。それが新たな修羅場へと発展していく‥‥。
次回、ルー視点の外伝です。