第52話 怠惰の騎士?
お待たせしました。
「ファルディス男爵様、武器と防具の支給は全員完了致しました。また、王都までは、街道を使用すれば1日から2日の間で到着出来ます」
「分かった。食事に関してはどうかな?」
「現在、兵士達にパンとシチューを提供しております。私の裁量で判断して恐縮ですが、少しワインも提供致しました。ファルディス男爵様とアイラ様のインベントリの魔法のおかげだと触れまわってますので、男爵様達への好感度及び士気が上がっております」
「ああ、ありがとう。兵士達の士気が上がるのは良い事だしね。ただ、酒は飲み過ぎず、警戒を怠らないように徹底して欲しい。勝ち戦の後が1番危険だからね」
ダルザを討ち取った戦いの夜、俺はファルディス男爵家第1号の家臣であるアヤメ=ルビアスから報告を受けていた。うん、仕事をしっかりしてるね。ナルム騎士団にいた頃、サボタージュばかりしてた彼女は一体全体何だったのだろうか?
「素晴らしい、わずか10歳で戦の心得を知ってなさるなんて。さすがはファルディス男爵様です。報告は以上ですが、他にお仕事はありますでしょうか?」
「‥‥ええと、ご苦労様。夕方までアヤメは眠っていたけど、もう休んでいいよ。君はダルザを倒した功績があるから、休んでいても文句は出ないだろうし」
「分かりました。何か不備な点がございましたら、すぐにお呼び下さいませ。それでは失礼します」
輝く笑顔で一礼し、去っていくアヤメ。その姿を見た元ナルム王国騎士団の皆さんの表情がすごい。目が点になる者、神に祈り始める者、何度も目を擦る者、ほほを摘まんで引っ張る者等多数。つまり、彼らが何を言いたいのかと言えば‥‥。
「「「「あれ、本当に怠惰の騎士!!??」」」」
元ナルム王国騎士団の彼らが言うには、アヤメの仕事振りは異常なのだと言う。普段は寝てばかりで、やる気もあまりない。そのくせ、誰よりも早く敵を発見したり、強敵を倒したりするので処罰が出来ないという上官泣かせの存在だったようだ。
うーーん、アヤメってあれだな。韓非子の君、君足らずば、臣、臣足らずを地で行くタイプなのかもしれない。ナルム王国騎士団よりも、俺がはるかにましなんだろうな。俺もアヤメに見限られないように頑張らないと。
「アヤメが、あれだけの剣の腕を持っているなんて。いったい、誰に教わったんでしょう。もし、あの剣を山賊と化した奴等に向けてくれていたら‥‥」
「‥‥ですよね。ダルザ団長を軽く一蹴出来るんですから。なんで、その力を早く使ってくれなかったのか。たらればですが、もしかしたら多くの人が救われたかも知れないのに」
リーザとクレスの言い分は分かる。特にクレスは許婚を亡くしてるからな。他の騎士達も頷いてるし。だが、世の中はそんなに甘くはない。個人の武だけでは為し得ない事が多いんだ。三國志最強の呂布だって、最後は曹操に斬られたからな。
「クレス。仮にアヤメが早い段階でダルザを倒したとしても、騎士団が正常化されたと思うか? おそらくだが混乱が混乱を呼んで、逆に悲惨な結果を招く可能性があったと俺は考える。そもそもナルム王国騎士団よりも上、王家自体が腐っているんだ。君達は、国家に個人で挑む危険をアヤメに押し付けるつもりか?」
俺の言葉に、ナルム王国騎士団の面々は恥ずかしそうにうつむく。‥‥10歳のガキが何を言ってるんだろうな。まあ、初めての家臣だから守ってやりたいのもある。あの時、拒否する選択肢は俺に無かったよ。
他の8騎士やマヤ、レイがいるのに、俺を選んでくれたんだ。たとえ世辞であろうとも、あそこまで言ってくれた彼女に感謝している。あれ? なんか後ろから冷気と殺気が漂ってくるんだが‥‥、気のせいだよな? 気のせいであって欲しい!!
「‥‥ユウキ。私からアヤメ=ルビアスをかっさらって、すっかりご満悦ね。ま、まあ、年齢は16歳って割には胸も無いみたいだし、ほっとしてるけど?」
「はああ。‥‥マヤ、君の頭にはかぶと虫でもつまってるの? あの娘、花に例えたら超危険な食虫植物だよ。近づいてきたユウキ兄ちゃんを骨の髄までしゃぶり尽くされかねないレベルの」
「え、ええ!! ユイちゃん、本当なの? ユウキ、今からでも遅く無いわ。アヤメさんを解任して!」
「不思議な人。穏やかそうに見せて、熱く激しい心を持っているのかも。私は受け入れても良いと思うけど」
「「「アイラさん!? 貴女、最近物分かりが良すぎるから!!」」」
確かに師匠は俺に近づく女性を受け入れるようになったからな。今じゃあ、ユイ、リーザとは友達になってるし。ユイは過去の自分と同じ境遇だったからか、師匠を気に掛けてるからな。リーザの場合、彼女の騎士としての姿が、かつて自分がなりたいと思い描いていた騎士そのものらしい。色々と話を聞いている内に、打ち解けたようだ。うん、仲良き事は美しきかな。
ただ、険悪な関係もあるからなあ。ミズキはユイとマヤ。リーザはユイ。師匠はマヤと関係が悪い。まあ、師匠とマヤは演劇関連の仕事で密に連携しているからか、関係が良くなりつつあるけどね。親しい劇団員や支配人達が関係修復に一役買っているようだ。戦争終わったら寄付とかしようかな。
「ファルディス男爵様、失礼します。ライオネル卿とウィルゲム卿より、明日の日の出から王都に向けて進軍するとの使者より連絡が参りました。いかがなさいますか?」
「アヤメ!? 分かった、承知したと伝えて欲しい。ところで‥‥今の話聞いてた?」
「はて? 何の事でしょう。分かりました、こちらも同時刻に出発するとお伝えします。そうそう、女性の方々‥‥」
俺から女性陣に目を向けたアヤメ。その視線には、濃密な殺気と威圧が込められていた。ユイとミズキは1歩下がって震えながらも武器を構え、マヤは腰を抜かしてしまう。立っているのは師匠だけ!? 師匠、随分と強くなって。
「私を追い出そうなんてしたら‥‥容赦なく斬り捨てて差し上げますよ? その位の覚悟で事を起こして下さいませ。では、私はこれで失礼します」
アヤメさああん!! しっかり聞いてるじゃないか。言葉は丁寧だけど、言ってる事が脅迫だよ! そのまま去ろうとするアヤメに、声をかけた勇気ある人物が現れた。師匠だ。
「ま、待って! アヤメさん、貴女はユウキに害をなさないと誓えるの? もし、貴女が獅子身中の虫となるならば、私は刺し違えてでも貴女を殺す! アヤメさん。貴女こそ、覚悟はありますか?」
その場にいた全員が師匠が啖呵を切ったのに仰天した。あの殺気と威圧をものともせずに、仁王立ちの様は凄いの一言だ。いかん、感心してる場合じゃなかった。止めないと!
「し、師匠!! アヤメも落ち着いてくれ。喧嘩もしていいし、俺をサンドバッグにしてくれても良い。殺し合いだけはしないでくれ、頼む!」
「‥‥大丈夫ですよ、ファルディス男爵様。正直驚きましたよ。まさか、アイラ=ファルディスが臆する事無く挑んでくるなんて。さすが、父さんと母さんが褒めていたマルシアス様とジェンナ様の娘。世評では、時空魔法だけが取り柄だの、姉の影法師だのと揶揄されている」
「うぅ、そ、それは!」
ヤバい、師匠の精神が限界かもしれん。ここまで、プレッシャーかかったの久々だろうし。はあ、師匠はもっと評価されても良いのにな! 何故、皆して師匠を苦しめるんだろう。帰ったら、マルシアス様達に訴えてみないと。
「アヤメ、止めてくれ! 確かに師匠がそんな評価をされているのは事実だが‥‥」
「ファルディス男爵様、話の続きがありますよ。しかし、私はアイラ様の方がナージャ様よりも上だと思いますよ? 貴女は時空魔法を極め、更にファルディス男爵様を育てた。ファルディス家の後ろ楯無しでも貴女は生きられる器量がある。しかも、私の殺気と威圧を受けても下がりもせず、腰砕けにもならない」
そこで一旦話を切って、師匠を見るアヤメの顔に不敵な笑みが浮かんでいた。そこには純粋な敬意が込められている。
「実に面白い女性です。歯ごたえのある恋敵ほど、倒しがいがありますしね。他の方々は、少々期待外れでした。特にユイ=リンパードとミューズ=アルセ。私の殺気と威圧に耐えきれないとは、とても残念です」
「ぐっ、負けない! 今日は油断しただけよ。アヤメさん、今度は試合形式で勝負しなさい」
「‥‥同じ剣士として、貴女には絶対追い付いてやる! ユウキ兄ちゃんをそう簡単に奪えると思わないで」
「アヤメ、挑発するな! ミズキ、ユイは挑発に乗るな!!」
はて、変だぞ? いつもならアルゼナが嫁制限解放とかはしゃぐのに。あっ、確か謹慎中だったな。しかし、嫁さん候補がとんでもない女性ばかりだが、俺の身が持つのだろうか。‥‥はあ、今日はもう寝よう。考えるだけで疲れてきたし。
次回、邪神オードル来襲(夢)




