ルー立志伝13 ロウとの決別
お待たせしました。
‥‥体がだるい。昨夜は3人の女性との逢瀬を楽しんでしまった。マイカは胸はそんなに無いけれど、スレンダーな体は美しかったな。ティリュはマリー姉さんのご先祖だけあって、体のメリハリが凄かった。その2人は疲れ果ててまだ眠っている。まあ、何回もしちゃったからしょうがないか。
ちなみに今、僕達が住んでいるのはファルディス邸では無い。かつてのブレスク伯爵家の屋敷を改造した研究所に住んでいる。錬金術師15名との共同生活だが、僕達の部屋は遠いので昨日の逢瀬の音と声は聞こえてないはずだ。うん、聞こえてたら恥ずかしすぎて死ねるよ!!
「昨日は立派だったわよ、ルー。皆を満足させたんですもの、改めて貴方と一緒にいたいと思ったわ」
マリー姉さん、胸が当たってるから! まだ朝なのに体をしなだれかけないで。サキュバスだけあって、耐性があるから強いよなあ。あだだだっ、左頬をつねられてる。たぶん、これは‥‥。
「ルー様! マリーお姉様とばかり仲良くしないで下さい。私もいずれはベッドを共にしたいんですから」
そう言って、ミルは僕に抱きついてくる。ファルディス家に向かう馬車の中で、こんな事をしていて良いのだろうか? 今日はロウ兄さんに問い質す事があるからな。
暗黒教団に僕を本当に売ったのか。ダリダが偽りの言葉を吐いた可能性も無くは無い。だが、もし真実なら付き合いを考えないといけないな。いざとなったら、マイカの実家たるティナート家に移る事も視野に入れないと。
「ルー様、ファルディス邸に到着致しました」
「ああ、ありがとう。さあ、2人とも外に出るぞ。今日はこれから戦う必要があるかも知れないからな」
御者に礼を言って、隣で抱き付いている2人に声をかける。マリー姉さんもミルも名残惜しそうだが、何とか離れてくれた。
「ええ、分かっているわ。ロウが本当に関与してるなら、どうしてくれようかしら? そうだ、新しい薬の実験台にしてあげましょう」
「あっ、マイカ様から伝言です。『ロウに対する対抗措置を仕掛けといたで。気に入ってくれると嬉しいわあ』って、すごく怖い顔で言ってたんですが‥‥大丈夫でしょうか?」
なんかヤバい事になりそうな予感がする。マリー姉さんも怒らせると怖いけど、マイカも怖そうだ。普段穏やかな人がキレると怖いからなあ。ええ、そうですよ。実体験でえらい目にあいましたけど、何か!?
‥‥気を取り直して僕達はファルディス邸に入る。マリーの祖父たる執事長の出迎えがあり、僕はロウ兄さんに会いに来たと告げた。執事長はすぐに部屋へと案内する。
「ルー様もだいぶ成長なさいましたな。これならマリーを預けても大丈夫そうです。残念ながら、ロウ様以外は外出しておりますがよろしいのでしょうか?」
「いや、ちょうど良いよ。ロウ兄さんと話をしないといけない事がある。出来れば2人だけでね」
「かしこまりました。最近は、ルー様が屋敷に寄り付かないと旦那様と奥様が心配してらっしゃいましたので。次はお2人にも顔を見せて下さいませ」
隔世の感があるな。かつては僕の事なんて歯牙にもかけていなかったのに。やはり、マイカとの婚約とその事業は価値が大きいのか。出来れば僕個人を見て欲しかったけど。
「ロウ様、ルー様がお見えです。部屋に入ってもよろしいでしょうか?」
「えっ?? なっ、なんだとおお!? わ、分かった。入ってもらえ」
ロウ兄さん、後ろ暗い所が見え見えなんだけど。隣にいるマリー姉さんも呆れてるよ。執事長と共に部屋に入ると、ロウ兄さんと側近4人がテーブルを囲んでいた。ロウ兄さんは僕を見て驚きを隠せないでいる。はあ、僕を暗黒教団に売ったのは確定だな。
「ロウ兄さん、話があるんだ。側近の人達を下げてくれるかい?」
「‥‥わ、分かった。皆は話し合った通りに行動して欲しい。では、解散してくれ。用事のある時は呼び出すから」
ロウ兄さんの言葉を受け、側近達は部屋を出ていく。不思議そうな顔で僕達を見ているのは、冷静沈着な主人が動揺しているからだろうな。おっと、もう1人外さないとな。
「執事長、しばらく外して欲しい。ちょっと内密の話があるからね」
「ほっほっほ。それはルー様が誘拐された件の事ですかな? 今日までに戻らねば捜索隊を出す予定でしたが、無事戻られまして何よりです。さもなければ、少々手荒な事をして聞き出さねばならぬ方がおりましたので。本当に良かったですなあ、ロウ様?」
ちょっとおお! なんか執事長は、昨日の出来事を全部把握してないですか? ロウ兄さんからは滝のような冷や汗が流れ出てるし、まずいだろ。
「ええと、執事長。僕はこの通り帰って来た。だから、内密にしておいて欲しい。そのう、心配をかけたくないからね」
「そうでしょうとも。ルー様の優しさは身に染みて分かりますぞ。旦那様や奥様には決して申しません。ですが、大旦那様には既に報告済みでしてな。事の全てを、ね」
執事長、それでは駄目なんだよ。お爺様は何をやらかすか分かったもんじゃないからね! アイラ叔母さんの時に組織1つ潰しちゃったし、容赦しないからなあ。あっ、ロウ兄さんが胸を押さえて苦しんでる。
「兄弟で積もる話もあるでしょう。では、私は失礼致します。何かあればお呼び下さい」
そう言って、執事長は部屋を後にする。うん、どう話をもって行こうかな。さっきからロウ兄さんの顔色が悪いけど気にしない。まずはこれか。
「ロウ兄さん、僕を暗黒教団に売ったでしょう。危うく命を失いかけたんだけど、どうしてこんな事をしたんだ?」
「そ、それはお前がマイカを奪ったからだ。しかも、あんな婚約者をあてがわれた。順風満帆だった私の人生は、あの時を境に暗闇へと沈んでしまった。マイカを返せ、ルー!」
「はい、そうですか。って、返せる訳無いだろ! マイカは僕の婚約者だ。酷い事を言って、酒浸りにしてしまったマイカをほったらかしにしといて何を言ってるんだよ!」
あれ? ロウ兄さんって、こんなに駄目だったのかな? 以前はもっとしっかりしてたはずなのに、どうも違和感があるぞ。と、ここでマリー姉さんが答えを出してくれた。
「昔からロウは優秀な振りをする演技が得意だったわ。本当は取り巻きが言っている事を、さも自分が言ったかのように言ったりしてたし。必死だったのよね、ファルディス家次期当主になる為に。だから、レアとラング、ルーの不行状を正さなかった。自分の競争相手になって欲しくなかったから」
「ち、違う! 私は優秀だ、優秀なんだよ。他の3人の分まで勉強もしたし、厳しい修業も耐えてきた。マリーの言っている事は戯れ言にすぎない!!」
うわあ、酷いなロウ兄さん。僕達は邪魔者扱いですか。もういいや、この人は捨てよう。まずは心に一撃食らわせるか。
「ロウ兄さん。昨夜、僕はマイカを抱きました。とても充実した時間でしたよ、マイカも満足してくれてましたし。ですから返すなんて出来ません。それと僕達はファルディス家を離れ、ティナート家に籍を移す事を検討しています。いらないと言うのなら、必要とされる所に行きたいのでね」
「な、なんだと。ふざけるなあ! お前のような出来損ないが、マイカを抱いてあまつさえ謀反だと!? 許さん、私はゆる‥‥」
ロウ兄さんの言葉は、乱暴に開けられたドアの音によって途切れた。部屋に入ってきたのは、彼の現婚約者たるエイザ=ハダール様だ。薄い生地で出来たドレスのボタンが、今にもはち切れそうだが大丈夫だろうか? しかも、香水の香りがやたらと強くてきついんだけど。
「ロウ様! こんな所にいらしたのね。エイザは嬉しいですわ。このように愛の溢れる恋文を頂くなんて!! ああ、私は我慢できません。日は高いですが、熱く激しい逢瀬を楽しみましょう」
‥‥えっと、エイザ様が乱入してきてなんか言ってるぞ? ロウ兄さん固まってるし、マリー姉さんとミルは必死に笑いを堪えている。さては君達、何か知ってたな? この悲劇の始まりエイザ様にとってはラブロマンスだろうけどね。
「エイザ嬢、何を言ってるんだ? そんな手紙、私は書いた覚えが‥‥」
「もう、皆さんの前で照れないで下さいまし。『私の事を夢にまで見る。その体を欲しいままにしたい』だなんて、きゃああ! 私も、その初めてですので優しくして下さいね?」
「そ、そのような事は書いていません! 誰かの仕業‥‥ルー、お前かああ!!?」
なんで僕に怒りの矛先が来るのかな? たぶん、マイカの仕業だと思うけどな。後で聞いてみよう。ところで、ロウ兄さん。僕より注意を払わないといけない人がいるんだけど、忘れてない? その方、貴方の肩を手で力一杯握ってますが。
「さあ、ロウ様。めくるめく愛を共に楽しみましょう。執事長様も便宜を図って下さいましたし、いざ寝室へ!」
「い、嫌だああ!! こんな、こんなはずじゃなかった。どこで道を踏み間違えたんだ、私は。頼む、エイザ嬢。私の話を‥‥」
エイザ様に引きずられ、ロウ兄さんは寝室に強制連行された。それを僕達は、何も言えず見送るだけ。
「‥‥帰るか。後はお爺様が何とかしてくれるだろうし」
「‥‥マイカお姉様、怖い。怒らせないようにしなきゃ」
「私のお爺様に色々と伝えていたみたいですね。マイカ様、なかなかの策略でしたわ。お見事です」
こうして、僕達は執事長に見送られファルディス邸を後にする。ロウ兄さん、いい気味だな。せいぜいエイザ様を楽しませるんだね。僕はマリー姉さんとミルを抱き寄せながら、馬車の中で今ある幸福を感じる。そして、マイカとティリュのいる研究所へと帰るのだった。
次回、ユウキ達の話。アヤメの変化に全員驚く。




