ルー立志伝 11 聖女と呼ばれた魔族
お待たせしました。
バイオン廃聖堂。帝都ロードスの東に広がる大森林の奥深くにそびえ立つ廃墟だ。周りには、街の一部と思われる石壁や石畳がかろうじて残されるだけ。あとは森に埋もれ、見えなくなっていた。バイオン廃聖堂の前には、黒頭巾の者達が10数名程馬車の到着を待っていた。
「しかし、よく帝都を脱出出来たね。暴走する馬車なんて、止められてもおかしくなかったはずなのに」
「簡単な事です。マルチナ嬢の馬車を使わせてもらいましたのでね。後難を恐れてか、誰も近寄りませんでしたよ。何でも無闇に馬車を止めて、揉め事が起きた事案が100を越えるらしいですし」
「身元は分かるから後で親を注意する訳か。マルチナに下手に暴れられて、事故や事件にされても困るし。札付きの悪で腫れ物扱いって、キツすぎるんだが」
馬車から降りた僕達は、すぐに中央の礼拝堂へと向かう。1人だけマルチナが空き部屋に入っていったが、婚礼衣装を着る為なのだから恐れいる。‥‥頭が花畑過ぎて嫌気が差してくるよ。どう考えても、ダリダ達が結婚式を挙げる手伝いをする訳がないよね!
素直と言うべきか、自分に都合が良い事を信じたいだけなのか。僕は拘束され、何人かの監視もいるから逃げ出す事も出来ない。くそ、早く脱出して知らせたいのに。
「さて、ルー殿。君には復活する聖女‥‥いや、魔族と呼んだ方が正しいか。ティリュ=バイオンの生け贄となってもらうよ。封印の鍵には、あの馬鹿女がなる。しばらく茶番に付き合いたまえ」
「はあ、そうなるよな。しかし、聖女ティリュが魔族とは知らなかった。彼女は何をしたんだ?」
「彼女は半人半魔の女性と聞いている。人魔共存を目指し活動していた異端者でね。人間と魔族双方に忌み嫌われ、ここに封印されたらしい。どちらの上層部にとっても、種族が仲良くなりすぎると困るからな。戦争の相手や不満の矛先を向ける相手は常に必要なのさ」
‥‥悲しい女性だな。ただ仲良くさせようと努めただけなのに、この仕打ちとは。なるほど、こいつらの意図が読めたぞ。理不尽な仕打ちに絶望しているであろう聖女ティリュを利用する気か。
「おい、ダリダ。そんな事を‥‥」
「お待たせしましたわ! ルー、いよいよ私達は結婚するわ。子供は3人位欲しいわね。2人の愛に満ちた生活が始まるのよ!!」
婚礼衣装に着替えたマルチナが登場。体にあっているのは、痩せてから作ったからか? しかし、体が痩せ細りすぎて全く美しくない。肌は乾燥しきって骨が浮き出る様は、まるでミイラのようだ。目も血走っているし、正直怖すぎる花嫁である。もはや、我慢も限界に近い。奴等の思惑など知った事か!
「マルチナ。今日は、あえて言わせてもらうぞ。君と結婚するのは嫌だああああ! 俺が好きなのはマリー姉さんとマイカとミルだ。君なんか金を積まれてもお断りじゃあああ!!」
俺は全力で心の叫びを大声で告げる。嫌なものは嫌だからな、どうしようもない。はあ、3人と一緒のデート楽しかったなあ。マリー姉さんの嬉しそうな笑顔に、恥ずかしそうな表情を浮かべるミル。マイカの偽りの無い優しさには本当に癒されたよ。
「ルー、ルー、ルー、ルー!! この期に及んで何を言うの? もう私だけの貴方なのよ。自覚を‥‥がっ!?」
「やれやれ、ルー殿。少しは我慢して下さいな。マルチナ嬢、苦しいでしょう? 今、貴女の心臓が変わっていますからね。ティリュを蘇らせる為の邪悪なる宝石に。マルチナ嬢が飲んでいた薬は、生命力を吸い上げて宝石へ変化させる薬だったのですよ」
「な、何を言ってるのよ!? これは新たな私に生まれ変わる薬でしょう。だから、こんなミイラのような状態でも文句を言わなかったのに」
いったいどういう口説き文句を使ったか知らないが、マルチナがだまされたのは分かる。無駄に前向きだからなあ、彼女は。他人は下僕で全ては自分が中心という考えを改めれば、命を落とす事は無かっただろうに。
「マルチナ嬢はただの道具になります。好きな相手に好かれもせず、結婚も出来ずに残念でしたね。ははははっ!」
「ダリダああ! 私を、私をだましたのね。痛い、胸が胸が張り裂けそうに痛いいい!!」
胸をかきむしるマルチナは苦悶の表情を浮かべながら床に転がる。なんでこんな悲惨な光景を僕は見ないといけないのか。‥‥焼き魚が絶妙な焼き加減だった昨日のランチ美味しかったなあ。現実を受け入れたくなくて、過去の楽しい思い出を思い出す。気休めにしかならないけどさ。
「張り裂けるんですよ、マルチナ嬢。宝石と化した心臓は、用無しとなった体内から生まれ出でるのです。さよなら、愚かで哀れなマルチナ嬢」
「だ、ダリダああ! ぐほっ、おべええ!!」
マルチナは口から大量の血を吐き出した。同時に胸から心臓だった物が体を突き破って現れた。真っ赤に染まった宝石は、血管から彼女の血を吸い上げる。骨と皮しか残らなかったマルチナは、ミイラと化して死んでしまった。
‥‥いくら嫌いな奴でも、こんな死に方は哀れすぎる。どうか、神様。安らかな眠りを与えて欲しい。
「おお、見事な闇の血晶石が完成した! 邪悪な心から作り出されたこれさえあれば、ティリュの封印が解ける。皆の者、準備を始めよ!! 我等の野望が実現する第一歩だぞ」
マルチナの死など顧みず、暗黒教団の生き残りは儀式の準備を始める。僕は祭壇の所まで連れて来られた。祭壇上の壁のガラスに封印されている女性がティリュなのか? 水色の髪と魔法使いの黒ローブ姿だが、顔も肌も綺麗だな。
ただ、なんだろう。かなり怖い女性な気がするのは気のせいだよな。雰囲気がお婆様や歓楽街の守護神たるセシルさんに近いんだけど。
「邪神オードル様、我が願いを聞き届けたまえ。魔族ティリュの封印を解き、信徒たるダリダが世に混沌をもたらさん。我が願いを‥‥お、おお!」
闇の血晶石が光輝いた後に砕け散った。すると、ガラスに大きな亀裂が入って聖堂が揺れる。石柱や屋根が崩れて礼拝堂が壊れていくが、暗黒教団の連中は逃げようとしない。マジックシールド等で耐え凌いでいた。いや、僕は逃げたいんだよ!
とか考えていたが、とうとうガラスが全部砕けた。破片が落ちると同時に周りの温度が急激に下がる。あれ、今は春だよな? なんでこんなに寒くなったんだよ! こ、凍え死にそうだ。
「我が願いは邪神オードル様に通じた。この凍てついた冷気こそが、その証拠だ。さあ目覚めよ、ティリュよ! 我等と共に虐げし者共に破滅をもたらそうではないか!!」
「魔族も人も変わらぬのか、何百年の月日を経ても。我は全てに絶望し、この身を自ら封印した。なのに‥‥」
封印されていたティリュという女性が目を覚ました。黒い瞳には虚無と絶望、そして怒りが見て取れる。暗黒教団の面々は‥‥駄目だ! 全く気づいちゃいない。我々の仲間になってくれると高をくくっている奴に、復活する光景を見て陶酔してる奴。あとは、心の底から感極まってる奴か。
彼等も苦労してるんだろうな。まあ、やってる所業が酷すぎて同情の余地がまるでないが。
「全てに絶望したなら破滅をもたらそうではないか! 我等は邪神オードル様に仕えし者。さあ‥‥」
ダリダさん、手を差し出したまま氷漬けにされてしまった。ティリュさんが指を鳴らすと氷ごと彼は粉々に砕け散る。動揺する暗黒教団の連中に、彼女は無表情で宣告する。確実に訪れるであろう死を。
「何故、お前らのような羽虫の命令を受ける理由がある。我の眠りを妨げおって。全員まとめて始末してやろう」
次回、暗黒教団生き残りが血祭りに。