ルー立志伝 10 ルー拉致される
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ユウキ達の活躍が凄まじい。エアリアル公爵家を味方に付け、ビリナム男爵領南部を降伏させた。更に、ナルム王国騎士団との戦いも優勢に進めているなんて大したものだ。ドーザ様からの情報も来てるし、間違いはないだろう。
また出世しそうだな、ユウキ。僕も負けずに頑張らないと! マイカとマリーの部下たる錬金術師達と共に、元ブレスク伯爵の屋敷を使って事業を始めた。石鹸なる物を作り出した者がいて、かなり儲かる商品となっている。香水や化粧品、増毛剤や保湿剤以上に売上が多いからな。事業の黒字化に大貢献してくれた。
「彼には報奨金を出さないとな。事業のこれからを考えると‥‥うん?」
僕の目の前に馬車が急に止まった。何事かと身構えると黒頭巾の男達が降りてくる。黒頭巾‥‥暗黒教団の連中? ユウキ達によって壊滅したんじゃなかったのか! 抵抗しようとする僕を、あっさりと羽交い締めにすると彼等は馬車の中へと放り込まれた。そのまま馬車は急発進し、速度を上げて大通りを爆走する。
「お、おい! 僕をファルディス家の者と知っての狼藉か!?」
「ええ、もちろん。久しぶりですね、ルー様。私の愛しき婚約者にようやく会えましたわ!!」
「き、君はマルチナか? どうしたんだ、その体は。まるで別人のようじゃないか!」
あのパーティー以来、会っていなかったマルチナは痩せ細っていた。骨は浮き出て肌は黒ずみ、顔は老婆のように皺が浮かぶ有り様だ。明らかに何かがあったとしかいえない様子である。
「あれから私は部屋に軟禁されてましたの。与えられたのは水のみ。しばらくして、彼等が私を助けてくれたのですわ。誰もいなくなった屋敷に1人取り残された私を。ああ、なんてかわいそうな私!! 婚約者も家族も全て失うだなんて」
‥‥完全にマルチナを殺すつもりだったんだな、彼女の家族は。ファルディス家に鉱山事業も全て無償譲渡する羽目になり、何もかも失ったんだから当然か。しかし、ここまでの痩せかたは異常に過ぎる。ヤバい薬でも飲んでいるのか?
「彼等は私に素晴らしい薬を渡してくれたわ。体がみるみるうちに痩せていったの。これでマイカやマリーとかいう女に負けないはず。ふふっ、ルー様。私と結婚式をしましょう。彼女達の事を忘れさせてあげるわ」
「ふざけんな! 僕が愛しているのはマイカとマリー、そしてミルだ。君なんかを愛するつもりは毛頭無い。人の心を踏みにじり、自分の事しか考えない‥‥うぐっ!」
マルチナ、僕の首を絞めてきやがった。こんなところで死ねるか! 女性達を悲しませる訳にもいかないからな。僕はマルチナの腕に爪を突き立て、手で必死に首から離そうと力を込める。彼女の腕から血が流れ出してるのに力が抜けない。くそっ、ど‥‥うす‥‥る!?
「く、口答えするなああ! ルーは私だけ見てれば良いのよ。他の女なんか、他の女なんかああ!」
「マルチナ様、ルー=ファルディスを殺すつもりか? 彼にはまだ用があるのですがね」
意識を失う寸前、黒頭巾の男が冷えた声音でマルチナに告げる。すると彼女の手の力が抜け、馬車の椅子にふんぞり返るように腰かけた。危なかった、あと少しで死ぬ所だったぞ。皆に知られずに死にたくはない。何としても生きないと。例え自分の手を血で汚すとしてもな!
「‥‥分かってますわ。つい、気が高ぶってしまいました。ルーとの婚礼までは静かに待ちますとも」
「それでよろしい。ルー殿、くれぐれもマルチナ様を刺激して下さるな。とある事情で、今の彼女は理性が無いに等しい。下手をすれば殺されます」
「ゴホッ、ゴホッ! お、お前達は何を考えている? マルチナとの婚礼を行うと言うが、実際の目的は何だ」
全てを失ったマルチナを憐れみ、暗黒教団が手を差しのべた。なんて事はあり得ない。彼等の目的は世の安寧を乱す事である。当然、僕達をそれに利用すべく動いているに違いない。
「‥‥ふん。ファルディス家の弟妹は、馬鹿、色狂い、泣き虫と酷評されていました。上2人はともかく、貴方は成長を見せているようだな。どうりで、ティナート家の令嬢に見初められた訳だ」
「ちょっと、ダリダ様! あの女の事は話さないで下さいまし。私のルーを奪った泥棒猫、思い出しても腹が立ちますわ!!」
「おっと、これは失礼した。ルー殿、我々はこれよりバイオン廃聖堂に向かいます。そこで我々の指導者となりうる方を目覚めさせ、貴方達の婚礼を行うつもりです」
「うふふ、楽しみですわ。帝都で出来ないのは残念だけれど、ルーと結婚出来るなら我慢します。その指導者の方には見届け人になってもらいましょう」
勝手に話を決めないて欲しいんだけど!? しかも、バイオン廃聖堂だって? かつては賑わいをみせていた聖堂だったけど、100年近く前の大火事で街ごと燃えた場所じゃないか。確か祀られていたのは聖女ティリュだったような。聖堂の資料も失われ、今となっては名ばかりの謎の存在になっている。そんな所でこいつらは何をする気なんだ?
「暗黒教団も暇になったのか? 聖堂という名の廃墟で意味の無い婚礼を行い、指導者を目覚めさせるという。ここにきて慈善事業を始めるとは、いささか滑稽だな」
「‥‥全ては貴方の叔父となるユウキ=ファルディスらのせいだ! 帝国支部8割の人員は失われ、他支部からは嘲笑と呆れの対象になってしまっている。我々は何としても成果を挙げねばならない。失態を帳消しにする程のな。1つ面白い事を教えよう、ルー殿。今回の件は貴方の身内も関わっているのだ。誰だか分かるかね?」
僕の身内だって! ファルディス家に暗黒教団の味方をする馬鹿がいるとは思えないけど。お爺様達は論外、両親も危ない橋は渡らない。ユウキ達は明確に敵だもんな。となると、ラング兄さんかレア姉さんの可能性がある。でも、ダリダの口振りからして違うと思う。だって、あの2人に利用価値は無いからな。‥‥あれ、という事はまさか!?
「もしかして、ロウ兄さんか? しかし、慎重居士の兄さんが暗黒教団に味方する博打を打つとは考えられないけど」
「つまらんな、すぐに正解してしまうとは。確かに奴は慎重な男よ。だが、今は切羽詰まっているからな。好きでもない女と結婚させられそうになり、揚げ句両親に道具扱いされているのだ。なりふり構わず悪魔に魂を売ろうとするのは仕方あるまい」
声音に侮蔑を隠さぬ物言い。ロウ兄さんも愚かな真似をしたものだ。下手をしたら極刑にされかねないし、家族もただではすまない。出来るかは分からないが、こいつらを全員消さないといけないな。
「ダリダとやら、ロウ兄さんがこの件に関わっているのは分かった。この事を知っているのは何人いる?」
「馬車に乗る我等を含めて5人だ。安心しろ、知らない人間の方が多い。ロウには我等の役に立ってもらわないといかんからな。代わりに奴はマイカと事業を得る。そこまでして弟に盗られた婚約者を取り戻したいらしい。残念ながら、ルー殿には死んでもらいますので悪しからず」
いや、死にたくないからね! マリー姉さんやマイカ達なら探し出してくれると信じて、何とか生き延びよう。
次回、廃聖堂にてある人物の復活。




