第51話 伝説の継承者
お待たせしました。
「俺の大剣がかするだけで、貴様はあの世いきだ。せいぜい楽しませろよ!」
巨大化したダルザが私に襲いかかる。全くオードル様も愚かな事を。こんな筋肉馬鹿を使っても意味ないでしょうに。‥‥まあ、私は手先になるの、お断りですけどね。お母さんとオードル様は互いに干渉しない同盟者のような存在でしたし。なにより、極めて面倒臭い。さて、まずはこの筋肉馬鹿を仕留めましょうか。
「巨大化したなら、その弱点をつくまで。まずはむき出しの足からかな?」
大剣の攻撃をかわした私は、裸足となった左足の小指に剣を突き立てた。そのまま力を込めて皮膚を切り裂く。そして、もう1つの剣で左足の膝裏を思い切り突き刺す。血が吹き出し、地面に血だまりが広がるのが早くなった。それを見た私は、ダルザの間合いから距離をとる。
「ぎゃあああ!! 怠惰の騎士と呼ばれた貴様が、よくも。許さん、もう許さんぞおお!」
涙目になったダルザが私を捕まえようと左手を動かした。その手を避けると今度は左足の膝頭に剣を突き刺す。あっ、剣の刃先が折れた。数打ちの支給品の剣じゃ、やっぱり駄目だな。よく見たら今斬ったところの傷も治ってるし、あの魔剣なかなか良い剣みたい。
「へっ、得物の剣が折れやがったか。だが、容赦はしねえ。このまま斬り刻んでやるぜ! そら、そら、そらあ!!」
かさにかかって攻めてきたか。斬撃の重さ、振りの速さも悪くない。さすが、お父さんの部下として仕えてただけの事はある。まあ、ナルム王国騎士団団長になってから、随分と堕落したけど。
「どうした!? ただ避けるだけか? そんなんじゃあ、俺は倒せんぞ」
うわあ、調子に乗り出したよ。もう1つの剣も折れたか。やはり、あれじゃないと倒せないな。でもなあ、あれを人前使うと色々大変だぞって言ってたからなあ。両親共に。‥‥死ぬよりはましよね、ここは使うしかないか。
「ふん、剣を失ったのなら、貴様なんぞ怖くねえな。とっとと貴様を‥‥ぎゃあああ、目があ! 目が痛えよお」
腰の袋に入れてあったレッドディーブルの粉末を投げて、目潰し。父が現役の頃に使っていた戦法らしく、非常に役に立つ。『激辛かつ刺激が洒落にならないから、魔族連中でも威力あった』と、言ってたけど当たり前だと思う。
「クレス! 預けていた荷物を渡して。その剣じゃなきゃ、奴を斬れない」
私の呼びかけに答え、クレスが最前列に飛び出してきた。尊敬出来ない同僚が多い中で、クレスとリザ‥‥じゃないか、リーザは尊敬するに値する騎士だ。だからこそ、クレスにあれを預けたのだけれど。
「突然、布にくるまれていたのを渡されたけど、これは剣だったんだ。分かった、すぐに布を取るよ。‥‥ねえ、アヤメ。何なんだ、この2本の剣!? 禍々しさ溢れる真っ黒な剣と、装飾もたたずまいからも超一流だって分かる剣が出て来たんだけど!?」
「両親からの贈り物。説明は面倒だから、後回し。とりあえず、色々と片付いてからね」
私はクレスから剣を受けとると腰に帯剣、鞘から剣を抜く。さすが、あの両親の元愛剣だけあって、何でも斬れそう。早く扱いに慣れて、加減を覚えなきゃ。
「あん? そんな刃の細い剣2本で俺を斬ろうってかあ? 闇の力で強化された魔剣で軽くへし折ってやるぜ!!」
「所詮、あなたなど三下に過ぎない。まずはその魔剣とやらを処分する」
私は地面を蹴って走る。真正面から近づいてきた私を見て、ダルザは大上段に大剣を構える。かかった! 私は足に力を込めると右へと跳んだ。ああっ、もう。大剣で跳ね上げられた土砂が服に付いちゃう! 洗濯が大変なんだからね!!
‥‥汚された服の恨み晴らすとしよう。ダルザの左足は治った直後だからか、どうしても体全体の反応が遅れてる。その隙を狙って、2本の剣で魔剣を瞬断。そのまま、剣をダルザに突きつけた。
「ほう、少しはやるようだな。だが、俺の魔剣は傷1つ付いていないぞ」
‥‥ふむ、私の動きに気づいたのは、ユイ=リンパード、ミューズ=アルセ、リーザ=ビリナムか。戦うと面倒そうだから、出来るだけ敵対しないようにしよう。それは置いといて、私の動きに気づきもしない筋肉ダルマ。自分の魔剣を斬られたのを気づいてないのかな?
「俺の間合いに、わざわざ入って来たならちょうど良い。てめえの頭をかちわ‥‥なあ!!」
魔剣が細切れに崩れ、地面に落ちていく。なんか周りがうるさいな? こんな芸当、両親と弟妹は簡単に出来るんだけど? おっ、魔剣の力が失われてダルザは元に戻っていく。‥‥うわあ、見苦しい。見れば、女性達は目を背けてる人が多いし。早く終わらせようか。
「全然だめ、気分の高揚も欲情もしやしない。見るのも嫌だから、さっさと止めを刺す」
「ま、待て! 俺は生け捕りにした方が良いぞ。聖女様には、生きて渡した方が心証は良くなる。だから、な、なっ?」
私の本気を悟ったのか、ダルザは命乞いと説得をし始めた。絶対に言う事は聞かないけどね。
「‥‥そして、途中で逃げ出す。あなたの得意技でしょ、縄脱けダルザ?」
「な、なんで俺の昔の異名を知っていやがる! アヤメ、お前は一体何者だ!?」
なんでって、お父さんが教えてくれた。お父さん、大陸全土に元部下や知り合い、敵がいるみたいだし。優れた人物もいるけど、ダルザは駄目すぎる。手紙で現状を書いて送ったら、呆れてたっけ。
「父からあなたに伝言がある。『お前は俺の下にいた頃から、三流以下の傭兵だったな。腐った肉を食らう薄汚れたネズミ。それがお前だ、ダルザ!!』って手紙に書いてあった」
おお、顔が土気色に染まった。やっぱり、元団長の父は怖すぎるんだね。今でも村で誰かしら怒ったら、村人が怒声と威圧のせいか全員総立ちになるし。
「あ、あ、あ‥‥。 そ、そんな。お前は、あの人の娘だと言うのか!? よ、よく見たら、その剣は‥‥」
「はい、黙る。衆人環視の中で言われたくないからね」
「あがっ!!」
素早く動かした剣が、ダルザの首を斬り飛ばす。よし、ばれなかった。面倒な事は嫌いだし、さっさと終わらせて‥‥寝よう。私はダルザの首を持って、主君と見定めた男の下へ向かう。ユウキ=ファルディス、10歳なのに落ち着いてるし、大人びてる子供。それなのに、私の女の部分が彼を求めるのが分かる。
「ユウキ=ファルディス男爵閣下。私、アヤメ=ルビアスは貴方にお仕えしたく存じます。手土産として、ナルム王国騎士団団長ダルザの首を持参しました。どうぞ、我が剣の主となって頂きたい」
私は腰に差した剣を鞘ごと両手に持ち、ユウキ=ファルディスに差し出す。周りがざわついているようだけど、気にしない。ここで動かないと皇女殿下達に止められるし。
「‥‥ええと、俺で良いのか? 君も皇女殿下の騎士団に配属しようと考えていたんだが」
それは嫌、貴方の近くにいれないもの。うぅ、すごく良い匂い。今にも食べちゃいたい位なのに。‥‥我慢しなきゃ。今、仕掛けたら戦争になるし。お母さんにとって、お父さんが極上の男だったように。私にとっては、貴方がそうだから。だからこそ、今は我慢する。まずは受け入れてもらうのが大事。
「はい、貴方にお仕えしたいのです。10歳にして、あの圧倒的な魔力と比類なき威風を持っている貴方に。将来必ずや大業を為す人物とお見受けしましたので、是非とも!」
「確かに今、俺の臣下はいないからな。分かった、君の剣を受ける。君程の騎士はいないからな。これからよろしく頼む」
‥‥私の剣を受けてくれた、とても嬉しい。おっと喜び過ぎたらいけない、落ち着かないと。
「すごいや、アヤメ! あえて皇女殿下じゃなく、ファルディス男爵様に仕えるなんて。欲が無いなあ」
「なっ! あのアヤメが自分から仕官だと」
「ち、ちょっとユウキ! この娘は私の騎士団に入れるわ、考え直しなさいよ!!」
「またユウキの所に女が。ユイちゃん並に厄介な相手ね」
「‥‥アヤメ=ルビアスか。剣技を見て、私が震えるなんて初めてだ。ユウキ兄ちゃんの敵にならなければ良いけど」
歓声や抗議の声が上がるが、私の耳には聞こえなかった。ふう、まずは第1段階成功か。とはいえ、油断大敵。ユウキ‥‥じゃない、ご主人様を好きな女性達は手強い。ゆっくり気長に動くとしよう。その前に‥‥疲れた。早く寝たい。
次回、その頃のルー達は。