第47話 決戦開始
お待たせしました。リーザ視点での話です。
「眼前の敵の後ろを突き、そのまま蹴散らせ! 諸君。ライオネル卿に負ける訳にはいかんぞ、進めい!!」
「「「うおおお!!」」」
今朝、ワトカ村でアルメアと別れてから数時間。太陽が最も高い時刻に私達は戦場に到着しました。本陣を丘の上に置き、軍を整えてから突撃したものの、なかなか敵が崩れない事にウィルゲム卿はいらだってますね。ここは落ち着かせましょうか。
「ウィルゲム卿。敵を見誤らないで下さい。相手は元傭兵の古強者です。手柄争いにばかり興じますと、隙をつかれて足元をすくわれかねませんよ。どうか、ご自重願います」
「‥‥リーザ殿。地勢に詳しい君を臨時の軍師として招きはした。しかし、地形分析はともかくとして、戦いには関わらないでくれないか? 指揮権は私にあるのだ、口出し無用に願いたい」
「はあ、私達が活躍すれば困るのはウィルゲム卿である。それは重々承知しております。ですが無様に負けたあげく、皇女殿下に手傷を負わせた。あるいは死に至らしめたとしましょう。そうなりますと、怒れる皇帝陛下に首を斬られても文句は言えません。失礼ながら、焦りは勝利を容易く手放しますよ?」
私達が活躍すると皇女殿下の功績になりますからね。私の言葉は、彼の痛いところをついたのでしょう。しばらく沈黙してから、ウィルゲム卿は答え始めました。
「‥‥リーザ殿、分かってはいる。だが、功を焦りたくなる気持ちは騎士たる貴殿も分かろう。エアリアル公爵家恭順もビリナム男爵家南部奪取も私の功績ではない。ここらで1つは手柄をあげねば、帝都で物笑いの種だ」
何も功績を挙げれなければ、降格されかねない。帝国8騎士の称号はそれだけ重いのでしょう。もっとも、あまりウィルゲム卿が気に病む事もないのですが。ライオネル卿の率いる軍の攻め方を見れば、焦りの色が見えますし。あまりに攻勢を急ぎ過ぎて、バテている兵団もちらほら見受けられますから。
「確かに皇女殿下は全ての手柄を持っていきました。ですが、焦っているのはライオネル卿も同じはずです。ロボック公爵家を破ったとはいえ、もとから弱体化した家を倒しただけ。この辺で騎士団団長辺りを倒さないと認められないかも知れませんから、必死でしょうね」
策略なり計略で弱体化させたなら、ライオネル卿の功績でしょう。弱体化した原因がただの内輪揉めなんですよね。しかも、遺産相続を巡る骨肉の争い。‥‥はあ、なんで私はナルム王国に忠節を尽くしていたのでしょうか。
「天下に名だたる8騎士が、10歳の皇女殿下に負ける訳にはいかんのだ。くそ! ここで負ければ、下級貴族の希望が絶たれかねん。褒章でもらう領地を目当てに参戦している者が多いからな」
領地持ちではない貴族程、きついものはありませんからね。受け継ぐ土地もなければ、要職に就けなければ給金も少ない。それを打破せんと参戦したのなら、この必死さも分かります。ですが‥‥。
「そんなウィルゲム卿に凶報です。功名に逸る味方の目をすり抜け、敵の決死隊が来るようですよ。早く剣を構えて下さい」
「おい。そういう事は、もっと危機感を出して言ってくれ!! むっ、確かに来るな。つかみで15位か?」
注意を促した私は、背中に背負った大剣を抜く。そして目を閉じると正眼の構えで敵を待つ。しばらくして、本陣内へ忍び込む無数の気配を感じた。足音が間合いに入った瞬間、私は剣を右から左に横なぎの斬撃を一閃。青い光を放つ大剣が空間を斬ると、何も無いはずの空間から赤い血が噴き出す。
やはり、隠蔽と気配遮断の魔法を使っていましたね。護衛の兵士達が気付かない訳です。守りは突破されたか、始末されたかのいずれかでしょうね。ウィルゲム卿の方を見れば、流れるような剣技で敵を次々と倒していました。さすがは8騎士と言ったところですか。
「‥‥リーザ殿、こやつらはいったい何者だ?」
「騎士団長ダルザが抱える暗殺部隊です。敵と対峙した際、隙を狙って敵将を討ち取るのを任務とする輩。ダルザにとっては必殺の刃ですが、今の私の敵ではありません。ウィルゲム卿、手練れを8名も倒すとはお見事です」
俗にいう汚れ仕事専門の部隊、誇りある騎士団にあるまじきもの! こんな奴等を騎士と呼ぶなど断じて許せません!! 私はウィルゲム卿の背に回り、大剣を構え直す。残る1人は気配からして手練れ、そしておそらくは元騎士団団長の敵。
「そういう君も6名倒してるじゃないか。君が持っている大剣、ただの代物じゃなさそうだが‥‥。いつの間に手に入れたんだ?」
「それが、朝起きたら枕元に置いてありました。宛名が私で送り主がアルゼナ様でして。『妹の献身のお礼。プレゼントゆえ、受けとるがよい』と、手紙が一緒に置かれていました。名は神剣ファルードだそうです」
ユウキに見てもらったところ、守備力と魔法守備力を倍加する能力が付与されているとのこと。大剣使いの私には嬉しい能力です、防御が疎かになりがちですから。攻撃後は隙が大きくなりますし。
「けっ、俺の可愛い部下を倒しやがって。てめえが8騎士のウィルゲム卿だな? 倒せば金貨1000枚の報奨金がもらえるんだ。覚悟‥‥うん? なんだ、真面目人間リザちゃんじゃねえか。裏切ったとは聞いたが、まさか帝国軍にいるとはな」
「貴様に裏切った事を責められる道義はありませんね、カーチス。先代騎士団団長を暗殺した貴様に! 咎めれなかったのは不思議でしたが、リーザ姫が絡んでいるなら合点がいきますね。事の真相をレイが教えてくれましたよ」
かつては副騎士団長だった男、元団長とは幼なじみで親友だったというのに。人を笑わせ、和やかな空気を作るのに長けた男の裏の顔は、金に汚いただの殺人鬼。レイ様の話では、報奨として騎士団団長の座と金貨500枚を約束されたようですが。
「あの騎士団団長様も真面目だったよな。リーザ様に何度も諫言をしていたっけか。しかし、哀れ奴は逆鱗に触れちまった。俺はただ、リーザ様から『王家に仇なす敵を討て』と言われたから討っただけだからな。何も問題はありはしない」
「リーザ=ナルム。私の名を奪い、敬愛する人まで奪う愚か者。そのような主君に忠節を尽くしていたのは、一生の不覚でした。しかし、更なる愚か者がいましたね。カーチス、あなたです。親友を討ったものの、結局は騎士団団長の座をダルザに奪われた。ただ、邪魔者を排除するだけの道具風情が偉そうに‥‥むっ!」
間合いを一気に詰め、カーチスが私に襲いかかる。ぐっ、斬撃が重い、さすがはナルム王国で5本の指に入る腕ですね。神剣ファルードじゃなかったら危なかった。
「黙りやがれ! あいつを殺したのに、ダルザの野郎に騎士団団長を奪われた俺の気持ちが分かるか!! 団長として上に立つのが夢だったのによ。今じゃ、ただの暗殺者だ。あげく、国は滅亡寸前。なあ、なんで俺がこんな目に合わないといけないんだよ!」
だだっ子ですか、あなたは。繰り出される無数の斬撃を大剣で受けとめながら考える。かつては剣の師として尊敬していた男だったのに。怒りや恨みの感情が込められた剣は、不思議とさばきやすい。
以前は全く歯が立たなかったけど、これならいけるわ。ファルードの能力だけじゃなく、カーチス自身が弱くなっているのかしら? やはり、欲にまみれた邪道に堕ちし剣はもろいようです。
「自業自得ではありませんか? いかに命令とはいえ、親友を嬉々として殺す馬鹿を側に置くのは危険極まりないですから。分かっています? あなたは信頼も信用も無い人間。人々を守る剣では無く、ただの凶器に成り下がった‥‥」
「黙れって言ってるだろうがああ!! そのよく回る舌黙らせてやる。死ねえ!」
激昂したカーチスが、連続で斬りかかって来ましたが‥‥。軽い、なんて軽い斬撃なんでしょう。もはや是非もありません。ナルム王国騎士団の恥さらし、ここで討ちます!
「死ぬのはあなたです、愚か者よ」
「なっ、おい! や、やめろおお!!」
顔めがけて、繰り出された突きを紙一重でかわす。そのまま私は踏み込んで、カーチスの頭に大剣を振り下ろした。血と肉が辺りに散らばり、頭を潰された体が地面に倒れ込む。団長、ルーダ様。あなたの敵はとりましたよ。
「本陣に侵入した賊は全て、ウィルゲム卿と私、リーザ=ビリナムによって討ちとった! 敵の切り札たる暗殺者達は最早いない。皆様。眼前の敵に集中し、心置きなく戦って下さい!!」
「「「おおおっ!!!」」」
大声を張り上げ、私達の健在を告げると士気が盛り返しました。対し、敵は意気消沈してますね。どうやら、この暗殺に全てをかけていたか。だとしたら、私達の実力を見誤りすぎです。
「‥‥やれやれ、人の仕事を勝手に取らないで欲しいな。よし! この勢いで前線を押し上げるぞ。リーザ殿、付いてきてくれ。俺達でダルザを討ち取るぞ」
「そうですね、分かりました。私としてもダルザは許せませんし。‥‥ビリナム男爵、母と妹を苦しめたあなたも討ちます。覚悟してください」
私はウィルゲム卿の後を追い、敵本陣へと向かう。そういえば、ユウキ達は無事でしょうか? 確か、奇襲部隊を倒す為に西の森へと入っていきましたけど。何でしょう、彼の事を考えると心がモヤモヤと‥‥。
いいえ、駄目よ! ここは戦場、余計な事は考えない。今は敵本陣に向かわねば。
次回、ユウキ達による奇襲部隊襲撃。




