第5話 ファルディス家の人々
「ファルディス家の恩人たる君を再び我が家に迎え入れる事が出来て良かった。アイラはよくぞユウキの才能を見い出したものだ。これで、ファルディス家の躍進は益々進む事になるだろう。ユウキ、これよりはファルディス家の一員として頑張るのだぞ」
「はっ、かしこりました! 若輩者で至らぬ所は御座いますが、ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い致します」
ファルディス家前当主たるマルシアス=ファルディス様に返事を返す俺。ファルディス家の妖怪と恐れられるだけあって、威圧感が半端ない。実力主義を掲げ、使えると見た者は貧民だろうが奴隷だろうが引き上げる。逆に能力の無い者は長年仕えてきた者でも容赦無く切り捨てる人物だ。
史実の織田信長は、こんな感じの男だったのだろうか? 俺に対する評価は『使える大駒』か‥‥。この評価が下回らないように努力しないと。俺を愛してくれる師匠の為にも、高い地位にはいたいしな。
「ユウキ。ファルディス家の一員となったからには、教養と品位も身につけるのですよ。‥‥まあ、貴方は大丈夫ね。むしろ、孫の何人かは貴方を見習わないといけないでしょうから。だって、ユウキよりも教養や才覚が劣ってるんですもの」
うん、止めて下さい。指摘された連中が俺を凄い眼でにらみつけてますから。ジェンナ=ファルディス様はマルシアス様の奥方。つまり、ナージャ様と師匠の母親にあたる。姉妹2人の気の強さと毒舌、間違いなく彼女譲りだな。
俺に対しての評価が『良い当て馬』って、勘弁してくれませんかね? 一触即発になりかけた空気の中で、陽気な声で話に割って入る勇者が現れる。
「お義母様。私達の子供もまだまだこれからです。きっと、ロウやユウキのようになってくれますとも。ユウキ、私達の子供に勉強を教えてくれ。おっと、女の落とし方は教えるなよ? 娼館での面倒な争いはごめんだからね」
嫌な事を思い出させないでくれませんか!? 以前、仕事の付き合いで娼館に行った事がある。マルシアス様やルパード様に男を磨くよう言われてだ。しかし、ここで困った事が起きた。アルゼナからもらった精力絶倫スキルのせいで。
10歳でありながら、次々と娼婦を陥落させる俺。終いには身請けして欲しいと言う女性が殺到する羽目になる。困り果てた俺の前に師匠が登場。怒りMAXの彼女に娼婦達も沈黙し、俺は無事に帰る事が出来た。
師匠には大泣きされてしまい、2度と1人で歓楽街には行かないと約束させられたんだよな。以後、荷物等を届ける際は一緒に行っている。娼婦達は常に隣に師匠がいるので、とても残念がっていたが。
「ルパート様、軽口は止めて下さい。師匠が魔法を発現しそうになってますよ!」
「‥‥お義兄様。ユウキに私以外の女を近づけないでくれませんか? たとえ娼婦といえどもです!」
強い口調でそう言った師匠は、テーブルの下で俺の手を強く握ってくる。俺は彼女の強張った手を開くと、優しく手を絡めた。途端に、顔を赤らめてこちらを見つめる師匠。少しは落ち着かせられたかな?
「おっと、これは失礼。こちらとしてはユウキが使い物になるか、確かめないと行けなかったからね。アイラの君に対する想いは変わらず強いようだ。ファルディス家としては、しっかり捕まえておいて欲しいね」
おどけた言葉で話すルパート=ファルディス様は、ナージャ様の夫。元々は行商人として帝国各地を渡り歩いていたらしい。商売人としての能力は本物であり、数々の取引で莫大な金を稼いでいたと聞く。
そんな彼をナージャ様が見初め、ファルディス家に婿として入ったのは15年前の事だそうだ。同い年の夫婦の間には4人の子供に恵まれている。跡継ぎたるロウ様は優秀なのだがな‥‥。
「父上、私は認める事が出来ません! ユウキは貧民街の出身ではありませんか。ファルディスの姓を名乗るなどあり得ない」
「そうよ。こんな男、信用ならない。お祖父様達もだまされてるのよ!」
「うぅ、僕よりも優秀だと困っちゃうよ。ユウキのせいで、ますます目立たなくなるじゃないか!」
「‥‥あんた達、いい加減にしろ。どうやら、余程に死にたいらしい」
俺に反発する声を出したのは、ファルディス家の次男ラングと長女リアに三男ルーである。‥‥うるさいぞ、クソガキどもが。それぞれ、無能、男漁り、弱虫の三馬鹿と使用人にすら馬鹿にされているだろうに。
リアに至っては、夜の誘いを俺が断ったのを逆恨みしやがる。とはいえ、3人を助けないとな。師匠が魔法で空気を止め始めたから、3人とも死にそうな顔色になってるし。
「「「うっ、うう。た、助けて‥‥」」」
「師匠、止めてくれ。無益な血を流す必要はない。ラング様達は子供なんだ。まだ言っていい事と悪い事の判断もつかないんだと思う」
「叔母上、弟達の無礼ご容赦下さい。ユウキに自分達の立場を取られると恐れているのでしょう。まったく、自分達の不勉強を棚に上げての言葉を聞くのは腹立たしい」
俺とロウ様の言葉で、師匠もようやく魔法を止めた。3人は汗まみれになり、床に倒れこんだ。あっ、リアが吐いてる。ラングは青ざめてるし、ルーは‥‥うん? 女性使用人が優しく抱き起こしてくれてるな。なんというか、美人だけど凄みのある女性だ。
それはさておき、年長者の方々は意にも介さず食事を続けていた。あのう、皆さん。子供や孫が死にかけてるのに、少しドライすぎやしませんかね?
「ふん、揃いも揃って穀潰しの癖に。まずは、ロウのように家へ貢献出来るようになってから意見を言うんだな。ラング、お前は商人としての能力が無いようだ。今のままでは冒険者か傭兵として働くしかない。だが、冒険者ギルドでの評判は芳しくないと聞く。今のままでは、いつか死ぬぞ?」
「師匠、止めてあげて! 彼らのHPはもう0よ!!」
とはいえ、いまいち真剣にかばう気になれないんだよな。昔、この3馬鹿は師匠をいじめていた。あまりに陰湿だったから、俺が締めたんだよな。いじめは収まったし、結果的に師匠も強く出れるようになったから良かったが。今、逆に苦しんでいるのは自業自得と言う他ない。
「本当の事を言ってるだけだ。次にリア。お前は更にひどい。貴族の令嬢達から抗議の声が届いている。人の恋人に手を出すなという軽いものから、身内がお前に捨てられて心身共にボロボロになったという重いものまでな。ファルディス家は見舞金として、金貨をかなり出している。何か申し開きがあるか?」
うわあ、擁護のしようもないな。貴族との取引があるファルディス家としては、金を多く支払ってでも解決しないといけないだろう。
しかし、リアはそこまで魅力的かな? 胸はそこそこあるし、ナージャ様や師匠譲りの美貌もあるから外見だけ見て引っかかるのかもしれん。性格は極めて最悪だがな。
‥‥いかん、こっちを師匠がにらんでる。他の女の事は考えないようにしないと。
「はあはあ、叔母様。私は悪くありませんわ。彼らは私と付き合う事で、色々と学んだはず。別れたのは、私からもう学ぶべき物が‥‥。あっ、ああああ!!」
師匠の空間圧縮が再び炸裂。リアよ、君は間違ってる。この面子で嘘を貫き通せる訳が無い。
「おい、いい加減にしろ。言い寄る男にお前が散々金を出させて、首が回らなくなったら捨てたのは調べがついてる。その総額は、男10人でしめて金貨10000枚近く。随分貢がせたものだな。さて、当主様。この馬鹿娘をどうする?」
うむ、最悪過ぎる。ファルディス家の外聞は悪くなるし、たぶん示談金はそれ以上の額を出してるはず。リアをこのまま野放しにしてると害しか無いよな。かといって、殺したりするとこれまた外聞が悪いし。ナージャ様はどうするかな?
「‥‥もはや愛想も尽きました。リア、貴女にはログレス修道院に入ってもらいます。あそこであれば、腐った性根も治せるでしょう。今日すぐにも出発なさい。手紙位なら出してあげますから」
修道院に追放か。無難と言えば無難だ。俗世と離れて暮らせるなら、リアの男狂いも収まりそう。しかし、彼女は何不自由の無い生活に慣れてる。到底受け入れそうにない話だが‥‥。
「お母様、嘘でしょう? ログレス修道院は厳格な修業が有名じゃない。そんな所に私を送るなんて!」
リアは何とか回避しようと努めているが、駄目だろうな。ファルディス家の大人の皆さんが、全くの無言なんだもの。特にマルシアス様とジェンナ様は、額に青筋浮かんでるし。
悲しそうな表情を浮かべるルパート様も沈黙を貫き、何も言わない。娘を愛してるのは間違いないけど、さすがに擁護しきれないんだろうな。
「リアよ、これは決定事項だ。呪うなら己の所業を呪うのだな。ラング、ルーよ。どうして、ユウキをファルディス家に入れたか分かるか? お前達が使えぬから。次代のファルディス家を支えるのが、アイラだけでは心許ないからだ。文句を言うなら、己の力量を上げるべく精進せい!!」
マルシアス様の苛烈な言葉に、リアは号泣。ラングとルーはうつむく事しか出来ない。あれ? ファルディス家に来て最初の朝食がこれなの? いきなりヘビー過ぎやしないか。はあ、こうなったら師匠の為にも頑張るしかないな。‥‥俺も行動には気を付けないと。
次回、ルパートとロウとの語らい。