第46話 決戦の前に故郷を思う
お待たせしました。
「すごいな、領主館の奥に日本の屋敷があるなんて。瓦葺きの屋根に木の柱と梁。囲炉裏がある板の間、畳の部屋と板張りの縁側。庭は枯山水の日本庭園ってやり過ぎだろ!」
ここって、異世界だよな? 日本に帰って来たのかと思ったぞ。ユイとミズキも驚いてるな。レイはよく来てるのか、驚きもしないで縁側に座ってくつろいでるし。
しばらく庭等を鑑賞した俺達は、板の間の囲炉裏を囲って車座に座る。もちろん、本来はアルメアが座る席をマヤに譲ってだ。湯飲みや座布団まで作ってるって、どんだけ日本の物を作っているんだよ。
「し、信じられない。アルメア、貴女はどうやってこれを作ったんです?」
「お答えしますと、はるか東の地にある和光と呼ばれる国の人々の手によるものです。日本と同じ文化を持ち、しかも優秀な職人が多いので重宝してますよ」
なんで、こんな何もない山奥に人が集まるんだ? そういった話を初めて聞いたので、姉であるリーザの意見も聞いてみよう。騎士団に所属しているとはいえ、姉妹仲は悪くなさそうだしな。隠し事とかしてなさそうだ。
「リーザ、和光の人々はかなりの人数がやって来たのか?」
「ざっと、100名程が村や森で暮らしていますね。この屋敷を作った彼らは住んでいた村を戦火で焼かれ、家財道具や農具に各種植物の種等を持って逃げていたそうです。あと少しで追っ手に捕まりそうでしたが、霧が立ち込め難を逃れたとか。気付いたらワトカ村に着いたらしく、アルメアに保護を求めたみたいですね」
‥‥で、彼らから竹等の作物の育成方法と様々な技術を教えてもらった訳か。だったら、これが出来るのも合点がいく。しかし、ここまで作為的なのはアルゼナの仕業か? 彼女は面白ければ、色々とやらかすし。
「なあ、アルメア。君はアルゼナと会った事があるのか? 明らかに神クラスの力が働いているんだが」
「‥‥ユウキさん、偉大にして敬愛なるアルゼナ様です」
「はい?」
あれ、アルメアのまとう空気が変わったぞ。‥‥ヤバい、これは暗黒教団の輩と似た感じの雰囲気だ。まさかの駄女神狂信者なのか!?
「呼び捨てはいけません。私が信仰し、敬愛する神様なのです。だからこそ、アルゼナ様に似せた名を名乗っていますので。私が持つスキル都市開発に加え、アルゼナ様に身も心も捧げました結果、必要人材徴収と交易品閲覧許可のスキルも得ました。おかげで村の発展が進んでいます。いずれ、アルゼナ様を祀る大教会をこの村に建立するのが夢なのですよ!」
かなりガチの奴だった。隣を見たらマヤ達はドン引き、リーザは頭を抱え、レイは苦笑を浮かべている。うん、これが平常運転なのだな。歩美、じゃなかったアルメアよ。どこで道を踏み間違えた!
「アルメア、あっちの世界にいくでない。まあ、スキルの力は半端ないがの。都市開発は必要な資材や物資があれば、ありとあらゆる建物を作れる。交易品閲覧は、各都市の商家や道行く行商人が抱える品物を全て見れるらしい」
「なんですか、それ! 商家の人間からすれば、のどから手が出る程欲しいスキルですよ。うぅ、天命人うらやまし過ぎます」
いや、師匠。あなたの時空魔法も大概なんですが。まあ、マルシアス様も欲しがる程のスキル持ちだからな。もしかしたら、同じタイミングで転生した天命人の中にもいそうだ。まあ、商人限定のスキルだろうけど。
「‥‥迷い人は必要人材徴収スキルの力じゃろうな。皆が皆、何らかの理由で死にそうになってる時にワトカ村に運ばれてきとるしの。アルゼナ神も強力なスキルを与えてくれる。それは置くとして、これからの事を考えねばな。のう、ユウキ殿」
うむ、レイ。色々と情報をくれた上に話を戻してくれて助かる。まずは、ナルム王国の問題を解決せねばならん。狂信者の問題は‥‥、後で何とかしないといけない。ほっといたら、ヤバい集団が出来そう。神様が神様だけにな!
「エアリアル公爵家とリーザ、アルメア姉妹が味方になり、戦いなくしてビリナム男爵家南部にまで侵攻出来た。問題はビリナム男爵家や他貴族家の動きだが、レイ、アルメアの意見は?」
「ふむ、帝国軍のもう1つの攻め口に当たるロボック公爵家なんじゃが‥‥。最近、お家騒動があって戦力が落ちておる。たぶん、こちらと変わらぬ位の侵攻速度で進めるじゃろう。アルメア、そっちはどうじゃ?」
「うちの馬鹿にして好色たるビリナム男爵は、焦ったのか王都に援軍を要請したようです。現在、領都には王国騎士団が駐留してますね。数は10000近くいるようですよ」
かなりの人数がいるな。ビリナム男爵領って、何か重要な拠点とかあったか? うん、待てよ。そう言えば王都から脱出しないといけない理由が騎士団にはあったな。
「王国騎士団の8割じゃありませんか!? どうして‥‥。ああ、聖女様から逃げるつもりですね。私達か、別動隊を突破して国外脱出するつもりでしょう。あの騎士団長の考えそうな事です」
「沈没船から逃げるネズミよな。だが、俺をなめてもらっては困る。そんな奴ら、散々に打ち破って勲功第1位を目指してやるわ!」
リーザさんが正解を告げ、ウィルゲム卿が意気込む。となれば、戦場の選定は重要だ。出来れば将兵の損失は避けたい。リーザとアルメアに最良の戦場は聞いてみるか。
「リーザさん、アルメア。ビリナム男爵領内で、騎士団を迎え撃つ良い場所はあるか? 諸々の事情から鑑みて、領都に籠城は考えないだろうからな」
俺は巻物からナルム王国の地図を出して、更にビリナム男爵領を拡大する。驚きの目で見るウィルゲム卿を尻目に、リーザとアルメアが戦場の選定をしていると騎馬の足音が大きく響き、門前にて止まる。しばらくして、伝令の騎士が庭先に現れた。
「失礼致します。私は8騎士たるドーザ=ライコネン様の使者で、ロールズ=ライオネルと申します。指揮官である第1皇女殿下、並びに副官ウィルゲム卿に書状をお持ち致しました。やあ、我が友よ。指揮官からの降格は至極残念だったな」
「‥‥ぐっ」
ウィルゲム卿が苦虫をかみ潰すようにして見てるな。ちょっと神眼スキルで観てみるか。おそらくは嫉妬だろうが。
『ロールズ=ライオネル。ライオネル候爵家の長男にして、8騎士に近いと目される男。8騎士となった同期であるナルソス=ウィルゲムに対し、ライバル心を抱く。実力はあるが人望と堪え性が無いため、なかなか出世しない模様。神様コメント。うむ、実に女々しい。処して良し!!』
‥‥単純明快な解答だった。アルゼナ様、残念ながら簡単には処せません。暗がりか誰もいない路地を先に用意させてくれ。まあ、殺せないけどね。面倒な事になりかねんからな!
「ロールズ、私的な挨拶は後でなさい。騎士たる者が任務中に私語とは何事ですか! ‥‥ユウキ、ライオネル卿の書状を持って来てくれるかしら」
俺はロールズの下へ向かい、書状を受けとる。マヤに叱責されて、悔しそうにうなだれてるな。皇族の覚えが悪いと出世に響くだろうし。まあ、気持ちは分からないでもない。
同級生が社長になったり、金持ちの令嬢と結婚したのを聞いて嫉妬したりしたものだ。とはいえ、同窓会で会った時はおめでとうと言ったがな。そこまでなるには苦労もあったろうし。
「皇女殿下、こちらが書状でございます」
「ありがとう、ユウキ。下がって良いわよ」
俺が席に戻ると書状を広げ、読み進めるマヤ。しばらくして、マヤはリーザとアルメアに顔を向ける。
「リーザ、アルメア。戦場の選定はしなくてよくなったわ。どうやら、ライオネル卿とビリナム男爵家及びナルム王国騎士団の連合軍の戦場が決まったみたいだから。私達は背後から攻めて欲しいとの事よ。ウィルゲム卿とレイ、リーザに命じます。明日は夜明け前に出陣。昼までには戦場に到着出来るよう将兵に伝達願います。ロールズ、ご苦労でした。明日は我々と共に戦場へ向かいますか?」
「いえ、まだ日も高いのでライオネル卿の陣へ戻ります。皇女殿下、先程は申し訳ありませんでした。ご武運をお祈りしております」
ロールズはそう言うや、そそくさと去っていった。まあ、この場に残ったら気まずいだけだろう。さて、俺達も準備しないと。明日は決戦か。戦場なんて初めてだからな。死なない、死なせないを心がけよう。しかし、日本の風景を模した物を見ていると、もの悲しくなるな。平和な日常が懐かしく思う。
「‥‥故郷は遠くにありて思ふもの、か。随分と俺も異世界に染まったものだ。だが後悔はしない。何故なら、そうしないと守るべき人が守れないからな。俺の望みはそれだけだ。あとは自分が出来る事をして、乱世を生き抜くだけさ」
次回、ユウキ達が初めての戦場へ。