第45話 凄腕の領主様
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「ここが妹が統治するビリナム男爵領ワトカ村です。産物は木炭と竹細工に竹炭、ワイン。それと東にあるハルバ湖で獲れる魚ですね。最近は農法を改良して、小麦、クローバーを挟んでカブを育てています。カブをエサにした養豚も手掛けてますので、以前と比べると暮らしが随分と様変わりしました」
リーザの話を聞いて俺は考える。妹さんが天命人の可能性が高いな。竹なんて、この辺りじゃ計画的に育てているところなんてない。当然、竹炭を作るなんて考えが及ばないだろう。どうやら、師匠以外の女性陣も気付いたな。
「ねえ、ユウキ兄ちゃん。竹炭って、何? 木炭と竹細工は分かるけどさ」
「竹炭は着火材、飲料水のろ過や臭い消し等に使えるんだ。竹は育つのが早い。生産は容易ではある。ただ、育つのが早い分、気をつけないとあっという間に竹林が広がってしまう。あと、床下から伸びて家が壊される危険があるから、注意が必要だが」
竹を使うとは考えたものだ。葉は薬になるし、粉末にして肥料にしたり、竹酢液とかも上手く使えれば便利だ。まあ、山の木々を駆逐しかねないから、管理は徹底的にやらないといけないのは難点だが。
「すごいわ。これ程の事をやってのけるなんて。天命人なのは間違いないでしょうけど、素晴らしい手腕だわ」
「驚いたな。ビリナム男爵家と言えば、領内は貧しく領都は富裕という典型的な悪徳貴族と聞いていた。しかし、これはどうだ。道は石で舗装され、畑は区画整理されている。挙げ句に農村は避難したのか、人が誰もおらん。統率力も見事なものよ」
ウィルゲム卿も馬上から感心するように景色を眺めている。うん、転生者が活躍する小説でやる事をほとんどやってるじゃないか。しかし、小説みたいに出来るのは一握りの人間だからな。おそらくは、リーザの妹という後ろ楯があってこそ出来た話だろう。だからといって、彼女の優秀さは変わりがないが。
「あっ、ワトカ村が見えてきました。私が先行して妹に話をしますので、しばしお待ち下さい」
リーザはそう言って、馬を走らせた。向かった先の村を見て俺は驚く。外壁は石材で作られ、跳ね橋付きの門は鉄製。空堀に囲まれた外壁の上には、100人近くの弓兵が待機しているようだ。領主館は小高い丘の上にあり、見張り櫓が幾つか建てられている。うわあ、ただの村じゃねえ。もはや堅固な砦と言っていいな。
「皇女殿下、リーザ殿の妹とはなかなかの傑物のようですな。20000近い我らの軍なら落とせましょうが、そこらの山賊や諸侯の軍なら1ヶ月は持ちこたえると見ます」
人を褒めないウィルゲム卿が褒めるとは珍しい。だが、言ってる事は間違っていない。この辺でワトカ村を抜ける軍を持つのは、エアリアル公爵家位だからな。バージニル帝国との国境には、エアリアル公爵家とビリナム男爵家が接しているが、ビリナム男爵家の南にあるエレンス山が帝国との壁代わりとなっていた。
ちなみにレイが陣取っていた橋は、両国の国境たる川にかかるものであり、レイは単身で帝国軍の侵攻を食い止めている。あの後、『君は伊達政宗と最上義光との戦に割って入った義姫か!』 と叱ったが、どこ吹く風だったよ。
「ホッホッホ、友人を褒められるのは嬉しい限りじゃて。リーザの妹はアルメアと言うんじゃが、優秀な行政官じゃよ。早い段階で、ビリナム男爵家の軍備の弱さに気付いて改革しておったからな」
レイが話をしてくれたが、これまでエアリアル公爵家は国境の盾となって常に戦っていたようだ。しかるにビリナム男爵家や他の貴族家はそれにあぐらをかいて、軍備をあまり整えていなかったらしい。
それをワトカ村限定ではあるが改革を行ったとの事だ。統一された武器防具の管理と維持に加え、荒事専門の兵士育成。有事の際に領民が戦えるように戦闘訓練を課し、戦えぬ者も後方支援が出来るように鍛えたそうだ。
「おっ、噂をすれば来おったな。リーザと一緒に馬に乗っておる。おーーい、アルメア!」
無邪気に手を振るレイ。馬に乗ったリーザと共にやって来た少女は、馬から降りると深々と頭を下げた。リーザと同じ金髪と緑の瞳だが、姉が背中まで髪を伸ばしているのに対し、妹は肩口で髪を切り揃えている。体の線も細く背も低いものの、体全体からあふれる誇り高さは姉と全く変わらない。
「皆様、初めまして。私はアルメア=ビリナムと申します。ワトカ村を統治する領主として、帝国軍に恭順致したく思います。ですが!」
頭を上げたアルメアは将兵を見渡すと、体に見合わぬ大きな声で叫んだ。
「略奪や暴行をする者は容赦致しません。そのような事をする輩は容赦無く処罰致しますので、お忘れ無きよう願います」
20000近い軍を前に、本来なら小領主たる彼女が言える台詞じゃない。彼女がきちんと計算した上で言っているのが分かる。まず、彼女の姉たるリーザが、今やマヤの騎士だ。つまり、下手な事をすればマヤを相手にしないといけなくなる。そんな勇気を持つ兵士なんて、帝国にはいないだろうからな。
「もちろんだ。このナルソス=ウィルゲムがいる限り、そういった事はさせん。アルメア嬢、この剣にかけて誓おう」
「ありがとうございます、ウィルゲム卿。その代わりにですが、皆様にはワインや焼きたてのパン、豚肉等を提供致します。どうぞ、今夜は英気を養い、明日に備えて下さいませ」
上手いな。兵士の不満が出ないように旨い飯と酒で釣るとは。見れば、不満を浮かべていた兵士達も喜んでいるし。ウィルゲム卿も満足げだ。さて、俺が聞きたい事を尋ねてみるか。
「アルメア嬢。俺はユウキ=ファルディスと申します。ぶしつけな質問で恐縮だが、君は天命人なのではないか? ここにいる皇女殿下やユイ=リンパード、ミズキ=アルセも天命人なんだが」
「‥‥なるほど、立野先生に三条真矢さん。そして、立花結唯さんか。ミズキさんは分からないけれど、先生の知り合いですか? 私は永瀬歩美、図書館の主と言えば分かります?」
リーザの妹が永瀬歩美だったのか! 俺の教え子で、勉強では学年1位の秀才だった。友達は少なかったが、本人は気にせず図書館で読書と勉強の日々を送っていたな。将来は司書か小説家になりたいと言ってたっけ。となれば、レイの正体も見えてくる。その永瀬の幼なじみ兼親友だった‥‥。
「もちろん、分かるさ。学級委員として俺を手伝ってくれたし、マヤが勉強で勝てないと地団駄踏んでいた相手だからな。レイ、君は吉良鈴華だろ? よく永瀬を図書館から連れ出して遊んでた。永瀬が本来の笑顔を見せるのは君位だったものな」
「ふむ、ばれたのう。しかし、先生。名前をそのまま使用するのはどうかと思うぞ? 悪い奴が近づいて来るとは思わなかったのか?」
そこを聞きますか。確かに他の名前を考えた事もあるんだがな。
「‥‥うむ、やはり気合いの入れた名前を付けて滑るのは嫌だわ。既存のキャラクターの名前やネタに走った名前とかはな、素性がばれた時に笑われかねんし」
「‥‥まあ、確かにそうですね。ナルム王国でも、そんな手合が過去に居たそうですよ。確か、海賊の頭で名前は某有名漫画主人公をそのまま名乗ってたらしいです。大陸の広範囲で暴れていたみたいですが、帝国によって軽く蹴散らされました。最後は、『宝か、欲しけ‥‥』と言ったところで首を容赦無く落とされたようです。はあ、漫画の読みすぎですよね」
ああ、ホーフェン学院長が言ってた海〇王になりたかった奴だな。最後の言葉は別のキャラクターだが、言い終わる前に死ぬとは情けない。レイやアルメアみたいな天命人は歓迎するが、異世界ではっちゃける天命人にはなるたけ近づきたくないな。
「なあ、永瀬。良かったら、俺、じゃないな。マヤに仕えないか? リーザも騎士として仕えているんだ。どうかな?」
この姉妹、逃すにはでかい魚だ。姉をエサに妹を釣る。鮎の友釣りみたいだが、背に腹は変えられないからな。人材は多い方が戦略に幅が広がるし。
「構いませんよ。ただし、この村を三条さんの直轄地として下さるのが条件ですが。この村を気に入ってますし、お母様も住んでいるので、ここから離れたくないんです」
俺としても、この村は欲しいんだよな。竹とかは帝国でも育てたいし。文明が滅びるのって、灌漑や人口増加で水の使用量が増えて川の水が減るとか、木を切りすぎて森が無くなるとかいう原因が多すぎる。
竹炭で着火分の薪を節約出来るだけでも使用量が違うしな。あとは水の問題だが、どうするか。永瀬の意見を聞いて話し合ってみよう。
「‥‥永瀬さんだったなんて。前世では1回も勉強では勝てなかったけど、今世では頼りになりそうだわ。この位の領地なら貴族もうるさく言わないでしょうし、皇帝陛下にお願いしてみますね」
「ありがとう、三条さん。‥‥じゃなかった、皇女殿下。こほん、では改めまして。アルメア=ビリナムです。永瀬歩美の名は既に捨てましたので、以後アルメアとお呼び下さい」
こうして、ビリナム姉妹とワトカ村を手に入れたマヤ。後に、この村が大きな街に。さらには芸術の都へと変貌していくのだが、それはまだまだ先の話。
次回、作戦会議と別動隊からの伝令来る。




