第44話 橋上にて待つ勇者?
お待たせしました。
「‥‥よし、ついたな。って、レイさん! なんで優雅にティータイムしてるんだよ。ここ、戦場のど真ん中なんですが!?」
「ふむ、とりあえず落ち着かれよ。こういう局面は、まず冷静なのが肝要じゃぞ? そう、物事は常にエレガントに運ぶものじゃ。そうそう、我が父より全権大使として任されておる。つまり、ここで妾が承諾すれば戦は終わるぞ」
テレポートで到着してみれば、レイが橋の上で紅茶を飲んで待っていた。しかも、テーブルや椅子まで用意し、茶菓子はマカロンを大皿にこれでもかと置いてある。勇気と無謀が紙一重だな、今回のレイの行動は。
おっ、帝国軍側にユイとミズキ。リーザがエアリアル公爵家側へ向かっていったな。俺と師匠は魔力の使いすぎでもう動けないからな。こういう気遣いはありがたい。
「根性ありますわね。いつ、矢や魔法が飛んで来てもおかしくない状況ですわ。あなた、命知らずにも程がありますわよ」
「皇女殿下、私はあなた方を信じて待っていましたからのう。それで、皇帝陛下はなんと?」
「あなたの計算通りになりましてよ。エアリアル公爵家の家名も領地も残ります。ただ、ナルム王国貴族家からは裏切り者扱いで針のむしろでしょうが」
「言わせたい者には言わせておこう。誇りに殉じて家を失うよりは、はるかにましじゃからの。爺、皆に連絡。これよりエアリアル公爵家は帝国へ味方する、武器を収めるようにと」
「はい、お嬢様。かしこまりました」
そう言って、老執事が馬に乗り味方陣営に向かっていく。おっ、入れ替わる形でリーザが戻ってきた。さて、帝国軍の方はと。ユイとミズキがウィルゲム卿を引っ張って連れてきてるな。なんかもめているが大丈夫か?
「おい、世迷い言を抜かすな。こんなところに皇女殿下が来られるはずがあるまい。私は陛下に命ぜられ、エアリアル公爵家を攻めているのだぞ!」
「はい、はい。ウィルゲム卿、文句は皇女殿下に言って下さいね。今回の話は彼女が主導しましたので。お話を聞いて、まだ逆らうようなら皇帝陛下に対する反逆者ですからね。どうぞ、お気をつけ下さいまし」
ミズキ、口調は穏やかだが脅迫が入ってるぞ。と、思ったらユイが俺達の方を指を指した。ようやく、ウィルゲム卿はマヤがいる事に気付いたな。慌ててやって来て、地面にひざまずく。
「‥‥なっ! 本当に皇女殿下がいらっしゃるとは。殿下、エアリアル公爵家が味方になったとは誠ですか?」
「ええ、本当ですわ。なので帝国軍も武器を収めなさい。以後はエアリアル公爵家に道案内を頼み、ナルム王国王都を目指します。私が来るまでよく戦端を開かずに待っててくださいました。理由はレイかしら?」
「はっ! 橋の上に陣取り、優雅に1人で紅茶を飲んでいる女性を数に頼んで攻めるのは騎士として恥ずべき行為。使者を送って退去を促すも、『和平の使者が来るゆえ、しばし待て』との1点張りでして。困っていた所に皇女殿下がいらして下さいました」
すごいな。20000近い軍の抑制が出来るのは、さすが8騎士と言われるだけの事はある。確か8騎士の中で、ウィルゲム卿は第8位だったな。功績を欲してるのに、冷静な判断が出来るのは若い騎士としては珍しい。
「皇女殿下。そろそろ、両陣営に皇帝陛下の勅命を伝えましょう。功に焦る慌て者が出てくる可能性がございますので。時空魔法スピーカー!!」
俺はマヤに進言したあと時空魔法を唱える。この魔法は読んで字のごとく、言葉を広範囲に飛ばす魔法である。なんでも、かつて存在した天命人の時空魔法使いが作り出したようだ。うむ、分かりやすい魔法を作ってくれてありがとうと感謝したい。
「では、改めて‥‥こほん。ウィルゲム卿並びに帝国軍、レイ=エアリアル及びエアリアル公爵家に告げる! 皇帝陛下はエアリアル公爵家の恭順を許し、共にナルム王国に当たるよう新たに命じられた。そして、新たな指揮官として私、マヤ=ヴァンクリーブが任じられた。また副官として、ウィルゲム卿とレイ=エアリアルを任じるとの事です。経験不足の未熟者ではありますが、どうかよろしくお願い致します」
マヤの命令に両陣営の将兵がざわついた。帝国側は戸惑いや不安、不満や怒りも若干あるかな? しかし、勅命の言葉が効いたのか従ってくれるようだ。エアリアル公爵家側は喜びと安堵の声が広がっている。俺達が来なかったら、絶望的な戦いに突入してたからな。当然と言えば、当然だが。
「‥‥皇女殿下。私は指揮官から降格ですか?」
悔しそうに心情を口にするウィルゲム卿。確かに、皇族だからって実戦経験もない10歳の少女に指揮官取られるのはきついだろう。これやると将兵の不満が出て、士気が下がる危険があるんだよ。ただ、今回はどうしても必要だからなあ。
「そう、落ち込まないでウィルゲム卿。これはあくまで対外的な人事です。今まで通り、指揮官はあなたにお任せしますわ。実はナルム王国王都まで行き、殺戮‥‥違う、惨劇もとい浄化の検分をしなくてはなりませんの。皇族が見たという既成事実を作り出す必要がありますので。理由はかくかくしかじかでして」
ビトリア聖国による王都浄化の理由を聞いて、ウィルゲム卿も人事の訳を理解し呆れ果てた。うん、分かるよ。ガソリン自分の頭にぶっかけて、被害者にライターを持たせてから、『あなたのドレス素敵でしょ? 美しい私が着こなしてあ・げ・る』とか、言ってるような愚行だからな。
俺だったら? すぐに『汚物は消毒だああ!!』と叫んで火をつけるね。だって、何とかは死ななきゃ治らないって言うじゃん。
「な、なんと。ナルム王家は頭が空っぽの愚者の集まりなのですか!! おっと、レイ=エアリアル殿の前では失礼であったか」
「いやいや、当然の感想ゆえに腹も立たぬよ。騎士団が盗んだドレスを、あろうことか盗まれた当人の目の前で着るとか訳が分からぬ!! しかも、招待してじゃぞ? 頭がおかしいとしか言わざるをえんわ!」
「私が忠誠心を捧げた王家がこんなだなんて。もう無理、無理なの。嫌、嫌だあ」
あっ、真面目なリーザが限界越えて子供返りしてる。よっぽどショックだったんだろう。もう駄目だな、ナルム王国は。滅亡不可避。たぶん、ビトリア聖国は各国にも検分と称して、軍を出すように要請してるはずだ。
完全に草刈り場モード突入だわ。激熱! 今なら少ない労力で領地や要衝が取れます。絶賛、民の忠誠心も暴落中。間違いなく隣国全部参戦するよなあ、これ。
「とりあえず、まずは軍を動かしましょう。レイさんはエアリアル公爵家の軍を率いて合流。ウィルゲム卿には引き続き指揮を任せますわ。ユウキとアイラさんには、インベントリの魔法で物資を預かってもらいます。行軍速度を上げて、ナルム王国軍を混乱させましょう。ユイさん、ミズキさんは私とユウキ達の護衛。リーザさん、ショックなのは分かりますが立ち直って下さい。次に向かうのは、あなたの実家たるビリナム男爵家ですわよ」
「‥‥はっ、すみません! 皇女殿下、私が先頭に立ち道案内を致しますがお願いがございます。私の妹を、妹だけは助けて頂けませんか!? 村で領主をしながら、孤児院を経営している優しい娘なのです。どうか、どうか!」
「分かりましたわ。その代わり、リーザさん。貴女はこれから私に仕えなさい。優秀な騎士たる貴女を手に入れれば、少しは帝都の貴族を驚かせられるでしょうし」
「ありがとうございます。このリーザ=ビリナム、マヤ=ヴァンクリーブ様にお仕えします。この剣に誓って、忠誠を尽くします」
必死になるリーザを見たマヤは、すかさず人材登用を開始。見事にリーザを手駒に加える。敵に回したら怖い手腕だな。さすが、前世であの両親の娘だった事だけはあるか。
父親はプロダクション社長で、母親は元国民的アイドルだった。父親の人を見る目と難しい交渉をこなす剛腕、母親の抜け目なさとどんな仕事もこなす度量を持ち合わせてるからな。それらを兼ね備えるマヤが、帝位継承争いに巻き込まれたら。‥‥どうなるか怖いな。
まあ、そうはならないと思うんだ。つうか、ならないで! 神帝様に言われようが、そう思わないと精神的にやってられんの!! うぅ、でもなりそうだよなあ。
次回、リーザの妹との出合い。