ルー立志伝 9 戦争の裏で
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ナルム王国との戦争が始まった。ユウキ達の活躍でエレンス山を根城とした盗賊団が壊滅。ナルム王国騎士団の関与も発覚し、聖国を始めとした周辺諸国と共同で攻める事になったらしい。なんだろう、この怒涛の展開は。しかも、ファルディス家やティナート家の補償も済んであるってさ。帝国が、ナルム王国に対する攻め時を狙っていたのがよく分かる。
商人達も、この稼ぎ時を見逃す事は無い。戦場に運ぶ武器や食糧等の物資に加え、兵士の相手をする娼婦達も帝都から前線へと運ばれていく。国全体が忙しい中、僕とマイカは宰相閣下に呼び出された。会談場所はゴルディフ公爵邸。何故かロウ兄さんも付いて来たけど、なんでだろうな? マイカとの間は特に変わらず、殺伐とした雰囲気が漂っていて馬車の中は居たたまれなかったなあ。
「宰相閣下、早速ですが例の物でございます。それと実験段階ではありますが、髪の保湿剤もお渡ししておきますね。しかし、効果の方がまだ確定ではありませんが‥‥」
「構わぬ。わしらが無理を言ったのだ。とはいえ、ギルドマスターの頭を見れば効果は期待出来そうだがな。今日から使わせてもらうとしよう。さて、話と言うのは今後の帝国における商家についての話である。まずは彼の話を聞いて欲しい。サジーム、入って参れ!」
宰相閣下の言葉を受け、部屋に入ってきた男を見て僕達は驚いた。サジーム=ハダール、帝国で1番勢いのあるハダール商会の当主だ。膨張した体付きからして、日々の不摂生を体現している男。だが、その目は鋭く僕とマイカを見ていた。僕達を金になる人物と見たのだろう、どうやら商人としての力は益々盛んのようだ。
「これはこれは、今をときめくファルディス家の皆様。ルー様以外は何度かお目にかかりましたな。サジーム=ハダールでございます。本日は素晴らしい話を持って参りました。ロウ様に我が家の娘を妻にと思いましてな。既にマルシアス様を始め、皆様にも賛同されております。‥‥いきなり婚約者を弟君に盗られて寂しいでしょう。ならば私の娘で、ロウ様の寂しさを和らげて差し上げようと思いましてね」
意味ありげにロウ兄さんとマイカを見るサジーム様。僕はテーブルの下で怒りに震える彼女の手を優しく握る。世間では僕が兄の婚約者を寝取ったと噂する者達がいる。そんな噂を聞いて、彼女は泣きそうになりながらも謝ってくるが僕は気にしていない。マイカを妻に出来て嬉しいからね。有象無象の連中には好きに言わせておけば良い。
どうやら彼女も落ち着いてきたらしい、体の震えが収まってきた。対して、ロウ兄さんは‥‥。あれ、なんかこの世の終わりが来たような顔を浮かべてるな? それよりもサジーム様に物申そう。
「サジーム様。失礼ながら、マイカとロウの間で話し合われて婚約解消の運びとなりました。盗った盗られたの話ではございません。そのような物言いは、ファルディス家と僕の妻となるマイカに失礼ではありませんか!?」
「‥‥これは失礼した。世評では臆病と呼ばれているが、なかなか胆力のある少年であるな。マイカ嬢には謝罪致しましょう」
僕の剣幕に少し驚きながらも、サジーム様は謝罪をしてくれた。と、マイカの手が優しく握られる。見ると顔を真っ赤にしながらも笑顔を見せていた。本当に彼女を妻に出来たら嬉しい。そんな穏やかな余韻に浸っていると、ロウ兄さんがようやく立ち直ったらしい。慌てて椅子から立ち上がると、サジーム様に問い質す。
「なななっ! う、嘘でしょう!? 私にサジーム様の娘を嫁がせるなどと。家族からは何も聞いておりませんが」
「いやあ、申し訳無い。ロウ様を驚かせようと思って、皆様に口止めをお願い致しました。私の娘も乗り気でしてな。今日は連れて参っております。エイザ、入ってきなさい」
「はい、お父様!」
ドアを開けて入って来たのは、サジーム様をそのまま女装させたような人物だった。初めて見たけど大きいな。マルチナと良い勝負のガタイの良さだよ。
彼女が動くとテーブルが揺れ、カップの中の紅茶が大きく揺らぐ。マルチナと喧嘩したって聞いたけど、相手も重量級だから凄かっただろうな。絵面が酷いから見たくはないけど。
「私に似て少しふくよかではありますが、こう見えて気立ての良い娘なのです。ロウ様の元婚約者たるマイカ様に負けぬと自負しておりますよ。宰相閣下、後は若い者同士で」
「そうだな。ハダール家とファルディス家の縁組は喜ばしい。ファルディス家はティナート家とも縁組をしている。これで帝国商家の3大勢力が繋がった訳だ。ルー、そしてロウよ。伴侶を大切にするのだぞ」
宰相閣下とサジーム様まで話が入っているのなら、この縁談は確定事項だろう。改めてロウ兄さんを見ると‥‥うわっ! 目に光が無くなっている。マイカからエイザ様に婚約者が変わったんだ。彼女の噂はあまり良い話を聞かないし、絶望しても良いと思う。ただ、元を正せばロウ兄さんが悪いけど。
「さあ、ロウ様。ゴルディフ公爵様自慢の庭園を見に参りましょう。本当はルー様を狙っていたのですけれどね。マルチナの馬鹿が破談になってすぐに、マイカ様を婚約者にされてしまわれましたから。残念ですが、ロウ様も素敵なお方です。私は今、とても嬉しいですわ!」
「‥‥嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ! これが現実であるものか。私は夢を見ているんだ。そうだ、そうに決まっている。早く夢から覚めなければ」
「ロウ様、何を言ってますの? マイカ様の事を忘れさせる位、貴方を愛してあげますわ。という訳で、そいやっ!!」
「隣にいるのはマイカ、隣にいるのはマイカ、隣にいるのはマイカああ!!」
小声で現実逃避し続けるロウ兄さんが怖い。しかし、現実は厳しい。そんな彼をエイザ様は力任せに立ち上がらせると、腕を組んで部屋を後にする。ロウ兄さん、犠牲になってくれてありがとう。僕の人生綱渡りだったなあ。マルチナ回避しても、エイザ様との婚約が待っていたんだから。つくづくマイカを助けて良かったと思う。
「‥‥サジームよ、本当に良かったのか? ロウの奴めが潰れそうだが」
「全く構いませんな。潰れた時は種馬として頑張って貰うまでです。そして、ルー様の息子ないし娘と結婚させれば良ろしいでしょう。それに、今回はファルディス家側からの強い意向がありましたからね。ナージャ様とルパート様の焦りようは哀れすぎました。次期当主の婚約者が、弟に鞍替えしたのですから。まあ、話を聞くとロウ様が悪いですがな」
ううむ、世間から見ると弟に婚約者を奪われた男だもんな。原因がロウ兄さんだから外聞が悪いし、早く新しい婚約者を探さないといけないと両親も思ったんだろう。そこをサジーム様はついた訳か。次の世代の事も考えている所を見れば、かなり油断ならない男みたいだ。
「ふん、まあ良いわ。マルシアスに比べれば、小粒に過ぎる愚か者だからな。それよりも、目の前の男の方が話し相手としてかなりマシだ。ルーよ、単刀直入に言う。ファルディス家には我が勢力に加わってもらいたい。商家の3大勢力の支持を得れば、皇帝陛下も第1皇子殿下に帝位を譲る事を認めて下さると思うのだ」
「お、お待ち下さい。僕にはそのような権限はございません。祖父のマルシアスや当主たるナージャに話をした方が」
「それをルー、貴様に頼みたいのだ。わしやサジームが動けば、企てがバレてしまうからな。貴様はわしやドーザ達に加え、皇帝陛下にも薬を提供しておる。せわしなく動いていても気付かれる可能性は低い。この戦争で第2皇子の派閥は戦場に出払っておる。今こそ、勢力拡大の好機。分かるな、ルーよ?」
‥‥僕は家族に認められたいだけなんだけどな。まさか、こんな謀略じみた話に首を突っ込む事になるとは。偉い人達に近付くと出来る負の側面だよな。しかし、問題があるんだよ。ユウキの奥様候補筆頭のマヤ様だ。第1皇女殿下は皇位継承争いには興味が無い。むしろ、嫌ってるから話を持っていくと関係が壊れかねないんだよな。
「宰相閣下、恐れながら申し上げます。我が家は既に第1皇女殿下との付き合いがあります。かの御方は皇位継承争いを嫌っており‥‥」
「だからこそだ、ルーよ。皇女殿下の夫となるファルディス男爵は、間違いなく皇位継承争いの鍵となる。それこそ、各派閥の均衡を壊す程のな。第1皇女殿下とファルディス家を得て、他の派閥を黙らせたいのだ。内乱など国を滅ぼす原因になりかねん」
「我々としても、商売に影響する過度の戦いは嫌ですからな。第2皇子殿下の側近の間では、好戦的な言動が多く見られると聞きました。ここは、早めに争いの芽を摘むとしましょう」
まずいな、これは逃げられないかもしれない。こんな時、お爺様はどうするんだろう。考え込んでいるとマイカが手を強く握ってきた。見るとマイカが左手で親指を立てている。任せて、という事かな?
「宰相閣下、今回の話は我が父にも話を通さねばなりません。更にはナージャ様やマルシアス様にもです。縁続きにもなった事ですし、顔合わせという形でサジーム様と我が父をファルディス家に招待するという形に為さるべきかと。使者の往来が激しいと他の派閥に企みがバレる恐れがありますので」
「‥‥そうだな。その方が自然ではあるか。ふむ、マイカ嬢はなかなかに優秀な策士のようだ。君を逃がすようでは、ロウの器量も存外低いのかもしれん。ルーよ、万が一の時は貴様が当主となれ。サジームよ、それでも構わぬな?」
「はい。私としては娘が嫁にいける事が最大の喜びですので」
笑顔で笑っているが、目が笑っていないな。いずれはファルディス家も乗っ取るつもりだろう。お爺様と対策を考えねば。焦った両親が作ってしまった縁だからね。これが後に災いにならなければ良いけど‥‥。
次回、レイの捨て身によるエアリアル公爵家恭順。




