第36話 羨望と嫉妬の間で
お待たせしました。ユイ視点の話です。
まさか、ミューズ先輩が瑞希さんだったなんてね。朝起きると『話をしたいから、外に出ましょう』って言われたから出てきたものの、彼女の態度には明らかに変化があった。
ミューズ‥‥、いやミズキさんの目に凄い嫉妬の炎が揺らめいていたんだもの。まあ、それはお互い様だね。私も彼女に対して、強い羨望と嫉妬の感情がある。ここで決着をつけるのも悪くないか
「ようやく、失った幼なじみの呪縛からユウキ兄ちゃんを解放出来ると思ったのにな。アルゼナ様も余計な事をしてくれるよ」
「ぐっ!」
はあ、あの神様は明らかに愉快犯だよね。あえて火種を投げ込むスタイルだったし。ようやく、ユウキ兄ちゃんも立ち直ってきたのに。なんで古傷をほじくり返したりするかな。
「‥‥ユイちゃん。本来の私とミューズとして生きていた私の心が統合されてまだ混乱しているけど、これだけは分かるわ。あなたが何人かの恋敵の中で1番手強いって。だから、私は!」
「うわ! いきなり攻撃してくるの?」
手に神槍アルバースを召喚したミズキさんが、私目掛けて振り下ろしてきた。バックステップでかわした私は、そのまま刀を抜く。一気に間合いを詰めるや、彼女の首を狙う。だが、その斬撃を槍で受け止められた。すぐに槍の間合いから離れて私は刀を鞘にしまい、袈裟斬りが出来る体勢で構える。
「くっ、やはり強いですね。でも、私も負ける訳にはいかないの。ユウキと付き合いの長いあなたを屈服させるまでは!」
やっぱり、私を警戒するのか。私にはマヤや師匠さんみたいな後ろ楯も無いのになあ。まあ、私もミズキさんに思う所がたくさんあるからちょうど良い。
「‥‥私もあなたを何とかしないとと思ってた。いい加減、ユウキ兄ちゃんを解放してあげないとね。死んでもまだ心から離れない、秋月瑞希の幻影から!」
「今の私は幻影なんかじゃない! ユウキの事を愛している気持ちは、今も変わらない。なのにユウキにはユイちゃんがいる。私がいなくなってから親しくなって、今や1番信頼されているあなたが。ユウキは私だけの人なのに‥‥きゃっ!」
‥‥おっと、いけない。本気の力で袈裟斬りしちゃったよ。神槍アルバースは空を舞い、ミズキさんの後方の地面に突き刺さった。とんでもない世迷い言を言ってくれたからね、ついつい力を出してしまった。刀を再び鞘に納め、私はミズキさんに問いかける。
「そこまで言うなら、どうして死んだ!! なんでユウキ兄ちゃんの側にいなかった!! あなたが死んでしばらくの間、ユウキ兄ちゃんは抜け殻のようになって、何もしなくなった。このままだと死んでしまうと思って、怖くなって泣いた事もある。大事な人を1人にしておいて、何を抜かしているんだよ」
「そ、それは‥‥」
私の糾弾の言葉を聞いて、ミズキさんは悲しみの表情を顔に浮かべた。たちまちのうちに目から涙が流れ出す。しばらくして、涙を腕で乱暴にぬぐうと私に向き直った。
「いずれは日本に帰ろうと思ってたわ! 父親が海外に転勤したせいで離れ離れになったけど、私はユウキと連絡を欠かさずにしていた。確かに先に死んでしまったのは、正直心苦しかったし悲しかった。ユウキを苦しめた事になって、もしまた会えたら謝りたいと思ってたわ。神様の力によって、ユウキに私は再び会う事が出来た。だから、今度はもう2度と彼の側を離れない。絶対に!」
なんだろう、すごくイライラするな。今さら、昔の女がすり寄って来ても困るんだよね。神様には悪いけど、ミズキさんにはこのまま退場してもらおうか。
「話は分かった。それをするなら、私を倒してからにしてもらう。まさか、覚悟も無しに世迷い言を言った訳じゃないだろ?」
「うぅ、だったら見せてあげるわ。私の実力を」
「ふん、良い返事だね。ならば私も全力で相手をするよ」
神槍アルバースが再びミズキさんの手に戻り、私に向かって突進してきた。槍を横なぎに振られたが、私はすんでの所で地面にしゃがんでかわす。そのまま私はミズキさんの懐に飛び込んで、刀を抜いた。
確実に刃が届く必殺の一撃。ミズキさんの顔は恐怖にひきつっている。死に顔としては悪くないよ。
「さよなら、ミズキさん」
しかし、命を刈り取るはずの刃は、空を切って私は体勢を崩してしまう。見れば、ミズキさんも離れた所で腰を抜かして座りこんでいた。地面に水たまりを作りながら。こんな事を出来るのは、時空魔法使いの2人しかいない。
「はあ、ユウキ兄ちゃんと師匠さん。何を邪魔してくれてるの?」
気配のする茂みを見れば、ユウキ兄ちゃんと師匠さんが現れた。ユウキ兄ちゃん、相当焦ってるね。まさか、いきなり修羅場になると思ってなかったのかな? だとしたら、考えが甘いよ。亡くなったはずの恋人が出てきたら、私でも平静じゃいられないからね。
「‥‥駄目だ、ユイ。いくら何でも瑞希を殺すのは。そんな事をすれば、君を許せなくなる」
「ユウキ兄ちゃん、分かってる? 婚約者の女が離れた原因の1つは、瑞希さんを忘れられなかったユウキ兄ちゃんだよ。まあ、だからってクズなのは変わらないけどね。ユウキ兄ちゃんの貯金とか、勝手に下ろして散財してたし」
「そ、それは‥‥」
痛い所をつかれたせいか、ユウキ兄ちゃんの表情が固まる。死んでしまった昔の女だと対抗のしようがないからなあ。思い出は美化されがちで、その原因も同情出来るものだし。だからといって、ユウキ兄ちゃんを諦めるつもりはなかったよ。既成事実作ろうとしたのに、死んでしまったのは誤算だったけどさ。
「あーー、ユイにミューズ‥‥じゃなくてミズキだっけか。と、とりあえず、武器を収めて話をしようじゃないか。ケビン達も怯えてるし、周りがとんでもない事になっているから。お願いだ、頼む!」
‥‥意外と師匠さんって強いよなあ。恐怖で足がかなり震えてるのにさ。恋敵だけど嫌いになれないのは、逆境をはねのける力と勇気を兼ね備えてるから。まったくファルディス家も馬鹿だよ、こんな優秀な人を外に出そうとするなんてね。
「了解だよ。師匠さんの顔に免じて刀を納める。まずは話をしようか。命びろいしたね、ミズキさん」
「‥‥こ、怖いよ。ユウキ、あの2人って昔からああだったの?」
「うん、そうだね。昔から怒ったらすごく怖かったよ。だから、師匠。絶対に怒らせたらいけないからな」
私の言葉を聞いて、ホッとするユウキ兄ちゃんと師匠さん。さて、相手をした彼女はどう出るかな?
「くっ、うぅ‥‥」
相変わらず腰を抜かしたままだけど、私をにらむミズキさん。ここまでしても心が折れないね。やれやれ、私の相手は強敵ばかりで大変だなあ。‥‥でも、やり過ぎたか。辺りの木々を十数本近く切り倒しちゃったよ。
まあ、いいか。ファルディス家の面々に私達の実力を知らしめられたし。これで、ユウキ兄ちゃんに妙なちょっかいを出そうとはしないだろうからね。
次回、マルシアスとの会談。
ミズキ=アルセ 今世14歳 前世享年19歳
前世においては、ユウキの幼なじみ兼恋人だった。性格はミューズとは真逆。明るく天然なところが魅力的な女性だが、嫉妬深く独占欲は強い。特にユウキには執着する。
ミューズと心の融合を果たしてからは、ミューズの穏やかさと冷静さが加わり、少しは感情を抑える事が出来るように。
趣味 鍛練 屋台等の食べ歩き 森林浴
スキル 魅了の蛇眼 恐怖の蛇眼 槍術 頑健 剛力 同族召喚 同族支配 気配探知 地形の加護・森・沼