ルー立志伝 7 輝く光の影で 下
投稿遅れました。
僕がミルを連れて談話室へ入ると、マリー姉さんが椅子にマイカさんを座らせていた。なんかぐったりしてるし、体調が悪いのかもしれない。早く治療させよう。あれだけ酒を飲んだ理由が理由だけに、ここで体を壊されると彼女の実家とガチで戦争になりそうだからな。
「ミル、マイカさんの治療を頼む」
「はい、分かりました。‥‥これは、かなりのお酒を飲まれてますね。早く連れてきてくれて良かったです。下手をしたら死んでしまう事もありますから。神の力にて癒しを、ヒーリング!」
ミルが治癒魔法を使うと、マイカさんの表情が穏やかなものに変わっていく。それと平行して、酒の匂いや顔や肌の赤みも消えていった。しばらくすると、彼女の目がゆっくりと開く。赤い瞳には理知的な光が戻っていた。
「あれ、ここは? うちは何してたんやろ。ええと‥‥ああ! やけ酒飲んで泥酔しとった!! めっちゃ恥ずかしいわ、ありがとうな皆さん」
「マイカ様、どうしてあれ程飲まれていたんですか? ワイン5本は正直申しまして、開けすぎかと」
「ルー様。マイカ様って、そんなに飲まれていたんですか!? 下手をしたら死んでしまいますよ、マイカ様! どうか体を大切になさって下さい」
ミルの叱責にたじろぐマイカさん。夜会で、あそこまで飲んでいる女性は他にいなかったからな。悪目立ちするにも程があるだろう。普通ならそんな事をしない女性に見えるし、何か理由があったのかと思ったけどな。案の定、その疑問にマイカさんが答えてくれた。
「ミルちゃんの言い分は分かります。ですが、これは飲まずにいられまへんの! あのすかした坊っちゃん、『君は俺の野望の1つに過ぎない。容姿は‥‥まあ普通かな? 男の子をたくさん産んで、力を貸しておくれ。君の事業は俺がしっかりと見るからな』とか言わはりましたんや。ふざけんのも大概にしい! うちを見下して、事業だけ奪うんゆうのは話になりまへん。この婚約、無かった事にしてもらいますわ!!」
うわあ、ロウ兄さん何してくれてんだよ。確かマイカさんの事業って、化粧品や香水の製造販売とか聞いている。皇族や貴族のご夫人や令嬢が熱心に使っているらしく、帝国以外でも愛用者が広がりを見せつつあるようだ。その事業を手に入れられると喜んだロウ兄さんが、とんだへまをしてくれた。
婚約破談となったら、お爺様が激怒するだろうな。僕としては、その言葉が切実に欲しいんだけど。マルチナを返品したいんだ! なんだったら、お金も積みますから実家で引き取って欲しい。おっと、まずは謝罪しようか。
「この度は僕の兄であるロウが、マイカさんの名誉を傷つけてしまい申し訳ございません。末弟である僕が代わりに謝罪させて頂きます。‥‥マイカさん、どうかされましたか? 顔が近い気がしますけど」
頭を上げると、マイカさんの顔が俺の顔のすぐ近くにあった。なにやら鼻で匂いをかいでる。えっ、僕なんか臭いの!? マルチナの香水の香りが移ったかな。あれは香りが強すぎて、臭くてたまらなかったし。あれ? なんかマイカさんの顔が赤みを増して、息も荒くなってきてません?
「‥‥なんや、あんさんから美味しそうな匂いがしますわ。ああ、もう我慢できひん! ルーはん、ごめんな!!」
「マイカ様、何をしてるんですか!?」
「あらあら、マイカ様もルーの虜になりましたか。ロウ様の悔しがる様が今から想像出来て面白いですね」
そう言って、マイカさんが僕の唇を奪った。ちょっと待ってえ!! なに、この急展開は。ロウ兄さんの婚約者となんでキスしてるの!? しかも、軽くじゃない。僕の口の中をマイカさんの舌が蹂躙してる。さすがにまずいと思った僕は、慌ててマイカさんを押し返す。
「ま、マイカさん駄目ですよ! まだロウ兄さんの婚約者なんですから。それに僕にはマルチナという‥‥」
「婚約者がいてますね。しかし、あんさんはかなり嫌っているご様子。なあなあ、うちと婚約し直さへん? ほら、胸もそちらのお姉さんにはかなわんけど、揉みがいはありますえ」
そう言ったマイカさんは僕の手をとるや、自分の胸に触らせる。間違いなくからかっているな、笑いをこらえてるし。うわ、柔らかい。マリー姉さんとは違って、少し小さいけど形も良い。
あれ? 手が勝手に動いてる!? 気づいたら僕は彼女の胸を優しく揉み始めていた。いくら何でも、まだロウ兄さんの婚約者にこれはまずい! 何で止まらないんだよ!?
「ち、ちょっと! なに本気で揉んでますの!! ああっ、駄目。そんなにしたら‥‥うち、うちは!」
口では怒ってるものの、まるで抵抗をしないマイカさん。いや、少しは抵抗して下さい! 僕の行動を見て、ミルが顔を真っ赤にして怒ってるんですから!
「な、何をしてるんですかルー様! マイカ様にそんな事をしたら駄目ですよ」
「うふふ、マイカ様。抗っても無駄ですわよ。貴女様は、ルー様という男性の深みに入ってしまいました。香りに加え、体にまで触れてしまったんです。いくら魔族であるマイカ様でも抗えませんよ? さて、そろそろ止めましょうか。これ以上は、ミルの教育上よろしくありませんし」
「た、助かったわ。うぅ、かわいい顔してやる事がえげつないでルーはん。同い年なのに、なんでこないに経験値高いねん」
勝手に動いている俺の手を軽く引き剥がすマリー姉さん。恥ずかしそうに両手で自分の胸を隠すマイカさん。なんだったんだ、今のは? 僕の体が僕の意思とは関係なく動きだして怖かった。それより、今魔族って言わなかったマリー姉さん!?
「「えっ? 魔族なんですか、マイカ様!」」
「なんや、簡単に見破られたわ。そうやで、でも穏健派の魔族やから安心してな。あの暗黒教団とやらの馬鹿連中とは一緒にせんといてね。うちの家は誰とでも商売したいだけやし」
しかし、帝国第3位の商家が魔族とは驚きだ。ここ数年で香辛料や宝石等を扱って成り上がってきたが、それにマイカさんの香水と化粧品が加わって勢いが止まらないからな。両親がお近づきになりたいと思うのも分かる気がする。でも、今の状況だとロウ兄さんとは破談になりそう。僕は受け入れたいけど、マルチナという不良婚約者がいるし。
どうしたものかと考えていると、地響きと共に談話室のドアが開かれた。ドレスが汚れたマルチナさんのご登場。えっ!? あれって何時間か寝るはずじゃなかったけ? 僕とマイカさんの近すぎる距離を見て、怒りの表情を浮かべる。まずい、マイカさんが危ない!
「ルー様ああ!! 婚約者を置き去りにして他の女性と逢い引きなんて、良い度胸をしていますわ。このマルチナが、近付く害虫を排除して差し上げます。ぬおおおっ!!」
「くっ、やはりこうなったか。マイカさん、ここは僕に‥‥えっ!!」
「危ないで、ルーはん。大丈夫、うちに任せてえな。あんさんに悪いようにはならんから。‥‥まっ、この展開ならうちが1番利益を得るやろうけどな」
マイカさんは、僕を横に押し退けると突撃してくるマルチナと相対する。そのせいで、僕はバランスを崩して転倒してしまった。いや、まずいって! マルチナのぶちまかしは、大の大人でも弾き飛ばされるんだから。
「はん、その潔さは良し! そのまま倒して差し上げますわよお」
「くっ、マリー姉さん。マイカさんを助けてくれ!」
しかし、普段なら止めるはずのマリー姉さんは動かなかった。人の悪い笑みを浮かべて、2人の激突を見守るだけ。ミルもどうして良いか、判断がつかずにおろおろするだけだ。そうこうする内にマルチナが突撃。弾き飛ばされたマイカさんは、室内時計に激突してしまった。
時計は壊れて、断末魔の鐘が屋敷中に鳴り響く。マイカさんは、体のあちこちに傷を作って倒れていた。特に頭の傷が酷く、血が大量に流れ出している。僕は慌ててマイカさんに近付くと夜会服の上着を脱いで、シャツを破く。そして、頭の傷に包帯代わりにして巻き付ける。
「おおきにな、ルー様。それとごめんな、時計を壊してしもうた。いずれ、弁償して返すわ。‥‥でも、これで上手くいきそうやな」
目は開いており、意識はしっかりしているな。痛みに顔をしかめながらも、ほくそ笑むマイカさん。僕はミルを呼んで、再度魔法で治療させる事にした。
「ミル、治癒魔法を頼む! 思いの外、傷が深いみたいだ」
「は、はい。ルー様、治療を開始します。少し離れて下さい!」
「むきいい! なんでルー様はその女を助けるのよ。こうなったら、私の実家の力で‥‥」
「実家の力で何だ、小娘? 騒ぎを聞き付けて来てみれば、随分と暴れてくれたものよ。ユウキのパーティーの雰囲気を壊しおって。しかも、その室内時計は金貨1000枚は下らぬ代物。まずは弁償してもらいたいものよな」
談話室に入ってきたのはお爺様とケビンだった。部屋の惨状を見て状況をすぐに理解してくれたらしい。マルチナに向けて、怒りの形相を浮かべている。それを見たマルチナは顔を真っ青にしていた。うん、魔王と化したお爺様はすごく怖いからね。いくら鈍感の彼女でも命の危機は分かったようだ。
「わ、私の婚約者にその女が粉をかけていましたわ。だから制裁をしたまでの事です。時計の弁償は、その女の実家に支払わせればよろしいかと」
「マルシアス様、ルー様はうちを助けてくれただけや。ロウ様が道具と抜かした事に怒って、やけ酒飲んで潰れてたうちを介抱してくれた。‥‥人情味の欠片も無いロウ様に比べて優しいわあ、ルー様は」
泣き真似上手くない、マイカさん!? 君、さっきまで笑っていなかったかったかな。女性って本当に怖い。さて、お爺様はどうするかな? マルチナのやらかしが半端ないから、出来れば関係を切って欲しいんだけど。
「マルチナ嬢、どうやら君はファルディス家に相応しくないようだな。ルーとの婚約を破棄するとしよう。君の実家との商いも停止する。ロウとマイカ嬢の婚約も破棄だな。パーティーでパートナーが酔い潰れるまで飲んでいるのに、それに気付かぬ愚か者では話にならん」
「そ、そんな。マルシアス様、どうかお許し下さい! ファルディス家に見捨てられたら私の実家は潰れてしまいます。どうかご再考を!!」
「‥‥マルシアス様、お願いがあるんやけど。ロウ様ではなく、ルー様との婚約に切り替えてくれへん? うちの実家もファルディス家との縁を切りたく無いんや。うちを何度も助けてくれたルー様なら、生涯の伴侶になりたいと思いましてん。あっ、ルー様。うちは、マリーとミルの2人を側妾として認めるから安心してな」
マイカさんの言葉に、マリー姉さんとミルは顔を赤くしながらも笑顔で喜ぶ。僕としても助かるから嬉しい。ただ、女性達をまとめるのはユウキを見ていると大変なのが分かる。僕も甲斐性のある男になれるよう頑張らないと。
「ふむ、そう言ってくれるとファルディス家としても助かるが。ルーよ、お前はどう思っている? マイカ嬢を妻にしたいと思うか」
「はい、お爺様。気立ての良いマイカ嬢なら僕も結婚したいです。マリーと力を合わせれば、更なる薬や化粧品等を作れるかと。ファルディス家にも、ティナート家にも益になる婚姻になると僕は考えます」
「分かった。ならば話をそのように進めるとしよう。ケビンよ、マルチナ嬢を捕らえよ! ティナート家の娘に我が家で狼藉を働いたのだ。それ相応の報いを受けさせるでな」
こうして、マルチナと婚約破棄からのマイカさんと婚約という激動の1日を終わった。仕事と私事も充実し始めて、僕にも運が向いて来たのかもしれない。両親とロウ兄さんは、パーティーが終わってすぐに怒髪天を付いたお爺様から説教くらっていた。部屋から出てきた時に、3人とも顔が土気色になっていたから相当堪えたんだろう。
マルチナも絶望にうちひしがれた両親と共に帰っていった。あそこまでの愚行を犯したのに、まだ僕を諦めていないのは怖すぎる。マイカさんにも気を付けるよう伝えておこう。そのマイカさんから、デートの誘いを受けたので応じる事にする。ただ、マリー姉さんとミルも一緒にってどうなんだろ? まあ、3人が仲良くなってくれるのはありがたいけどね。
次回、アルゼナの話。地上を見ている彼女に来訪者が‥‥。




