ルー立志伝 5 輝く光の影で 上
お待たせしました。海老で鯛を釣るつもりが、巨大マグロが集団でかかってテンパるルー君。
‥‥ユウキの奴は貯金まで吐き出させられてたな。しかし、アイラ叔母さん達も容赦しないね。まあ、僕もカレンさんに200枚渡したら懐が寒くなったんで共感は出来るけど。その後、ユウキのファルディス男爵就任とラング兄さん追放が皆に伝えられた。全員喜んでいたけど、喜びの中身がそれぞれ違う。
ラング兄さん追放を1番喜んでいたのはロウ兄さんだ。これで厄介者を排除出来たと喜んでいる。また女性使用人達も喜んでいたな。‥‥お尻触ったり、胸を揉んだりされたらそれは嫌いになるよね。これは自業自得か。
ユウキのファルディス男爵就任を喜んでいたのは、お爺様とお婆様。それと両親の4人だけど、かなりの温度差がある。ファルディス男爵家創設で更に名が上がると喜ぶ祖父母に対し、両親はファルディス家の次期当主をユウキに取られずに済んだとの喜びだからだ。ユウキとアイラの活躍を警戒していたからな。貴族になれば地位を脅かされる心配は無いと考えたのだろう。
「はあ、アイラ叔母さんも浮かばれないな。家の為に頑張っているのに姉夫婦からは良く思われていないんだから。しかし、随分と盛況だな。やはり、ファルディス男爵と繋ぎを持ちたい貴族や商家は多いか」
今日はユウキのファルディス男爵就任を祝して夜会が開かれている。豪勢な料理と優雅な曲を奏でる楽団。華やかな花や飾りが彩っている中庭はまるで別世界のようだ。さすがは第1皇女殿下の力だな、超一流の職人達を集められるのは。マリー姉さんに選んでもらった夜会服を着て、僕もこんな晴れがましい夜会に参加出来るなんて光栄だ。
そんな中で、主賓たるユウキは緊張しているね。マヤ様とユイ、それにミューズ=アルセだったか。彼女達は客達に笑顔で応対している。ミューズといえば、ミルの母親の親友の娘だ。いずれ、話を出来る機会があれば良いが‥‥。
「ルー、ルー! 聞こえてるの? 今日はマルチナ嬢も来ているのです。しっかりエスコートをしなさい。あとは皆様に顔を覚えてもらって、人脈作りを怠らないように。分かったわね!」
「分かっています、お母様。まずはユウキに挨拶をしに参りますので、これで失礼しますね」
マルチナのエスコートなんて勘弁して欲しい! 今日は珍しい料理とかあるし、彼女の目はそちらに釘付けになるだろう。ならば、出来る限り接触を避けて行動。近寄らないに越した事は無い。あの女、以前行った店で料理を食べ過ぎて吐いちゃったからな。おかげで、しばらく出入り禁止の措置をくらって恥ずかしいのなんのって。
「ユウキ=ファルディス男爵閣下。この度は誠におめでとうございます」
ユウキの側に来てから10分。ようやく順番が回って来た。思うところは多いけど、素直に祝福出来ないのは男が廃る。今はユウキが作った仕事を手伝うだけの状態だ。でも、いずれは対等に話せる所まで出世するからな。
「‥‥ああ、ルーか。祝ってくれて、ありがとうな。君も仕事を頑張っていると聞いている。お互いに大変かもしれないが頑張ろう」
「はい。では、今夜はこれにて。挨拶をしたい者が大勢いますでしょうし」
そう言って、僕はユウキの側を離れた。集まる人の数を見ると、お爺様と変わらないな。次いで両親とロウ兄さんか。僕には誰も寄って来ないのはなんか悲しい。だからって壁の花になる訳にもいかない。いずれ起こる未来の為に‥‥。
「ルー様、今よろしいですかな? 私の知り合いを紹介したいのです。‥‥例の増毛剤の件で」
話しかけて来たのは、冒険者ギルドのギルドマスターだった。名前はビューロさんといって、増毛剤の実験台になってくれているありがたい人物だ。おお、人を紹介してくれるとは嬉しいな。
「ええ、構いませんよ。って、そちらの方はホーフェン学院長!?」
「しぃぃ! 声がでけえよ。なに、最近こいつの頭が若い頃に戻ってきやがったからな。秘密があると思って問い詰めたら、マリーの作る薬だと言うじゃねえか。俺も髪が寂しくなってきた所だ。‥‥さっさと増毛剤を寄越せや」
学院長、声が怖いですから脅すの止めて下さい! まあ、ホーフェン学院長なら顧客としては上客だ。取り引き相手として悪くは無いな。マリー姉さん曰く、『あと5人までなら、増毛剤提供出来るわよ』って言ってたし。そうだ。
「学院長、ギルドマスター。お2人の関係者で薄毛にお困りの方はいませんか? 2人を含め、あと4人に提供出来る量は作れるそうです。特にお偉い方々は、お2人の髪を見たら間違いなく問い詰めてきますよ。下手したら、入手先を言うまで帰さない方とかもいそうですし」
「「‥‥やべえ、心当たりありすぎだわ!」」
お2人の関係者となれば、高ランクの冒険者や魔法使い辺りかな。上客を確保しつつ、他の商品を売り込もう。マリー姉さんは現場に置きたいし、ミルは幼すぎる。自分が頑張らないとな。
「じゃあ、まずは俺が紹介しよう。あの爺を仲間に引き込めば自分も安泰だからな」
ホーフェン学院長に付いていくと、騎士達が盛り上がっている区画にやって来た。酒臭いなあ、ここ。いくら何でも無礼講すぎないかな?
「おい、ドーザの筋肉馬鹿はいるか!?」
「なんじゃ、この魔法馬鹿めが! 喧嘩をしに来たなら買うぞ!?」
騎士達の中から現れたのは、ドーザ=ライオネル卿だった。ええ、帝国8騎士の1人ですか!? なんで‥‥ああ、髪はあるけど若干薄くなっているな。確かに取り引き相手としては、上客だけど凄い人を引いちゃったよ!
「少し内密な話がある。ちょっと奥に行こうや。‥‥最近、髪で悩んでいるんだろう? それを治す妙薬があるらしい」
「何!? 皆の者、しばらく酒を飲んでいろ! わしはホーフェン学院長と話があるでな」
小声で話をした2人は、俺とビューロさんを連れて裏庭に向かう。‥‥おっさん3人と夜会で逢い引きって悲しいなあ。全てはマリー姉さんとミルの為だ。頑張るけどね!
「で、それは誠だろうな? 嘘をついたら首の骨をへし折るぞ?」
「心配せんでも成功例がここにおる。見ろ、ビューロの頭を。不毛の荒野だった頭が、見事に黒い森を取り戻しているだろう。ここ、何ヵ月かでこうなったらしいぞ」
何故か誇らしげに胸を張るビューロさん。無い者の悩みは、ある者は分からないって本当なんだな。僕の家系は大丈夫だから良いけど、当事者達には深刻な悩みなんだろう。
「な!? 信じられん、あのビューロの頭が見事に甦っておる。お主の事を信じるとして、誰が作っておるのだ? わしにも教えい!」
「ここにいるルー=ファルディスが増毛剤の元締めらしい。マリーと弟子達を使って開発に成功したようだ。ただ、数が少ないから誰を優先的に提供するか考えているらしいが」
学院長がそう告げると、ドーザ様が僕の両肩を両手でつかんできた。顔はまさしく真剣そのもの。今から戦に行くような面構えだ。そこまでする事ですか!? 足が生まれたての小鹿並みに震えてますが!
「わしにも寄越せ、若いの! なあに、わしに渡せば妙な嫌がらせはさせぬよ。ここにいる魔法馬鹿と一緒にとっちめてやるでな。がっはっは!」
これで3人は確定か。後の3人はどうしようかと考えていたら、後ろから声をかけてくる人達が現れた。
「面白い事を話しているではないか。わしらにも聞かせてくれ」
「「げっ、エッセン。それとトモラン大司教様!?」」
エッセン=ゴルディフ宰相閣下にトモラン大司教様だって! 帝国の政治に絶大な力を持つ2人が何故来るんですかあ!? ふと2人の頭を見れば‥‥あっ、何となく察してしまった。
「なるほど、ビューロ殿の髪は不死鳥のように甦っていますね。まさしく見事の一言につきます。ですが、それを独占するのは神がお許しになりません。まあ、単刀直入に申せば‥‥私にも寄越しなさい!」
「わしにも寄越せ、ルーとやら。渡さぬならゴルディフ公爵家を敵に回す事になるぞ。わしに渡すのなら、研究費の助成金を出してやろう」
「おうおう、生臭坊主と金好き宰相は昔から変わらぬのう。神と権力を盾にしてのごり押しとは」
ヤバい、帝国中枢の方々による増毛剤の取り合いになってきたぞ。僕が予想していた客層と違う! なんで、こんな雲の上の方々がやって来るんだよ!! 予想の斜め上を行きすぎだって。
「黙れ、ドーザ! 貴様とて恩恵を受ける身であろうが。悔しかったらルー=ファルディスに援助せい!」
「その通り! 私は‥‥そうですね。薬の原料として、アルバフム大神殿の水を取り寄せましょう。あの水ならば、薬の質が飛躍的に向上するでしょうから!」
「ぬぐぐっ、どうするビューロにガルドよ! わしらも何か援助するしかないぞ。そうだな、よし研究する施設を作ってやろう。ブレスク伯爵家の跡地なら場所も申し分あるまい」
「私はギルドマスターの権限で必要な材料集めをしますよ! 安定供給はお任せを」
「俺は卒業する学院生を何人か送りこむか。錬金術師の優秀な卵だ。マリーなら育てられるだろうしな」
話が僕の手から離れすぎて来たぞ!? いつの間にか段取りが出来上がりつつあるし。どうしよう、お爺様達に報告しないと。このままだとファルディス家が‥‥。
「随分と良い話をしているな。どうやら、お忍びで来て正解だったようだ。ルー=ファルディスよ、余にも増毛剤を都合せよ。マルシアスには余から話しておく。皆も仲良く順番に待つのだぞ?」
驚いて僕も含めて振り返れば、騎士の変装をした皇帝陛下が木の陰から出て来られた。ちょっと、僕の精神は限界に近いんですけど!?
「「「「「こ、皇帝陛下!!? は、ははあ。かしこまりました」」」」」
「は、はい。このルー=ファルディス、皇帝陛下並びに皆様の温情に報いるべく、粉骨砕身努力致します。増毛剤は必ずお届け致しますので、ご指導ご鞭撻よろしくお願い致しまする」
最後にまさかの皇帝陛下ご登場。マリー姉さん、ごめん。とんでもない方々を顧客にしてしまった。‥‥理不尽と災難はユウキのお家芸だと思ったけど、降りかかったらきつすぎるよ!! うぅ、胃が。胃が痛いい!
次回、夜会の中で女性達の戦いが‥‥。




