第25話 ナバート鍛冶屋にて
お待たせしました。
「いらっしゃい‥‥って、すげえ奴が来たな。暗黒教団壊滅させた英雄さんじゃねえか。ユウキ、随分と有名になったなあ。あのやせこけたガキが、ここまで立派になるとは思わなかったぜ」
俺達を出迎えてくれたのは髭もじゃの大男、ロルズ=ナバートという名の鍛冶屋の親父。俺が幼い頃よりの商売相手だ。貧民街では喧嘩や抗争は日常茶飯事、死人や怪我人は数多く出てくる。そんな彼らの武器や壊れた武器の破片を回収。ロルズさんや他の鍛冶屋に売って稼いでいた時期があった。
日本で言う落武者狩りみたいな所業だが、綺麗事を言っても飯すら食えないんじゃ仕方がない。俺は魔法を取得して稼業から1年で足を洗えたのは幸せな事だろう。
「あーー、ロルズさん。そんなに言わないで下さい、恥ずかしいですから」
「あん? 本当の事を言ってるだけじゃねえか。今回の顛末は帝都のほとんどが知ってらあな。なにせ、あんなデカいドラゴンが現れたんだからよ!」
マヤがカースドラゴンなんて大物を召喚したせいで、俺達は注目の的になっている。当の本人もバツが悪いのか黙ってしまったな。少し空気が重くなったが、それを打ち破ったのはユイだった。
「私達も有名になったねえ。あれだけ大暴れすれば、悪目立ちするだろうけどさ。ロルズのおじさん、武器とか色々見せてよ!」
帝都で数ある鍛冶屋の中で1番と名高いナバート鍛冶屋だ。もともとは小さな鍛冶屋だったが、先代の店主が次々と画期的な道具を開発。スコップや鍬、一輪車や千歯こぎ等を世に送り出して大儲けをしたらしい。うん、先代の店主は絶対に天命人だわ。
当然、市場の独占状態を警戒した大商人やギルドが潰そうとしたが、先々代の皇帝がその動きに激怒。優れた武器や防具を作り、更には技術の向上に一役買っている鍛冶屋を潰すなどもっての他と皇帝御用達の称号を与えた。
さらに騎士団や一流冒険者等も味方になった為、ナバート鍛冶屋は現在に至るまで続いている。まあ、優れた武器を欲がる強者相手に喧嘩するほど、大商人やギルドも馬鹿じゃないだろうからな。
「ほほう、ユイ=リンパードにアイラ=ファルディス様。ミューズ=アルセ殿に‥‥これはこれは噂に名高い第1皇女殿下までいらっしゃるとは。ドラゴンを従えし方が来られるなど、まさしく鍛冶屋冥利につきますな」
「うぐっ。‥‥ロルズ=ナバート、今日はお世話になりますわね。早速ですが、私とアイラにローブを。ユイとミューズに予備の武器をお願いします。支払いはここにいるユウキ=ファルディスが行いますので」
恥ずかしさからだろうか、早口で言うと俺を前に押し出すマヤ。いや、貴女ノリノリでしたやん。あのあと皇帝陛下とホーフェン学院長に説教くらったのが、彼女的にはきつかったのだろうな。そんな事を考えていると、師匠がリクエストを始めた。
「そうだな。そろそろ買い換えようと思っていた所だ。とりあえず神獣レベルの物があれば良いのだが」
待って下され、師匠! 神獣レベルの代物って最低金貨100枚からだよ。俺の貯金を全て無くす気か!! マヤや師匠の言葉を聞いたロルズさんは俺を気遣わしげに見つめる。これって、まさか‥‥。
「ユウキ、金は大丈夫なのか? 午前中、かなりの買い物をしてたって話を聞いたぞ。締まりやのお前が高級品を買いまくってると、この辺では噂になってらあ。どうせ、そっちの嬢ちゃん方の機嫌でも損ねたんだろうが」
なんで、そんなに的確な分析が出来るんですかねえ。これも年の功か、はたまた自分にも覚えがあるのか。‥‥って、気がついたらミューズさん以外の全員がそれぞれの目当ての物へと向かってるし。ここは別の話をするか、決して意趣返しって訳じゃないぞ。
「ところで、ロルズさん。そちらの商売は順調なんです? 最近はファルディス家を始め、多くの商家が鍛冶屋の囲い込みをしていますからね。質はともかく量ではナバート鍛冶屋に勝ってますから」
途端に、ロルズさんの顔が苦虫を噛み潰したようになる。そうなった原因は、先代の店主にあるからなおさらだろう。どんな分野でも成功者の栄光は長く続かないからな、必ず次の世代が脅かすから。
「‥‥やはり、一人勝ち状態は長くは続かねえよ。俺の親父が勝ち続け、それを阻止できなかった鍛冶屋ギルドが崩壊しちまった。おかげで、それぞれの鍛冶屋が自分の行く末を考えないといけなくなる。そんな中で大商人や貴族の後ろ楯を得る奴等が増えるのも当然だよな」
鍛冶屋ギルドは統一した品質の武器や防具等を作って、世の中に広く提供していたと聞いている。鍛冶屋を守る事にはなる反面、技術向上を阻害する欠点があった。不文律であったそれを破壊したマルズさんの親父は、まさに改革者と言える。ところが破壊した結果、今度は自分の首を絞める事になった。
「ファルディス家を例にとれば、いくつかの鍛冶屋をまずは統合させました。そして、職人達を得意な分野に振り分ける作業を行います。例えば剣なら、鍔、刃、柄に鞘等を作る工程をそれぞれ独立させて専門職にしましたからね。部品を組み立てれば量産出来るので、汎用性のある物なら安く提供出来ますよ」
「武器が量産されて値段が安くなりましたからね。私が学ぶ騎士学院の生徒達も安く武器が買えるようになったと喜んでいました」
要するに鍛冶の分業制と言うわけだ。俺が何年か前、マルシアス様にこれを話したら、すぐに体制を整えた。文句を言う強面の鍛治師を凄ませ、黙らせた豪腕ぶり。老いて益々盛んなりを地でいくのは、つくづく凄いと思う。
「‥‥はあ、どこの誰か知らんが厄介な事をしてくれる。となれば、ミスリル製品や魔法関連の武器防具のみで戦うしかないからな。スコップなんかは量産出来る方が強いから、他の鍛冶屋連中に市場をとられちまった。皇帝陛下の計らいで、特許料?なるものを確実にもらえるから良いが。これがなかったらカツカツだったぜ」
「住み分けはしっかり出来てますし、良かったんじゃないですか? ファルディス家や他の商家もナバート鍛冶屋の分野にはとても手が出ないようですから」
「そうですね。ナバート鍛冶屋のミスリル武具は高品質で実用性が高いです。騎士たるもの、ナバート鍛冶屋で武具を買えれば一人前とよく言われてますし」
「まあな。ただ高級品だから買い手が少ないんだよな。だからといって、二流、三流の奴等に渡す事はしねえがな。こっちも皇帝御用達の看板を背負ってる。それだけは譲れねえよ!」
ミューズさんの言うとおりで、ナバート鍛冶屋の武具は言うなれば一流の証とも言える訳だ。ちなみに素行の悪い者や勘違い強者、未熟な者には売ってもらえない。普通なら貴族等はごり押し出来るが、皇帝御用達の店でそれをやれば確実に不興を買う。さて、話はそこまでにして彼女達の欲しい物を聞きに行くか。‥‥頼むから持ってくれよ、俺の貯金!
次回、各自それぞれの欲しい物を見つける。そして‥‥。




