第2話 転生後の現実と修羅場
『転生者ユウキ様へ。異世界の生活いかがお過ごしでしょうか? さて、ユウキ様に対する保険の件ですが、ただいまの時刻を持ちまして消失致しました。これにより不死属性は解除され、死亡の可能性が発生致します。現代日本と違い、生きがたい世ではありますが強く生きてください。ユウキ様の益々のご活躍とご健闘を心よりお祈りしております』
「‥‥言われなくても分かってる。つうか、異世界でお祈りメールの文面を使うな! 就活の時期を思い出して心が折れるだろうが!! はあ、遂に保険も切れたか。これからが大変だよな」
頭の中へ直接聞こえてきた音声に、俺はため息をつく。どうやら、ここからは自分の力のみで生きていくしかないらしい。俺が生まれ育ったのは、大陸一の勢力を誇るバージニル帝国の中心たる帝都ディナキア。そこの貧民街にある孤児院だ。朝夕の食事は黒パンと水だけ。寝る場所は石床の上って、どんだけ底辺なんだろう? 劣悪な生活環境を考えると、保険が無かったら確実に死んでいたな。
孤児院の書斎にあった数少ない魔法書を読み漁り、早めに魔法を覚えたのは正解だったようだ。おかげで、とある魔法使いに目をつけられて弟子になれたからな。魔法が上達した今、師匠の実家の仕事や魔法ギルドの仕事等で金を稼ぐ事が出来ている。結果、孤児院を出て貧民街で暮らしてる訳なんだが‥‥。
「邪魔するぞ、ババア! とっとと金を返しやがれ。いるのは分かってんだよ!!」
「やかましい! 近所迷惑だから帰んな!!」
「はい、そうですか。と、帰る馬鹿が何処にいやがる! 中に入るぞ、ババア!!」
治安が最悪すぎだよ! どこのスラム街だと言いたくなる。ドアを乱暴に開ける音が聞こえ、数人の男達の荒い足音が天井から響いた。どうやら、上の階の住人が作った借金の取り立てに来たらしい。
こういった事は貧民街だと日常茶飯事だ。昨日は隣部屋のおっさんが借金を払えず、鉱山送りにされたし。ギャンブルで作った借金で首が回らなくなったらしい。人権? そんなものがこの世界にある訳が無い。
「うるさいねえ、無い物は無いんだよ。さっさと出ていきな!」
気の強い婆さんの怒鳴り声が俺の部屋まで聞こえてくる。確か、あの婆さん。スリの常習犯にして、大通りでかなり稼いでるはずだ。金が無いと言うには、あまりにも白々しい。どうやら彼らも俺と同じ考えだったらしい。遂に最終手段へと打って出た。
「ああ、出ていくとも。ババアの稼いだ金を奪ってからな。野郎共、家捜しだ!」
「「「「おう!!!」」」」
「やめとくれ! 家の物を壊さないでおくれよ」
返事と同時に物をひっくり返し始めた男達。凄い音が聞こえるな、もう少し隣近所の事を考えて欲しいぞ。‥‥まあ、面と向かっては怖くて言えないが。俺は魔法使いであって、戦士やモンクじゃない。こんな狭い家の中じゃ、強力な魔法は使えないからな。杖で殴るか、低級魔法で倒すしかないが今の俺では制御が難しい。
それに‥‥盗賊ギルドといえば、バージニル帝国の裏社会を牛耳る組織だ。縁も所縁もない婆さんの為に戦おうと俺は思わん。あいにく俺も命が惜しいのだ。以前、ギルドマスターと会った事があるが怖いおっさんだったしな。‥‥全盛期のシ◯ワちゃん並のガタイの良さで、胸ぐら捕まれた時は死を覚悟したぞ。
「おっ、あったぜ。しっかりとため込んでるじゃねえか。金貨3枚に銀貨2枚と銅貨が‥‥まあ、後で数えればいいか。借金のカタにもらってくぞ」
「ち、ちょいと私の金を返しな! ‥‥ぎ、ぎゃああああ!」
断末魔の声と共に婆さんが床に倒れる音がする。どうやら誰かが、容赦なく斬り捨てたらしい。天井から婆さんの血が少しずつ俺の部屋の床に落ちてきてた頃、男達の声が聞こえてきた。
「ふん、うるせえババアだったぜ。とりあえず、金は回収出来て良かったな」
「しかし、随分持ってやしたね。これで借金を返そうとしないなんて馬鹿としか言いようがねえ。俺達盗賊ギルドをなめるにも程がある」
「変に強欲だからよ。さあて、帰ってギルドマスターに報告だ。行くぞ」
転生して10年。こんな事態はかなりの回数見てるし、人の断末魔の声も聞き慣れている。治安も平和な日本とは大違いであった。人命は軽く、犯罪はやり放題。生きるのも命がけという毎日だ。日本人としての俺はとうに死に、ユウキという異世界人として俺は生きている。
自分の命を守る為なら、人の命を奪う事も辞さない程に変わってしまった。他の転生者も俺と同じ選択をするか、適応出来ずに死ぬかの二択だろうな。果たして何人の転生者が生き残れるだろう? 彼女達は生きていけてるだろうか。なかなかに強かな女性ばかりだし、異世界でも頑張っていると信じよう。
「‥‥いつか俺もああなるかも知れんな。これからは気を付けないと。で、そこの人。いつまで隠れているつもりだ?」
ドアをにらみつける俺。すると、ドアがゆっくりと開いて細身の男が部屋に入ってくる。痛んだ革鎧に傷だらけのブーツ。一見すると貧民街に住む傭兵だが、仮面と腰に差している剣が違うと物語っている。神眼スキルで鑑定すれば、双方共にミスリル製で合計金貨1000枚を軽く越える一品だ。だ。
「これは失礼。上があまりにうるさいので、騒動が終わるまで待っていたのですよ。私はマイラスと申します。本日は、貧民街で屈指の実力を持つユウキ様に仕事を依頼に参りました」
黒髪の男は、そう言って頭を下げる。うん、面倒くさい案件なのが確定だわ。騎士が貧民街のガキに滅多な事では頭を下げないからな。俺が使う魔法から考えられるのは、ヤバい品物の運搬及び盗み辺りだが‥‥。
「お世辞はいりません。ご用件はなんでしょうか? 貴族に仕える方が、このような所まで出向く。余程に厄介な案件とお見受けしますが?」
俺の返答に相手が驚くのが分かる。貧民街のガキが礼儀を知っていれば、驚くのが普通だろうな。やはり、前世の記憶や知識があるのは大きなアドバンテージになるわ。
「‥‥君は本当に10歳かい? 随分と落ち着いている上に目端が聞くじゃないですか。実は盗賊ギルドに依頼したのですが、断られてしまいましてね。エルバンス城の離宮から『死からの再生』と言う書物を盗って来て欲しいのですよ。報酬は金貨100枚。受けて頂けますか?」
「エルバンス城の離宮!? 盗賊殺しで悪名が高い場所じゃないですか。これまで幾人の命知らずが向かったが、帰って来たのは一人もいないと言われる。それは盗賊ギルドも断るはずですね」
帝都ディナキアの中心にそびえるエルバンス城は、バージニル帝国皇帝アルゴス8世の住まう城。離宮は前皇后アルフィミアが住んでいた場所だ。しかし、アルフィミアが皇帝の不興を買い、処刑されてからは娘が暮らしてると聞く。超一流のネクロマンサーと知られ、高位のゴーストやゾンビ等を操り守護させているらしい。
盗賊だけではなく、暗殺者や協力しようとした傭兵もその仲間入りを果たしているようだ。そんな危険過ぎる場所に行く訳が無い。それに報酬も危険度の割にショボいしな。今、ここで俺がとる選択はただ1つ。
「どうぞ、お帰りください。ただの魔法使いたる私の手には余る案件のようです。皇帝陛下の逆鱗にも触れかねませんし」
「‥‥無理なのは百も承知しています。しかし、かのアイラ=ファルディスが認めた時空魔法の使い手。習得が難しい魔法であるテレポートも使える逸材と聞いています。なれば離宮で本を入手し、すぐに離脱も出来るはず‥‥」
いや、サイラスさん。テレポートも万能じゃないんだよ。時空魔法でも最上位の魔法だから、発動に時間かかるし。そこをゾンビなんかに襲われたら詰みなんだが?
「おそれながら申し上げます。テレポートを使うには、俺が離宮の中を見なければなりません。離宮には凄腕の傭兵や暗殺者もゾンビとなり守備兵として使われているとか。俺ごときの実力では、侵入する前に死んでしまいますな」
少し前に幼年期保険が切れたのだ。いきなり死地に向かって、あっけなく死にたくないぞ。しかし、マイラスは諦めるつもりは無いらしい。目を細め、俺を睨み付けてきた。
「‥‥ですが、私も引き下がる訳にもいかないのでね。おい、彼女を部屋の中へ入れろ!」
マイラスが声をかけると、部下らしき男と共に1人の少女が入ってくる。俺の悪くない稼ぎに気付き、やたらと熱烈な求愛をしてきた孤児院時代の仲間だ。名前はレムと言うが、嫌な奴が来たなあ。確かに容姿は悪くない。一見すると可愛らしい女の子だ。しかし、中身がクソすぎる。仕事以外の盗癖が尋常では無い位に酷く、後難を恐れた教会によって孤児院を追放されたと聞いている。
「私の財布を盗んだので処断しようとしたんですが、君の名前を出したのでね。人質に使えるかと思い、今まで生かしてきました。さて、ユウキ君。仕事を引き受けて貰えるかな?」
優勢と思ったのか、マイラスは勝ち誇った笑みを浮かべていた。そんな彼を無視して俺はレムを見る。薄汚れているが、服は上等な物になっている。どうやら、肉付きも悪くない体と共に盗賊稼業で培った物らしい。しかし、貴族の騎士相手にスリを働くとは根性だけはあるよな。
「ご、ごめんなさい、ユウキ! 私、貴方の為に仕事をしていたけれど、マイラス様に捕まってしまったの。この人達の言う事を聞いて! で、でないと私は殺されちゃうから。愛している私のお願い、聞いてくれるよね?」
「レムは君の恋人だと聞く。彼女を助けると思って引き受けてくれ給え」
「‥‥はあっ!?」
目をうるませ、泣きながら話すレム。その様子を見て、俺の頭は混乱している。彼女の恋人が俺って、今日初めて聞いたんですがね。
「孤児院の連中も、君とレムの恋物語を知っていたぞ。君は彼女を妻に迎えるべく、金を稼いでいるのだろう? 下賤な輩にしては健気な話だな」
レムがついた嘘を聞き、俺の心が急速に冷えて行くのが分かる。かつて、前世において婚約者だった女。彼女にやられた所業の前段階とまるで変わらないからだ。俺は自虐的な笑みを浮かべるしかなかった。
「異世界でも経験するなんてな。厄介な女に好かれるのは、転生してからも変わらないらしい」
まず勝手に俺が好きだと吹聴し、周りに根回しをしてから自分と付き合うように仕向ける。これが終わると既成事実を作るべく、俺を酔わせて自分を抱かせたりもしていた。上手く子供が出来たら、即結婚と言う策略だったらしい。もっとも現実はもっと過酷だったがな。
親友に婚約者を奪われ、妊娠までしていたんだから。あれだけ夜頑張ったんだが、何故か子供が出来なかったんだよ。出来なくて正解だったが。そんな前世から学んだ教訓は、同じ失敗は2度としない。絶対にだ!
「ええと、はっきり申し上げます。その少女とは恋人などではありません。なので、彼女を人質にしても何の意味も無いですね。仕事もお断り致しますので、どうぞいらない女を連れてお引き取り下さい」
事務的かつ淡々とした俺の言葉を聞き、マイラスと言う男は鞘から剣を抜くや、レムの首筋に刃を突きつけた。短気だなあ。カルシウムが足りてないのか? あるいは何かしら焦る理由があるかだが。まあ、俺には関係ないけどさ。
「下手な演技は止めたまえ。どうやら私が本気とは思って無いようですね。話を断れば愛しい彼女の首がすぐに飛びますよ。さあ、どうします?」
「いやあああ、ユウキ助けて! 私はまだ死にたくないの!!」
どうして、そんな受け止め方をするかね!? 見苦しく泣きわめくレムとそんな彼女を本気で殺そうとするマイラス。端から見れば修羅場だが、巻き込まれている俺は当事者でも何でもない。‥‥これ、どうしたもんかな?
次回、乱入者現れる。