第16話 惨劇の中の喜劇
お待たせしました。
「はぁ、はぁ。もっとだ、もっと血を寄越せええ!!」
「ひぃぃ。弥生、いったいどうしちまったんだよ。お、俺達は仲間だろうが‥‥、ぎゃあああ!!」
「いい、いいよ。泣け、叫べええ! そうしてお前らは私の力になるんだよおお!!」
‥‥テレポートしてみたら、いきなり男が血しぶきあげて倒れやがった。しかも、狂気じみた女が死体の側で血の付いた刀を舌でなめてるし。
女の凶行による犠牲者は10人を軽く越え、まさしく地獄絵図の有り様だな。血が床一面に広がり、カウンターには店主夫婦らしき2人が突っ伏して死んでるし。
あとの奴等も客らしいのだが、人相が極めて悪すぎる。神眼で見たら要注意冒険者の連中だった。恐喝、傷害、詐欺等を日常的に行うクズどもだ。ここだけ見ると、今回の事件は社会に貢献してるのか? 社会のゴミ虫が泥棒によって駆除されているし。
「うわあああ! や、弥生、何をしてるんだ。仲間を殺してどうするんだよ!? 請け負った仕事がまだまだあるのに!」
ラングは慌てて彼女に声をかける。折角作った仲間が弥生以外全員あの世行きだからな。仕事が出来ないのなら、違約金も払わされるだろう。下手したら冒険者資格剥奪の可能性も高い。ラングの奴、完全に詰んでいるんじゃないか?
「ああん? 仲間じゃないわよ、あんたらなんか。ただの金稼ぎの道具兼壁役さね。だけど、もうそんな物は必要ない。この妖刀黒雪があれば、私の実力は更なる高みに行ける。帝国8騎士も夢じゃないよ」
「や、弥生。そんな事を言うなよ! 俺達は3年も一緒に活動した仲間じゃないか。今ならまだ間に合う。刀を捨ててくれ!」
増長してるなあ、弥生とやらは。井の中の蛙大海を知らずとは、まさにこの事だ。神眼で本来の君の実力を調べたら、ランクBなんだぞ。妖刀を足してもB+だから、ユイやマヤにすら勝てそうにないな。
この世界には、強さの単位としてA~Eまでのランクがある。更に、1つのランクの中にも優劣があり、E+、E、E-といった順で低くなるらしい。
ちなみに師匠はA、ユイはA+。マヤはAーでラングはDーといったところだな。俺か? ‥‥俺はC+だよ。はあ、好きな女性の方が強いってどうなんだろうね。これじゃ壁役位にしかなれないな。
「はん、これからは私1人で活動するわ。傭兵にでもなって、敵を殺しまくる。黒雪の力を更に強化して、私が最強の剣士になるのさ!」
「ふ、ふざけるな! 俺の嫁になってくれるんだろ。そう約束したじゃないか。洞窟で指輪を渡‥‥あれ? 指輪はどこやったんだよ」
指輪まで渡してたんかい。しかし、ラングよ。この女がそれで喜ぶ性格とは到底思えないんだが。あっ、見るからに馬鹿にしたような笑い声を上げた。
「あはははっ! プレゼントしてくれて、ありがとうねえ。あの指輪は高く売れたよ。しばらくは働かなくても生活出来るわ。お馬鹿な坊やだこと。私があんたみたいなカスを相手にする訳ないでしょ?」
うわあ、ラングをあっさりと切り捨てやがった。ある程度分かっていたとはいえ、ひどいな。どうせ、ファルディス家の名前と金だけ欲しかったんだろうよ。
うん? ラングの様子がおかしい。と思ったら、剣を鞘から抜くや弥生に突撃を開始しやがった。
「お、おのれええ!! よくも俺を謀りやがったな。弥生、覚悟しやがれ。息の根を止めてやるううっ」
このお馬鹿、見え透いた挑発に乗りおったわい。師匠達は‥‥介入する気ゼロですね。分かりました。ええい、何で俺は次々と厄介事に巻き込まれるんだ。
「ちょっと待て、ラング! ったく、頭に血を昇らせやがって。アイスバレット3連!!」
「はん、効かないね。今までありがとう、ラング。用は済んだんだ。とっとと仲間の下に逝きな!」
俺はラングを援護すべく、魔法を弥生に放った。実力差も考えず突っ込んだラングが、このままだとあの世行き確定だったからだ。しかし、彼女は刀を抜くや魔法を斬撃一閃で破壊。返す刀でラングに斬りかかる。
それを受けれる程の実力は彼には無い。ラングの右腕が血を撒き散らしながら、宙を舞った。血が出るのは見慣れた光景だが、やはりまだ慣れないよな。うっ、少し吐きそう。
「ぐおおおっ、痛い。痛いよおお! み、ミル。回復魔法をかけろ。早くしろノロマ、早く!!」
確かに彼女なら治せる。だが、言い方を考えろラング。奴隷だからといって、彼女も人間なんだぞ。もう少し優しく‥‥あれ? 奴隷状態が解除されてる。ああ、斬られた右手の指に隷属の指輪を装備してたから、効果が無効になったのか。
となると、ミルの対応はどうなる。ラングは目上には従順だが、目下には威張り散らすからな。三国志の張飛みたく、彼女の恨みをかってなければいいが。
「‥‥ラング様、いえラング! ようやく反逆の機会を得たわ。ここで死んでね? ダークネスアロー!!」
「ひ、ひぃぃ! お前、主人たる俺に攻撃とは何をしやがる。そんなに殺されたいか、だったら‥‥。ああっ、指輪の効果が無い!」
「弥生さん、ありがとう。私を解放してくれて。貴女は大嫌いでしたが、おかげでラング‥‥いいえ。この変態を始末出来ます」
隷属の指輪は対象を奴隷にするだけではなく、命令に反した奴隷を罰する効果も持ち合わす。最悪は殺す事さえも出来るが、指輪をはめていたラングの右腕は斬られているのをミルも見ているからな。含む所があるなら、殺しにかかるのは当然か。
「奴隷にされてからずっと思ってたの。なんで、私が貴方の小さな小さなアレを手で奉仕しないといけないのって? 私、すごく嫌だったの。お母さんを苦しめたゴブリン達としてる事が変わらなかったから。だから、私はお前を殺す!!」
積年の恨みを晴らすべく、主人を魔法で狙うミル。その目には、憎悪と怒りの感情が現れていた。ラングよ、短い間だったがさよならだ。嫌がる少女に対して淫行を強要する馬鹿は、もはや家族とは思わん。恨むなら、己の愚行を呪うがいい。
ただ、男として女性にアレが小さい言われた事に対しては同情してやる。かなり傷つくからね、その言葉。好きな女性に言われたら、間違いなく立ち直れないレベルだ。
「「「うわあ、最低。死ねば良いのに!」」」
「はあ、師匠とユイに敵である弥生にまで言われるとは。‥‥ラング、安心しろ。ナージャ様達には、雄々しく戦って死んだと伝えておく。さあ、心置きなく逝くんだ」
ここで死なせた方がラングにとっても幸せだろう。仮に生き長らえたとしても、後ろ指されるような人生送らないといけないし。
「ユウキ、叔母上! 頼む、助けてくれ。俺はまだ死にたくない、死にたくないんだよう!!」
「君はマルシアス様に殺されるか、絶縁されて追放処分だろう。ここで死んだ方がまだましだと思うがな」
「そ、そんなあ」
もはや俺達はラングを助ける気はさらさら無い。それに、ここまでやらかした孫をマルシアス様が許す訳がないからな。
それとだな。君、俺達の事嫌いじゃなかったかい? 自分の都合の良い時だけ助けを求めてこられても困るわ。
「嫌だ、お祖父様にも殺されたくないぞ。俺はまだ生きなきゃならないし、何もなさぬまま死にたくはない。こんな所で終わる俺じゃないんだ。俺は英雄になるんだから!」
英雄ねえ‥‥。 だが、ここまで悪評と悪名が高いと厳しいぞ。仕官はまず無理だろうし、傭兵として生きるにも力不足。最悪、貧民街に落ちるしかない気がするが‥‥。
「往生際が悪いぞ、ラング。事ここに至っては死ぬしか道はない。それが証拠に、師匠もケビンさんも全く助けないじゃないか。生きていたとしても、お前の実力と性根では恥をさらすしかないだろう」
「か、金ならいくらでも出す。ユウキ、頼む、頼むよ! 今までしてきた事は謝るから。叔母上との結婚も認めるから」
金はいらんし、謝罪も意味がない。だって許す気がないんだから。謝罪すれば許されるって考えが甘いわ。特にラングとリア。2人の師匠に対する仕打ちは、それはそれはひどかったからな。まあ、俺が徹底的に締め上げて、一緒いじめていた取り巻き連中を潰してやったが。
いじめの傍観者に近かったルーだが、兄達と取り巻きのいじめを止めなかったのを悔いたらしい。土下座して謝ってきたから許しはした。彼の側付きのマリーが師匠の親友だったのも大きいがな。師匠が唯一友達付き合いする女性だ。彼女の親友を俺の感情だけで失わす訳にはいかないから。
「いや、いらん。もはや言葉はいらない。弥生とやら、まずは止めをさしてやれ。話はそれからだ。俺達が手を下すと、いらん波風が立つしな」
「誰か、誰か助けてください! この際、悪魔でも鬼でも構いませんからああっ」
周りは凄惨で血みどろの現場なのに、なんか喜劇じみてきたぞ。さて、どう決着を付けるか考えていると、武装した兵士達がウグイス亭へ次々と入ってきた。
それを指揮する男を見て、師匠とケビンさんが青ざめる。どうやら関わられるとまずい人物がやって来たらしい。兵士達の間から騎士の男が現れる。その赤い瞳には怒りの炎が燃えていた。鎧にある記章を見れば、帝都で知らぬ者はいないと言われる8騎士の登場だ。確か名前は‥‥。
「なんとまあ、下らぬ三文芝居だろうか。勘違い男が女性に捨てられただけにしては、生臭すぎる展開だな。しかも、騒動の原因がこんな小者とはお粗末にもすぎる。おい、愚物の関係者たるファルディス家の諸君。解決する気が無いなら下がれ。この俺が始末してやる。帝国8騎士が1人、ナルソス=ウィルゲムがな」
次回、8騎士の彼が事件を鎮圧。