第120話 無謀な夢は消える
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「はあ、はあ。ありえない、ありえないぞ! 僕のスキルは領地では最強だった。両親や家臣も全て従い、女は抱き放題だったんだ。なのに、なのに何でいつものように出来ない!!」
「どうすんだよ、好夫!? 塀東は死んで、仲間は全て立野の野郎に殺されちまった。しかも、俺達は逆賊扱いだ。このままだと実家にも帰れねえよ」
「逆賊!? あり得ないだろ。僕達は学院に入学出来るよう正当な権利を主張しただけ。なのに、なのにいい!」
‥‥馬鹿がおるなあ。先生から連絡を受けて来てみたら、同級生が逃げ出している所に遭遇した。井の中の蛙大海を知らぬ連中よ。世の中自分より強い者等数知れずおると言うに。しかも、主張してる事が独り善がりすぎて、同じ天命人だと思われたくないし。
「そこな、2人。いい加減諦めたらどうじゃ? これ以上悪あがきすると一族に迷惑がかかるぞ」
「なんだ、この女? ほう。獣人の娘にしちゃ、スタイル良いじゃないか。おい、姉ちゃん。良かったら俺と朝まで付き合‥‥うわっ!」
妾は盛りのついた駄犬の剣を魔力の糸で軽く粉砕する。ふん、下らない口説き文句じゃ。知性も品性も無さすぎじゃわ。先生以外の男に誰が抱かれるものか!
「それ以上言うたら殺すぞ? 頭の出来の悪さは相変わらずじゃな、小田に須賀よ。妾はレイ=エアリアルじゃ。吉良鈴華と言えば分かるかの?」
「吉良‥‥吉良鈴華!? 随分と立派な胸を持ってるじゃないか。ぐへへっ。あの時は失敗したが、今回こそは押し倒してやる!」
欲望だだ漏れじゃぞ、この色情魔が! くだらん奴等と付き合うよりも、はるかに先生との逢瀬の方が素晴らしい。‥‥そろそろまたデートしたいな。休みの日に予約を入れておこうかしら?
「吉良さんなの! ならば話は早い。僕達の味方をしてくれないか。今、立野先生に僕達は殺されそうになっている。だから、僕達を助けてくれ」
「お主らを助けて妾に何の利益がある? 逆賊の上に暴動を起こすような愚挙をしようとする奴と妾を犯そうした馬鹿じゃぞ。不利益にも程がある。世迷い言を言うのも大概にせよ」
「吉良。てめえ、俺達の仲間だったくせに立野の味方するのかよ!? 一緒に遊んだ仲だ。見逃してくれよ、なっ?」
「はん。妾と佐川七菜を犯そうとした連中が仲間じゃと!? 妾にとっての仲間は七菜だけじゃ。停学くらった貴様らなんぞ、ただのど畜生にすぎんわ!」
元々は妾と七菜の2人で夜な夜な遊び歩いていたんじゃが、いつの間にか須賀達不良グループが付いてくるようになった。敵に回すと厄介な連中じゃったからの。程々に付き合って、危険な遊びには手を出さなかった。しかし、それが不満だったんじゃろうな。
ある日カラオケに誘われて行ったら、連中がグルになって襲いかかってきた。護身術で鍛えていた妾と空手の有段者たる七菜相手によくやったものじゃ。幸い、すぐに脱出出来て警察と先生に通報。奴等は1ヶ月近くの停学処分になった。‥‥七菜は元気にやってるかの? 彼女の底抜けの明るさには何度も救われたんじゃが。
「だからってクラスメートを見捨てるのか!? 同じ境遇の仲間だろ。しかも、俺達を助けられる力があるんだ。助けてくれよ」
「お主らを助ける義理も義務も無いの。恨むなら己の浅はかさと足りないオツムを恨め。この世では、自分が思う事の1割位しか思い通りには出来ん」
「‥‥くっ、だったら仕方がない。強制的にでも味方になってもらう。魅惑の扇動者発動! 吉良鈴華を僕の僕に」
なんか、どろどろとした黒い魔力が襲いかかるが一瞬で振り払う。あのなあ。妾は邪神様の加護持ちに加え、魔力は遥かに上じゃぞ。そんなので操られるものか!
「そんな弱々しいスキルが効くか、馬鹿者! 妾の方が実力やスキルははるかに上よ。仮にも公爵令嬢を操ろうなど、もはや是非もない。同級生としての務めじゃ。妾が引導を渡してくれるわ」
「ちっ、どけ好夫。俺のスキルで鈴華の魔力を奪ってやる。力を失った所で、あの女を好きになぶってやる。喰らえ!魔力強奪!」
おや? 今度は魔力が少~~しばかり減ったのう。だったら逆に利用してやる。ほれほれ大量の魔力をくれてやるわ。思う存分吸うが良い。‥‥限界を越えて死ぬまでな。妾の心と体は既に先生の物よ。それを奪うと言うのなら、死をもって償え!
「す、すげえぞ。魔力が満ち溢れてくる。俺は最強だ、最強になれるんだ!」
何も考えずに吸収しおるわ。妾の魔力は魔法神の宝玉を飲み込んだマヤの10倍近くあるんじゃよ。先生との逢瀬で尻尾が9本になった副産物ではあるが、素直に嬉しい。クックック、そろそろ限界に近いか。自信に満ちていた須賀の顔が苦痛で歪み、真っ赤じゃの。
「‥‥おい、ちょっと待て。これ以上はいらない。早く魔力を止めろ!!」
「はあ、もっと魔力を下さいとな? 分かった、分かった。さあ、たんとくれてやるわ!!」
「た、頼む! 俺が悪かった。これ以上吸収したら破裂しちまう。だから、いい加減止め‥‥ぎゃああああ!!」
「す、須賀君ーー!? うわあ、なんだこれ。汚い、汚いよおお!」
魔力を吸収し過ぎた須賀は風船のごとく破裂し、辺り一面に肉や血が飛び散る。通行人達は慌てて逃げ出し、小田はもろに被って悲惨な状態になってるわ。えっ、妾は何で平気かって? 何度も戦場に出たり、魔物討伐をしたりしてるのでな。グロ耐性はかなりついたぞ。
「レイ! 大丈夫‥‥そうだな。小田はいるとして、須賀はまさか」
「妾の魔力を吸収し過ぎて見事に爆散したわ。松永久秀もかくやの爆発っぷりじゃったぞ?」
見事な人間花火を披露してくれた須賀。それが終わって、ようやく先生やネリス達が駆けつけてきた。周りが敵ばかりとなった小田はどうするかのう?
「こ、こうなったら通行人達を操るだけだ! 魅惑の扇動者発動!! 僕の周りに集まって守れ‥‥あれ?」
「残念ですが聖女の私がいる限り、民に危害を与える事は出来ません。大人しく降参しなさい」
「ふ、ふざけるなあ! 僕の夢はこんな所で終わりはしない。こうなったら、グラーツ先生にもらったこれを使うのみ!!」
あれは‥‥ほう、魔物化する魔水晶か。グラーツとやらは教団の生き残りかもしれんな。魔水晶を扱っていたのは奴等しかおらぬ。さて、どうしたものかの。止めるべきか、このまま小田の好きにさせるべきか。
止めた場合、奴のスキルを欲しがる貴族が処分に対して横槍を入れてくる可能性がある。だとすれば放っておくかの。助けたい人間ではないし。妾が第一に守るべきはエアリアル公爵家じゃからの。そこに先生やネリスとセネカが加わる位か。後の連中は知らん。
「ふっふっふ。さあ、見るがいい。強大な力を得た僕を‥‥な、何だ!? 魔水晶から力が溢れ過ぎて、グワアアア!!」
魔水晶から黒い魔力が放たれ、小田が魔物へと変わっていく。ほう、見事なグールじゃな。鼻をつく腐臭といい、気持ち悪い外見といい奴には実にお似合いよ。皆もその腐臭に鼻を摘まんでおる。
「ナンデ、ナンデグールナンダ!? ボクハコンナマモノジャナクテ、モットコウイナマモノ‥‥」
「馬鹿にも程があるわ。その程度の魔水晶に期待をするなんて。アンデッドを滅ぼす聖女の光で邪悪なる魂を滅してあげるわ!」
ネリスが放つ聖魔法で小田の体が崩れていく。しかし、アンデッド特効を持つネリスがいて良かった。これで騒動は簡単に終わりそうじゃな。魅惑の扇動者スキル持ちのアンデットなんて厄介極まりないからの。
「ヤメロ、ボクハココデオワルワケニハイカナインダ。ウオオッ!」
「往生際が悪すぎるの。ならば妾の魔力糸によって死んでもらおう」
向かってきたグール小田に妾の魔力の糸が何重にも絡み付く。さすがの奴めも動くに動けなくなったようじゃ。さあて、どう料理してやろう。おっ、そうじゃ。
「ネリスよ。このまま聖なる炎で焼いてしまえ。いい加減この匂いは耐え難いからの」
「分かりました。でも、良いの? レイ様達にとって彼は‥‥」
「こんな害虫を生かしておっては世の災いになる。駆除すべき時に駆除すべきじゃ」
「教え子と言えど、かばい立て出来る罪じゃない。残念だが自業自得だろう。ネリス、止めを」
「分かったわ。浄化の炎よ、迷えるアンデットに安息を!」
妾達の言葉を聞いて、ネリスはうなずくと炎を小田グールに解き放つ。たちまち体に引火し、燃え広がっていった。体が炭へと変わっていく最中、小田は末期の言葉を叫ぶ。
「ボ、ボクハマダシニタクナイイイイィィ! ガクインニカヨッテシュッセ、ハーレムツクッテジンセイヲオオ!!」
「下らぬ、はよう死ね。異世界の人々は貴様のおもちゃでは無い。地獄で苦しみながら後悔するがよい」
「イヤダ、コンナノイヤ‥‥」
小田グールは遂に焼き尽くされた。手を合わす気にもならんな、この2人‥‥いや、3人か。何だかんだで妾の周りにいる天命人はまっとうに仕事や勉強しとるのに、何でこうなるやら。この先の学院試験も不安じゃな。妾も見張り役として入れるよう、学院長に頼んでみるか。
それと‥‥ネリスをマヤから守らねばな。まったく、あんなに余裕の無い彼女を見るのは初めてじゃわ。まあ、ネリス以外の恋敵は精神力が強い者が多い。故に毛色の違う彼女が先生には新鮮に見えたんじゃろう。妾が嫉妬する位にネリスに甘いからの。とはいえ、妾も彼女には甘いんじゃがな。
「レイ様、どうかしましたか?」
「いや何でもない。それより、ネリス。妾も試験の見張りに参加する。あのような輩の対処は妾が得手じゃからな。あとはマヤからそなたを守らねば。セネカには試験に集中してもらわんとの」
「‥‥ありがとうございます。でも、何でですか? 私はレイ様にとっても恋敵です。なのに助けて下さるなんて」
「お主とは共闘しておった方が、マヤ達に対抗出来るからの。かつて妾もマヤにユイと戦っておった。故に色々とアドバイスもできよう。1番の理由は単純に妾も仲間が欲しい。理由はそれだけよ」
そう言って妾はネリスに背を向ける。‥‥本当の事を言える訳がないではないか。前世の妾の実妹である吉良桜に性格が似ているなどと。心配性で引っ込み思案、自分の感情を押し殺して周りを優先する姿勢。本当にそっくりじゃ。
だが、そのせいで桜は短い生涯を終えてしまった。いじめや畜生婚約者の事を苦にし、妾だけに遺言を残して自殺。妾も深い悲しみに暮れ、先生に何度も慰めてもらったの。自分達の出世しか考えていなかった両親は、半ば廃人と化す程にショックを受けていた。はっ! 今ごろ更に困っていよう。跡継ぎ兼政略結婚の駒たる娘が2人ともいなくなったのだから。
「桜のような悲劇は避けねば。ネリスを守る事が、せめてもの罪滅ぼしになれば良いが。‥‥許して、桜。姉さんだけ幸せになってしまったわ。ごめんね、守ってあげられなくて」
「レイ様。あ、あれ、この記憶はいったい‥‥?」
妾は小声で亡き実妹に懺悔する。だが、この言葉が後に驚くべき事態に発展するとは思いもしなかった。
次回、試験2日目。




